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第110話 日常のひととき

 ここ貴族院には通常の講義や実技訓練以外にも活動できるものがある。

 例えば前世の大学でもあったようなセミナー、教師と直接勉強や研究をする研究室、生徒同士で様々な活動をする同好会。

 それぞれが膨大な数存在しており、貴族院側でも登録はされているものの実体があるのか把握していないものも相当数あるとゾブヌアス先生から教えてもらった。

 ちなみに私は座学、実技の成績共に良好なのでそういう活動に興味を持っても嫌な顔をされるどころかいくつか優良なものを教えてもらった。

 成績が芳しくない者がそういった活動をすることにより更に必修となる講義や実技の成績が下がるということが割とよくあることらしく、そういう生徒には薦めないのだそうだ。

 ちなみに従者クラスでセミナーや研究室に参加する生徒は年に一人か二人いれば良いそうだ。同好会は参加しているかどうかを把握していないから不明なのだと。

 とりあえず私は同好会は無視してセミナーや研究室をいくつか体験してみた。

 セミナーは…駄目だ。

 何というか教師の派閥を作るための材料になっている気がしたのよね…。

 それに自分の考え方をただ押し付けるような…前世の学生のときも体験したことがある自己啓発セミナーや質の悪い宗教のような気持ち悪さを覚えたよ。

 なんだろね?自分の後ろ盾となる…権力や財力、実力のない人ならいいのかもしれないけど私の求めるところではない。

 そんなわけでいくつか回った研究室の中で私のスキルに合い、尚且つ興味を持ったところに入ってみたんだけど…。


「セシル、こちらの魔法陣がどうしてもうまく起動しないの。どう考えるべきだと思いますか?」

「えっと……これはここの言葉が間違えてるよ。これだと火と水の両方をいきなり発動させようとしてるからうまくいかないんだよ。水を出してから温める為に火を使うようにしないと」

「ですが、それだとどうしても魔法陣の数が多くなってしまいません?」

「こういう回路はなるべくシンプルにしておくといろいろと応用できるようになるから面倒に思わないで。最初はどうしても大きなものを用意しなきゃいけないけど慣れてくれば徐々に小さく作れるようになるはずだよ」

「そうなのですね…わかりました!やはり基本を疎かにしてはいけませんね」


 そう言うとミルルは自分の作業に戻った。

 私は私で自分の作成している魔道具の基礎部分の設計に戻る。作成してると言えば聞こえはいいけど、まだまだ設計段階。完成の目途は立っていないし今はどういう魔法陣の構成にするかを考えているところだ。

 ここは貴族院でも魔道具製作を主に研究し、その製作と発展について勉強するための研究室。

 リスキュール先生の開催している魔道具研究室だ。


「セシル君、ミルリファーナ君、進捗はどうだね?」

「リスキュール先生。はい、先程セシルに助言を貰いましたので今から続きに取り掛かるところです」

「ふむ。セシル君には助けられるねぇ…。君はここでより一層技術と知識を身に付けると良い。私に聞きたいことがあったらいつでもそっちの部屋を訪ねてくるようにね」

「はい、ありがとうございます」


 様子を確認するだけしてリスキュール先生はさっさと自分の部屋へと戻っていった。


「相変わらずですわね」


 ミルルは立ち去るリスキュール先生の背中を見ながらクスクスと笑って自分の手元へと視線を戻した。

 ここのリスキュール先生は研究室に入った時点で貴族も平民も関係無くお互いに切磋琢磨するようにと最初に言われているので、私とミルルが普段通りのやり取りをしていてもそれを咎めてくる人はいない。

 でも私達以外は二人しかいないけどね。

 より良い魔道具の製作を研究することを主としたこの研究室はあまり生徒からの人気がない。

 確かに騎士や魔法使いとして派手な活動をしたいと思うような従者達だけでなく、貴族もそんな地味な作業をしたいと思う者はあまりいないのだろう。

 ここにいる貴族は男爵家の次男だけだし、もう一人は平民で今年卒業する貴族の従者とのこと。

 卒業後は主人の伝手で魔道具製作の工房に入れることが決まっているんだってさ。

 私はというとここでは魔道具の製作はほとんどしていなくて、主に新しい魔道具を生み出すための研究をしている。

 例えば冷蔵庫とか、ヘアアイロンとか、エアコンとか。

 でも一番は携帯電話だね!

 要するに遠く離れた相手とも話ができるようなものが作りたい。位置登録などの魔法を魔石に付与できるのだから理論的には不可能ではないと思う。

 魔道具を作る際には魔法陣を魔石に書き込む必要があるのだけど、ミルルがさっきやっていたのはこの工程だ。

 スキルが手に入らないとこの工程がなかなか上手くいかないので、ミルルには諦めずに頑張ってほしいね。私もアドロノトス先生に習ってはいたものの、さすがにリスキュール先生はここでずっと魔道具を専門に研究しているだけあって様々な知識や技術を持っていた。

 なのでここに来るようになってから私の魔道具作成スキルはガンガン上がっていく。全然作ってないのに上がるのもすごいよね?!それに付随してか錬金術スキルも上がっているのは魔法陣作成やそれを魔石に書き込んでいるせいだと思う。もちろん付与魔法や補助魔法までレベルが上がっているのは言うまでもない。

 ちなみに彼女が今作っているのはお湯が出せるポット。私達は魔法でお湯を生み出すことができるので必要はないけど魔道具としては貴族に人気のある品。

 普通に水を生み出すポットが初歩としたらこれはその次の段階に当たるもので、さっき私に助言を求めてきた通りだけどあまり進捗は芳しくない。

 二つの効果を出す魔道具を作るのはなかなか難しく、これが出来てようやく魔道具製作が出来たと言える。だからこそ頼られれば口は出すけど、それまでは自力で頑張ってほしいと思ってる。

 ここまではアドロノトス先生に習っていたので私は問題無く出来るよ。




 その後、私達は研究室を出てガゼボでお茶をすることに。

 もうすぐリードとカイザックも合流するはずなので、私はここでミルルの従者の振りをしつつ紅茶を入れている。


「ふぅ…セシル殿の紅茶は美味しいですね」

「ありがとうございます。この茶葉はミルリファーナ様からご紹介いただきましたヴィンセント商会で仕入れたもので御座いますのでお口に合うと思っておりました」

「ふふ、では次に彼等に会ったときには良い茶葉を譲っていただいたことにお礼を申し上げねばなりませんね。それよりそのような細かいお心遣いをありがとうございますセシル殿。カイザックもそのくらい出来れば良いのですが…」


 ミルルは紅茶の入ったカップをテーブルに置くとそっと息を漏らした。

 季節は巡って今は初夏。暖かいというより少し汗ばむ程度の気温になりつつあるこの時期、彼女のダイヤモンドのように輝く銀髪が頬に貼り付いてそれを自身の小指でそっと後ろへ流していく。

 そろそろ今入れた紅茶よりも冷たい紅茶を用意するべきかもしれない。

 入学当初はリードもあの冷たい紅茶を喜んでくれてたもんね。

 気が利かない従者だと思われるのも癪なのでそろそろリードへの紅茶は冷たいものに変えておいた方が良いかな。私自身は相変わらず熱操作で常春の毎日だよ?

 それと、ちょうどいい機会だしミルルからカイザックの話が出たので以前から気になっていたことを聞いてみよう。


「そういえば、ミルリファーナ様はカイザック殿とはただの主従関係なのですか?」

「…セシル殿、普通そういうことはもっと遠回しに聞くものですよ?」

「はっ。失礼しました」


 私を咎めるような言い方したものの、ミルルの顔は全く怒った様子はない。

 この子との付き合いも半年ちょっと。そろそろ彼女の性格もわかった上での質問だった。


「カイザックはベルギリウス公爵家に仕える騎士として当家に来たときからお慕いしておりました」

「…左様でございましたか」


 うん、まぁ予想通りだけどね。

 ただ過去形なのはどういうことかな?


「…ですがセシル殿と試験での戦いや貴族院に入ってからの姿を見て…ちょっと目が覚めてしまいました」


 …それは…カイザックの自業自得だね。悪因悪果とも言えるだろう。そして無自覚なのがより性質が悪い。

 多分本人はミルルからの気持ちを全く気付いていなかっただろうけど。

 そして奇しくも私がリードに対しての感情が冷めたのと同じような理由だった。

 ほんとさ、男の子ってなんでこうデリカシーがないんだろうね?

 貴族院卒業したら冒険者になるのは決まってたけど、リードの頑張り次第ではクアバーデス領を活動の拠点にしてもいいかなと思ってた。

 でも今はもうそれは考えられない。

 もし私を本当に婚約者、卒業後なら結婚したいというなら本当に私に一撃入れる条件は絶対に譲らない。

 友だちとしてならいい子だと思うけどね?婚約者として、結婚相手としてあんなに面倒な旦那さんなんて願い下げだよ。


「セシル殿もリードルディ卿に愛想を尽かしてらっしゃるようですわね?」

「…ミルリファーナ様には敵いませんね」

「ふふ、もし彼の元にいるのが本当に嫌になったらいつでもベルギリウス公爵家を頼ってくださいね?(わたくし)はいつでも歓迎しますわ」

「……私にはクアバーデス侯爵様への大恩がございますれば…」

「えぇ、存じておりますよ。ですのであくまで『もし』ですのよ」


 そんなことを言いながら微笑みながら紅茶のカップを手に取ると中身を飲み干し、そっと私へと差し出してきた。

 そのカップにお代わりを注ぐと私も同じように微笑む。


「ふふ…そうなりますと私達はいつまでも伴侶を得られなくなりそうですね」

「全くです。セシル殿のような殿方がいらっしゃればどんなことをしても手に入れてみせますのに」


 この子が「どんなことをしても」なんて言うとなかなか笑えないね。

 それこそ王族以外に彼女の実家に逆らうことなんてできないのだから。

 私はミルルの耳元へ顔を寄せると小さな声でそっと呟いた。


「リードもカイザックも素直だけど馬鹿だよねぇ」

「…くす…。全くですわ」


 なかなか来ない男性陣を優雅に待ちつつ、私達はゆっくりとした時間を過ごすのだった。

今日もありがとうごさいました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人外ステータス程度で落胆するってのが理解不能(笑 憤怒は仕方無いよね、この主人公ってしょーもない事にすぐイラついてるイメージだし(笑
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