第153話 王都管理ダンジョン 4
蟻達も全て倒して土の山も薙払ったのでボス部屋はシンと静まり返っている。
非常に満足そうなアイカの笑顔だけやたら輝いているけど。
「いやぁ…セシルからいいヒント貰えてラッキーやったわぁ」
「…そういえばあの『ですの』ってなんだったの?」
「うそやろ?あの有名なアニメ観てへんかったん?」
基本的に学生の頃はバイトと勉強にほぼ全ての時間を取られていたからアニメとかドラマはもちろん映画もあんまり観てなかった。
園にいた時は小さい子が観ているアニメを一緒になって観ていることはあったけども。
そんな説明を軽くすると顔を曇らせたアイカだったけど、すぐにいつもの明るい笑顔になった。
「まぁえぇわ。そのうちウチがいろいろ教えたる」
「いや、別に聞かなくても…」
「おい、いつまでも話してる暇はない。そろそろボスが出てくるぞ」
「あれ?さっきの蟻の群れがボスだったんじゃないの?」
「あれはボス前の前哨戦や。ホンマのボスはこれからやで」
そんな話をしているとボロボロに崩したはずの土の山がまるで小さな虫のように動き出すと部屋の中心に向かって集まり始めた。
今まで部屋に分散していた土の山が集合してそれは軽く見上げるほどの高さとなって、今まさに何かが産み出されるかのように振動している。
そして土の山の一部が崩れたかと思うと中から巨大な虫が現れた。
ギィィィィィイィィィィイイイィィッ
耳をつく鳴き声を上げた巨虫。
出てくるのは女王蟻かと思っていたのにその腕は蟷螂のような鎌を持ち、蠍のように這いつくばった格好で二本の尻尾を持っている。足の数も昆虫のそれではなく、数十対はあるだろうか。
しかも頭はクワガタのような自身の頭の半分を超えるサイズのハサミまで備えている。
当然甲虫のような輝きを放つ外殻は今までこのフロアで出会った虫のように魔法や物理攻撃を弾くのだろう。
「これ…アイカ達は戦ったことあるの?」
「…あるけど…正直かなりしんどかったわ。出来れば二度と戦いたくない思うくらいやわ」
アイカ達のステータスでもそう思うほどの強敵?
私の探知で感じ取れる強さは確かに脅威度Aを超えそうなほど。
これは私もさすがに少し倒すのに苦労するかもしれない。
とはいえ、egg持ちだったオーガキングやケツァルコアトルほどの強さは感じないけれど。
「とりあえず正攻法でウチが魔法で牽制しつつ、クドーとセシルで…」
「先手必勝の新奇魔法 『精霊の舞踏会』!」
私が魔法を使うと同時に周囲に各種属性の光球が浮かぶ。
MP枯渇によってフラフラになっても今の私には仲間がいるので遠慮なくぶっ放すことが出来る。
魔力を全く自重なく集中していくと浮かぶ光球の数もそれに応じて増えていく。
指数関数的、とまではいかないもののその数はオーガキングに放ったときより多い。
まだ放っていないのに、だ。
「ちょっ?!セシル?!」
「…これは…イカンな」
「いっけえええぇぇぇぇぇっ!」
両手を握りこみながら腕を交差すると光球はそれに反応して中心にいた虫の魔物に襲い掛かっていく。
炎の光球ですらここに来てからアイカがよく使っていたファイアーボールを上回る威力を誇る。
それが数千。
音の洪水がしばらく続き、急激にMPを消耗したことによる卒倒を引き起こす寸前にMPの供給を止めた。
土煙が舞い上がってその姿を確認する事は出来ないが、感じ取れる気配はかなり弱ってきている。
そもそもあれを食らって生きてることが驚きだけどね…。
もっと超威力の魔法を開発した方が良い気がしてきた。
「セシルぅっ!このドアホ!ウチらまで巻き込まれるとこやったやないかっ!」
「えぇ…大丈夫だよ。ちゃんと位置を確認して調整してたもん」
「その割には俺のところに岩の塊が飛んできたんだが」
あれ?
ちょっと失敗したかな?
「あはははは…でも二人ならなんとか出来るでしょ?」
「…そういう問題やない」
「まぁいい。それはそうと…まだ終わってないようだぞ?」
クドーに促されて土煙の方を見ると徐々に晴れてきていて、虫のボスの姿が露わになってきた。
「あんなん食らってまぁだ生きとんのかい」
「だが虫の息のようだ」
「虫だけにな」
…いや、面白くないよ。
ニヤニヤしているアイカに心の中でツッコミを入れたけど、私のMPはまだ回復しきっていない。
虫のボスは既に大きな鎌を携えていた腕を両方とも落としており、足も何本も消失している。
二本あった尻尾も片方は途中から消し飛んでいる。もう片方の尻尾は健在のようだけど。
頭部にあった二対の複眼も右側の二つは完全に潰れている。
本当によくこれでまだ生きていられるものだね。
「さすがにかなりMP使っちゃったからしばらく大きい魔法は使えないから後は物理攻撃で倒し切っちゃおう」
「そうだな」
私とクドーが武器を構えると虫のボスもそれを感じ取ったのか、無くした腕の代わりに尻尾を前に突き出してきた。
あれだけならそうそう当たることもないはず。
「ウチの見せ場だって寄越しぃや!虹魔法 『黄昏よりも暗くて血の流れよりもっと赤い…以下略!ドラゴンスレイヤー』!」
「は?」
アイカの怒った声が聞こえたと同時にそっちを振り返るとアイカの新奇魔法が完成していて彼女の胸元には真っ赤な光球が生み出されている。
「イカン!あれはさっきのセシルのと同じくらいまずいやつだ!」
「えぇぇっ?!何々?!」
「いいから離れて伏せろ!」
ドギュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ
赤い光線が放たれ虫のボスに直撃した。
一瞬。
ほんの一瞬だけ何事も起きないのかと勘違いするほどの静寂が訪れたかと思いきや
ドオオオォォォォォォォォン
いきなり虫のボスが大爆発を起こした。
それと同時に私の探知に魔物の気配が完全に無くなった。
「いやぁ…つい勢いで」
「とりあえずアイカも私のこと言えないよね」
「俺としては二人とももっと慎重にやってもらいたいのだが」
「いつも慎重でしょ?」
「いつも慎重やろ?」
クドーの苦い顔が印象的だったけど、私達は八十層も無事クリアすることが出来た。
ちなみにボスを倒すとプレゼントのように宝箱が出てくる。
今までのところあまり良いものは出ていなかったので、ダンジョンを出たらギルドに売り払うことが確定している。
魔剣とか、希少な魔物素材を使った武具なんかも出てたけど私達には必要のないものだからね。
勿論!ボスを倒したときに出た魔石は私がすぐに確保したよ!
大きな水晶で、中に緑と茶色のインクルージョンが入ったものだ。
私も初めて見るけど、ガーデンクオーツと呼ばれる水晶だ。
本来水晶が出来上がる過程で緑や茶色の鉱物や泥岩を巻き込みながら結晶したもので「庭園水晶」や「苔入り水晶」と呼ばれることもある。
これは正に庭園を閉じ込めたかのように見事に水晶の中に一つの世界が出来上がっている。
どちらかと言うと日本庭園を思わせるような落ち着きのある光景。
そしてその光景の中、目立たないところに虫を彷彿とさせる刻印が入っている。
この水晶が魔石である証拠となるだろう。
勿論こんな珍しい水晶手放すつもりなんかないけどね!
で、肝心の宝箱の中身はというと。
「…なにこれ?水晶玉?」
ただの水晶玉にしては透明度が高く、かなり真球に近い形状をしている。
この世界で水晶を真球に加工するような技術はないので私のように魔法で形を変えていくしかないだろうけど、今の私にだって出来ない。
それに普通の水晶玉と違う点はまだある。
中に何やらもやもやしたものが浮いていることだ。魔物から生まれた魔石では中に紋章のようなものが浮かび上がるのでこんなことにはならない。
何より魔力を感じない。
「ほぉ、珍しい。スキルオーブか」
「スキルオーブ?」
私の持っている水晶玉を見てクドーが感嘆の声を漏らした。
「その名の通り、その水晶玉に封じられているスキルを覚えることの出来る道具だ。どうやって作られているか全くわからんし、普通はどんなスキルが封じられているかもわからん」
「…なにそれ?道具鑑定でも見えないし、そんな博打みたいな物使いたくないんだけど…」
例えば下手に火魔法とか入ってたら折角スキルレベルMAXになった炎魔法からレベルが下がることになるんじゃないの?
「普通は道具鑑定しかないからな。だが…アイカ」
「おっけー。んー……これは『気配察知』やな。ウチらにはいらんようなもんやけど、売ったら白金貨十枚はするやろな」
アイカの瞳が銀色になったかと思うとすぐに鑑定結果を教えてくれる。彼女の神の祝福である神の眼は使うときに瞳が銀色になる。
「ふぅん…。でもそのくらいの金額なら別に売る必要もないよね?」
「ま、せやな。どうするかはセシルに任せるでー」
それなら折角綺麗な水晶玉なんだし私のコレクションにしちゃおうかな。
私はスキルオーブと他にも宝箱に入っていたポーションや宝剣の類を私の腰ベルトに収納していく。
アイカもクドーも宝箱から出てきたものはあまり興味を示さないのでほとんどの物は私が貰っている。
変わった意匠の武器ならクドーが、妙な薬が出た時はアイカが回収しているけどそちらは私の興味が湧かない。
「んでセシル?MPはどやー?」
「あ、うん。もう回復したよ」
「かーっ。あんな滅茶苦茶な魔法使うてそんなすぐ回復するんかい」
「ふふっ、これも魔力闊達のおかげだよ。アイカこそさっきすごい魔法使ったじゃん」
「あぁー…。あれな、前世で観たアニメの魔法なんよ。さっきセシルからヒント貰ったジャッジメントもそうなんやけどな」
魔法のことを褒めるとアイカはバツの悪そうな表情で鼻の頭を掻くと自分で編み出したものではないと白状した。
でも私にとってはそれをそのままこの世界で同じように再現出来ること自体がすごいことだと思うんだけど。
「私はアニメとかあんまり観てないから詳しくないけど、この世界に来て使ってみたいって思うほどのものだったんだね」
「…せや。めっちゃかっこえぇんやもん。折角魔法の使える異世界に来たんなら絶対やらな損や思わん?!」
「い、いや同意を求められても困るけど、これからもいろんな魔法再現出来るといいね」
「セシルはホンマめっちゃえぇ子やなぁ…」
アイカはそう言いながら私の頭を撫でてきた。
その表情はとても優しさに溢れている。けど。
「もうっ!子ども扱いしないでってば!」
「あひゃひゃっ!スマンスマン、ついな」
「むー…」
その後いい加減痺れを切らしたクドーが珍しくイライラした表情を浮かべながら近寄ってきて私達は下層への階段へと足を向けた。
今日もありがとうございました。




