第139話 どこかで見たお姉さん
店先で大声を出した人物はタコヤキを一つ食べたところで固まっていて動こうともしない。
そんなに美味しかったのか、あるいは口に合わなかったのか。
あ、違う。
いきなり再起動したかと思ったらすごい勢いで食べ始めた。
「こ、これや…。ウチのソウルフードやっ!これがまた食えるとは思わへんかった…」
そして全部食べ終えたかと思ったら何やら呟いている。
ソウルフードとか久々に聞いたよ、そんな言葉。
「おかわりっ!」
「…あの、すみません。他にお待ちのお客様がいらっしゃるので順番を守っていただかないと…」
「なっ!なんやてっ?!折角タコヤキに再会したウチに待てっちゅうんかいなっ?!」
「いえ…その皆さん順番を待ってらっしゃるので…」
「ぐっ……うっ…。順番守るのは当然やな…ここで無茶苦茶言うて割って入ったらタダのオバチャンや…。せやけど…なんでウチは一つしか買わんかったんや…」
その人は物凄い絶望感を周囲に放出しながらフラフラした足取りで列の最後尾へと足を向けていった。
なんだろ?なんかすごく気になる。けど、何が気になるのか全く解らない。
あの人からじっくり話を聞くには……これしかないか。
「ちょっと焼き役変わって!」
私は焼き役の一人を強引に押し出すとその場で手早くタコヤキを作り始めた。
本来ならじっくり鉄板で焼くところを炎魔法を併用して少しだけ時間を短縮していく。十人前をすぐに作り上げると押し出した焼き役の子に再び任せ、半分を持ってさっきの人を探しに行くことにした。
列の最後尾を目指して走っているとまだその人は最後尾に辿り着いておらず、重い足取りでゾンビのように歩いていた。
あまりの雰囲気に周りの人が避けて通るほどに。
そして何の戸惑いもなく私は声を掛けた。
「あのっ!」
「…なんや…ウチかいな?何の用事があんのや…ウチはこの行列の一番後ろに行かなアカンねん…」
先程から聞いてるこの関西弁がとても気になったので私もとっさに返してみる。
勿論この世界の言葉だからちゃんと関西弁になってるかは解らないけど。
「ちょっとタコヤキで茶ぁしばかん?」
「……ぷ。なんやねんそれ。……ってタコヤキっ?!」
「はぁぁああぁぁぁぁ…美味かったわあ…」
「…全部食べたね…」
「そらそうや。タコヤキとかどんだけ食うてへんかったと思うとんのや?」
「えっと…知らんがな?」
「あー。無理にウチにあわせんでええて。喋りやすいようにしてればえぇねん」
むー?私の関西弁っておかしいのかな?
私達は二人で国民学校の敷地内にあるベンチに座っている。タコヤキは目の前の彼女が一人で全て食べてしまったので今手元にあるのは近くの屋台で買った飲み物だけだ。
果実を絞ったものを水で薄めて作ったものだけど、ぬるくて美味しくなかったので私の魔法で氷を出して冷やしてある。
このお姉さん、さっきまではフードを被っていたけど今はそれを取り去って素顔を晒している。
真っ黒で少し固そうな髪は短く切られており活発そうに見えるが対称的なほどに白く不健康そうな肌。不健康そうに見えるのに体格自体は細すぎるということもなく程よく肉もついているように見える。ダボっとしたローブに身を包んでいるため解り難いけど腕や膨らんでいる胸を見る限りはそう思える。
そして茶色い瞳。
どこかで見たことあるような?
「あ、うん。ありがとうごさいます?それで、えっと…」
「なんや?用事もあらへんのに声掛けたんか?…ちゅーか、自分えらい久し振りやなぁ…王都に来てるんやったら店に来てくれたら良かったんに」
「え?久し振り?」
「…ちょっと前にベオファウムで会ったやろ?ノーラルアムエの花採ってきてくれた子やないん?」
ノーラルアムエの花?この関西弁…怪しげなお姉さん…思い出した。
「思い出した…そういえば、そんなこと言われた気が…」
「って忘れとったんかいっ!」
びしっ
「いたっ?!」
目の前のお姉さんは突然手刀を私のおでこにぶつけてきた。
避けられたはずなのに避けられなかった。速度はそんなになかったはずなのに…なんでだろう?
「前にメモ渡しとったやろ?!」
「あぁ…そういえば…」
私は腰ベルトから以前渡したと言われたメモを取り出した。
今まで忘れてたから取り出すことすら出来なかった物だ。
魔法の鞄は便利だけど何が入っているか覚えてないと取り出すことが出来ないところだけは不便。
忘れっぽい人は決して使っちゃいけないね。
「って持ってるやないかいっ!」
びしっ
「たっ?!」
また叩かれた!
しかも痛くないのに何故か声も出る。不思議だ。
「まぁ?お嬢さんも事情があるやろうし?忘れてたんはしゃーないわ。ウチら一回しか会ってへんし?他にもいろいろ大変な思いしてるやろうし?」
お姉さんはチラチラとこちらを見ながら恨みがましく言葉を重ねていく。
ここはちゃんと謝った方が良さそうだ。
「えー……ごめんなさい」
「…まぁええわ。お嬢さんも折角王都にいるんやったら紹介したい人もおんねん。この後暇か?」
「重ね重ねごめんなさい。私さっきのタコヤキの屋台が終わるまでは手伝う約束してるし、その後もちょっと…」
「別に夜遅くなってもかまへんで?」
「うーん…貴族院の寮の門限は六の鐘までだから、それ以降は外出出来ないよ」
「貴族院?なんや貴族やったん?」
「違うよ。従者で入ってるの」
「ほーん…?」
さすがに門限過ぎまで外出するのはまずい。最悪退学になるしそうなると私の命に関わる。
「ちなみに貴族院の門限な、六の鐘には閉められるからそれまでに院内での在籍確認をせなアカンってやつやろ?」
「…そこまで細かく確認してないから解らないけど、六の鐘までには寮に戻れって」
「あれな、一の鐘には門開くで」
「…えぇ…うそぉ…?」
「いや、ホンマやって。ウチ何回も確認したから間違いあらへん。…五十年前やけど」
「は?五十?」
「なんでもあらへん。とにかく昔から規則は変わってないはずやで。なんせ一の鐘の頃に業者が食材なんかを搬入してるさかいな」
…なるほど。朝食から新鮮な野菜が出てるのを不思議に思ってたけどそういうことだったんだ。てっきり魔法か何かで鮮度を保ってるのかと思った。
「せやから『早朝』なら来れるんやない?」
「…行ける、と思う。起きられれば」
「若いんやから一晩や二晩寝んかっても平気やろ」
「むー…成長期だから夜はしっかり寝なきゃだよ」
「あー、それはそうやなー。おっぱいもおっきくなるとえぇなー」
「むーっ?!なんで気にしてること言うかなっ?!」
「図星やったんか。スマンかったなぁ」
「笑いながら謝られても許せないからっ。というか絶対謝ってる気無いでしょ?!」
私が本格的にイライラして怒気を出し始めたのを感じ取ったのかお姉さんはベンチから立ち上がりステップを踏むように逃げていく。
「本気で怒られたら敵わんからな、ほなサイナラー」
「ちょっ?!待ちなさいってば!」
「待てと言われて待つ奴なんかおらへんよ。ほなウチは店で待っとうからなー」
そのままお姉さんは速度を上げて人混みの中へと消えていった。
魔力を一度感じ取ったから探知でお姉さんがどこにいるかはすぐに見つけられる。
でもそろそろ店の手伝いに戻りたいので追いかけるのは諦めて私はユーニャと合流することにした。
次に会ったら絶対さっきの報復をっ!
イライラした気持ちをなんとか少し落ち着かせて屋台に戻れば相変わらずの戦場だった。
リードも最早サクラをする必要がないことを悟ったのか遠巻きに眺めるだけで、いつの間にか戻っていたミルルとカイザックも合流して同じようにその様子を見ていた。
「セシル。どこに行ってたか知らないが、そろそろ店に行った方が良さそうだぞ?」
最初に私に気付いたリードが屋台を指差して苦笑いしている。
確かに行列は途切れることなく続いており、最早どこまで繋がっているか見当もつかない。
発表会の終わりも近付いてきているのでそろそろ最後尾に売り切れの看板を持たせた人員の配置をしておこう。
「うん、すぐに戻るよ。リード、発表会の後にユーニャと一緒に商談に行きたいんだけど…いいかな?」
「そうだろうと思っていたさ。ミルリファーナと話してこのまま僕達は寮へ戻るつもりだったからちょうどいい。ババンに会ったら先に戻ったと伝えておいてくれ」
「わかった。…ミルル、カイザック。そういうわけだからリードのことお願いしていい?」
「私は構いませんわ。セシルから頼み事をされるなんて機会、そうあるものではありませんし」
「私も構わない。今日は一日お二人の護衛をするつもりだったからな。リードルディ様はミルリファーナ様と違う寮になるので入り口までとなりますがよろしいでしょうか?」
「あぁ。手間を掛けるが頼む」
以前から知ってるけど、カイザックとミルルが同じ部屋にいて大丈夫なのかな?外聞的な意味もだけど、カイザックの体質の問題もだ。
彼のラッキースケベ体質は最早スキルとしか思えないからね。
私でさえ回避出来なかったトラブルが何度かある。クラスメートには二桁に達している女性も数人いるし、その中にあのミオラも含まれている。
本当に恐ろしい能力だよ。
…私がされたことの内容は言わない。思い出すだけで今すぐにでも殴りたくなるから。
でもミルルがカイザックをクビにしないでそのまま側に置いてるってことはミルルに対しては発動しないのかな?不思議なものだけど…。
考え事をしている今も行列が長くなっているかもしれないことを思い出し、慌てて店とリード達三人とを見比べるとそのままミルルとカイザックに騎士の礼をして店の方へと駆け出した。
私が店に入るのを見届けた三人はベンチから立ち上がり、学校の門へと歩き出していた。
さて、私の戦いはまだ続くよっ!
今日もありがとうございました。




