3話 四級探索者昇格試験2
「じゃあドローン飛ばしますね」
ダンジョンに入るや否や、試験官の一人である片倉がドローンを起動して撮影を開始した。
ノートパソコン程度のサイズのドローンが飛び上がると、鈴鹿たちを視界に収めるように空中で静止している。一行が進めば、ドローンも後を追う様に付いて来ていた。
「片倉さん。このドローンっていくらくらいするんですか?」
「ドローンですか? 確か100万円くらいだったと思いますね。多くのギルドで使われているのがこの価格帯のドローンですが、使用する階層によっては特殊環境用のドローンが必要になったりするので、もっとお高くなりますね」
ダンジョンは階層によってさまざまな環境が待ち受けており、雪山や火山のような極限環境ではドローンもそれに応じたスペックが求められる。今使われているドローンも高性能なもので、戦闘が始まったときに自動で遠ざかってくれたり俯瞰して撮影してくれたり、自動追尾してくれたりとかなり便利そうだ。
そういったドローンは高額のため、ギルドによっては所属している探索者パーティ分を買い揃えられていないギルドもあるのだとか。そういったギルドはカメラだけを配布して、胸や頭に取り付けて探索時に撮影しているという。
特に2層以降からは探索者同士のいざこざも起きやすいから、カメラは常に録画しておくことをお勧めされた。
片倉にお礼を言い、改めてドローンを見てみる。
やたら高性能だよな。ああいうの買った方がいいのかな? ドライブレコーダーも付けてるだけで煽り運転抑制する効果とかありそうだし、最低限の備えはしておいた方がいいかもな。
存在進化まで経た鈴鹿にとって、他の探索者の脅威は下がりつつある。高水準のステータス、高レベルのスキルの数々、そして1層5区のエリアボスとの戦いの経験。それらが自信につながっている。事実、同レベル帯の探索者であれば鈴鹿に勝つことはまず不可能だろう。
だが、それは鈴鹿と真正面から戦ってくれた場合に限っての話である。
探索者がわかりやすく直情的な性格で、『ソロ探索なんてカモじゃ~ん』とか言って絡んでくれば殴ってお終いだ。もしかしたらもう少し制裁を加えるかもしれないけど、それで終わる。
だが後日、鈴鹿が殴っているシーンのみを動画で切り抜かれ、『八王子の悪質探索者晒します#犯罪者#追放求む#正義の鉄槌を』とかタイトル付けてSNSで拡散され、鈴鹿のあずかり知らぬところで炎上して周りが被害に合うなんてことになったら手の打ちようがない。
鈴鹿は前の世界でSNSがカオスな時代を経験してきた。あんな言った者勝ち、晒した者勝ち、事実なんてどうでもよくてバズった方が正しいみたいなクソみたいな環境に晒されては、鈴鹿ではどうしようもない。晒した者を特定してダンジョンで殺すことはできても、その投稿に乗っかってリアルに被害を出してくる者全員を毒殺して回るのは手間がかかる。
それにSNSに晒されなくても切り抜かれた動画を証拠に探索者協会に訴えられれば、鈴鹿に何らかの被害が被るだろう。無実を証明するにも時間がかかり、訴えてきたギルドをこの世界から抹消した方が早いという考えに至りかねない。
それらを未然に防ぐという意味でも、カメラはあった方がよさそうだ。
物珍しいドローンを観察しながら進んでいると、違和感を覚えた。
なんか道違くね?
マップのスキルで確認すれば、疑問は確証に変わった。まっすぐに2層への入り口を目指すのではなく、徐々に徐々に道が逸れて行っていた。
探索者協会から派遣された試験官がそんなお粗末なミスをするとは思えないので、あえてそうしているのだろう。そう結論付け、黙って後を付いてゆく。
探索は椚田を先頭に、『Rivers』の6人、鈴鹿、最後に片倉がいる。Riversの6人は終始無言だし、辺りを見回すようなこともしてなくて不安に感じる。体調でも悪いのかと心配するレベルだ。
「さて、それでは一つ問題を出す」
1層2区を抜け3区に足を踏み入れた時、椚田は振り返りそういった。
「先ほど2層へ続く入り口を記録してもらった1層の地図。これに今現在どこにいるのか回答してほしい。Riversは俺に、定禅寺は片倉に回答するように」
マップのスキルがあればなんてことない問題だ。マップのスキルはパーティメンバー全員が発現することは珍しく、基本は常に探索のルートを考えているリーダーや方向感覚に優れた者が発現する。
鈴鹿はマップのスキルをヤスに教えてもらった時から意識してダンジョンで活動していたため、無事発現できていた。そのため、片倉が広げる地図に正確に自分たちの位置を示すことができた。
だが、Riversは何やら揉めていた。
「え、俺たちがどこいるかってこと?」
「そんなのダンジョンに決まってるだろ?」
「違うって!! あのおじさんが持ってる地図見てどこにいるか答えるんだよ」
あまりの緊張のためか、椚田の質問が浸透されていなかった。ちゃんと理解してたっぽいメンバーが必死に説明しているが、おじさんと言われた椚田の眉間が一瞬渋くなったので言葉には気を付けた方がいいと思う。
「え、じゃあマップか! マップのスキルなら城山! 俺たち今ダンジョンのどこにいるんだ?」
「え? 何々? 聞いてなかった」
「だから! 俺たち今どこにいるんだって聞いたの!」
「え、浅川どうしたの? 私たち今ダンジョンにいるんだよ。四級探索者の試験受けに。忘れちゃった?」
「あぁああああ! そうじゃない!! あのおじさんが持ってる1層の地図のどこにいるかってこと!! マップのスキルで教えて!!」
「え? おじさんが持ってる地図にどこにいるか指せばいいの?」
「そう! おじさんが持ってる地図に!!」
全員放心気味のRiversのメンバーは、チーム間でもコミュニケーションがうまく取れていなかった。
ちなみにRiversのメンバーは男4人、女2人の構成だ。全員どこか抜けてるような雰囲気のメンバーで、浅川がリーダーなのか頑張って答えを導こうとしていた。
それよりももうおじさんって言ってやるなよ。最初はむっとしてた椚田がおじさんおじさん言うから悲しそうな顔してるじゃん。
恐らくRiversのメンバーは、最初の自己紹介の時の記憶も緊張で覚えていないのだろう。だから椚田のことも名前がわからずおじさん呼びしていると思われる。
何とかマップのスキルを持っているであろうパーティメンバーが椚田に回答した。
「……いいだろう。ただ、回答が遅い。ここからは2層までRiversが我々を先導すること。我々の目的は2層に行くことのため、モンスターは避けて進め。いいな」
1層3区からは見通しが悪い丘陵地帯になる。丘を登ったらすぐ反対側にモンスターがいましたなんてことも珍しくない。特に注意しなければならないのは、草と同化している狂乱蛇擬だ。ぼうっとしていると見逃して、すぐそばから噛みついてくるなんてことも多い。
気配察知のスキルレベルが高い鈴鹿からしたら余裕の課題だが、Riversは大丈夫だろうか。
「いいな、いつも通りだ! いつも通りやれば大丈夫!」
「ほら浅川いつもなら右側でしょ。いつも通り動いてよ」
「あ、ああごめんごめん。大沢、索敵は任したぞ!」
「任せて~」
「大沢そっちじゃない! 左! もっと左進んで!!」
ただ後ろを付いて行っているだけなのに、とても不安にさせられる。
結果、走ればすぐの距離のはずが、あ~でもないこ~でもないと飽きることなくわちゃわちゃ各々口出ししながら進んだことで、2時間ちかくかけてようやく2層への入り口にたどり着くことができた。モンスターを避けながら進んだことも原因ではあるが、会敵したら減点だと思ったのか索敵に力を入れ込みすぎ、牛歩のごとく進んだのが原因だろう。
その間鈴鹿は暇だったが、片倉が気を利かせてくれたのかおしゃべり相手になってくれた。話していたら椚田に注意を受けるかもとも思ったが、同じ試験官である片倉と話しているのだから大丈夫かと思い暇つぶしに会話に興じた。といっても、なんでソロなのかとか、ギルドには入らないのかとか、鈴鹿の奇行について片倉が質問するというようなのがメインであったが。
「遅い。予定よりも30分以上押しているぞ。索敵に時間をかけすぎだ。学生のうちはそれでもよかったかもしれないが、ギルドでは探索にノルマが課せられる。狩りのノルマをこなすためには、その分早く目的地に着く必要があるんだ。これからは常に時間を意識して探索するように」
「「は、はい……」」
Riversは索敵に集中しすぎたのか、本番の2層1区の狩りの前に疲労困憊ぎみだった。せっかく椚田がいいことを言っているのに、全然話が入っていっていない。そういうことの積み重ねが、卒業間際の3月に四級昇格試験に挑戦していることに繋がっているのだろう。
Riversのメンバーは悪いやつらではなさそうだ。だが、どこか抜けていて空気が読めていない感じがする。そんな彼らを受け入れたギルドは懐が深いのだろう。特に卒業できるかも怪しい成績の彼らを受け入れるくらいには、そのギルドの人材不足も深刻なのかもしれない。
「それではここで30分ほど休憩とする」
2層への入り口近くで休憩することになった。区の境界や層をまたぐ出入り口近くはモンスターが近寄りにくいため、休憩するにはもってこいだろう。2層から3層に上がる入り口近くでは多くの探索者たちが野営しており、大きなキャンプ場と化しているとも調べたら出てきた。
Riversは各々背負っていたバッグからパンやおにぎりを取り出す。疲労とご飯で緊張も解けたのか、賑やかに昼食をとっていた。
そんな様子を少し離れたところから眺めながら、鈴鹿もサンドイッチとお茶を取り出して昼食を取る。賑やかなRiversは、普段もあんな感じで楽しくダンジョン探索をしてきたのだろう。片や最近まで毎週末飲まず食わず寝もせずエリアボスと殴り合いを続けていた鈴鹿。サンドイッチを食べながら、ずいぶんと人間らしいダンジョン探索に戻ったものだと感慨深くなった。
そうやってずっとRiversを見ていたからだろうか。鈴鹿の視線に気づいたメンバーの一人がびっくりしたような顔をして、メンバーとコソコソ会話を始めた。
なんだなんだと思っていたら、Riversのメンバー6人がくっつき合いながら、鈴鹿の下まで来た。
「おい、浅川行けよ!」
「そうよ、リーダーでしょ!」
「こんな時ばっかリーダーに押し付けやがって!」
鈴鹿の目の前に来ても、何やら話し合っている。どんくさいというか要領が悪そうというか、そんな印象を受ける。
「あ、あの、鉄パイプの姫でしょうか」
なんと答えるのが正解なのだろうか。
本人たちはなんか期待に目を輝かせて鈴鹿を見ている。きっと鈴鹿が鉄パイプの姫だという確信を持っているのだろう。
だが、鈴鹿としてはそれを認めるのは釈然としなかった。勝手につけられた気に入ってもいないあだ名なのだ。こんな純粋な瞳で見てくるから怒らないが、少しでも馬鹿にした目を向けていたら彼らの探索は今日ここまでだっただろう。
「そう呼ばれてるみたいだけど、今はもう鉄パイプ使ってないし、姫どころか俺男だよ」
「キャーー!! やっぱりそうだよ!! 文化祭で見たんだって!!」
「いや、それよりも男!? 嘘だろ!! ほんとに男なの!!??」
「いっそ男の方が……!!」
鈴鹿を置き去りにして喜び跳ね回る女子や、鈴鹿の性別に驚愕する男子や新しい扉を開こうとする男子。カオスであった。
「え、ほんとに男なの?」
「うん」
「全然見えない。私より綺麗……。あ、名前なんて言うの? 私城山!」
「うちは川口!」
「定禅寺です」
試験会場やここに来るまでも椚田や片倉が鈴鹿の名前を呼んでいたはずだが、これも緊張で聞こえてなかったのだろうか。
それから俺も俺もと男たちも自己紹介を始めた。リーダーの浅川に、大沢、湯殿、小津と自己紹介を受ける。昔なら速攻名前を忘れたのだろうが、知力が上がっている今なら一度聞けば名前と顔を覚えられる。なんと便利な頭になったのだろうか。
「それで、定禅寺君は今3区の探索中? 噂では4区の探索してるって話も聞いたんだけど! 実際のとこどうなの?」
「え?」
「馬鹿だな川口は。定禅寺君は陵南達よりも強いって言われてるんだぞ? もうとっくに四級探索者になって、2層2区あたりを攻略してるところだろ。どう?」
「ん?」
「大沢もアホだな。4区探索も一つの手だろ。今日もこれから4区探索に行くんじゃないか? どうなのそこのところ?」
「待って。ちょっと待って」
怖い。こいつら本気で言っているのだろうか。
「俺も今あなたたちと一緒に四級探索者昇格試験を受けてるんだけど」
「「え?」」
「一緒にここまで来たんだけど」
「「ええぇ!!??」」
こちらがええぇ!!??だよ。
まさかとは思ったが、Riversのメンバーは鈴鹿の存在を認識していなかったらしい。ガチガチに緊張していたのはわかるが、それにしても何時間も一緒にいたというのに気が付かないもんかね。
1層3区での索敵しかり、探索者は周囲への観察力が重要だ。下手な見落としが命に直結するのがダンジョンだからだ。それで言えば、Riversは注意力散漫という評価になる。正直言ってダンジョン探索に向いていないパーティだった。
それでも2層1区まで探索できるくらい努力しているのだから、頑張ってもらいたいところだ。
それからはRiversの面々に交じり、鈴鹿も楽しく昼食を取った。




