第107話 二人との訓練 2
忘年会シーズンに入ったので金曜日と土曜日は忘れないようにしようと思っていたのですが…(_ _)
「さってと。それじゃ身体もほぐれたし、訓練を始めるよ」
元気いっぱいにそう告げたのだけど、二人は既に満身創痍。
まだランニングと筋トレ、ストレッチしかしてないのだから準備運動だよ。
ちなみにこの時点で私達がここに集まってから既に鐘一つ分近い時間が過ぎようとしている。
最初のメニューをこなしたら昼食にするべきだろう。
準備運動を始める前に比べ人も何人かは変わってきている。そろそろ一回くらいはちゃんと剣を振らせないと可哀相かな?
「とりあえず、まずは模擬戦からやります。最初はリードからね。魔法は無しで剣だけでやりましょう」
「わかった。僕だって貴族院に来てから遊んでいたわけではないことを証明してやろう」
まだ肩で荒く息をしているけど、ババンゴーア様に比べたら落ち着いてきているところを見るとちゃんと自分で訓練出来ているようで安心した。
私は腰ベルトから刃を潰した短剣を二本抜いて構えるとリードも鞘から剣を抜いた。当然彼の剣も刃は潰してあるので当たっても痛いだけだ。
「たあっ!」
「ん。いいね、なかなか鋭い突きだよ」
いきなり私の体の真ん中目掛けて突き出してきたリードの剣を左の短剣で上に払い上げた。
さすがに突きだけは刃を潰していても突き刺さっちゃうからね。
上へと払われた剣の動きはそのままに回転して後ろ回し蹴りで私の頭を狙ってくる。
これは今までのリードの戦い方には無かったものだ。
格闘スキル持ちのババンゴーア様との訓練で身につけたものかもしれない。
その蹴りを右手でガードするとがら空きになった背中へ短剣を握ったまま軽く殴った。
まだ魔闘術も使ってないので少し押されたかのようにバランスを崩した。
「動き自体は面白いけど今みたいにガードされたら無防備の背中を攻撃されちゃうよ。防がれることも頭に入れてどう攻撃を繋げたらいいか考えてみて。じゃあ交代!ババンゴーア様、どうぞ」
一度リードを下がらせてから、ババンゴーア様を指名した。
「おうっ!待ちわびたぞ!セシル殿、存分に打ちあ…」
「遅い!」
前に出てきて何やら口上を述べようとしていたので突進して鳩尾に左足を突き入れた。
持っていた大剣を落とし、腹を押さえながらうずくまるババンゴーア様。
一応手加減はしたけどこれは決闘ではなく真面目な訓練だ。ふざけている余裕なんて叩き潰すつもりで少し強めに蹴ったせいか彼は息が出来ないほどに苦しんでいるようだ。
「戦闘訓練しているのに口上述べるなんて馬鹿ですか?そんな暇があったらさっさと斬り込んで来てください。次、リード!もう一度!」
リードへと声を掛けるとこちらは剣を両手で持って大上段から斬り掛かってくる。
遠慮のない一撃は悪くない。
でもそういうのは相手の隙が無いときにやったら駄目だ。
リードの攻撃を紙一重で避けると、剣が地面に当たって大きな金属音が響いた。
その衝撃でか、手が痺れたようで剣を落としてしまう。
わかってはいるけど一応言わせてもらう。
「剣を落とすのは死して敗れた時だけよ。たかだか攻撃失敗したくらいで手放すなら私が引導渡してあげる」
リードは剣を落としてしまった両手の平を自身に向けて痺れを取っている。
その正面まで移動すると短剣を一度上に放ってリードの胸を掌底で穿つ。
その衝撃でリードは肺の空気を一気に放出させられた上に十メテル以上吹き飛んでいく。
「腕が動かなくても防御くらいしなさい!これが剣だったら死んでるよ!次、ババンゴーア様!」
「お、おうっ!ぬあぁあぁぁぁぁっ!」
彼は持ち直した大剣を振りかぶって私に斬り掛かってくる。
しかし速度があまりにも遅い。これではまるっきり避けてくれと言わんばかりだ。
簡単に一蹴しても良いがとりあえず一度は彼の剣を受けてみることにした私は彼が向かってくる前に落ちてきた自身の短剣をキャッチして身構えた。
数秒待ってようやく振り下ろされた私の身の丈ほどもある幅広の大剣を短剣で簡単に受け止めた。
「なっ?!なぜそんな小さな武器でっ?!」
「喋ってないで攻撃しなさい!」
「うっ…うおおぉぉぉぉっ!」
しかし一々叫ばないと攻撃できないのかな。
大きく重量もある武器から繰り出される攻撃。その一つ一つを全て受け止めていく。
リードとの訓練ならば受け流したり避けたりすることでコンパクトに鋭い攻撃を意識させるが、ババンゴーア様に対しては一撃の攻撃力により重く、より強いものを求めたい。そのためには腰の入った一振り、全身の筋肉を遺憾なく発揮した一撃が欲しい。
そう思う私だったがさっきから出鱈目に剣を振り回して私に打ちつけてくるだけだ。
筋力も足りないので速度もない。
腰が入ってない、全身の力を剣に伝えられていない一撃など脅威度Bの魔物の腕を振るわれるよりよほど軽い。
ガィィィィィィン
振り下ろしてきた剣を右の短剣で力任せに払い上げるとババンゴーア様も大剣を手から放してしまった。
「だから…強くなるとか言うなら一々武器を手放すなっ!」
私の怒鳴り声とともに刃を潰した短剣でリードを遥かに上回る速度で斬りつけていく。
左中段へ薙払い、右下からの斬り上げ、回転して右中段、左回し蹴り、最後に右拳で腹部へのパンチ。
もちろん全て手加減はしたけど、しばらく起き上がれないだろう。
ババンゴーア様もお腹を押さえたまましばらくうずくまっていたが、すぐ後に顔面から地面へと倒れ込んでしまった。
「二人ともそんなところで寝ていいなんて言ってません。立って向かってきてください」
私はリードとババンゴーア様にそう声を掛けたのだが、二人とも一向に立ち上がる気配がない。
そもそも身動きすらほとんどしていないのだ。誤って死亡させてしまうようなヘマはしないけど骨くらいは折ってもいいと思っているし、動けないほどに疲労しているなら多少は休みを入れなければならないだろうか。
でも先日の依頼でもベオファウムの森での採集でも立て続けに魔物に襲われることだってあるのだから限界を超えて戦わないといけない状況を見据えていなきゃいけないと思う。
「…セ、セシル…。まだだ…僕はまだやる…」
流石に以前から叩いて叩いて鍛えてきただけのことはあるね。
よく立ったって褒めてあげたいけど今は訓練中なので甘やかすことができない。
今夜の夕食はリードの好きなものを作ってあげようかな。
遅れてババンゴーア様も剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がっている。あちらは私が何かしてあげる必要はないね。
「もう面倒だから一人ずつじゃなくていいよ。二人ともかかってきなさい!」
私が再び構え直すとリードとババンゴーア様はノロノロとしてはいるものの何とか剣を握って私に斬り掛かってくる。
正直、見なくても避けられる程度でしかないがそれでは二人の訓練にならない。
一つずつ受けて今度は少し軽めに打撃を入れていく。
さっきまでと違い私の攻撃の速度はそのままに、威力だけを落としていることに二人は気付いていないだろうけどそれでも必死に私に攻撃を当てようとなんとか残り少ない力を振り絞っている。
けど、そこまでかな。
ガキキン
リードの正面からの突きをそらし、ババンゴーア様の大剣を頭上で受け止めた。
同時に攻撃を受けたため、本来なら避けるべきなのだろうけどここで一時中断とするにはわかりやすいと思っての判断だった。
「はい、じゃあここで休憩にします。二人ともお疲れ様です」
私が声を掛けると二人とも崩れ落ちるように倒れこみ、地面に大の字になって寝転んだ。
多分ババンゴーア様にとっては今までにないほど筋肉を使っただろうし、リードにとっても久々の私による戦闘訓練なので明日には地獄のような筋肉痛になるだろう。
もちろん今日の訓練はまだまだ続くし、下手に怪我をさせて回復魔法を使うことになるのは避けたい。
折角いい感じで筋肉に疲労を与えたのでできればその筋肉痛を乗り越えてより強い身体になってもらいたい。
二人が体力を回復させたのはそれから三十分ほどしてからだった。地面に寝転んでいたものだから二人とも砂埃まみれでとても貴族の息子には見えないけど、それを気にした様子もないのはさすがと言える。
私はさっきの模擬戦でついた汚れはちゃんと洗浄で綺麗にしておいたよ。
そして二人が休んでる間に私は腰ベルトからいくつかの武器を取り出して自分の周囲に置き、地魔法でちょっとした的なんかも作っておいた。
「それじゃそろそろ訓練再開しますよ」
「あぁ、頼む」
「…あれだけの戦闘をしたというのにセシル殿は何故あのように何でもない顔をしているのだ…」
ババンゴーア様が何か呟いていたけど気にせず話を進めよう。このくらいで驚かれていたらこの先の訓練に差し支える。
「さてと…。とりあえず、さっきの模擬戦で気付いたことを指摘します。リード、貴方の攻撃は一撃で相手を戦闘不能にするためのものじゃないとずっと言ってるでしょう?相手の動きを読んで、戦いの流れを掴むこと。それと疲れてくると攻撃がどんどん単調になっていってたよ。いつも万全な状態で戦うわけじゃないんだからもっと型を身体に覚え込ませること」
「…わかった。まだまだ訓練が足りないのだな」
「以前に比べたら上々だけど、リードの求めてるものはここで満足できるものじゃないでしょう?」
私の言葉にリードは自分の手の平を見つめ、やがてぎゅっと力強く握り締めた。
彼の強くなりたいという思いは尊重してあげたい。そのための家庭教師だし、私自身がリードの目標や目的になるというならずっと立ちはだかっていてあげたい。
現時点では蜥蜴とドラゴンくらいの力の差がありそうだから、リードが追いついてくるのはいつになるかわからないけど。
と、リードへの指摘が終わったところで次はババンゴーア様の番だね。
今日もありがとうごさいました。




