第96話 商人の兄妹
お陰様でユニーク15000達成しました。
まだまだ続ける予定なのでお付き合いのほどお願いします。
「細かいところにも目が行かれるのですね」
カンファに言われてそう返事をする。
嫌なわけではないし、どちらかといえば嬉しい部類だと思う。父親のヤイファはそういう話を全くしてこなかったため、より良く思えてしまう。
「お客様の外見、服装、店に来る時間など全てがより良い商品をお勧めするための情報ですから」
作り物のような営業スマイルを向けられてさすがにちょっと引いてしまうが、ここで引き下がるわけにはいかない。
何せ目の前には沢山の宝石が詰まっていると思われる箱が正に山と積まれているのだから。
「私はクアバーデス侯爵のご子息であらせられるリードルディ様に仕えています。貴族院へは従者として同行させていただいています」
「へぇ…それはすごいですね。貴族院へ従者として入られるのはだいたい主人よりも年上の方が多いはずです。セシル様はリードルディ様と同い年くらいなのではありませんか?」
むー…この人思ったよりいろんなことを知っているようだ。
確かに私のクラスにいる従者達で私と同い年の人、つまり主人とも同じ年齢の人は一人もいない。本来普通の平民が十歳で入れるような場所ではなく、仮に才能があったとしてもせいぜい国民学校くらいだろう。
「確かに私はリードルディ様と同い年です。いろいろとご縁がありまして運良くこうして取り立てていただいています。カンファさんの方こそそのお年で実に見事な観察眼でらっしゃいますね」
「なるほど…運も実力のうちということですね。私のは祖父から教えていただいた知識でしかありませんよ」
互いにふふふ、はははと愛想笑いを浮かべながら相手の言葉一つ一つを注意しながら発言している。
これ、下手するとヤイファより疲れるかも…。
何だろう?店員と話しているというより会社に来た営業マンと話してる気分だ。
「おいカンファ。私はそろそろ仕事に戻るからこの子はお前に任せる。いつまでも世間話していないでしっかり売り込めよ」
「はい、番頭。お任せ下さい」
立ち上がって礼をするカンファを一瞥すると鼻を鳴らしてヤイファは部屋から出ていった。
「さて、皆もそれぞれの持ち場に戻ってください。また片付ける際には協力を頼みますので」
カンファが壁際に立つ店員達に呼び掛けると彼等も一礼して部屋から出て行く。
残ったのは私とカンファ、それと最初からいた女性店員だけだ。店員達がこの部屋から離れていくのを感じているとカンファは急に肩から力を抜いてソファーへと腰掛けた。
「はぁ…疲れる」
「……お疲れ様です…」
作り物のような営業スマイルを脱ぎ捨て、更にぐったりとソファーに腰掛けるカンファ。さっきまでのキビキビとした態度は今や全く見て取れない。
私もそんなカンファに対して自然と労いの言葉を掛けていた。
「ベルーゼ、お前ももういい。父さんは近くにいないはずだ」
「……はぁ…。全く何杯紅茶飲むつもりよ」
「…美味しかったよ?」
「ありがと。ホント父さんは見栄ばっかり張って…これだって一杯いくらすると思ってるんだか」
完全に仮面を脱ぎ捨てた二人は営業スマイルもない、ピンと背筋を伸ばすこともない、何より遠慮もない。ないないないの三拍子だ。
「いくらなんでもいきなりさらけ出しすぎじゃない?」
「そうかい?セシル……あぁ、一応店と客の関係だけど君には必要ないでしょ?」
「いやまぁそうだけど」
突然の変わり身に私が驚くのを通り越して若干呆れているのは二人もわかっているだろうけど、それでも態度を改めることは無さそうだ。
「父さんに任せていたら稼げるはずだったお金も稼げなくなってしまうからね。その点では僕と代わったのは父さんにしては良い機転だったと思うよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたカンファにジッと見据えられて私も少しだけ緊張感を取り戻した。
ヤイファとは比べ物にならないくらいカンファの方が大物だ。
そしてベルーゼと呼ばれた女性店員もカンファの隣へと腰掛けた。
「紹介しておくよ。こっちの女性は…」
「ベルーゼよ。ベルーゼ・ヴィンセント。さっきのヤイファの娘でカンファの姉。よろしくね、セシル」
「…よろしく」
何かを企んだようにニヤニヤと笑うカンファに対してベルーゼはただただ楽しそうにニコニコしている。
今のところはとても友好的な雰囲気を見せている二人だけど…さて。
「それで?態度を変えてどうしたの?丁寧な言葉を止めて脅すつもりならやめておいた方がいいよ?」
「言葉遣いが変わったのはお互い様だろう。というか脅すならもっと別の方法がいくらでもあるけど、どうせ通用しないでしょ?」
「さぁ…どうだろうね?」
「いやいや…もう腹の探り合いはやめようよ。僕だってこれ以上無駄な時間を過ごしたくないんだ」
そんなことを言ったら事実上の敗北宣言だと思うけど?
あぁでも既にヤイファが敗北宣言をしているのだし今更か。それもあってカンファは腹を探り合うのではなく、とっとと商談に入りたいってことなのだろう。
それ自体はわかった。
でもその前に。
「時間の無駄は私もそう思うけどね?なんで態度がいきなり変わったのか聞いてないよ」
「そんなのは簡単だよ。本来の僕という人間をセシルというお客様に売り込みたい、たったそれだけのことさ」
「爺ちゃんの教えの一つに『お客には物ではなく、自分を売れ』ってやつがあってさ。自分たちのことを気に入ってくれたお客は金額云々じゃなく買ってくれるって」
「なかなか画期的なお爺さんだね」
無論、前世ではよくある一言だろう。
以前営業の方から借りた本にもそんなようなことが書いてあった気がする。それだけ文化レベルの差があるというのに彼らの祖父というのはひょっとすると……?
とは言え、それだけで彼らが自信たっぷりになっているとは思えない。
そんなわけで、ちょっと失礼!
カンファ・ヴィンセント
年齢:21歳
種族:人間/男
LV:12
HP:71
MP:44
スキル
言語理解 5
魔力感知 1
威圧 1
片手剣 1
算術 4
交渉 7
道具鑑定 5
野草知識 6
鉱物知識 4
道具知識 5
統括 2
礼儀作法 4
宮廷作法 2
弁明 3
詐術 4
タレント
大商人
ベルーゼ・ヴィンセント
年齢:23歳
種族:人間/女
LV:24
HP:293
MP:91
スキル
言語理解 4
魔力感知 2
魔力循環 1
魔力操作 1
身体操作 4
熱魔法 3
湿魔法 2
空魔法 2
片手剣 2
短剣 6
小剣 1
格闘 6
算術 2
道具鑑定 3
野草知識 2
鉱物知識 1
道具知識 3
礼儀作法 3
料理 4
裁縫 2
ユニークスキル
隠蔽 3
タレント
剣士
商人
女中
ふむ…。カンファは本当に商人らしいスキルが伸びてる。しかもタレントとしては大商人と、普通はせいぜいが商人までなのに彼はその上にまで達している。見た感じだと統括スキルのおかげかな?ひょっとしたら騎士団でもそういうスキルを持った人は立場が上になっているか、持たない人が立場が上になると評判がよくなかったりするのだろうか。
それは今後も鑑定しながら把握していくとしよう。
ちなみにゼグディナスさんも持っていたはず。そう考えれば間違いは無さそうだけどね。
そしてベルーゼだけど…商人というより護衛?メイド?なかなかに幅広い才能がある。カンファのように特化されているのもすごいけど私に近い感じがする。
なるほどね、これなら確かにヤイファに任せて一時的な儲けを出すよりももっと私に食い込んで将来的に継続される利益を求めようとしたのかもしれない。
やっぱりヤイファよりも全然性質が悪い。
でもある意味ではとても素直でわかりやすい。
「それじゃ私を気に入ってくれて、自分達を売り込もうってことだね?そうするだけのメリットが私にあると思ったのはなんでなの?」
「もちろんいろいろと理由はあるさ。例えば…その魔法の鞄。それはセシル、君が作った物だろう?」
…まさかそれを見抜かれるとは思ってもみなかった。
表情に出ないようにしていたつもりだけど、カンファのように人間観察に優れた者には丸わかりだったようで、彼はニヤニヤとした表情を更に邪悪に歪めた。
「安心してほしい。それを公表するつもりは全くない。ヴィンセント商会に決まった数を卸せとか無茶を言うつもりもない。寧ろ今後は持ち込まないで貰いたい」
「…どういうこと?」
突発的に飛び出していこうかと思ったけど、彼はそれすら予想済みのようで両手を前に出して私を落ち着かせるような素振りを見せる。
「僕とベルーゼはヤイファの愛人が産ませた子でね。ここヴィンセント商会では一般店員より上に上がることはできないんだ。セシルほど聡明な子ならこれだけでわかるだろ?」
先ほどまでのニヤニヤした笑い方ではなくニッコリと微笑んで両手を開いてこちらに問い掛けてくる。
ちなみにベルーゼはよくわかっていないのかさっきからソファーに座って私達の話を聞いてるだけで特に何も発言してこない。
「つまりそのうち独立するからそのときに魔法の鞄を卸せってこと?」
「ご明察。もちろんセシルが欲しいと思うものを仕入れるようにはするし、なんだったら経営者になってもらって構わない。実務は僕とベルーゼで行うからね。どうだい?」
「どうだい?って聞かれてもそんなことを今この場ですぐに返事できると思う?」
「できるさ。それだけの力をセシルは持ってるだろう?」
さっきからずっと質問に質問で返し続けるこの会話もちょっとずつ面倒になってきているというのにカンファは止める気配がない。少しでも自分に有利な方向に話を持って行きたいのだろうけど、私だって前世を含めてもお店の経営なんてやったことがないわけで。
それにユーニャとの約束事もある。
ここでカンファとそんな約束をすることはできない。
「残念だけど、私は既に一緒にお店をしようって約束してる人がいるから無理だよ」
「それだって構わないさ。その相手と被らないような商品を取り扱うようにしようじゃないか」
「…だいたいまだ学生な上にクアバーデス侯爵家に雇われてる身でそんな勝手なことができるはずないでしょう」
「…ふむ。…それもそうか」
そこまで言ってやっとカンファは少し引いてくれた。
右手を顎に当てて考える素振りをするとベルーゼとも視線を交わして頷いた。
「わかった。じゃあこの話は一旦保留にする。セシルが貴族院を卒業した時にでももう一度話をさせてもらうよ」
「……まぁそのくらいならいいけど。だからって良い返事ができるとは限らないから」
「いや、ちゃんと説得してみせるさ。さて…それじゃそろそろちゃんとした商談をするとしようか」
よくわからないままカンファとの話がようやく終わって私の本来の目的である宝石の取引が始められる。
こんなことならヤイファの方がまだ楽だったかもしれないなぁ。
今日もありがとうございました。




