第130話 呼び出し
力強く掴んだ制服が破れてしまうんじゃないかと思うほどだったけど、ユーニャにされるがまま抱きつかれたままでいた。
同じように私もユーニャをぎゅっと抱きしめていたし、ずっと会えなかった私達にとって大事な時間だった。
どのくらいそうしていたかわからないけど、二人でお互いの名前を呼び合いながら抱きしめあっていると
「セシルちゃん、お友だちと仲が良いのはわかったからいつまでもそうしてると他の人も気にするからそのくらいになさいな」
ジュリア姉さんが冷静に私達を引き剥がしてくれて、見つめ合いながらも今更恥ずかしくになり真っ赤になって俯いてしまった。嘆息を吐きながらも姉さんが打ち合わせスペースに連れてきてくれて席に着いた。
「まるっきり初々しい恋人同士ねぇ。セシルちゃんってばそっちの気があったの?」
「いやいやいや違いますからっ!私普通だよ!」
「やーねー、いいのよ、わかってるからっ。ちゃーんと内緒にしとくわよ」
「わかってないよね?!絶対誤解してるよねっ?!」
「はいこれサービスよ。とりあえず話はまた今度聞いてあげるわー」
勝手に勘違いするだけして姉さんは手を振りながら自分のカウンターへと去っていった。
次に会ったときにはもっとしっかり説明しよう。
気を取り直して正面を向くとユーニャが困ったような顔のまま周りをキョロキョロと見回している。
三年前別れた時には肩くらいまで伸ばした薄水色の髪だったが、今は更に伸ばして腰くらいまである。背も私より高くてスタイルも私より出るとこ出て……出て…。なんでだ…同い年なのに、なんでこんなに違うの…。
ファムさんほどじゃないけど、前世の私を既に遥かに上回っているし何よりもまだ十一歳だというのに周囲にいる冒険者の男共の視線を集めまくっている。
ユーニャ…恐ろしい子…。
それにしてもさっきあれだけ依頼受付カウンターで大声出してたのに、今更緊張してきたのかな?
「それでユーニャ、懐かしいし嬉しいからいろんな話をしたいところだけどまずはユーニャの話を聞かせてくれる?」
「うん、私は村を出てここの国民学校に入って…」
「じゃなくてっていうか知ってたけど、冒険者ギルドに依頼を出した件についてだよ。あの依頼は私への指名依頼にしてもらったから詳しい話を聞きたいの」
「えぇ、だからその話も含めてになるのよ。そこまで長い間話にならないから聞いてくれる?」
「あ…うん、ごめんね」
「ふふ、いいよ。セシルは相変わらずだね。それでね…」
それからしばらくユーニャの話が続いた。途中で飲み物を追加注文したり、私から少し質問したり、適度に相槌を入れたりして聞いた話はこんな感じだ。
ユーニャの入学した国民学校では年に一回学校の門を開き民衆を受け入れて自分たちの学習内容を発表する式典があるそうだ。学園祭のようなものだと思って良さそうだね。
そしてそこでは外部からの来客に対して飲食の提供を行い、その売上金を翌年の活動資金に出来るという。
ユーニャのいる商人科はとにかく金が掛かるので何とかこの機会に多く売上を出し、翌年以降の予算に回したいとのこと。
学校側としては同じように金の掛かる兵士科には多くの予算を割くものの、商人科には自分達で稼いで金を作ることを実習として取り入れているのだと。
これは何年も前に王国側から正式に通達されたことであり、商人としての修行としては申し分無いと商人科の生徒からも受け入れられてはいる。
問題があるのはここからだ。
今後の実習では大口取引の勉強も控えているため、より多くの資金が必要となる。そのための予算を早い段階から用意できれば良いが、いつまでも用意出来なければ翌年になってもその資金を稼ぐために東奔西走することになるのだとか。
ユーニャは勉強熱心だし、こういうことで躓いて前進出来ないのは不本意な上にかなり不満があるのだろう。
ということでひとまず事情は理解した。
「でも、普通冒険者に頼むようなことじゃないよね」
「だって…料理屋さんにお願いしたけど、採算採れなかったり門前払いでもう打つ手が無かったんだもん」
「だろうねぇ…新しいレシピなんてそれこそどこの料理屋さんだって喉から手が出るくらい欲しいと思うよ」
ユーニャは私の言葉に俯いてしまい絞り出すように告白する。
「だって…やらなきゃセシルとの約束守れないかもしれないんだもん…」
「約束…?一緒にお店やろうって?」
こくりと小さく頭が動いた。
表情は窺い知れないけどかなり思いつめているのかもしれない。
とりあえずデコピンかな。
ぴこんっ
「いたっ?!もう、何するの?」
「ユーニャは馬鹿だなぁって思って」
「もうっ!私は本気でっ!」
「そんなの出来なくても私は約束を守るよ。だからユーニャも気にしなくていいの」
ニッコリと微笑んで飲み物に手を出すとユーニャも突然のデコピンに怒っていた顔を緩ませた。
「でもユーニャが出した依頼は私が引き受けたから、それはそれとして出来ることはさせてもらうよ」
「え…でも…」
「でもじゃない。ちょっと早いけどユーニャとお店やるための予行演習みたいなものでしょ」
「セシル……ありがとう。でも、新しいレシピなんてセシル用意できるの?」
尤もな意見だけど、それは私がリードの家庭教師として領主館で何をしてたか知らないからだね。
マズで仕入れた魚介類もあるし、やれることはいろいろある。
「勿論!でもその前にもうちょっと話を詰めておきたいからいくつか質問させてね」
私の明るい表情にようやく安心出来たのかユーニャの顔にも昔のままの笑顔が見えるようになった。
「おい…あの金賤鬼がほぼ無報酬で動くのか…」
「信じられん…まるで金にならないのに…」
「まさかあの少女を…?」
後ろから何やら不穏な言葉が聞こえてきたので振り向いて威圧を放っておいた。
ユーニャに聞こえたらどうしてくれるっ?!
その後の話し合いで決めたことはこんな感じだ。
まず揃えてもらいたい材料はユーニャが用意すること。こちらからは材料の指定だけする。
材料費も出そうとしたらユーニャに怒られてしまった。曰わく、利益率をちゃんと出さないと商人として成り立たないとか。別にいいのにね。
次に試作品を作りたいから来週の土の日に中央の石碑で待ち合わせして、国民学校へ向かうこと。
レシピの所有権はユーニャに渡すこと。
他にもいくつか取り決めをして、私達は冒険者ギルドを後にした。
そして帰り道。
昔のようにユーニャと手を繋いで歩いているとすっかり調子の戻った彼女がじぃっと私の顔を覗き込んでいるのに気付いた。
「な、何?」
「うぅん。セシルはやっぱりセシルだなぁって。私が困ってる時にはやってきてあっという間になんとかしちゃう」
「買い被りすぎだよ。ただ私に出来ることだから協力してるだけ」
「そんなことない。私は貴女と友達になれたことを誇りに思うよ。まだたったの十一歳だけど私の人生で一番の宝物なの」
真っ直ぐ見つめられてそんなこと言われたら照れてしまうよ。
ユーニャから顔を逸らして明後日の方向を見ようとしたけど、彼女に手を引っ張られてしまい私の赤くなった顔をしっかりと見られてしまった。
ユーニャはそれで一頻り笑うと「大好きだよ」と言って、国民学校の宿舎の方へと走っていった。
何なのもう……ユーニャはゲームのヒロインキャラか?
私達女同士なんだけどなぁ…。
貴族院の寮に戻るとリードが部屋の中でトレーニングをしていた。
腕立てや腹筋でもしていたのだろう。
カーペットに布を敷いて汗が染み込んでいるのがわかる。
「ただいまリード」
「おかえりっ。…ふぅ…依頼はもう片付いたのか?」
「えぇ、そっちはあっさりとね。そうそう聞いてくれる?」
「む…?セシルにも話があるように僕からも一つ話がある」
「うん?そうなの?じゃあそっちを先に聞くよ」
私は一度自室に戻り腰ベルトを外して部屋着に着替えると再びリードのいるリビングへと戻った。
その頃にはリードも筋トレで汗をかいた服を着替え、ソファーに座っていたので、私も紅茶のポットを手にしてその向かい側へと腰掛けた。
魔法でお湯を注いでカップに紅茶を入れると私からリードに切り出した。
「それで話って?」
「あぁ、今朝方クラトスがここに来てな」
「クラトスさんが?」
クラトスさんとはクアバーデス侯爵の秘書兼執事長のロマンスグレー感たっぷりのおじ様だ。
奥様一筋で領主様と同じくらい大切に思っていると聞いたことがある。
「僕はセシルが今日戻ると聞いていたのでそのことを伝えるとクラトスからも伝言を預かった。『寮に戻り次第すぐに王都クアバーデス邸に来るように』とのことだ」
「王都クアバーデス邸に?」
一応クアバーデス侯爵もここ王都に屋敷を持っている。
王都のゴチャゴチャした感じがあまり好きではないと言ってたけど、貴族としての義務もあるし会議などあれば滞在するための屋敷は必要になるからだ。
確かヴィンセント商会の近くにあったはず。
「何の用事だろう?」
「さぁな。僕はそこまで聞いていない。全く…僕が主人なのにこの扱いはどうかと思うのだがな?」
「あははは…それはまぁ…ごめんなさい?」
「…まぁいい。なので話が終わったら早速セシルはクアバーデス邸へと向かってくれ。寮監にはクラトスから説明してあるので門限は気にせず今夜はクアバーデス邸に泊まるようにと言われたぞ」
「わかったよ。リードは?」
「僕は呼ばれていないからな。セシル一人で来るようにと言われたぞ」
「ふぅん…?まぁ行けばわかるかな」
「そういうことだ。それでそちらの話とは?」
そこまで話すとリードはカップを手に取り一口啜った。
私もそれに倣い、一口紅茶を飲んで唇を湿らすと話を切り出した。
「さっきね、冒険者ギルドに行ったらユーニャに会ったの!」
「ユーニャ…とは、セシルの村にいたあの娘か?」
「そうそう!すごく成長してて綺麗になっててね!」
「ふむ…それなら良い縁談相手がすぐに見つかるだろうな。なんなら父様に口添えしてもいい」
「いや、そういう話じゃないから。それでね」
私はリードに国民学校の発表会の件を伝え、その前にユーニャと試食会を行うことを伝える。
するとリードはすぐに食いついた。
「僕も行く」
「…まぁそう言うと思ったよ。試食会だしあんまり大勢では行けないからあくまで私とリードだけでね。いろんな人がいると仰々しくなって味がわからなくなっちゃうから」
「心得た。ババンやミルリファーナには秘密にしておこう」
「お願いねっ」
そこまで言うと私達はお互いに立ち上がり、自室へと戻った。
私は着替えて出掛けるために。リードはトレーニングを再開するために。
紅茶のポットとカップを洗うと私はすぐに寮を出たのだった。
今日もありがとうございました。




