4話 四級探索者昇格試験3
2層は灼熱の荒野が広がっている。サバンナの様に疎林や灌木が散在するエリアもあれば、土煙が吹き荒れる干からびた土地もある。
2層1区では比較的開けた見通しが良い荒野が広がっている。砂漠のような場所ではなく、アメリカのモニュメントバレーやオーストラリアのエアーズロックのような、からっと乾いた赤茶色の大地が広がっていた。
「では、これより四級探索者への昇格試験を開始する。君たちには私が指示したモンスターと戦ってもらう。準備はできてるな?」
「「はい」」
「よし。では私に付いてきてくれ」
昼休憩を済ませた後、一行は2層1区の探索を進めてゆく。
鈴鹿は2層へ来たことはあるが、入口から簡単に見回した程度で、実は2層のモンスターとは戦ったことがなかった。2層1区のモンスターはレベル32~50までのモンスターしか出現しないため、初見でも何も問題はないだろう。
少し歩いたところに早速モンスターが出現した。
土蜥蜴:レベル33
土蜥蜴:レベル34
同じモンスターが2体。巨大なワニを彷彿とさせる蜥蜴だ。全身砂っぽい色合いで、体高はそこまで高くない。上体を軽く起こしてキョロキョロと周囲を見回しているが、頭の高さは鈴鹿の腰くらいだろうか。
最近は5m近いエリアボスとばかり戦っていたため小さく感じるが、目の前の蜥蜴はかなりのサイズだ。あんなのが走って追いかけてきたらパニックになるかもしれない。それに体高が低いため攻撃や盾での防御がしにくく、戦うのにも厄介そうなモンスターだった。
「2体か。定禅寺、行けるか?」
どうやら一発目の戦闘は鈴鹿からの様だ。初見の敵ではあるが、レベル34など敵ではない。
「大丈夫です」
「よし。無理はせず、いつも通り戦うこと。無理そうであれば、即座に私たちに声をかけること。いいな?」
「はい」
探索者によっては避けるべきモンスター、避けるべき数というものが存在している。別に毎度毎度モンスターと出会う度に戦う必要はない。自分たちが得意なモンスター、得意なフィールドで戦うのも一つの戦法である。
四級探索者試験では試験官が指示するモンスターと戦う必要があるが、それを拒否することもできる。命がかかっているため当然であるが、それで試験が即失格となることは無い。苦手な組み合わせのモンスターや多くの数のモンスターを指示されれば、避ける必要もある。自分たちの力量を正確に把握し、モンスターを避けるという選択肢を取れることもまた、四級探索者に必要な資格でもあった。
そんな中、鈴鹿は戦う選択肢を取った。悠然と鈴鹿だけがモンスターへ近づいてゆく。
「ねぇ、定禅寺君武器持ってないんだけど」
「きっと収納にしまってるんだよ」
「凄い武器かな!」
Riversのメンバーの声が聞こえる。
ごめんね。凄い武器も持ってるけど、スキルのせいで使えないんだよね。それに今日はこれで戦うって決めてるんだ。
気配遮断も使わずに近づいたため、土蜥蜴が鈴鹿に気が付いた。すぐさま距離を縮めようと土蜥蜴が足を動かす中、鈴鹿は手のひらを土蜥蜴に向けて魔法を放った。
「雷球」
サッカーボールサイズの雷で形成された球体が出現すると、時速150km越えの剛速球で土蜥蜴に向かって飛んで行く。雷球は動き出した先頭の土蜥蜴に見事命中し、込められた力を発揮した。
のたうつ雷が土蜥蜴に襲い掛かり、呆気なく一撃で土蜥蜴を煙へと変えた。雷球の余波で後続の土蜥蜴も痺れており、動きに精彩を欠いている。そこへ間髪入れずに二撃目の雷球が着弾すれば、ものの数秒で土蜥蜴2体は煙となって鈴鹿へと吸い込まれていった。
「終わりました」
「うん、土蜥蜴は問題ないな。では次のモンスターを探しに行く」
試験官である椚田は、淡々と結果を何かにメモし次のモンスターを探しに動き出す。昇格試験でモンスターと戦うのは1回ではない。複数回戦う必要があり、さらに夕方には地上に戻らなければいけないのだ。さくさく行かなければ、いくら時間があっても足りないだろう。
だが、Riversのメンバーはそんなことは気にしない。
「定禅寺君めちゃくちゃ強いな!!」
「今のって雷魔法だよね! レア魔法の!!」
「いいなぁ、どうやって発現したの??」
探索者にとって情報は貴重であり秘匿すべきものである。些細な会話がきっかけで美味い狩り場が露見し荒らされることもあれば、強力なアイテムを持っていることを話したばかりに身ぐるみはがされて死体で見つかるなんて事件もある。
だからこそ、探索者は他の探索者にむやみに情報を開示しないし、相応なリターンを要求するものだ。鈴鹿が毒魔法について猫屋敷に聞いた時だって、お互いの関係値があってこそだし、貸しという名の対価を差し出している。
だが、そんな探索者としての常識はRiversには通用しないようだ。まさか鈴鹿よりも探索者の常識に疎い探索者がいるとは驚きだ。ヤスもこんな気持ちだったのかなと、ヤスに対して労いの気持ちが湧いてきた。
「まだ試験中だからね。質問は地上に戻ってから。椚田さんが前歩いてるけど、君たちも索敵は怠らないように」
「「はい! すみませんでした!」」
もう一人の試験官である片倉に注意されたRiversのメンバーは、謝ると同時に元の配置に戻って椚田の後を追ってゆく。鈴鹿も片倉に軽く会釈をし、先ほどの戦闘を振り返った。
雷魔法初めて使ってみたけど、ザ魔法って感じだな。けどスキルレベル1だとやっぱ弱いな。一発で二体やれると思ったのにダメだったし。
鈴鹿がいきなり雷魔法を使えるようになったのは、1層5区最後のエリアボスである風雷帝箆鹿の宝珠によるものだ。宝珠から得られた魔法が雷魔法。箆鹿が使っていた雷魔法を得られた結果となった。
これで鈴鹿は毒魔法、聖魔法に続き、3つ目の魔法を扱えるようになった。そして、ようやく魔法らしい攻撃ができる魔法でもあった。魔法と言えば攻撃魔法。しかし、毒魔法は付与や搦め手が多く、聖魔法は防御主体の魔法であった。その点雷魔法は火や水魔法と一緒で攻撃がメインの魔法である。そんな魔法を覚えたのなら、スキルレベルを上げるに決まっている。それも有能なスキルならばなおさらだ。
雷魔法について調べてみると、Riversのメンバーが言っていたようにレア魔法に分類される魔法であった。毒魔法や聖魔法もレア魔法に分類されている。全ての魔法は剣術や体術と違って発現方法が不明なため、レアスキルに分類される。その中でも発現する者が多い魔法は、火・水・風・土・回復魔法である。そこから外れた毒魔法や雷魔法は、レア魔法として扱われていた。
魔法はスキルレベル1~3が基礎、4~6が応用・強化、7~は使用者の力量や発想次第で様々な形に変化してゆく。雷魔法を調べてみると、レベル1で雷を閉じ込めたような弾を発現でき、レベル2で槍や刃などの形を多少変更でき、レベル3で身体強化のようなことができるようになると出てきた。
まだ鈴鹿の雷魔法はスキルレベル1のため、先ほど放ったような雷球しか使うことができない。それでも、レベル100かつ高ステータスかつ高レベルの魔力操作が合わされば、スキルレベル1であろうとも土蜥蜴程度は一撃で倒すことができた。ただ、雷球は単発攻撃のため二匹同時に倒すことはできない結果となった。それでも、過剰な威力のおかげで魔法の余波でもう一匹も痺れていたし、簡単に倒すことができたのだが。
雷魔法はスキルレベル1でも、鈴鹿は二つの魔法を高水準で扱える。毒魔法はレベル8であり、聖魔法に至っては聖神ルノアの能力が引き継がれているため極めている。二つの魔法を高水準で扱える鈴鹿にとって魔法はすでに親しみのあるスキルであり、扱い方も共通する点もあるため雷魔法を使いこなす日もそう遠くないだろう。
やっぱりスキルレベル上げるならエリアボスに限るよな。雷魔法とか強そうだしカッコいいし、絶対スキルレベル上げてやる。
風雷帝箆鹿からは、他にも『五眼の指輪』という装飾品もゲットした。効果は装備者の魔力、知力を25%上昇させ、『風の理』、『雷の理』、『魔力炉』を授けるというもの。五眼だけに五つの効果がある優れたアイテムだ。風魔法も扱えれば『風の理』も恩恵を受けたのだが、風魔法が発現していないと『風の理』は完全に死にスキルなので、鈴鹿からしたら四眼の指輪であった。
ここで重要なのが『雷の理』と『魔力炉』だ。『雷の理』は雷魔法への理解を深めることができるというフワッとしたスキルであり、恐らく気配遮断に影響を与える『隠匿の心得』というスキルと似たようなものだろう。雷魔法について理解度を上げられる優れたスキルであり、有能なスキルだ。
『魔力炉』は魔力を生み出すことができるスキルであり、魔力回復力が上昇する効果があった。聖魔法を使用したときに魔力不足で何度か休憩を強いられたが、『魔力炉』のスキルがあれば魔力が枯渇することも減り継戦能力も向上することだろう。
さらに、鈴鹿のステータスの中で最も低い知力を底上げすることもできるスキルのため、五眼の指輪はかなり有能なアイテムだった。にもかかわらず、今は装備していない。スキルレベルが低いうちから『雷の理』の恩恵を受けてしまうと、雷魔法の習熟度に影響が出てきそうな気がするからだ。
早くスキルレベルを上げて『五眼の指輪』を装備したいところである。
「拳闘袋鼠と泥髭犬二匹か。Rivers行けるか?」
鈴鹿が雷魔法について考えていると、3匹のモンスターを椚田が見つけた。3匹ともレベルは低く、レベル35程度である。拳闘袋鼠は立派なカンガルーのような見た目で、二本足で立っていると鈴鹿と同じくらいの身長があった。泥髭犬はハイエナに似ており、大型犬くらいのサイズである。
Riversのメンバーは互いに頷き合うと、リーダーである浅川が戦う旨を告げた。
Riversは武器を構えて3匹のモンスターににじり寄ってゆく。Riversの構成は、男4人がラウンドシールドに片手剣のスタンダードな装備で、城山が槍、川口が盾とメイスを持っていた。メイスは打撃武器で、棒の先端に重りとなる金属の塊がくっついたような武器だ。遠目から見ると花の蕾のように見える。
鈴鹿が愛用していた魔鉄製のパイプしかり、打撃武器はどれだけモンスターと戦っても刃こぼれなどせず、力任せに振り回せば高火力を発揮できるため使い勝手が良い武器だ。
Riversは分散してモンスターと戦うことはしないようだ。Riversに気が付いたモンスターたちが一斉にRiversへと迫りくる。泥髭犬が左右に広がるのに対し、拳闘袋鼠は正面からまっすぐ向かっている。思いのほか身軽な拳闘袋鼠は、勢いそのままに大沢へと拳を突き出した。
大沢は勢いを殺せず後ろに軽く弾かれるが、浅川が追撃はさせないとばかりに剣を振り下ろす。しかし、拳闘袋鼠は悠々と浅川の攻撃を回避すると、軽いジャブを浅川へお見舞いする。体重の乗っていないパンチは大した威力は無く、浅川も小さなうめき声を出すだけに終わった。
後ろに弾かれた大沢が体勢を整え攻撃を仕掛けるが、すぐさま拳闘袋鼠は一歩下がりその攻撃を躱す。拳闘袋鼠は体術のスキルを持っているようで、二人は上手くいなされていた。
その間に、二匹の泥髭犬が左右からRiversに襲い掛かる。それぞれ盾を持っている湯殿と小津が受け止める。離れさせようと剣を振るうが、盾を押す泥髭犬の勢いが強く力の乗った攻撃ができていない。泥髭犬を倒すように城山と川口が加勢し、ようやく泥髭犬にダメージらしいダメージを入れて引き下がらせることができた。
接戦である。モンスターたちは人数不利を理解しかき回すように動き回り、Riversは一塊になることで死角を無くし、一人がモンスターの攻撃を受け止めている間に、他の仲間が反撃する戦法を取っていた。人数差があるからこその戦法であり、探索者高校で広く教えられている戦い方だった。
モンスターたちとレベルが似たり寄ったりなためか、余裕のある戦いではなかった。しかし、さすが探索者高校の生徒というべきか、腰が引けていたりビビったりしている者はいない。決着を焦って大振りになったり輪を乱すようなこともなかった。
時間をかけてでも安全に確実にダメージを重ねてゆく。そんな戦法は地味であり華は無いが、堅実なプロとしての戦い方でもあった。
派手に大剣を振り回して倒しても、泥臭く倒しても、結果は一緒。ならば、安全で確実な方を取る。プロの探索者だからこそ、ノルマを課され確実な成果が求められる。かつてモンスタートレインを起こしたUrbanの方がもっと早くモンスターを討伐できるかもしれないが、ギルドが求める人材はRiversのような人材なのだろう。だからこそ、探索者高校の中では成績が悪い彼らであっても、受け入れたギルドがあるのだ。
その様子を見ながらメモを取る椚田と片倉。片手にはストップウォッチもあり、戦闘時間も測っているようだ。ドローンでも記録を取り、公平な試験結果にするべく工夫されている。
しばらくすると3匹は煙となり、Riversのメンバーに吸い込まれていった。
何人かは拳闘袋鼠から軽くダメージをもらっていたが、全員軽傷だ。ただ、一回の戦闘が長かったため肩で息をしている。あれだけギリギリな戦いをしていたら疲れもするだろう。
「よく倒した。だが戦闘が終わったからと言ってすぐさま休むべきではない。戦闘が長ければ他のモンスターが引き寄せられやすい。周囲を索敵して安全を確保してから休憩することを徹底しろ」
「「は、はい」」
なんとか周囲を確認するRivers。言われたから投げやりに見ているわけでもなく、フラフラになりながらもきちんと周囲を見ている。言われたことをしっかりできるのは彼らの美点であるが、そんなことは1層のうちから身体に叩き込んでおくべきなので何とも言えない。
モンスターがいないと判断したRiversは、順番に休憩を取っていく。
「あと何回か戦闘をする。行くぞ」
椚田の言う通り、その後何回か似たようなモンスターの集団と戦ってゆく。鈴鹿は雷球で一撃で倒していくためサクッと終わるが、Riversは時間をかけしっかりとモンスターを倒していった。
「む、ライダーか。どうだRivers、いけるか?」
「ライダーは無理です。レベルも高いですし、戦ったこともまだないです。それに鬼もいるので辞退します」
「わかった。定禅寺は?」
「大丈夫です」
泥髭犬に騎乗した小鬼と、薄汚れた装備に身を包んだ鬼がいた。
騎犬小鬼:レベル40
騎犬小鬼:レベル38
騎犬小鬼:レベル41
泥髭犬:レベル33
泥髭犬:レベル32
泥髭犬:レベル35
銅製鬼:レベル39
へぇ、またがってる犬とセットじゃなくて、別々のモンスターって判定なんだ。
小鬼も鬼同様に薄汚れた装備に身を包み、槍や剣を持っている。鞍も使わずに泥髭犬にまたがっているが、不安定さはない。器用に騎乗し、とことこ歩かせていた。
そんな小鬼に囲まれているのは図体のでかい鬼。鈴鹿よりも大きく、180センチくらいはあるのではないだろうか。装備は薄汚れているがしっかりと胸当てなどをしているため、きちんと攻撃する場所を選ばないとダメージを与えられないだろう。青銅製らしきロングソードと盾を持っており、1層で見た木製鬼よりも何倍も強そうだ。
だが、鈴鹿には関係ない。鬼たちの索敵範囲に入る直前に雷球を出現させ、図体のでかい銅製鬼へ放った。高速で迫る雷球を回避できるほど銅製鬼は優秀ではなかったようだ。防具など関係ないとばかりに上半身に当たった雷球は、着弾と共に内包された力を開放し銅製鬼を煙へと変えた。
「ギギギギャギャ!!」
小鬼が騎乗しながら鈴鹿に武器を向けると、他の二体と合わせて三方向にばらけて鈴鹿へと迫る。泥髭犬に騎乗していることで速度が増しているが、鈴鹿からしたら遅すぎる。雷球を出現させると、3体とも狙いたがわず小鬼の腰辺りに着弾した。小鬼と泥髭犬が重なる場所に放たれた雷球は、2体をまとめて煙へ変える力が込められている。
結果、特に苦労せず計7体のモンスターを仕留めることができた。
さすがにレベルが低すぎてドヤ顔する気も起きない。何体かモンスターを倒しているが、レベル差がありすぎるせいでアイテムは一つも取得できていないほどだ。むしろレベル100越えなのにモンスターに一発一発魔法を放っているのがスマートさに欠けるまであった。
ものの数秒程度でモンスターを倒し終わったため、引き寄せられているモンスターはいない。軽く周囲を見回して、終わりましたと椚田に報告した。
「さすがだな。よし、それではこれで2層1区での狩りは終了とする。ただし、試験はまだ続いている。ダンジョンから出るまでは気を抜かないように」
椚田が試験終了を告げると、1層へ繋がる出入り口に一行は向かっていった。




