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閑話 ギルドでの話

クレアさんについて思うところがあるので閑話として書いてみました。

 私はその日のカウンター業務が終わったところで書類の整理をし、カウンターの上の掃除をした後ギルド内部にある階段から上の階に上がっていった。

 本来なら業務が終わり次第すぐに着替えて帰るのが日課なのでこれは全くの予定外。

 夕飯の時間が遅くなるし、ともすれば睡眠時間まで削られてしまうかもしれないというのにそれでもその予定外の行動を取ることを止めるつもりはなかった。


トントントン


「どうぞ」

「失礼します」

「おや?これは珍しい人が来ましたね。どうかしましたかクレアさん」


 ギルド二階の奥にあるマスター用の執務室。

 私が向かっていたのはそこだった。


「マスター、お話ししたいことがあります」

「退職の相談以外なら恋愛相談、人生相談、仕事の愚痴でも失恋の慰めまで何でもどうぞ。あぁ、給料の前借りも少しは相談に乗りましょう」

「茶化さないで下さい」

「ふふ、これは失礼。それでどうしました?先程も言いましたが貴女がここを訪れるなんて珍しいですからね」


 そう言うと彼は立ち上がって自らティーポットを取り出して紅茶を入れ始めた。

 あの紅茶はかなり高額でギルド予算の圧迫に一役買っている品だけど、ここのマスターは準男爵位なのでスタッフ全員平民である私達はその行いを咎めることができない。

 私としてはどうでもいいことだが。

 私が応接セットのソファーに座ると彼は私の前のテーブルにカップを置き、自分も私の対面にカップを持ったまま腰掛けた。


「それで?」

「…あの金髪少女のことです」

「金髪少女?あぁ、セシルさんですか。彼女が何か問題でも?」

「問題だらけですよ。何ですかあの子は!依頼達成までのスピード!無自覚に脅威度Aの魔物を狩り尽くす戦闘能力!どれだけの収納力があるかわからない魔法の鞄まで持ち、ほぼ一撃で魔物を倒して納品する!挙げればキリが無いほどじゃないですか!」

「…そう並べ立てられると確かに異常ですね…」

「あんな風に依頼を片付けられたら他の冒険者の仕事が無くなってしまいます」


 しかしあの子はそれすらも解っているようで、今日は本当に厄介な依頼だけを選んでいた気がする。

 尤も、結局は一日で終わらせているところを見れば彼女にとっては厄介でも何でも無かったのかもしれない。


「弱冠八歳で冒険者登録をし、登録期間約二年。依頼達成数三百件以上。未達成、放棄共にゼロ。納品数は千以上。持ち込み品質優良。ベオファウム買取部門最優先取引者。アルマリノ王都買取部門最優先取引者。ギルドポイント四十万…でしたか?」

「しかも登録時には元Aランク冒険者である現ベオファウム冒険者ギルドマスターのブルーノ氏が直接審査をして、戦闘能力はAランク以上とまで言われています」

「……何なんでしょうね、彼女」

「それを聞きに来たんです!」


 カップを持ったままあらぬ方向へ視線を向けるマスターに語気を強めて問い掛ける。いや問い詰める。

 そもそもランプで照らされた部屋では薄暗くてそっちを見ても何も見えないでしょう。


「とは言え、私も本当に知らないのですよ。この度彼女に付けられた二つ名もブルーノから言われていた件があったので仕方無く許可したのですよ?」

「ブルーノ氏から言われていた件?」

「えぇ。『依頼達成数も十分だから、脅威度Aの魔物を倒すようなことがあれば二つ名を付けてやってくれ』と。尤も、一体どころか数十体も倒してまさか最良品質で納品してくるとは思ってもいませんでしたが」


 確かに本来脅威度Aの魔物であればAランク冒険者のパーティーと死闘をして全身がボロボロになった状態で納品されることがほとんどだ。

 ここまで綺麗な状態で素材を取れたのは初めてだと、ガンダルも驚愕していた。

 場合によっては素材をほぼ取ることができずにその肉だけが市場に流れる、そんなことすらままあるのだ。

 今回あの子が納品した素材を然るべき方法で捌けばギルドにとって相当な利益になることは間違いない。

 そう、間違いないのだ。


「そこまで解ってるのに、何故彼女はまだBランクなのですか?」

「あぁ…つまり相談の本質はそこですか。全く貴女も素直じゃないのに冒険者思いですね。それとも彼への罪ほろ…」

「それとこれとは今関係ありません。私の質問に答えてください」


 今は関係ない。

 あの子、セシルさんにとってより良い生き方、損をしない活動が出来るよう後押しするのが私の仕事なのだ。

 だから今は彼のことは関係ない。


「…貴女はセシルさんが達成した依頼の内容を確認しましたか?」

「勿論です。膨大な量の採集依頼、討伐依頼をこなしています。しかもそのほぼ全てを一人で…」

「それですよ。彼女は一人での活動故に護衛依頼を受けたことがない。…いえ、一人だからと言うのは語弊がありますか。あの年齢と容姿故に、でしょうね」

「そんなっ……確かに、護衛依頼はやっていませんね…」

「BランクとAランクの壁は薄いようでとても高い壁です。簡単になれるものではありません」


 マスターはカップを置いて立ち上がると自分の執務机に行き、引き出しから何かを取り出した。

 見ると灯りに照らされた黒光りするカードが一枚、彼の手に握られていた。


「Aランクギルドカード…」

「このカードを手にするための条件はクレアさんなら覚えていますよね?」

「…依頼達成数二百以上、達成率六割以上、納品数四百以上、ギルドポイント十万以上で五人以上のギルドマスターから承認。この五つが最低ラインだったはずです」

「そうだね。そのうちギルドポイントに関しては冒険者達には開示していない情報なので我々しか知り得ない。しかし本来はもっと細かい規定がある。それはAランクに相応しい戦闘能力。人物としての魅力があるもの。そして討伐、採集、護衛の各依頼を一度以上達成していること』

「でもっ!彼女なら間違いなくっ」

「だから今護衛依頼をやっているのですよ?」

「…え?」


 マスターは執務机の引き出しから更に一枚の上を取り出して私に見せた。

 そこに書いてあったのはこうだ。


「Bランク冒険者セシルへの超長期護衛を依頼する。期限は五年。リードルディ・クアバーデスが貴族院を卒業し、成人するまでとする。その間の生活費、活動費はこちらが全て持つと共に無事達成した場合の報酬は以下の通りとする」


 そこに書いてあった報酬は通常考えられる冒険者への報酬では有り得ないものが書いてあったが、依頼主の名前を見て理解した。


「クアバーデス侯爵領主ザイオルディ・クアバーデス…。これは…」

「彼女への指名依頼ですね。超長期のためギルドカードへ記載は出来ないのですが、確かな物であることはブルーノにも確認してあります。そしてこの依頼を冒険者が受けることを私とブルーノを含め既に七人のギルドマスターが承認しています」


 一体彼女は本当に何者なのだろうか。侯爵本人から直々の指名依頼のみならず、七人ものギルドマスターから依頼請負の承認を取ってある?普通に考えたら何かしら弱味を握っているだとか元々貴族だったとか侯爵様の隠し子だとかを思わせられるけれど、こと彼女の場合はそんな枠に当てはめることすら生温い。


「つまり五年後、貴族院を卒業した暁には彼女は自動的にAランク冒険者になれるということですか」

「そうなりますね。貴女がこうして彼女の扱いに対して具申してきてくれたことはとても喜ばしいのですが、些か情が移りすぎです。我々の仕事は冒険者達に肩入れすることではなく見守っていくことだと改めて見直しなさい」

「………はい…」


 私は視線を足下へ落とし、唇を噛み、拳を握り締めた。

 悔しいけど、マスターの言うことの方が正論だ。

 私はいつの間にかあの子どもらしくないくせに眩しい笑顔を向けるあの子に必要以上の肩入れをしていたのだ。

 ギルドのホールで「冷血女」と誹謗されてるくせにどうしたというのか。


「ですが。彼女に対しては私も少しばかり優遇ではないですが、特別措置を取りたいと思っています」

「特別措置?」


 俯いていた顔を上げてマスターを見ると彼は執務机の上に積まれていた書類を数枚取り出して私に見せた。

 それはいつも見慣れている依頼書ではあったが、書かれている内容も推奨ランクも普段は全く見掛けないものだった。


「これ…」

「彼女にはそちらを指名依頼として出すことを許可します。断ってもペナルティーは無し。未達成のペナルティーも無し。本来なら有り得ないのですが、あの戦闘能力をBランクのままにしておくのはあまりにも惜しいですから」


 このマスターは私達職員に対してはいつも善人面をしているが、その実かなり腹黒い。

 こうして冒険者達には無理難題を押し付けていくのだ。

 何が見守っていく、だ。自分の方が余程質が悪い。


「クレアさんが彼女に勧めるかどうかもお任せしますよ。ですが…見ていただければわかる通り、その内容はとても重要なものです」

「見たらわかります。どれ一つ取っても大変なものばかりなのにどれも放置して良いものじゃない内容ばかり。マスターは悪魔ですか」

「ふふ、私はこのギルドとこの国が平和で安全ならどんな方法でも使いますよ」


 その作り物のような冷たい笑顔の仮面を見て、私は執務室から退室した。

 本来は上司にすることではないが、一礼すらせず後ろ手にドアを叩きつけて出てきた。

 すごく頭にきた。

 冒険者達を何だと思ってるのだろうか。

 彼らは私達がいいように使う道具ではないのに。

 でも、確かに彼女ならやってしまうのかもしれない。それだけのことをあの子はここに来て僅かな間にやっている。

 セシルさんに期待しつつ、明日なんて言ってマスターに謝罪しようか考えながら、私はすっかり真っ暗になった道を自宅へと向けて歩き出した。

今日もありがとうございました。

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