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第112話 二年次実地演習 1

少し長めに続く話です。

文字量はいつも通りですが。

 早いもので貴族院を卒業してから二十年が経った。



 とか考えていそうな顔だね。


「先生、何を呆けているのですか?」


 私は目の前で窓の外を眺めている一人の先生に声を掛けた。

 この人は算術の講師をしている先生で、三年次までは必修の科目となるため私もその講義には出ている。

 多分癖なんだろうが、時折窓の外を眺めては何やら妄想に浸ってるっぽい。近寄ったら駄目なやつかもしれないのに、つい突っ込みたくなってしまったというわけだ。

 それにしても算術の講義も未だに分数の掛け算割り算をしているのでかなり面倒臭い。いい加減最初にテストして合格だったら免除とかってシステムを導入するべきだと思う。


「あぁセシル君、こんにちは。いや、良い天気だと思ってね。これなら来週からの実地演習も晴れてくれるだろうかと」

「そうですねぇ。実地演習は王都の北の森で行われるんですよね?」

「そうです。あそこは森の中に川や湖もあって演習には向いていますからね。今頃は実技担当の教官達が強い魔物の間引きをしていると思いますよ」


 そう、二年次の春に必ず行われる王都近郊での実地演習というものがある。

 これは貴族達が万が一に備え、森や山などで遭難や追っ手から逃れ生き残るために行われる訓練で原則として全員参加となっている。

 ちなみに今年行く森には私も冒険者としての依頼で何度も立ち入っているのであまり物珍しい感じはしないし、既に位置登録の魔法でいくつかのポイントを押さえている。


「ですが…毎年必ずアクシデントは起こるものですから、セシル君も注意するようにね?」

「ご心配いただきありがとうございます。必ずや主人を守って目的地まで辿り着きます」


 右手を胸に当てて会釈すると先生は満足したのかそのまま微笑んで立ち去っていった。




「ということでリードに関しては心配してないけど、大丈夫よね?」

「無論だ。あそこの森にはセシルともミルリファーナ達とも何度か行っているしな」

「これから出発して、全員で森の手前まで移動。その後は決められた順番通りに演習開始で、三日以内に目的地まで辿り着くこと」

「クラスでも何度も受けた説明だ。理解している」

「水や食料は配られた二食分のみ。後は全て現地調達すること」

「万が一迷ってしまった場合でも教官達があちこちに配置されているので、どうしようもない時は保護を申し出ること、だったな?」

「完璧ね。目的地は出発するまでわからないらしいから、後は臨機応変に」

「心得た」


 当日の貴族院出発直前に私は主人となるリードと共にこれから行われる演習について最終確認をしていた。

 自分一人だけなら開始直後に飛び立って上空から着陸してしまえば十分もかからない演習だけど、これはリードのための訓練なので今回はサポートに徹することにしている。

 勿論万が一のことなど起こらないように注意はするけどね。

 しばらくして校長が訓練所に置かれた台の上に上がって挨拶を始めたが、ほとんどの生徒が話を聞いていなかった。

 そりゃ入学式や何かしらのイベントの際、毎回毎回ながーーーい話をしていれば皆気が滅入るしいい加減同じような話ばかりなので飽きてしまうだろうね。

 私もその内の一人だけどさ。

 校長が自分の話の長さに足が震えてきたところでようやく話が終わり、続いて今回の演習の統括もしている実技教官長からの注意があり、ようやく生徒達は揃って出発することとなった。

 演習が行われる今回の森の入り口までは貴族院から徒歩での移動となる。

 普段から冒険者として活動しているのならともかく文官程度の体力しかない者もかなりいる。それは貴族の中でも同じで、下手をすれば従者達より多いかもしれない。そのため出発地点に辿り着くまでの行軍速度はかなり遅い。従者の多くを護衛として連れてくる貴族が多いのはこういった演習があるからかもしれない。ちなみに四年次にももう一度行われることになっている。

 但しそういう体力のない貴族達にはそれなりの目的地が設定されているし、それなりの成績しか取れないようになっている。この演習の結果が二年次の成績に大きく関わっているのは周知の事実なので気合いを入れている生徒もかなりいる。

 特にAクラス下位の貴族やより上のクラスへと上がろうとしている貴族達はその傾向が強いと言えるだろう。


「とりあえず、現地に行くまではゆっくりの移動になると思われます。リードルディ様もあまり気負わずに行きましょう」

「そうだな。気疲れしてしまっても面白くない。たまにはそういうのも良いだろう」


 他の人の目もあるため言葉遣いに気を付けながらリードの後ろを歩いていく。

 荷物は持ってあげてもよかったのだけど「それでは訓練にならんだろう」と言っていたので私も自分の分しか持っていない。

 勿論さすがの私も魔法の鞄を持ってくることは止めておいた。

 周りの目を気にしたのもあるけど、下手に狙われても面倒だし嫉妬のネタになることもないしね?

 リードは同じクラスの人と思われる貴族と話しながら現地へと向かい、私は私で探知スキルを使って周囲の状況を把握していく。知覚限界を合わせることで私の把握できるエリアは自分を中心に一テロメテルにもなる。

 ちなみにテロとは前世での万に当たる。なのでこの場合は十キロメートルということ。

 貴族院に来て習った単位ではあるがあまり一般的にはないとのこと。

 そこまで距離や重量を表すことがないのだろうね。一応重量を表す単位もあったのだけど、とある入れ物にいっぱいまで入れた水と同じ重さを基準にしていたため私はそれを使わないことにした。だって気圧とか温度で水の重量って変わるよね?しかも入れ物は木で出来てたし、あまりに不正確すぎる。

 で、探知した結果は現在周辺には脅威となるような魔物は存在していない。

 尤も、こんなところにそんな強い魔物がいるようでは冒険者ギルドも王都騎士団も職務怠慢もいいところだよ。

 そんなわけで私も友人(?)と仲良く話しているリードの後ろを歩きながらのんびり周辺の景色を楽しんでいた。当然リードと話している貴族の従者も私の隣を歩いているが、従者同士で話すことはない。

 ここは安全な町中ではないので常に周囲を警戒している。いくら護衛として教官がついていようと、臨時で雇われた冒険者の護衛がついていようとだ。

 最低でも自分の主人だけは守る。

 従者クラスのみの必修科目である「基礎講座」で何度も教えられる項目なので、既に従者全員が嫌というほど理解している。

 本当に「最低でも自分の主人の命だけは守る」と千回書かされた時にはブチ切れそうになったからね?


 歩くこと鐘一つ半。

 時刻は四の鐘がちょうど鳴るところ。

 そんな時間にようやく出発地点まで辿り着いた。ここに至るまでに既に体力を大幅に削られている人もちらほら見えるけどそれは他人のことなので知ったこっちゃない。ウチのリードは当然平気な顔をしている。

 今から教官達によって各々の貴族達とその従者のペアに出発と目的地が告げられていくことになる。

 ある程度クラス毎に目的地は決まっており、リード達Aクラスはもちろんかなり遠い目的地が設定されていることとなり、当然時間がかかるわけだけどそれを覆すだけの実力を示せと言わんばかりに出発は最も遅い。

 到着してかなり時間が経ってからようやくAクラスの貴族が一人ずつ呼ばれ始めた。

 順番は割と適当なようで成績順ということでも無さそうかな。


「リードルディ・クアバーデス卿」

「はい」


 おっと、リードの番が来たようだ。

 名前を呼ばれたリードについて行き私もリードの後ろから目的地を確認した。

 なるほど、だいたい普通に行軍したらギリギリ三日で辿り着けるくらいの場所が設定されている。

 あくまで普通になので、調子が良ければ早くなるしトラブルがあれば当然遅くなる。

 そして教官から二回分の食料を受け取ると私とリードは揃ってスタートしたのだった。




 森の中へ入ってしばらくするともう入って来た場所すら見えなくなってしまった。

 下手にあちこち動いてしまえばたちまち迷子になるだろう。


「しかし、こんな広大な森の中での演習とはな。迷子もそうだが、国内中の貴族が集まっているというのに安全面は大丈夫なのだろうか?」


 リードが尤もな疑問を口にした。

 でも私のいた従者クラスでは既にその疑問は解消されている。


「森の中の危険な魔物は冒険者や教官達によって掃討されてるよ。あと冒険者や教官達があまりに範囲から外れすぎないような位置に配置されているって」

「…ふむ。だが脅威となるのは魔物だけとは限らないだろう?」

「犯罪者の類が入り込むようなことはないと思うけど可能性はゼロじゃないね。他にも食料を確保出来なかったり完全に道に迷ったりね。…ふふ」

「…何がおかしい?」

「ううん、リードも成長したなぁって思ってね」

「…ふん」


 このツンデレめ。

 私の態度が気に入らないというわけではなく、ただ照れているだけだね。

 確かにリードの言うことも一理ある。

 ことリードの身に関しては私がいる限りそこらの魔物や人に傷つけられることはない。

 でも他の貴族や従者もそうとは限らない。

 Aクラスの貴族や上級クラスの従者がいるならともかく下位のクラスでは厄介なことになるかもしれない。

 ただ犯罪者だって森の中で貴族の子息子女が演習しているのだから教官達護衛だってかなり気を配っていると思うよね。

 そう思いながらも私は探知と知覚限界を使って周囲の状況を把握していく。

 森の中に広がる気配をどんどんキャッチしていく。

 ほとんどが順調に目的地へと進んでいるものの、何組かはルートを外れているし、また何組かは人以外と対峙している。

 別に手を貸すつもりはないけど、求められれば主人であるリードの判断で動くこともあるだろう。

 そんな中、気になる気配をいくつか捕らえるとこができた。

 順調に自分達も目的地へ進みながら私はその気になった気配を注意深く観察することにした。

今日もありがとうございました。

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