第432話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》41
炎に包まれる、天上人の三大公派、技公の本拠島イルミナス。
その中枢である中央研究所の前――
この光景を生み出した張本人であるはずのシャルロッテとティファニエ、マクウェルらが揃って頭を垂れるのは、イルミナスの重鎮であるヴィルキン第一博士だった。
「え……!? え!? どういう事!?」
ラフィニアは驚いた様子で、両者へ交互に視線を向ける。
「なるほど。ティファニエさん達を手引きしたのが、ヴィルキン博士。あなただったという事ですね?」
イングリスはそう問いかける。
広大なこのイルミナスを炎に包むような真似は、相当な下準備無しには出来ない事。
また、イルミナスの中枢たる技公の機能が停止し、街から殆ど人がいないような状況でなければ、早々に異常を検知されてしまい、実現は不可能だ。
今ヴィルマが機竜を操り街中を消火させているが、それこそヴィルマではなく技公自身が機竜を出動させて、侵入者を排除したはず。
つまりティファニエ達はイルミナスが機能不全に陥る事を知っていた。
その上でこの天上領を焼き討ちする準備を整え、満を持して乗り込んできたのだ。
「という事は、そもそもこのイルミナスが機能不全に陥り海に不時着したのも、あなたの仕業だとお見受けしますが?」
「「「ええっ!?」」」
「と、父さん……! ほ、本当なのですか!?」
にこにことイングリスの問いかけを聞いていたヴィルキン第一博士は、ヴィルマに問い詰められても表情を変えない。
「そうだよ~。技公様がお元気だと、迂闊な動きは出来ないしね~」
相変わらずにこにこと、そう返答して見せる。
「な!? ど、どうして……!? どうしてそんな風に笑っていられるのです!? イルミナスが崩壊しようとしているんですよ!?」
「そうよ……! ヴィルマさんには悪いけど、やっぱりあの顔って悪人の顔なんだわ!」
あの顔とは、以前対峙した教主連合側の大戦将イーベルの事である。
ヴィルキン第一博士もイーベルも、上級魔導体と呼ばれる、造られた体を使用しているらしい。
「わたしはイーベル殿は嫌いじゃないけど?」
自ら積極的に戦ってくれる血の気の多い性格をしており、手合わせの相手としては申し分ないのである。
「それは、クリスの価値観がおかしいだけ!」
即座にそう言われてしまった。
「え~? じゃあ僕の事は嫌いだって~? ショックだなぁ、けっこう君達には親切にしたと思うんだけど?」
「いえ、判断をまだ保留しているだけですよ。親切ついでに、手合わせをお願いできると嬉しいのですが?」
そう応じると、シャルロッテとティファニエ、マクウェル達がさっと立ち上がり、ヴィルキン第一博士を護るようにイングリスとの間に立った。
「ふふ……博士は人望があるようですね? 素晴らしいです」
ヴィルキン第一博士に手合わせを挑めば、シャルロッテもティファニエもマクウェルも付いて来る、という事だ。豪華でいいではないか。
「小さくなったのは背丈だけ。相変わらず生意気な子ね」
「教主連側としては、イルミナスの崩壊はヴィルキン博士が勝手にやった事であり、戦争を仕掛けたわけではないとするわけですね? 敵勢力を削りつつ、有能な人材を引き抜きつつ、教主連内部への体裁も整う。となると、教主連の中自体も一枚岩ではないのかも知れませんね?」
「……ま、そうかも知れないね~。僕としては僕のアタマを買ってくれて、楽しく研究を続けられるところならどこでもいいけどね~? ま、これは手土産って事だね~」
「そんな身勝手な! イルミナスの何が不満だったと言うのです!? 父さん!」
「仕方ないんだよ、ヴィルマ~。イルミナス……っていうか、大公派そのものがジリ貧なんだからね~。沈みゆく泥船ってやつ。研究続けられなくなったら、イヤだからさ~」
「どういう事です!?」
「寿命なんだよ、天上領としてのね~」
「……!?」
ヴィルマはヴィルキン第一博士の発言に眉を顰める。
「このイルミナスも含めてね、大公派の本島は今から四百年以上昔の天地戦争の頃に出来上がったものさ。地上の民との最後の戦争……そこで大手柄を挙げた大戦将達に、褒美として自分専用の天上領を与え、自治権を認めたんだね~。それが、三大公派のはじまりさ~」
「……それが力をつけ過ぎて、主君筋である教主連側と肩を並べるようになったと?」
イングリスの問いかけに、ヴィルキン第一博士はそうだよ~と頷く。
天上領の歴史や二つの派閥の成り立ちについては、初めて聞く話だ。
イングリス王が興したシルヴェール王国の顛末が、そこに隠されている可能性もある。
「そうであるように見えて、そうじゃなかったって事さ~」
「というと?」
「天上領の中核たる『浮遊魔法陣』がね~? あれって教主連の教主様じゃないと新しく創れないんだよ~。しかも極めて長い耐用年数を誇るけど、永続するものじゃない。『浮遊魔法陣』の寿命は天上領の寿命さ。それがもうすぐだったんだよね~。僕はちょっとそれを速めただけ……みんな何とかして復旧しようとしてたけどさ、もう無駄なんだよね。イルミナスは二度と空には戻れないよ~」
「そ、そんな! ではイルミナスの民はどうなるのですか!?」
ヴィルマも初耳であったようで、驚いて声を上げていた。
「それが、教主様は新たな『浮遊魔法陣』を大公様方に与えるつもりはないみたいなんだよね~。一代限りの褒美だったってわけさ。だから、三大公派は沈みゆく泥船さ。そのうち地上に墜ちて、後は散々恨みを買った地上の民に抹殺されるか、虹の雨に打たれて魔石獣になるか……まあロクなもんじゃないよね~?」
「なるほど。だからこそ三大公派は地上を懐柔するような動きを見せるのですね。いざという時は地上の国々と手を取り教主連合と争うような姿勢を見せ、本当の狙いは、その動きを懐柔しようとして、新たな『浮遊魔法陣』が下賜される事だと……」
近年になって三大公派から機甲鳥や機甲親鳥などの新装備が下賜されるようになったのは、そういう動きが根底にあったのだ。
「まあ、それは無理だと見切ったから、僕は教主様にお仕えしようかな~って、ね? 楽しく研究が続けられればいいからね~」
「なるほど……」
しかし三大公派が『浮遊魔法陣』の寿命問題を抱える沈み行く船だとは知らなかった。
こうなるとカーラリアの国が、セオドア特使をはじめとする三大公派との関係を深め、封魔騎士団を梃子に国々を纏めようとする動きは、本当に妥当なのかも疑問符が付いて来る。
頼りになる後ろ盾の方がいきなり倒れる可能性がかなりあるのだ。
三大公派の天上領が地上に墜ちれば、新たな機甲鳥も機甲親鳥も、魔印武具ですらも、手に入れる事が出来なくなるかもしれない。
ならばカーラリアとしては、多少横暴でも初めから教主連側に付いていた方が良いのかも知れない。
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