第156話 王都管理ダンジョン 7
なんとか九十層を突破した私達はそのままの勢いで九十一層へ。
とはならなかった。
初日は五十層まで走破。二日目で八十層。三日目で進んだのは九十層まで。
さすがに魔物の強さが格段に上がっていることもあり、私はともかく二人の疲労が溜まってしまいここで休憩することにした。
残りは少しではあるけどここで無理をする理由はないし、二人の目的はまだ果たされていない。
私自身もここまで来たことで大量の宝石を入手出来たこともあり、なんとかして二人の目的である「迷宮金」を採取してもらいたい。
そしてその二人、アイカとクドーは地面に布を敷いて横になっている。
やっぱり横になると疲れも早く取れるからね。
とは言え何も食べずに寝ても良いことはない。
彼等にはご飯が出来たら起こす旨を伝えてあるのでゆっくりしてもらってるうちに私も時間をかけて料理をしている。
ほとんど毎日リードのご飯も作っているので料理自体にはあまり抵抗がない。
じゅわあぁぁぁぁぁぁぁ
ダンジョンの片隅でトンカツを作る光景ってかなりシュールかな?
大きなオーク肉を持っていたのでその脂部分を使って揚げ物用油を取り、乾煎りしたパン粉をつけて揚げる。
当然卵も持ってきている。
残念なことに相変わらず米は見つけられてないので今回もパン。ソースとマヨネーズ、それと香辛料は持ってきているので、その香辛料とマヨネーズを混ぜてからしマヨネーズ擬きを作っておく。
あとは切り込みを入れたパンにトンカツと葉物野菜を挟んでソースとからしマヨネーズ擬きを掛ければカツサンドの出来上がりだ。
加えて作り置きしておいたミネストローネを取り出して温め直せば夕食は完成っと。
「出来たよー」
私が声を掛けるとクドーはすぐに身体を起こした。
寝ている間に凝り固まった身体を解すようにストレッチをしてからこちらへとやってきた。
そしてアイカはやっぱりすぐ起きない。
予想はしてたけど一回寝るとなかなか起きないね。青タヌキがいないとダメダメな小学生か?
「ほらアイカ。寝るならちゃんと夕飯食べてからにしなって」
「うー…寝させてぇなぁ…」
アイカの身体を無理矢理起こしてクドーの隣に座らせると二人の前に夕飯を置いた。
「なんだ?このパンは変わってるな?それとこの赤いスープは?」
「パンはトンカツを挟んだんだよ。こっちのはミネストローネだね。ボトンって野菜が前世のトマトそっくりだったから同じように作ってみたの」
一言「ふむ」とだけ言ってクドーは食事を手に取った。
カツサンドを一口齧り、ミネストローネも一口飲むとあとは一心不乱に貪った。
それに対しアイカはもしゃもしゃと半分寝ながら食べている。
食べるならなんでもいいかと思い、私はアイカがそのまま寝てしまわないように気をつけながら自分の分に手をつけた。
すごい勢いで食べ続けていたクドーは食事を済ませるといつものように武器の手入れを始めた。
あれをするということは本格的に寝るってことなんだと思う。
彼にとってのルーチンワークなのだろう。
「ふはぁ…んまかったぁ。セシルは良いお嫁さんになるなぁ」
「はいはい、ありがと。全然そんな予定ないけどね」
「なんや?あの貴族の坊ちゃんといい関係ちゃうん?」
「貴族の坊ちゃんって…。リードからは結婚したいとか言われてるけど私はそのつもりはないよ」
以前はちょっとだけそれも悪くないかなと思ったり、意識したりしてたけど今は昔だ。
ワガママだし自分の思い通りにならないとすぐへそを曲げるし、何より第二夫人?ないない。っていうか無理。
「なんや勿体ない。貴族と結婚したら一生安泰やないか」
「そのためにつまらないお茶会出たり、言質取られないように細心の注意を払いながらのお喋りをしろって?しかも第二夫人?絶対お断りだよ」
「はぁ…。まぁセシルはそんなんより宝石の方が大事やろうしな。しかしよく貴族からの結婚断れたなぁ?」
宝石の方がリードより全然大切です。
そりゃ命掛けてって言われたら違うかもしれないけど。
「全力の私に一撃入れられたら結婚してもいいって言っておいたよ」
私の言葉に大きく目を見開いたアイカは次の瞬間には堪えきれずに吹き出した。
「ぶっ!ひゃひゃひゃひゃっ!ひーっひーっ!あ、アカンやろ?!全力のセシルに一撃やて?そんなん一般人がドラゴンに立ち向かうようなもんやないか!」
「むー。そこまで笑わなくても…」
「笑い話にしかならんっちゅうことや。五年前のセシルにならそれが出来るんもおったかもしれんけどな?今はもう無理やで」
「そう、かなぁ?」
「当たり前やろ。さっきのレッドドラゴンもセシルが全力出したらすぐ倒せたんやないか?」
そう言われて私は唸りながら目をそらした。
アイカの言う通りもし私が戦帝化を使った場合、二人がいなくても倒せたと思う。
このダンジョンに入ってからというものレベルがすごい勢いで上がっているからほぼ間違いないだろう。
尤も戦帝化はリスクが高いので使用せずに基本的に温存している。少しくらいなら問題ないと思うんだけど使う機会も訪れなかった。
「ま、セシルがホンマに好きな男が出来たらいつでもなんでも協力したるからな」
「男…かぁ。前世まで含めて初彼氏の道は遠そうだよ」
「魔物と宝石さえ無ければセシルも普通の美少女やで?」
「なんでそこに魔物が入るの?!」
「…思い当たる節なんかいくらでもあるんとちゃうか?」
「…むー…。…ぐ、ぬぬぬぬ…」
「ちゅーか、美少女ってとこは自分で認めてるんやな」
ぼそっと呟くように言われたけど聞こえてるから。
なので私からも反論しておく。
「アイカだって美女じゃんか」
「せやで。まぁ夜人族やしな」
アイカがそう言った瞬間しまったと思った。
彼女だって転生しても人間でありたかったに違いない。
それを神様が何を思ったか違う種族にしてしまったのだ。
転生しても人間のままだった私にはその思いを知ることは出来ない。
「…その、えっと……あ、夜人族って私あんまりよく知らないんだけどさ…」
「なんや?ウチが人間じゃないの気にしてるんか?」
「…うん」
「…せやなぁ…。そりゃ何も思うところがないっちゅうわけにはいかへんけど、あんま気にせんでえぇよ。前世と違うてメッチャ美人になれたしな」
ケラケラと笑うアイカだけど、やっぱり普通の人間と違うことは気になっているようだ。
「夜人族はヴァンパイアとサキュバス両方の能力を持った種族、みたいなもんやな。極稀に吸血族から産まれるんやって」
「ヴァンパイアとサキュバス?血も精気も吸うってこと?」
「せやな。けど、ウチはどっちも吸わなくても平気やで。普通に生活する分には人間と同じご飯で大丈夫なんや。どっちかっちゅーと嗜好品みたいなもんやろか?」
「なんかそう聞くとすごいハイスペックな種族みたいだね」
「実際そうやな。ヴァンパイアと同じように長寿でサキュバスと同じように昼間でも活動出来る。血でも精気でも吸えば力は手に入るし寿命も延びるらしいわ」
…やっぱり吸った方がいいんじゃないだろうかと思ってしまった。
けどアイカは私のように強さを求めてるわけでは無さそうだし、そのあたりも聞いてみてもいいのかな?
「吸いたくならないの?」
「…なるで?セシルとかいつも美味しそうに見えるしな」
ザザザザザザザッ
アイカから妖艶な視線を受けた私はすごい勢いで後ずさった。
まさか私をそういう目で見ているとは思わなかったし。
「あひゃひゃひゃひゃっ。な?そういう反応されるんが嫌やから吸いたい衝動を抑え込めるようにしたんや。ウチかて相手の許可なく吸おうとか思わへんよ」
「許可があれば?」
「いただきます」
間髪容れずにそう答えるアイカに、私は思わず絶句してしまった。けど、そのあまりにストレートな言い方に徐々に笑いが込み上げてくる。
「あはははっ!アイカって素直だね!でも吸われた相手はどうなるの?死んだり、魅了されたりするの?」
「抵抗力のない人やったら魅了することも出来るんやけど、あんまりやったことないなぁ?それよりウチと会ったこと忘れさせることの方が多いで。血吸うにしてもそんな大量に吸えるほどウチの胃袋大きないわ」
それ、血よりも精気吸うことの方が多いって白状したようなものじゃない?
でも実際血でも精気でも吸われたところで特に何か起こることはないみたいだ。
「せやからたまにクドーから吸わせてもろてるんや」
「えっ?!クドーから?………え、てことはその、アイカとクドーってその……えっと…」
やっぱり、そういう仲ってことよね?
自分でも顔が赤くなっていることがわかるほど、顔が熱い。
知り合い同士が深い仲であることに嫌悪感を覚えることは決してないけど妙にドキドキしてしまう。
「…何を…ははぁん?セシルのスケベ」
「なっ?!ななな、な、何、何を…?」
「ウチがクドーから吸ってるんは血ぃや。何を勘違いしとんねん、このエロガキは」
「むーっ!アイカが紛らわしいこと言うからでしょ?!」
「そないなこと関係あらへんやろ。そっち方面に考えが偏ってるからそう思うんとちゃうか?」
「もぉぉぉぉっ!もぅっ!」
私の怒りを涼しげな顔で受け流すアイカは「さて」と言いながら再び寝床へと向かっていった。
「エロい妄想ばっかしてると寝られへんよ。程々にせぇよ」
「しないってば!」
「どうにもならんようなら手伝ったるで?」
「むーーっ!アイカァッ!」
「あっひゃひゃひゃひゃっ!ほなな、おやすみぃ」
それだけ言うとアイカは自分の寝床で横になってしまった。
彼女の寝付きの良さは某丸眼鏡小学生に匹敵するので、既に眠ってしまっているだろう。
すっかり忘れてたけどクドーもいつの間にか剣の手入れを終えてちゃっかり寝てしまっている。
私はこのイライラともやもやした気持ちが収まるまで眠りにつくのは無理そうだ。
そう思うことでより一層の苛立ちを覚えながらも寝床の支度を始めるのだった。
今日もありがとうございました。




