第135話 発表会開始
メインストーリーに戻ります。
「材料は?」
「全部揃ってる。お釣りは?」
「銀貨を百枚。器材は?」
「あとは火を入れるだけ。呼込担当、整理担当、万が一の材料調達担当は?」
「いつでも出られるよ。セシルの言った通りのぼりも用意した。サクラ?だっけ?それは?」
「貴族院から応援として始まったらすぐ来てくれることになってるよ。…よし、じゃあ準備万端!」
「それじゃぁ…みんなっ!頑張ろう!」
「「「おぉぉぉぉっ!!」」」
私とユーニャで発表会の最終確認をした後、商人科の皆で一斉に拳を突き上げた。
今日が発表会当日。
この日のためにリードを連れて何度か試食会も行い、全員に受け入れられるだけの物は用意出来たはず。
後はユーニャ達商人科の皆がどれだけ頑張れるかによるだろう。
私達が位置に着いてすぐ、発表会開始の合図が流れる。
小さな花火のようだけど音だけのもの。
運動会が開催される時に鳴らされるやつだね。
私は園からの通いだったからあの時は小学校に通う兄弟姉妹達とみんなでお弁当を囲んだっけ。
なんだか遠い昔のように感じる。ざっと二十年以上も前なのだし当然なのかな?
さて、発表会が始まってすぐはその発表内容を聞いたり、制作物の見学などに行くため飲食店に来る客は少ない。今のうちからサクラを仕込んでおいて、そういう客が帰るときにすぐに捕まえられるような体勢を整えておきたいね。
しかし本当に学園祭のような感じ。
私の通っていた高校もこんな風に部活での制作物発表や演劇部、吹奏楽部の発表があったっけ。
他にもグラウンドで生徒の主張をハンドマイクまで使ってやったり、今私がしているような飲食店もかなりの数が出ていた。
数少ない友人はクラスでの役割を果たしつつ、どうやって全部回るか綿密な計画を立てていたけど結局三年間一度も全て回れなかったはず。今頃何やってるかなぁ。
「セシル!お待たせしましたわ」
「…あ、ミルル!ありがとう来てくれて」
自分の名前を呼ばれて振り返ってみるとそこには制服を着たミルルとリード、それとカイザックが早速来てくれていた。
ここ国民学校で貴族院の制服は目立つかというとそうでもない。
貴族の制服は色が違うのでわかりやすいものの、従者の制服は国民学校と同じなのでカイザックは普通にここの生徒としても通りそうだ。
尤も、今日はここの生徒はそれとわかるように自分達の腕に腕章を着けているし、貴族と一緒にいれば貴族院にいる従者ということがすぐにわかる。
かく言う私も商人科の生徒達と同じ制服を着ているものの、腕章を着けていないのですぐにわかる。
ちなみに今日ここでは貴族としての対応を求められることがないそうだ。
一部無茶を言い出す輩はいるようだけど、その場合の対処もまた勉強ということらしい。なかなか厳しい。
「セシルの新しいレシピと聞いて一番に行こうと思ってましたもの。それで…何を作っているの?」
「ふふ…それは食べてからのお楽しみだよっ。すぐに作るからちょっと待っててね」
「セシル殿、リードルディ様の護衛は任せてくれ。その分腕によりをかけて作ってくれ」
「うん、カイザックもありがとう。リードを宜しくね」
私は縁日に出ている屋台そのままのお店に入ると早速準備を始めた。
目の前の鉄板は既に火にかけてあるのでいつでも使える。
屋台の後ろでは材料の準備をお願いした生徒達がいて、そこから金属で作ったポットを一つ受け取った。
ポットから薄黄色の液体を鉄板焼きの上に流し込むと、それらは窪みに入っていく。ピンポン玉より少し小さな玉状の窪みでそこにどんどん液体が貯まっていく。
一通り流し込むと今度は別の材料が入ったバットを掴んでその窪みに一つずつ落としていくと液体の中に少しだけ沈み込んでいくので太めの針のようなもので窪みの周りをつついて形を整えていく。
ある程度火が通ったらその針を二刀流にして窪みの中でくるくると回してからひっくり返し、また少し焼いていく。
そこから木で出来た器にその出来上がったものを六つ乗せてから、私が作ったソースを掛ければ出来上がり。
「はい、お待遠様!」
「早いですね!…あの、セシル?これは?」
「ふふ、それはこの木で出来た針…爪楊枝で一つ刺してそのまま食べるんだよ」
「…フォークもナイフもスプーンもないんですのね」
「ミルル…ここは平民の学校なんだからそういうのは逆に邪魔でしかないよ」
「そういうもの、ですのね。では早速いただきますわ」
ミルルとカイザックは私から渡された皿から爪楊枝で一つその玉を突き刺して口に運んだ。
カイザックは一口で、ミルルはその半分を齧った。
「…っ?!あっ!あふっ、あつっ?!」
「出来立てだからね、そりゃ熱いよ。ちゃんと冷ましながら食べて」
その言葉にミルルは自身の小さな唇を一生懸命尖らせて、ふーふーしながらやっとの思いで残り半分を口に入れた。
「美味しいっ!外はカリっとしていて中はふろふろのトロトロ。かかってるソースも黒い方は深いコクのある塩気のあるものと濃厚な味わいのあるまろやかな二種類でとても素晴らしい味ですわ!」
食レポみたいな解説ありがとうごさいます。
ミルルのセリフは私は苦笑いが止まらない。
「更に中に一つだけゴロッと入っている不思議な歯応えの食材。噛むほどに甘味のような不思議な味もしますし、何よりも癖になっていくらでも食べられそうです!」
「…お嬢様…さすがにいくらでも食べてしまわれては…その…体型が…ぁぁぁぁぁっ?!!」
ミルルは私の方を向きながら笑顔で食べ続けているけど、横からカイザックに余計な一言を言われたため表情も変えず予備動作すら無しで彼の足を思いっきり踏みつけていた。
だからデリカシーがないって言われるんだよ、このラッキースケベ魔神め。
それさえ無ければいい男であることは間違いないのに全てを台無しにする、それがこのカイザックという男だ。
「とてもとても美味しいわっ!セシル、お代わりをいただけます?」
「ふふ、ありがと。でも出来ればお代わりはもう少し他のお客さんが通りに増えてきてからでもいいかな?」
「あら…私ったら…。あまりの美味しさにお願いされていた役目をすっかり忘れてしまうところでしたわ」
「その代わり、あとでお腹いっぱい以上に食べてもらうことになるからね?」
「望むところですわ!…そういえばセシル、この料理は何という名前なのかしら?」
ミルルに渡していた木の皿を受け取ってユーニャに洗い物を頼む。
ちゃんと話しながらでも仕事はするよ?
まだ通りにはあまりお客さんがいないから少しくらい雑談している時間はあるよね。
「これはね、タコヤキって言うんだよ」
「タコヤキ…?変わった名前ですのね?」
前世の知識から引っ張り出してきたレシピ。
学園祭という場で出すのにピッタリな上、ちょうど私が最近手に入れた食材を活用出来る機会だったので遠慮無く披露することにしたのだ。
一番苦戦したのはソース作りだったけどね…。
前世ではスーパーで売ってるのを買うだけだったし、一から作ることなんて普通やらないでしょ。いろんな魔法使いまくってようやく完成させた品なのでタコヤキよりもこのソースの方がお金かかるだろう。
「本当にセシルはいろんなことができるのね。私スカウトしたい人材の第一位は間違い無くセシルですわ」
「ふふ、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃありませんわ!…っとと。リードルディ卿が睨んでましたわ」
「…あの子も本当に大人気ないなぁ…」
「男のヤキモチは醜いですわね」
そんな風にミルルと話し込んでいたところへユーニャがニコニコしながら戻ってきた。
周りにある他の食べ物屋と違ってかなり物珍しいからか現時点での売上もそう悪くないからか機嫌が良さそうだ。
「セシル、お店は順調だよ」
「ユーニャ。あ、そうだ紹介するね。今日のサクラをお願いしたミルルだよ」
「はじめまして、ユーニャさん。私貴族院でセシルと仲良くさせていただいてますミルルと言います」
敢えてミルルには家名も正式な名前も名乗ってもらわないことにした。
他の生徒の手前、家名だけでもかなりの影響力が出てしまう為だ。なのでリードも試食会からずっと「リード」として通している。下手に次期侯爵なんてことが知られたら「侯爵家御用達」なんて本人の知らないところで広まってしまうことも考えられるからね。
「こちらこそはじめまして。セシルとは小さい頃からの親友でユーニャと言います。よろしくお願いします」
「ふぅん…小さい頃からの親友、ね…?」
「…あの…何か?」
「うぅん。小さい頃のセシルの話に興味がありますの。今度是非一緒にお食事でもいかがかしら?」
「えぇっ?!き、貴族様と食事って…」
なんかリードの方を向いてる内に話が妙な方向に進んでるのは気のせいかな?
なんでミルルがユーニャを食事に誘ってるんだろう?
「食事と言ってもそんな堅苦しいものではありませんわ。お茶を飲みながらお菓子を摘まむ程度でも構いませんわ。ね?」
「え、えぇ……」
「ちょっとミルル。あんまりユーニャを困らせないで」
「あら?困らせてしまいましたの?申し訳ありません、私ったら…」
「いっ、いえっ!とんでもありません!是非ともご一緒させてくださいっ!」
…あれ?ユーニャったら思ったより乗り気だね?
まぁでも貴族様とお近付きになれるチャンスなんてそう無いもんね。リードとは昔馴染みとは言え、やっぱり女の子同士の方がいろいろ話したいこともあるしさ。
「ありがとうごさいますユーニャさん。でしたら今度国民学校経由で貴女宛てに招待状をお送りしますわ。楽しみにしていますね」
「は、はいっ。ありがとうごさいます!」
そんな様子を肩を竦めて見ているとミルルは屋台から少しだけ離れていった。
ちなみにリードとカイザックの手にはしっかりとタコヤキが乗っているのは言うまでもない。
特にリード。貴方試食会から数えたら何回も食べてるんだからそんなに頬張らなくてもいいんじゃないの?
カイザックは初めて食べたタコヤキに感動しているようで口の中を火傷しながらいくつも食べている。というかしっかり護衛の仕事しなさいよね。
しばらくはポツポツと売れるくらいだったが、四の鐘間近になってくると途端に通りを歩く人が増えてきた。
さぁて…そろそろ呼び込み部隊に動いてもらって荒稼ぎしなきゃね。
今日もありがとうございました。




