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第147話 少女の夢

チリリン


 軽く響くベルの音と共にドアが開いて私達は中に入った。

 店内は大きな明かり取りの窓から陽光が差し込みその様子を映し出す。

 壁は淡いピンクに塗られていて窓の棧や各テーブルを仕切るパーテーションの縁、テーブルや椅子などは白く塗られておりいかにも女の子が好みそうな配色。

 ところどころに人形や小物が飾られていて、貴族の令嬢でも好みそうな雰囲気になっている。

 ここはリードから教えてもらったミルルお勧めの店。

 店の名前は「少女の夢」という…名が体を表しているような店だ。

 一人暮らしをしていた前世で私もそれなりに部屋を飾ってみたりはしたけどここまでのものは無理だった。

 いくらなんでも二十歳前後になればここまで少女趣味全開の内装には出来ないからね。


「いらっしゃいませぇ」


 店に入って店内を見ていたところへフリルがたくさんついたいかにも小さな女の子が好きそうなピンクのドレスに身を包んだ店員がやってきた。

 妙に間延びした声の三十代くらいの女性だ。


「何名ですかぁ?」

「二人です」

「はぁい。ではこちらへぇ」


 そして店員に案内されるがまま奥へと進んでいく。

 各テーブルはパーテーションで区切られているが、さらに個室のようになっていてテーブルにどんな人がいるか外からでは見えないようにされている。

 とは言え、私の遮音結界(エリアミュート)のようなものが施されているわけではないので話してる内容は聞き耳を立てれば聞こえてしまうけれど。

 店内の真ん中くらいのテーブルに通され、席に着くと店員はその場でニコニコと私達から注文されるのを待っている。

 …いやいや。

 メニューも無しにどうしろと?


「えっと…この店初めてなので何があるか知らないんですけど…」

「あらぁ?そうでしたかぁ。ここはぁお茶とお菓子しか置いてないんですぅ。だからぁ人数分のお茶とぉお菓子をぉ注文してくれたらいいんですけどぉ、特にぃ食べたいお菓子があればぁ追加料金でぇ注文出来るんですぅ」


 …だんだんこの話し方にイライラしてきた。

 いい歳して、更に接客業ならもっとハキハキ話してくれないかなっ?!


「じゃ…普通のお茶とお菓子を二人分で…」

「はぁい、わかりましたぁ」


 店員は私から注文を受けるとそのままテーブルから去っていき、ようやくあの痛々しい雰囲気が無くなってくれた。


「なんだか変わったお店だね?」

「うん…貴族院の友だちから教えてもらったんだけど…失敗だったかな…」

「ううん、そんなことないよ。可愛くって私は好きだよ?」


 気を使ってくれているのか、それとも本当に気に入ったのかわからないけどユーニャはそう言って個室内から見て取れる内装をキョロキョロと見回している。

 お願いだから私と一緒にやるお店の内装をここまで少女趣味にしてしまうのは勘弁してほしい。


「あ、それとごめんね。ここでご飯も食べられるかと思ったんだけどお菓子だけみたいで」

「うぅん。いいよ、そんなことは。それよりどんなお菓子が出てくるか楽しみだね」


 ユーニャは優しいなぁ。

 笑顔であれこれと話を振ってくれるユーニャとお喋りしてる間にパーテーションの壁がノックされ、そちらを振り返ると先ほどの店員がポットとカップの乗ったトレイとケーキスタンドを持って来ていた。


「お待たせしましたぁ。こちらが当店自慢のお菓子ですぅ。どうぞぉ」


 テーブルの上に置かれたケーキスタンドにはクッキーが数種類とスコーン、それといかにも甘そうな砂糖菓子が乗っていた。

 お盆によくスーパーで見かけるような、そんなアレだ。

 甘すぎて私は苦手なんだけどなぁ。

 紅茶は最初だけ店員が注いでくれ、後は適宜自分達で注ぐスタイルのようで私達の前にカップを置くと彼女は一礼することもなく去っていった。


「…とりあえず食べようか?」

「そうだね。私この砂糖のお菓子食べてみたいな…すごい高級品なんだよね?」

「…私はそれいいや。ユーニャ食べたかったら好きにしていいよ」


 そう言ってケーキスタンドからスコーンを一つ取って自分の皿に置くと早速一口齧る。

 これにはあまり砂糖は使われていないようで甘さは控え目で食べやすい。

 しかし口の中に残る粉っぽい感じからしてちゃんと振るって入れなかったか、古い小麦粉を使ってしまったか…とにかくダマになったままでかなり気になる。

 これで自慢のと言われてもちょっとガッカリかなぁ。


「どうしたの?」

「え?ううん、このお菓子もっと美味しく出来るのになぁって思ってただけだよ」

「そうなの?相変わらずセシルはいろんなこと知ってるね」

「…私も伊達に侯爵様のところで従者してるわけじゃないからね」


 ユーニャの指摘は以前からもあったけど、従者になったことで言い訳もそれっぽいものが用意出来るようになって助かる。

 尤も、モースさんにお菓子のレシピを教えているのは私の方だけど。

 せめてパンケーキでもあればまだ良いのだけど、あれはクアバーデス家に売ったものだから私が他のところでも売ってしまうのはまずい。

 かと言って他のレシピを教えるほど今日初めて来たこの店に愛着があるわけでもない。


「でもこっちの砂糖のお菓子はすっごく甘くてなんだかお貴族様になった気分だよ」

「ふふ、良かったね。私の分も食べちゃってね」


 そして私は紅茶だけで過ごそうと心に決めた。




「はぁ…いっぱい喋り過ぎて疲れちゃったよ」

「うん、私も久しぶりにこんなにお喋りしたかもしれない。ユーニャは学校だとあんまり話さないの?」


 カップの紅茶を飲み干して新しい紅茶を注ぐユーニャ。

 ポットの紅茶おかわりは今入っているので四回目だ。


「学校でも仲の良い人はいるけど、こんな風に話せる人はいないなぁ。セシルは?」

「私?うーん…従者クラスの人で何人か話す人はいるけどここまで話すことはないね。それ以外だとみんな貴族だから私からはほとんど話しかけられないし」

「…そっかぁ…セシルも大変なんだね…」


 眉がハの字になって私を労ってくれるけど、言うほど大変ではないんだよね。

 前世でも基本ボッチだったから一人でいることに不安を覚えることもない。

 勿論、こうやってユーニャと話していると楽しいからいつまでも一緒にいたいって思ってしまうのは彼女が大切な友達だからだ。他意はない。ないったらない。


「それじゃ五の鐘もさっき鳴ったし、そろそろ帰ろうか」

「うん。セシル、今日はありがとう。あとご馳走様です」


 少しだけ申し訳無さそうな顔をしたけど、お菓子に満足したユーニャはとても良い笑顔でお礼を言ってくれた。

 それだけで私は十分だよ。

 店員を呼び、会計したい旨を伝えるとしばらくして木札に書かれた金額をテーブルに置こうと差し出した。

 冒険者として、またチートで育ち過ぎた私の目はその金額をユーニャが見るより早く確認したためテーブルに置かれるより早く店員から木札を奪い取った。


「ユーニャ、私お金払ってくるから帰る支度してて」

「うん、わかった」


 私は木札を持って店員と同時に個室から出てお店の支払い場所へと向かった。

 とてもじゃないけどこの金額をユーニャには見せられない。


カチャ チャリ


「はい。これでちょうどだよね?」

「はぁい、確かにぃ。ありがとうございましたぁ」


 まさかの小金八枚銀貨三枚。

 あの砂糖菓子の値段が馬鹿みたいに高いんだろうけど…ここに来る人はみんなこのくらい払ってるのかな。

 とは言っても食事代は私持ちという条件でこのユーニャとのデートは成り立っているし、何より彼女に気を使わせたくないのでこのまま何も知らせずに帰るのが一番だろう。

 一応ユーニャには私抜きで来ないように注意しておこう。

 支払いを済ませて店の入り口へと向かうとユーニャも準備が終わっていていつでも出られる状態だった。

 名残惜しいけど時間も時間だし、さっき言った通りそろそろ帰ろう。

 しかし私が入り口のドアを開けようと振り返ったところ、新しいお客さんが来たようでチリリンと可愛らしいドアベルの音が響いた。


「ただいまシレーヌ」

「おかぁえりぃ兄さ…姉さん」


 私の真上から響いてきた声に店員が答える。

 どうやらここの家族らしい。

 しかしどこかで聞いたような声に私は視線をどんどん上へと上げていく。

 するとこれまたどこかで見たことのあるようなピチピチのボンテージに包まれた魅惑の筋肉が露わになっていき、その顔を見ると…。


「あ、姉さん?」

「あらん?セシルちゃんじゃない?シレーヌのお店に来てくれてたの?」


 ジュリア姉さんだった。

 今日は黒いボンテージに身を包みガチムキの筋肉を見せびらかしており、いつか一撫でさせてほしいと思うとても良い体をしている。

 というか。


「ここ姉さんの家だったの?」

「そうよぉ?シレーヌが喫茶店をやりたいって言うから家を改造してお店にしたのよ。とっても女の子らしくて可愛いでしょう?」

「…うん、姉さんには似合わないけど…」


 ついぼそっと本音を呟いてしまった私に一瞬で氷魔法でも撃たれたかと思うほどの寒気が走った。


「あぁん?!」


 さっきまでとてもにこやかに微笑んでいた姉さんから放たれる殺気。


「うひっ?!い、いや姉さんはいつも大人の色っぽい格好してるから可愛い女の子って感じじゃないよねってこと!」

「あらぁ…さすがセシルちゃん。アタシのことよくわかってくれてるのね」


 相変わらず姉さんに凄まれるとすごい迫力がある…。さすがは元高ランク冒険者。

 こういう変わった人も嫌いじゃないけど変な地雷があるから怖いよね。


「それはそうと…そっちの子は前にギルドの受付カウンターで騒いでた子ね?」

「はっはい!その節はご迷惑をおかけしました!」


 先程の姉さんの殺気が効いたのかユーニャも最初から丁寧な対応をしている。まるでクレーマーを対応している店員のようだ。


「いいのよ、アタシはなぁんにも迷惑受けてないんだし。それより帰るとこだったんでしょ?またギルドにも二人で遊びに来なさいな」

「姉さんは私が持ってくる大量の素材が目当てでしょ」

「んもぅ、セシルちゃんってば意地悪ねぇ」


 ここ王都の冒険者ギルドも素材買取カウンターでより良い素材の買取をすることで評価が上がっていくスタイルなのはベオファウムと同じだ。

 いつも私が脅威度の高い魔物の素材を持ち込んでいるので姉さんの評価は鰻登りらしい。とクレアさんから聞いた。

 ちなみにクレアさんの評価も冒険者が依頼を達成することで上がっていくので、最近ボーナスが出たと私にお礼を言ってきたっけ。言うだけだったけど。


「それじゃ私達は帰るね。ユーニャを国民学校の宿舎に送っていかないといけないから」

「ありがとうございましたぁ」


 最後の最後に姉さんの妹であるシレーヌさんの間延びした挨拶を受けて私達はこの喫茶店「少女の夢」を後にした。

今日もありがとうございました。

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