第99話 戦利品確認
リードとの色恋話を済ませて…もとい、ぶった斬ってきた私は自室へ戻ると小さなテーブルの上に薄い布を敷いてから腰ベルトを置いた。
三つ並んで通してある鞄の内、真ん中のものが宝石を入れてある鞄だ。
この中には今まで私が集めてきた宝石が大量に入っている。宝石だけでなく金属も入っているが、それらはなるべく純度を上げてインゴットにしているか加工できない場合だけそのままの状態で入れている。例えばオリハルコンやミスリルなどはそのまま入れているものの、鉄や銅、銀、金はインゴットにしてある。
話がそれた。
そして今日手に入れたものを取り出そうとして、手を止めた。
このまま取り出したら絶対に叫んでしまう。
いやもう叫ぶのは止められないんだけど。
なのでその前にアドロノトス先生から教えてもらった魔法を使う。
「『遮音結界』」
これを使うことによって私が指定した範囲の中で発生した音はその範囲の外には決して聞こえなくなる。
厄介なのは逆もまた然りということ。
でもそれは気配察知などのスキルを使うことで何とでもなる。
ということで布手袋もして準備万端。いざっ!
腰ベルトから取り出したのは大きなサファイアとルビー。
加工前の原石も同然のものだが、この時点でもその透明度の高さは窺いしれる。
「ふぁぁぁぁ…きれぇぇ…キラキラしてる。炎と深海を閉じ込めたみたいな色…」
もうこれだけでも一日中眺めていられる。
しかしこれはまだ序の口。ヴィンセント商会で見せられた品の一番最初に出てきたものだからだ。
続いて取り出したのはさっきのルビーよりも小さいトルマリンだ。
実はヴィンセント商会ではサファイアやルビーとして販売されていたのだが、私の鑑定ではこれは間違いなくトルマリン。
自ら発光しているかのようなネオンブルーを称えたトルマリンは前世だとパライバトルマリンと言って非常に高価で希少な宝石の一つだった。
またルベライトとも呼ばれる赤い発色の強いトルマリンもルビーと勘違いされており、見つけた私は開口一番「これください」だった。
まさかここまで貴重な宝石に出会えると思っていなかった私としてはこの時点でかなり息が上がっていたし、金額もなかなかの額に達していたはず。
更にその後同じトルマリンで色の違う物、イエロー、グリーン、ピンク、紫や濃い青のものまで見つけたので迷わず購入を決めた。
実はこのトルマリン。七色全て集めると願いが叶うとすら言われている。
迷信の類であることは間違いないけどなんともロマンの感じる宝石なのは間違いない。
そんなわけで私の前には七色のトルマリンを並べてある。
正しくは虹の七色にはなっていないが、紫、藍、パライバ、グリーン、イエロー、オレンジ、ベルライトと並べてみるととても壮観だ。心なしか宝石から光が伸びて虹のようになっているような…?
「あれ?…ん?」
そう思ったらなんてことない。
私の目から涙が零れていただけだった。
でも、そこまで感動させてくれるこの七色の宝石はそれだけで至高と言えるだろう。
「はふぅ…最高……。まさかお店でこんな風に並べるわけにはいかなかったもんね。…でもまさか宝石見て泣いちゃう日が来るとは思わなかったなぁ」
いつまででも眺めていたいけど、まだまだ続きはある。
このトルマリンはいつか七色を並べたアクセサリーを作ってみたい。そうだなぁ…ドロップのルースにしたらいいかも。こうして涙が流れるくらいの宝石だものね?
そして更に取り出したのは…。
「やっと出会えました…オパール!本当に虹が閉じこめられてるみたい…」
オパールの全てがこうした遊色効果を持つわけではないけど、やっぱりオパールといえばこの虹色の輝きだよね。
遊色効果とは宝石の中に入った光が結晶構造や粒子配列によって分けられてしまい多色の乱反射が起こることで、代表的な宝石がオパールというわけだ。
極稀に貝殻や樹木の化石などがケイ酸分と入れ替わってオパール化することがあるけど、あれはあれでとても綺麗。
宝石や装飾品として持ち歩くにはちょっと向かないけれど。
あとは温泉の沈殿物として形成されることもあるとか。
ちなみに今私と見つめ合っているオパールは地色が乳白色なのでホワイトオパールと言われている。他にも青や深い緑、濃い灰色のような地色だとブラックオパール、赤やオレンジの地色だとファイヤーオパールと言う。
ホワイトオパールの中でも透明度が高く遊色効果の強いものはクリスタルオパールとも言われてとっても綺麗で価値が高いとされているのだけど…残念ながらこれは半透明なのでライトオパールだ。
そのうちもっと綺麗なオパール…特にブラックオパールなんか見つけてみたいよね!
ヴィンセント商会でも取り扱いはいくつかあるみたいなんだけどカットしなくても綺麗なオパールは非常に人気があるらしく、高位貴族の贈り物にされることが多いのだそうだ。
そのため常に品薄で私が買えたのは本当に偶然に近いと言われた。
あのカンファでさえアルマリノ王国の西側の国から入ってくるというだけで詳しい産地は把握できていないほど、この世界では秘密の多い宝石なんだって。
「それにしても…綺麗だなぁ。移り気な王様をオパールに例えたシェークスピアの気持ちもわかるような気がするくらい素敵な光だね…」
パールも見方によっては七色に見えないこともないけど、あれは乳光と呼ばれるもので全く別物です。もちろんあれはあれでとても良いと思うけどね?
現在私の前には四種類の宝石が並んでいる。
これは全て前世の世界にも存在していたものだ。
だから私の持つ知識が非常に役に立っているのだけど…問題なのはここからだ。
腰ベルトに入っている残りの宝石のうち一つ目の宝石を置いた。
コト
まず一つ取り出したのは貴族院Aクラスの前にも飾られていたネックレスについていた宝石と同じもの。
見た目はルビーのように明るい赤なのだけど、アクアオーラのように表面が虹色に見える。
以前にも言った通り、アクアオーラ等のクリスタルオーラと呼ばれる人工宝石は水晶に金などの金属イオンを真空蒸着させたものだ。ここ異世界にはまだそんな技術はないはずなのでこれはそういった人工宝石ではない、天然でこの輝きを産んだ宝石が存在しているということになる。
普通に考えたら有り得ないんだけど、異世界なのでそのあたりの常識を持ち出すことが有り得ないということだろう。
「で、確か…『フォルサイト』ってカンファは言ってたっけ。稀に入荷する魔物が宝石と化した物じゃないかって噂があるって話だったけど………うん、考えてもわからないね」
そもそも化学分析すらできないのであればどういう成分かもわからないのだし、仮に成分がわかったところでどこで産出されたものかわからないのであれば調査のしようもない。
今はただこの虹色に輝く赤い宝石を愛でることができればそれで良いよね。
さて、まだあるよ。
私がカンファから購入した宝石はあと二つ。そのどちらも前世ではなかったものだ。
テーブルの上に残り二つを同時に並べた。
一つは『ゲイザライト』、もう一つは『グリッドナイト』。
これ、私の言語理解スキルのせいかもしれないけど英語とかラテン語とかがやたら混じっていたりするんだけど気にしたらいけないところなんだろうね、きっと。
「それにしても…不思議な石だなぁ…?」
ゲイザライトは結晶の頂点から宝石の真ん中に向かって光が集まっているような、いや逆に真ん中から結晶の頂点に光が出ているようなそんな宝石だ。
光自体は白い光線となっており、極細いものではあるがしっかり肉眼でも見える。
今回手に入れたのは水色の、私の持っているアクアマリンよりは色の濃い石だった。ブルートパーズに近い色合いかもしれない。
ちなみに日本で出回っているブルートパーズは無色のトパーズに放射処理したものだから天然のブルートパーズはほとんど産出されていなかったはず。この色はスイスブルートパーズが一番近いかもしれない。ロンドンブルートパーズになるとアイオライトのような色合いになるしね。
話がそれた。
とにかくこのゲイザライト、結晶の頂点から光がビームのように中心に集まっているのだが、実は割ったときもその光が集まる習性は変わらないのだとか。
つまり二つに割れば二つの石がそれぞれ中心に光が集まるようになるという。
とても不思議な宝石だったので、話を聞いて即買いしてしまった。
で、もう一つがグリッドナイト。
これも摩訶不思議な石。宝石というには少し分類に悩むところだけど…この石は黒い。
勿論透明度はそれなりで、スモーキークオーツのような感じ。
ただ明らかに目を引くのが、石のなかで星が瞬くようにキラキラと光の煌めきがあるのだ。
サンストーンのような煌めきではなく、本当に中に星が入っているかのような煌めき。もちろんオパールのような遊色効果とも全然違う。
光っているものの熱は無く、周囲を照らすほどの光量もない。暗闇に置いてもせいぜいもった手の平が見えるくらいのものでしかないそうだ。
灯りとして使うなら魔道具だってあるし、私なら魔石に光魔法を付与して数十年は照らし続けさせることだってできる。
でもまるで夜空を閉じ込めたようなこの石を見て、いつか特大サイズを部屋に置いて簡易なプラネタリウムにしてみたいと思ったよ。なのでその思いを忘れないためにこの石も購入したというわけだ。
そんなわけで今テーブルの上には私が購入してきた宝石が全て並べられている。
一応取り扱いが雑だった箱入りの宝石も箱に入れたままテーブルの上に置いてある。先ほど鉱物操作でクラックや欠け、まだ少しくっついていた母岩を取り除く作業は済ませてある。
「しかし…壮観だね…。いつかもっともっともっと宝石を集めて部屋中並べて過ごすっていう私最大の目的も絶対実現させてやるんだから…。それにしても…うふ。ふふ、うふふふふ…はぁぁぁぁ…素敵。舐めちゃいたいくらい綺麗で素敵。なんであなた達はそんなに美しいんだろうね…?」
音を遮る魔法を周囲に巡らせているので安心して私は声に出して緩みまくった頬をひきしめることもせず、ただただ宝石を眺めて愉悦の時を過ごすのだった。
今日もありがとうございました。




