第192話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優45
突如、内側から爆発したように崩壊した王立大劇場。
道行く人々は、唖然としてその光景を見つめていた。
中にいたイングリスも同じく唖然として、その場に立ち尽くしていた。
前を見る、後ろを見る、右を見て、左――間違いない。どこからどう見ても廃墟だ。
「ちょ、ちょっとまずいかな、これは――あははっ」
まさか力を吸収し過ぎて爆発するとは――想定外だった。
結局戦う事も出来なかったし、全くの不完全燃焼かつ被害規模は甚大だ。
――何一ついい事が無い、最悪である。
ぐいっ!
横から耳を引っ張られた。
「あははじゃないでしょ、あははじゃあぁぁぁっ! 調子に乗ってやり過ぎるからよ!? そこそこの所で止めとけばよかったのに!」
「で、でも限界に挑戦しないとそれ以上強くなれないし……それにあの人も喜んでたし――爆発するなんて聞いてないから……」
「言い訳はいいのよ言い訳は! どうするのよこれ――!?」
ラフィニアはぷんぷん怒っていた。立派だった王立大劇場は、見る影もない。
金銭的な被害額は如何程だろうか――
建物が大きく装飾も立派だった分、騎士アカデミーの校舎よりもさらに何倍もかかるだろう。
「も、もしあたし達に弁償しろって言われたらどうするの……!? それに罰として食堂の食べ放題を取り消されたら……!? また飢えるわよ、あたし達――! 今度はワイズマル伯爵も助けてくれないだろうし……!」
「う……ま、まずいね――こ、これはもう素直に国王陛下を狙った暗殺者がやったって言うしかない……かな? 追い詰めたら苦し紛れに自爆したって言えばきっと大丈夫だよ」
もし被害が少なく済んでいたら、何もなかったと事実を隠蔽することも可能だった。
ミリエラ校長が観客達を巻き込んで異空間に退避したが、それは念のため警戒して行ったとか、舞台演出の一つとか言い訳もできる。
最終シーンはもう終わったことにして、そのまま閉幕としてしまえばいい。
だがもし、北の隣国アルカードの暗殺者がカーリアス国王を狙って来たなどと知れれば、間違いなく国際問題だ。
場合によってはこの事件については隠すという選択肢もあり得たが、どうやら無理なようだ。
「正確には面白いから暗殺者に力を吸わせて遊んでたら、逆に力を吸い過ぎて爆発した――だけどね」
「違うよ! 面白いとか遊びじゃなくて、真面目に強い敵と戦いたかったから。だよ」
「そこしか否定できてないじゃない……! ほんと、クリスはいつでもどこでもクリス過ぎて……! あーもう頭痛い――」
ラフィニアは深く深くため息をつく。
「信念を持つって大事だと思うの」
「劇場を爆破しなければね……! でももう、とにかくそう言うしかないわね……」
「うん。その辺はわたしが説明するから――」
「そうね。じゃあレオーネとリーゼロッテも、そういう事にしておいてね」
「え、ええ……結局、イングリスがどうにかしていなければ、私達も危なかったかもしれないし――」
「それにしても過程はともかく、見事に心配していたことが現実になりましたわね……」
リーゼロッテは当初から、劇場が壊れないかを心配していたのだった。
「ほんとよね――あ、アリーナちゃん、大丈夫? 怪我してない?」
爆発の瞬間、皆が怪我をしないようにちゃんと瓦礫や爆風からは守った。
見た所アリーナや他の皆も、大きな怪我は無いようである。
「う、うん……おねえちゃん――守ってくれてありがとう……」
「ごめんね怖かったわよね? もう大丈夫だからね――」
ラフィニアはまだ少々顔をこわばらせているアリーナを、ぎゅっと抱きしめていた。
「ラティは、今のうちにどこかに隠れておいた方がいいかも知れないよ?」
「そ、そうですね……! イングリスちゃんの言う通りです――!」
イングリスの言葉に、ラティではなくその隣にいるプラムが頷く。
ラティは北の隣国アルカードの王子だ。
アルカードからの刺客がカーリアス国王を襲った以上、もし身分が明らかになればラティは無事では済まないだろう。
拘束は勿論の事、捕虜扱いで済めばいいが下手をすれば処刑――
そうでなくとも人質として交渉材料にするなど、様々な事が考えられる。
「ラティってホントに、アルカードの王子様なの――?」
ラフィニアの問いにラティは頷く。
「ああ――一応これが証だ」
服の下から、アルカードの紋章が衣装されたペンダントを見せてくれる。
「本当なのね……あまりそういう感じはしなかったけれど――」
「そうですわね、ラティさんはどちらかというと品が……ああいえ、わたくし達にも親しみやすいと言うか――」
レオーネとリーゼロッテがそう述べる。
「悪かったな。王子様らしくなくて。俺は無印者だし、王族の中じゃ落ちこぼれだからな……だから育ちが悪いんだよ」
と、ラティは特に腹も立てていない様子である。
「無印者の落ちこぼれだからこそ――俺にできる事を見つけに、身分を隠して騎士アカデミーに留学したんだよ。だけどこんな事になるなら――国を出るべきじゃなかった……国に残ってれば、止められたかも知れねえのに――」
「し、仕方ありませんよラティ。自分を責めないでください――さあとにかく、後はイングリスちゃん達に任せて……」
「いや。イングリスが説明しても、証拠が無けりゃ信じてもらえないかも知れないだろ? 俺が身分を明かして証言するよ、そうすれば信じて――」
「いいえラティ君……! それは僕が――!」
と、済んだ綺麗な少年の声。
「……! イアン!? ぶ、無事だったのか……!? てっきり全員やられたと――ってかどこだ!? 隠れてるのか?」
イアンの声はすれど、姿が見えないのである。
「こ、こっちです……! 右側の奥の柱の所に――!」
そこには、イアンを小脇に抱えたユアが、すたすたと立ち去ろうとしていた。
「ユア先輩……!? 何をしているんですか?」
「いや、一人持って帰っていいって言ってたから――もう解散でしょ?」
「え、ええ……ですがそちらのイアンさんだけ無事だったんですね?」
「そ、そうですね――どういうわけか分はかりませんが……」
「簡単。やばい模様の所をぶっ叩いた」
『送出印』の事だろう。つまりユアはあの瞬間、危険を察知してその部分だけを破壊していたのだ。
さすが、こう見えて魔素の流れや性質を操る事にかけては超人的なユアである。
きっちり自分が『持って帰る』ためのイアンは助けていた。
「じゃ、そういう事で――」
「ま、待って下さいユアさん……! 僕にはやる事が……!」
「いやユア先輩、連れて行って下さい。悪いけどイアン、お前のやった事を考えたら簡単に国王陛下の前に出すわけには行かねえ――」
ラティの指摘も正しい。イアンはカーリアス国王の暗殺を企んでいたのだ。
その標的の前に出せば――どういう気を起こすか分かったものではない、という事だ。
「で、ですがラティ君……ひょっとして、一人で僕達の罪を被るつもりでは……!?」
「……まあ、落ちこぼれの王子に出来るのはその位かもな」
「だ、ダメですラティ……! そんなの――! ラティは悪くないじゃないですか! ねえイングリスちゃん!?」
と、プラムが助けを求めるようにイングリスを見る。
「うん。それに今そういう事しても、多分意味が無くなっちゃうから」
「え? どういう事だよイングリス?」
「これだけじゃ終わらないって事。きっと続きがあるから――」
「な、何があるって言うんだよ……?」
「それは――」
と言っているうちに――
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
甲高い女性の叫び声。
ミリエラ校長のものだった、避難のために転移した異空間から戻って来たのだ。
「こ……これは酷うございますな……!」
「う、うぬう……避難は正解だったというわけか――!? しかしひどい有様だ……」
近衛騎士団長のレダスに、カーリアス国王の姿も。
それに母セレーナや、伯母イリーナやビルフォード侯爵の姿もある。
「た、頼むわよクリス……!」
「うん――」
さあ少し気合を入れて、言い訳に臨もう――!
単に自分のミスを誤魔化すだけでは無くて、この先に明るい未来を勝ち取るために――
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