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勇者との演習⑧

「兄さん?」


 アルムの申し出にシオンはつい呆けた返答を行った。いやシオンだけでなくアーヴィングも麾下の騎士達も同様であった。イリーナに至っては手で顔を覆い天を仰いだぐらいである。


「アーヴィングさん、弟の成長を見るのは兄の役目とは言えませんか?」


 アルムの言葉にアーヴィングは少しばかり思案顔を浮かべるとにっこりと笑う。


「確かにそうだな。アルム殿にお任せしたい。シオン殿もそれでいいかな?」


 あっさりとアーヴィングは趣旨を翻した。


「え?」


 シオンはアーヴィングがあっさりと趣旨を変えたことに対して密かな驚きであったのだ。なぜならばアーヴィングはシオンの実力が見たいと言ったのだからアルムが相手では一瞬で終わってしまうという可能性を考えないはずはない。にもかかわらずあっさりと趣旨を変えると言うことは当初の趣旨に反する事になると思ったのだ。


(と言う事は……本当の目的は俺を騎士団で保護することにより兄さんの足を引っ張らないようにするという状況を作り出すつもりか)


 シオンはそう判断すると心の中に不快感が生まれるのを感じた。シオンが家を出てからの冒険者として活動した経験をすべて否定された気分である。


(舐めやがって……)


 シオンはそう判断するとアーヴィングへ厳しい視線を送る。それを見てアーヴィングはまたもニヤリと笑った。アーヴィングにはシオンの視線が子犬が吠えているようにしか思えないのだろう。


「いいでしょう。兄さんと立ち会わせてもらいます。ただし一対一で兄さんと相手するのは難しいのでハンデをもらいたいのですが」


 シオンの言葉にアーヴィングは頷いた。


「それでどのようなハンデかな?」

「俺はルフィーナとコンビを組んでいます。二対一でやらせてもらいたい。ルフィーナ、一緒にやってくれないか?」


 シオンはそう言うとルフィーナに視線を移して言った。シオンの言葉にルフィーナは静かに頷いた。シオンの言葉と目から只の演習でないことを感じたのだ。


「いいわ。私とシオンはパートナーだもん。やらせてもらうわ」


 ルフィーナの返答にアルティナは不安そうな表情を浮かべた。アルムの強さを間近に見ている以上ルフィーナの身を案じるのは当然だろう。


「そうか。それならアルム殿に勝つ事は君達には不可能だろうから、条件をつけようじゃないか」


 アーヴィングの言葉にシオンの不快感はさらに増した。


「アルム殿と五分戦う事が出来たならシオン殿とルフィーナ殿の実力を認めようじゃないか」

「ええ、それで良いですよ」


 アーヴィングの出した条件をシオンは即承諾する。それを見て騎士達の中から不安気な表情が浮かんだ。自分達が束になってもアルム相手に五分持つのは至難の業である事を理解していたからである。


「そうか。アルム殿もそれで良いな。手加減などしないようにしてくれ。こちらとしてはシオン殿の本気が見たいのだからな」


 アーヴィングはアルムにそう言うとアルムもまた静かに頷いた。


(これでよし……シオン殿を上手く誘導できたようだな)


 アーヴィングは心の中でそうほくそ笑んだ。アーヴィングが見たいのはシオンの本気というかスキルである。アーヴィングは決して悪食(イベルジスト)を捕らえたシオンの実力を過小評価などしていない。むしろ高く評価している。だがシオンの能力が特殊なものである場合、能力を隠す可能性を考えたのだ。

 その時にアルムがシオンの相手を買って出たという状況を利用する事にしたのである。


 シオンは戦うのに身体能力ではなく知力で勝負するタイプであるというのがシオンとアルムの会話から見たアーヴィングの見立てであった。この状況でアルムに相手を変えることの意味をシオンが考えないわけがないと思ったのである。

 アーヴィングの見立て通りシオンはアルムに相手が変えた事に対して、自分達を監禁するつもりであるという考えに至ったようであった。


(しかし、ハンデを求めるとは冷静だな)


 アーヴィングはシオンの客観的な判断に密かに感心していた。普通シオンほどの年齢で冒険者として生活できていればのぼせ上がる事が多いのだがその点はシオンにあてはまらないようである。


「それでは少し時間をいただけますか?」


 そこにシオンがアーヴィングに声をかける。


「それは構わないがどうしてだね?」


 アーヴィングの問いかけにシオンは冷静な声で返答する。


「もちろん作戦を立てるためですよ」

「なるほど……どれくらい必要かね?」

「そうですね……十分程いただけると助かりますね」

「わかった。アルム殿もそれでいいかね?」


 アーヴィングがアルムに向かって言うとアルムは静かに頷いた。


「ありがとうございます。それではあちらの方でちょっと話し合わせてもらいますね。ルフィーナ行こう」

「うん」


 シオンはそう言うとルフィーナと一緒に歩き出してアルム達から百メートルほど離れた場所に移動すると話し合いを始めた。もちろん読唇術のスキル所持がいる危険性を考慮してアルム達に背を向けて話し始めた。


「シオン、大丈夫?」


 作戦を話し合うとすぐにルフィーナがシオンを心配する様に言った。


「何がだ?」


 そう返答したがシオンはルフィーナが何を心配しているかはわかっていた。


「もう!! シオンが冷静でない事ぐらいわかるわよ。アルムさんと戦う事に対する緊張感とは違うわ。明らかにマッシャー団長がアルムさんとの立ち会いを認めたあたりから機嫌が悪くなったわ」


 ルフィーナの言葉にシオンはやや苦笑を浮かべる。


「私は真面目に言ってるのよ」


 シオンが苦笑を浮かべた事に対してルフィーナが憮然とした声を発した。


「ゴメンゴメン、ルフィーナを笑ったわけじゃなくて自分の未熟さに気づかされたのさ」

「どういうこと?」

「つまりな。隠しているつもりだったけどその辺りの雰囲気が俺から発せられていたと言う事だ。となると兄さん達も気づいた可能性は高い」


 シオンの言葉にルフィーナは頷く。


「ルフィーナ、兄さんは間違いなく俺とルフィーナよりも強い……だが手が無いわけじゃない」

「でも、アルムさんはシオンの祝福(ギフト)が偽造者である事を知ってるんでしょう?と言う事は偽造スキルの使用は難しいんじゃないの?」


 ルフィーナの言葉にシオンはニヤリと笑って言う。


「その辺の事は大丈夫だ。木を隠すなら森の中というやつだ」


 シオンの言葉にルフィーナは首を傾げた。



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