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第109話 貴族院での訓練

 私は講義を選んだ時点で渡されていた教科書を閉じた。

 さっきまで地理の時間だった。

 ティオニン先生の講義と違い、ここ貴族院ではかなり本格的な地理の講義をする。

 その領内の歴史や特産品はもちろんのこと、過去の領主や現在の領主についてまで。

 歴史については別で講義もあるのだがあちらは王国史を中心に教えてくれるので被るところはあるものの、内容の濃さが違う。

 また地理にはアルマリノ王国以外の国についても教えてくれるらしいので、ここ貴族院を卒業した後に本格的に冒険者として活動する私としてはかなり有り難い。

 どちらも前世の知識がまるで役に立たないので他の人とスタート地点は同じだけど、覚え方のコツは掴んでいるし前世と最低でも同等以上の記憶力と要領はあるようなので完全に一緒とはいかないだろうけどね。

 閉じた教科書を普通の鞄に入れて席を立った。

 この鞄はダミーのようなもので、何でもかんでも魔法の鞄と化した制服のポケットにしまうのはまずいと思い慌てて用意した。

 ちなみに筆記用具はあるが、万年筆のようなものでインクも必ずセットで皆用意しているため鞄がなかなかに嵩張る。

 しかもインクは紙と同じように高価なので従者達は使用を躊躇う。

 だからか、みんな講義中に覚えようと必死になっている。

 私はもちろん大事そうなところだけチェックして、自室に戻ってから復習するようにしている。予習もしているのでそうそう困ることもない。

 鞄を持って講義室を出ようとしたところで薄いピンク色の髪をふわふわと揺らしながらミオラが声を掛けてきた。


「セシル、次は剣術の実技でしょう?一緒に行かない?」

「うん、いいよ。行きましょう」


 学生らしく私達は肩を並べて訓練所へと向かうことにした。

 …実際には並べるほど肩の高さが合ってないけど。

 ミオラの肩が私の身長と同じだけどっ!

 途中別の講義に向かう従者クラスの学生とすれ違うが、私の知っている人はかなり限られるので声を掛けられるなんてことはもちろんない。

 …友達がいないのは今に始まったことじゃないもん。

 今はミオラと仲良く出来てるからいいのっ!


「そういえばミオラは剣術はどんな?」

「そうねぇ…正直槍より小回りは利くけどちょっと使いにくいわね」

「あー……まぁ確かに相手との距離も近くなっちゃうしね」

「そうなのよ。もっと距離を取って弓を使うことも昔は考えたのだけどさっぱり才能がなかったみたいで諦めちゃったけどね」


 やっぱり普通はどんなに訓練してもいろんな武器のスキルが手に入ることはないんだろうね。

 そう考えれば私の神の祝福はとんでもない性能であることがよくわかる。

 でも料理スキルのような生活が便利になるスキルの伸びは本当に悪い。

 出来ないわけじゃないからもう気にしないことにしたけどさ。


 訓練所に着くと他の講義室等からやってきた生徒が既にかなり集まっていて、いくつかのグループが出来ている。

 私もミオラやカイザックがいる時はこうして一人でいることなく過ごせるが、タイミング悪く他の講義と被ってしまうとぼっちで過ごすことになる。

 前世の学生時代もぼっちだったから慣れてるよ。

 うん。慣れてるんだよ…。

 心の奥でキラリと光る何かが流れた気がしたけど忘れよう。

 しばらくしてカイザックも合流して、実技の時間が始まった。

 ハッキリ言って、この実技を取るべきではなかったなと思ってる。

 だって担当の教官でさえ片手剣スキルが6でしかない。

 ミオラも槍術の実技で教官を模擬戦で圧倒してしまったらしく、実技免除でその時間は丸々空いてしまったと言ってた。

 もちろん私は教官から疑惑の視線を受けながらも普通に素振りをしたり、他の生徒との模擬戦でもほどほどに勝ったり負けたりするようにしてるから今のところは問題無く過ごせている。

 もちろんそうしている理由はいくつかあるけど、基本的にはちゃんと訓練をしているのである。


「思うのだが」


 私が一つの型をゆっくりなぞっているとカイザックが声を掛けてきた。

 彼は片手剣スキルを持っていなかったためにこの実技を真剣に取り組んでいる。ミオラも苦手を克服しようと一生懸命なため、不純な動機で参加してる私とは明らかに違う。


「どうかした?」

「いや、セシルは短剣を使うとは言え片手剣…ショートソードも使うのだろう?この実技は必要なのかい?」


 自分で必要ないかもと思っていたところに空気を読まないカイザック。

 この人は相変わらずこういう人の機微に関してはとても鈍感だ。悪い人じゃないんだけどね。

 あ、一メテル以内に入らないでね。


「ショートソードもレイピアも使えるよ。でもいろんな人の戦い方を見たいからさ。いくら実技で王都騎士団の剣術の型を習うと言っても他の騎士団の型や他の剣術の型も見れるから私にはすごく勉強になるよ」

「…そうか。セシルは勉強熱心なのだな。私も負けていられぬ」


 言うだけ言ってカイザックは私の近くから離れていった。

 何を言おうと好きにすればいい。私が何をしようと私の勝手であるのと同義だ。

 試験の時もカイザックはかなり自信があったのに私に負けてしまったせいかこういう戦闘訓練系の実技や魔法訓練の実技では必死さが他のクラスメートとは段違いに上だ。

 もちろんミオラもなんだけど、彼女は強くなってより良い貴族から声が掛かるのを期待しているみたいだしね。


「あ、そういえば…ねぇねぇミオラ」

「うんっ?なにっ?」


 ミオラは私がやっている型を私の五倍くらいの速さで行っている。

 よくあんな速さでやって身に付くよね。……いや、身に付かないから私の五倍くらい型を繰り返してるのかもしれない。

 そのせいか大分息が上がってきていて、私への返事も強く区切るような言葉になっている。まるで音楽のスタッカートのようだ。


「ミオラって槍は得意なんだし、剣も片手剣じゃなくてレイピアとか選べばよかったんじゃない?」

「あぁっ。んっ、でもっ、やっぱりっ、普通の剣もっ、使えないとっ、ダメじゃないっ、かしらっ?」


 そこまで意地になって型を続けながら話さなくてもいいのに。

 彼女の薄いピンク色の髪が汗で顔に貼りついて、なかなか扇情的な表情になってきている。


「レイピアだって十分普通の剣だと思うけど…」

「ふぅ…。それにここじゃレイピアを教えてくれる教官なんていないでしょ?」

「んー…教えてくれるかどうかはわからないけど、小剣の扱いに優れている人はいるみたいだけどね」


 そう。実際あちこちで鑑定した結果、学園の講師や教官の中に小剣スキルが高い人はいたのだ。

 私みたいにMAXになってるわけではないけど、通常の訓練や戦闘で上げたと思われるスキルレベルは9だった。

 ちなみに…歴史の講師だったんだけどね。

 私はそのことをミオラに伝えるだけ伝えると自分の訓練に戻ろうと再び剣を構えた。

 ゆっくりゆっくりと型を繰り返しているだけなのに、それが確実に自分の身に付いてることはわかる。

 これがスキルレベルに表れない強さなのかもしれない。

 但し短剣だけは実戦でかなり使っているのでほとんど反射に近い速度で振るうことができる。できるけど、見たことのない使い方をする相手がいたらちゃんとそれを模倣してみようとは思う。


 その後カイザックとの模擬戦を行った。

 私が攻撃するときだけ近付くという完全なヒットアンドアウェーでの戦いだったけどさ。

 だってあのラッキースケベ体質のカイザックに近寄られたら、絶対また良くないことが起こるに決まってるもん。

 さすがに盾で防ぐ以外何も出来なかったせいか模擬戦が終わった後に「これでは私の訓練にならないではないか」と当たり前のことを言ってたけど知ったこっちゃない。

 元々私の近接戦闘はスピードを重視して「ずっと俺のターン!」をリアルに実現した戦い方なのだから。


 その後も他のクラスメートと何度も模擬戦を繰り返す。

 一般的な訓練としては有効ではあるが魔物を倒してないのでレベルは上がらない。

 従者クラスの中でカイザックとミオラは頭一つ抜けて強く、二人ともレベルは四十を超えている。そこらの冒険者よりも全然強いのでミオラを雇うとしたら相当な報酬が必要になりそうだ。

 そう考えるとジンライル伯爵とはかなりの資産を持っているのかな?法衣貴族なので領地の情報が無く私もあまりよく知らない。勿論法衣貴族なのはミルルの家、ベルギリウス公爵も同じだけど、さすがに伯爵と比べれば遥かに多くの資産を持っていることくらい想像に難くない。

 尤も、カイザックはベルギリウス公爵家に仕えているので冒険者として雇われているわけではないけれど。

 話が逸れたけど、いくら慣れない片手剣の訓練とはいえやはり二人の相手になる人はそう多くない。教官や片手剣スキルが4以上の人なら十分だけど、それ以外だと地力の身体能力だけで簡単に押し切ってしまうようだ。

 私?

 私はちゃんと手加減するけど、あんまり参考にはならないでしょ。

 剣技だって他の人が使ってるものの寄せ集めや前世で読んだマンガとかで見たものを実演してるだけだからね。

 ……なんなら、九つの斬撃を同時に放つとか立体機動を使った先読みの出来ない超神速の一撃だってできるよ。でも折角私にも二つ名がついたことだし、それ相応の必殺技でも使ってみようかなって最近考え中。


「『金閃姫』ねぇ…」

「あら?セシルもその名前知ってるの?最近王都のギルドじゃ結構有名よね」

「あは、ははははは…有名、だよねぇ」


 ミオラが私の気にしてることを遠慮無く突いてくる。そりゃもう傷口に唐辛子を塗り込むかのように容赦無く。軽く涙目になりそうだよ。


「私も話だけで実際に会ったことないんだけど、姫って言うくらいだから女の子なのよね。セシルは知ってるの?」

「え…えぇ、まぁ…知ってるというか何というか…」

「珍しく煮え切らない反応ねぇ…。あ、ひょっとしてセシルがその噂の『金閃姫』だったりして?!」


びくくっ


 あまりにどストレートな質問にドキドキしながらミオラの様子を見ると気付いてる風では無さそうだった。

 バレたときはバレたときで別にいいけど、さすがにこんな仰々しいというか恥ずかしいというか…そんな二つ名をつけられたなんていきなり知られたくはない。

 絶対からかわれるんだろうけど、それはもう自分でやってしまったことのツケなので諦める。

 諦めるけど、出来ればバレるのはもう少し先であってほしいと思うのよ!

 ミオラに話にとぼけながら付き合っていると実技の時間はすぐに終わってしまった。

 必殺技のことはすぐにどうにかすることでもないので、のんびり考えよう。

 別に作らなきゃいけないようなものでもないんだしね?

今日もありがとうごさいました。

PV、ユニークとも最近伸びてきてとっても嬉しいです!

改めて今後ともよろしくお願いします!

ESN大賞2に応募してみました!

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