第106話 二人との訓練 1
昨日の寮に戻ってからリードと約束した通り今回の光の日は彼らとの訓練に付き合うことに。
ギルドでの報酬受け取りも済んだし宝石の買い付けの予定も今のところはないので問題はない。
しいて言うなら彼らと言う通り、今日の訓練はリード一人だけではないということ。
いつの間にかリードと仲良くなったババンゴーア様も今日は一緒に訓練することになっている。試験のときの私の戦闘を見ていたせいか、とにかくしつこいくらいにリードに誘うようお願いしていたのだとか?
それが何度言っても来てもらえないものだからついに昨日は試験の日のような嫌味を言ってきてリードもかなり臍を曲げたということは昨日帰ったときの様子でよくわかっている。
でも最近講義や帰ってからのリードのお世話、週末冒険者稼業もあってかなり忙しかったためリードの訓練は出来ていなかったのである意味ちょうどいい機会だよね。
勿論勉強の方はいろいろと教えたり、一緒にやったりしてるんだけどね。
さて、私はリードとババンゴーア様が予約を取っておいてくれた訓練場へリードと共にやってきた。
私は冒険者として活動する時同様制服姿のままなのだが、リードは急所を防護するような皮鎧を着込んでおり先に来ていたババンゴーア様はそれよりも頑丈そうな皮鎧を着ていた。
「おぉっ!セシル殿!やっと来てくれたのか!」
「はっ、ババンゴーア様よりお呼びいただいていたと聞き、本日参上しました」
「うむ!だがそんなに堅苦しい話し方をせずとも良い。今日は貴女に稽古を付けてもらおうと思っているのだからな。教えられる方が偉そうでは恰好がつくまい」
またミルルみたいな無茶を言う。
ここでは他の人の目があるのだからそんな不敬を働くことなどできないというのに。
私が顔を顰めているとババンゴーア様は自分の後ろを親指で指して
「あそこで訓練しているのも従者が主人に教えているのだそうだ。だが先ほどから聞いてるとなかなか厳しい言い方をしているぞ?」
「……でしたら、話し方だけ。呼称はそのままにさせていただきます」
「ふむ…。まぁそんなところか」
これで呼称まで「様」を取れ、なんて言われたら私が何かしらの罰を受けるかもしれないのでそれだけは本当に勘弁してもらいたい。
ババンゴーア様の後ろで訓練をしてる貴族の生徒は確かに従者らしき人から訓練を受けていて、「声だけでなく動きで示せ」「どうした?へばるにはまだ早い」などと確かにそこそこ厳しい言葉を受けているようだ。
「ババン、時間が勿体ない。セシルのことだ、戦っているうちに本性がすぐに出るから話し方なんて些細なことはどうでもいい。もし何か言われたら僕達でなんとかすればいいだけの話だろう?」
「それもそうだな。うむ!ではセシル殿、本日はよろしく頼む!」
「はっ、期待に応えられるよう微力を尽くします。では、リードルディ様はまだ準備運動もしてませんがババンゴーア様は準備運動はされておいでですか?」
「…結局話し方は変わってないではないか…。いや、いつもは準備運動などせずすぐに剣の稽古だ。なぁリード?」
ババンゴーア様から話を振られてリードが狼狽えた。
明らかに目線が宙を泳いでいるし、私の方を決して見ようともしない。
ベオファウムにいた時から訓練の前には怪我防止のために絶対に準備運動をするようにと厳命しておいたはずなのに。
「リードルディ様?」
「あ、いや、これはだな。…ババンがすぐにでも剣をぶつけたいというのでな」
「それでお怪我をされては本末転倒だということもお教えしましたよね?」
私が問い詰めるとリードは俯いて、目線を上に投げ、その後青い顔でゆっくりと私を見た。
ここでようやく目が合った。
「さて、ではババンゴーア様も準備運動をしましょう。まずは軽くランニング。そうですね…この訓練場の回りを十周ってとこですか」
「走るのか?なぜだ?そんなことよりも剣を…」
「準備運動もせずに訓練して、無駄な怪我をしても面白くありません。それにもし私の訓練に不満があるようでしたらババンゴーア様はお一人で訓練なさっても結構です」
軽く威圧を込めた視線を二人送るとババンゴーア様は片足を後ろへと引きながら冷や汗を流している。
リードは多少慣れているとはいえ、この状態の私に文句を言っても何も変わらないことは知っているので既に走るために足の筋を伸ばしている。
「い、いや…。今日はセシル殿の訓練を楽しみにしていたのだ。それをこのような…」
「で・す・か・ら!お嫌でしたら訓練の邪魔になりますのでどうぞお下がりください。それとも…私の訓練についてこれる自信がございませんので?」
「………わかった…」
どう見ても二十代にしか見えないこの十歳児は大きな体を揺らしながらすぐに走り始めた。
そのすぐ後をリードも追いかけていき、二人は少し話しながら走っているようだ。リードは今でも毎朝自主訓練で貴族院寮の周りを走っているけどババンゴーア様はどうかな?
余裕を見せていると後々がきつくなるのにね。
二人が三周ほど走ったところで私もストレッチをしてから走り始めた。
最初はゆっくりと駆け足程度に。徐々に速度を上げて二人をまずは一回追い抜く。
「まずい!ババン!そろそろ速度を上げるぞ!」
「はぁはぁ…ど、どういうことだ?」
リードはまだ余裕がありそうだけどババンゴーア様はちょっと息が上がってきているようだ。
その調子じゃ私がゴールするまでに逃げ切れるかな?
「セシルに追い付かれたら走るのが伸びる!急ぐぞ!」
リードはそう言うと速度を上げてババンゴーア様を置いていってしまう。
悪くないけど仲間を置いていくのはいただけないよ?貴方は将来領主として領民達を導いてく立場になるのだから。
時には見捨てるような辛い選択をすることもあるかもしれないけど、今はそうじゃないでしょう?
逆に私が速度を落としてリードに並ぶとニッコリと微笑んであげると、彼は表情を一気に青褪めさせた。
「リード、もしババンゴーア様だけが遅れても連帯責任だからね?私は仲間を置いていくような男に育てた覚えはないよ」
彼の反論を待つより先に自分の足に力を入れて速度を倍くらいまで上げていく。あっと言う間にリードを置き去りババンゴーア様を再度追い抜いた。
私もリードが最高速度を維持すれば逃げ切れるくらいの速度で走っていたのだけど、当然体力がもつはずもなく二人とも私がゴールしてから更にリードが二周、ババンゴーア様は四周してゴールした。
「遅い。そんな体力でどれだけ戦えるかわかってるの?継戦能力もないくせに強くなろうなんて烏滸がましいと思わない?」
「はあっはあっはあっ!」
「うぶっ…うっ…はぁっはぁっ…」
二人とも返事が出来ないほど体力を使ってしまったらしい。
リードは座り込んでなんとか肺に空気を送り込もうとし、ババンゴーア様は大の字に寝転んで湧き上がる吐き気と戦っている。
うんうん、いい傾向だね。ということで。
「じゃ、罰として追加であと二周。いってらっしゃい」
「ま……待て。こ、これから、さ、更に…二周…だと…?ば、馬鹿を言うな…」
ババンゴーア様は私のやり方が気に入らないらしい。
リードは何も言わずに再び走り始めたというのに彼は大の字になって寝転びながら文句だけ言う。
「ババンゴーア様?私は最初に申しました。私のやり方が気に入らないならどうぞ訓練に参加なさらないで下さい、と。走らないのであれば私はいつも通りリードだけを鍛えます。どうされますか?」
まだ何か言いたそうにしていたが、重い身体を何とか立ち上がらせフラフラと走り始めた…というよりあれでは歩いているのと変わらない。
まぁ初回だし大目に見よう。
なんとか走り終えたところで恒例の腕立て伏せをさせてみる。
いつも通りのセシルブートキャンプなので私の合図に従って延々と腕立てを繰り返すのだが、体力の尽きてしまっている二人は百を数える頃には上半身を持ち上げるどころか腕で支えることも出来なくなる。
「本当にどうしようもないですね。二人とも私の訓練をやる気ないんじゃないですか?次は腹筋です」
徹底的に心を折りに行きながら、それでも筋トレを止めることなく続けていくうちに二人とも何も言わなくなってきた。
ちなみに腹筋はリードが七十、ババンゴーア様が三十。
背筋ではリードが百、ババンゴーア様は八十。
リードは自主トレでも筋トレをしている成果が出ていて、昔に比べたらかなりできるようになっている。多分自分のペースでやらせればもう少し続けられると思うけど、たまには地獄を味わうのもいいでしょう?
その後更にスクワットまで行ったところで一旦休憩を取らせることにした。
リードにはマッサージを教えているけど、ババンゴーア様は知らずにただ休んでいるだけなのでリードの身体を使ってどこをマッサージするか一つずつ丁寧に教えていく。
ちなみに私は高すぎるレベルのせいかこのくらい走ったり筋トレしても疲れがほとんど出ない。これならまだ四則魔法の鉱物操作で宝石の中のクラックや不純物を丁寧に除去する方が遥かに疲労度は高い。
マッサージを含めた休憩の後、ストレッチをした時だった。
リードは慣れてきているのでここまで身体が温まっていることもあり、なかなか柔軟だ。
それに比べ…。
「いだだだだだっ!セッ、セシル殿!ここここ、これ以上は無理いぃぃぃぃぃっ!!」
「本当に身体固いですね…。これはかなり徹底的にやった方が良さそう」
「あ"あ″ぁ″ぁ″っ!!」
「ババン……耐えろ…」
凄まじい絶叫が訓練場に響き渡り、同じ時間に訓練に励んでいた人達から同情の眼差しを集めるババンゴーア様。
それとは対照的に貴族に対して容赦無く追い込んでいく私へは畏怖の視線が集まっていくのだった。
今日もありがとうございました。




