2話 四級探索者昇格試験
中学を卒業した鈴鹿は、どこにも所属先がない。五級探索者は日本人なら誰でも取得できるランクのため、探索者と言い張るにはあまりにもレベルが低すぎる。そのため、今の鈴鹿が自己紹介するとこうなってしまう。
定禅寺鈴鹿。職業、自称探索者。
この不名誉な職業を自他共に認めるプロの探索者にするため、鈴鹿は八王子探索者協会に足を運んでいた。
「あの~、すいません。四級探索者試験を予約した定禅寺ですが、受付はここで大丈夫ですか?」
「定禅寺様ですね。探索者のライセンスカードをご確認させてください」
歳若い鈴鹿が訪れたというのに、受付の職員は驚くそぶりもない。それだけ八王子探索者ギルドでは鈴鹿は有名人なのだが、そんなこと露ほども思っていない鈴鹿は素直にライセンスカードを差し出した。
鈴鹿の顔写真とともに五級の文字が記載された免許証のようなライセンスカード。ダンジョン探索する前に撮影した写真のため、今の美形になった鈴鹿と見比べても本人とは判断できないだろう。そのため生年月日などを確認されたが、無事手続きは終了した。
準備を済ませたら待合室に行くように指示されたため、直接待合室へ行く。荷物も飲み物と軽食を入れたサコッシュだけのためロッカーに預ける必要はなく、着替えも済ませている。ちなみに今日は猿猴の防具ではなく、鳴鶴製のジャージを着ている。一式防具は目立つため、今日の出番はお預けだ。
指定された待合室に近づくと、何やら騒がしかった。
誰かいるのかな?
首をかしげて中に入ると、想像よりもかなりの人数がいた。
「大丈夫! 自信持てって!」
「もう何回も2層1区探索したんだろ? 平気だって!」
「俺たちも応援してるから! 終わったら打ち上げだぞ! 待ってるからな!!」
これからダンジョン探索するとは思えない恰好をした大勢に、探索者高校のジャージを着こんだ6人が囲まれていた。なんだイジメか?と身構える鈴鹿であったが、かけられている言葉は応援の声。どうやらイジメられているわけではなく、ジャージの6人は周りから応援されているようだ。
しかし、肝心の6人はそんな声も届いていないのか顔面蒼白で、今にも倒れそうな状態だった。視点も上手く定まっておらず、見ていて不安にさせられる。
「なにこれ?」
そう思わず呟いてしまったのもしょうがないだろう。
鈴鹿の声が聞こえたのか、はたまた気配を察知したのか、ドア付近にいた者たちが鈴鹿を見てざわめきだす。
「おい、あれって」
「鉄パイプだよ」
「おい、鉄パイプ来たぞ」
一時期、舎弟狐からドロップする魔鉄製のパイプを武器にしていたため、探索者高校の生徒からは魔鉄パイプの姫と呼ばれている鈴鹿。なんともダサい名前であり、なおかつ男なのに姫と呼ばれる不名誉な名前だ。女と見まごう顔になった鈴鹿を馬鹿にするように姫と言っていたのなら、鈴鹿も鉄パイプの有用性を身をもってわからせてあげられるのだが、彼らは本気でそう呼んでいるため鈴鹿も反応に困る。
それにしても、それじゃ鉄パイプが固有名詞になってるじゃん。よくないぞ。日本人のなんでもかんでも略す文化。
微妙な空気に耐えられず気配遮断を使うか迷いだした時、知り合いが声をかけてきた。
「定禅寺さん! 定禅寺さんも四級探索者の昇級試験に挑まれるんですか?」
「ああ、陵南さん。そうだよ」
人垣の中から、ガタイのよい陵南をはじめParksのメンバーが現れた。数少ない鈴鹿の探索者高校の知り合いだ。前に探索者協会で会ったときに準一級探索者ギルドに就職が決まったと言っていたため、来月には鈴鹿にとって唯一のプロ探索者の知り合いに格上げされる探索者でもあった。
鈴鹿が四級探索者試験を受けに来たと頷いたが、この場の誰一人素直に納得した様子はない。それどころか、『お前が四級?』と疑いの眼差しを向けられている始末だ。実力不足を指摘しているのではなく、その逆。鈴鹿の内包する圧倒的な力を前に、お前のような探索者が四級な訳ないだろとツッコみをはらんだ眼差しだった。
しかし、誰一人鈴鹿が怖くてツッコめないため、せめてもの抗議として視線に思いを込めたのだ。
「え、”も”ってことはParksのみんなも?」
「いやいや、俺らはもう四級探索者になりました。今日は俺たちのクラスの最後のパーティが四級昇格試験を受けるので、その応援に来たんです」
そう言って陵南が振り返った先には、先ほど囲まれていたジャージ姿の6人。全員俯いてぶつぶつ言っている。大丈夫だろうか。
「え、それって大丈夫なの?」
小声で陵南に確認する。
鈴鹿の疑問は体調の方面ではなく、探索者高校的に問題ないのかという問いかけだ。
探索者高校を卒業するためには、四級探索者ライセンスを取得する必要がある。もう三月も下旬に差し掛かっているため、今日ライセンスを取得しても卒業に間に合うのだろうか? 探索者高校の卒業式の日程は知らないが、すでに鈴鹿は卒業式も済ませている。そんなギリギリでいけるのか?という質問であった。
「特例ですね。彼らが就職するギルドも了承済みで、学校が3月までなら今年度の卒業と認めてくれることになったんです」
「それで、その運命の日が今日ってこと?」
「その通りです」
その回答に鈴鹿は顔を顰めそうになった。四級探索者の昇格試験を受ける者は、探索者高校の生徒くらいだ。だからこそ、3月の今の時期なら誰も試験を受ける者はいないと思っていた。人が少ないなら試験もすぐ終わるし、15歳の若さで四級昇格試験を受けていても注目を受けないはずだった。
しかし、ふたを開けてみれば八王子探索者高校3年生の皆さんが揃い踏み。試験に付いてくることは無いだろうけど、それでも鈴鹿が四級探索者になれたかどうかは知ることになるはずだ。
こうなってしまってはしょうがない。彼らが所かまわず噂を広めないことを願いつつ、皆の思いを一身に背負って縮こまっている彼らが無事四級探索者になれるかどうか見学するとしよう。他の探索者の様子を間近で見れる数少ない機会だと思い、楽しむ方向で考えるべきだ。
自分が絶対に四級探索者になれるという強い自信があるからこそ、他の探索者を見学するゆとりも鈴鹿にはあった。
「失礼します。これより四級探索者昇級試験を進めていきますので、関係のない方はご退出ください」
職員と探索者らしき人が入室すると、ワラワラとみんな出て行った。頑張れよ~と声掛けをされていたが、6人ともガチガチに固まっていて返事すら返せていない。大丈夫だろうか。
「それでは四級探索者昇級試験について、説明してまいります。定禅寺さんと、『Rivers』のパーティの方はお揃いでしょうか」
探索者高校のパーティはRiversと言うらしい。探索者高校ではオーソドックスな6人組のパーティだ。リーダーらしき人物が全員揃ってますと回答した。鈴鹿もいますと返事をする。
「四級探索者からプロの探索者と呼ばれるようになります。四級探索者には相応の実力が求められますが、同時に強い力を持つ者としての責任も問われます。今日の試験の結果に関わらず、日々何が正しいかを意識して、探索者として活動を続けてください」
探索者協会の社員が、前口上の後に試験概要について話してくれた。
内容は事前に調べていた通り、2層1区のモンスターを倒せばいいだけというシンプルなものだ。同行する試験官と一緒に2層1区まで探索し、試験官が指定したモンスターを倒す。問題なくモンスターを倒すことができれば、はれて四級探索者になれる。
「同行していただく探索者は、八王子を拠点として活動されている探索者ギルド天狗山の椚田さんと片倉さんです」
「天狗山に所属する三級探索者の椚田だ。ダンジョン内では私の指示に従ってもらう。統制が取れないと判断した場合は試験の中断もあり得るので、しっかりと指示に従うように」
「同じく天狗山所属の四級探索者、片倉です。よろしくお願いします」
三十代の探索者と、大学生くらいの探索者が同行してくれるようだ。若い探索者は補佐の様で、メインは三級探索者の椚田だろう。
三十代で三級ということは、おそらく存在進化までは至れなかったのだろう。成長限界がすでに訪れているはずだ。
「では、試験を始める前におさらいだ。これは1層の地図だ。どこに2層への入り口があるか書き込んでくれ。ああ、Riversは代表者だけでいいぞ」
渡された用紙に鈴鹿は迷いなく記入する。そもそも2層への入り口すら答えられなければ、試験を受けるに値しないだろう。最低限の知識があるかを確認するようだ。
「うん。二組とも問題ないな。試験の内容は先ほど説明があったように2層1区のモンスターを倒すことだ。だが、審査対象はそれだけじゃない。道中の様子や準備含めて審査対象になるので注意するように」
ただ2層1区のモンスターを倒せればいいというわけではない。道中に探索者として不適切だと判定されれば、たとえ強くても四級探索者にはなれない。とはいえ、よほど変なことをしない限りはモンスターを倒せれば四級探索者になれると言われている。
「では早速だがダンジョンへ行くぞ。中での動きは都度私の方から指示を出す。何かあればすぐに私か片倉に聞いてくれ」
椚田が辺りを見回すが、誰も反応しない。みんな何もないと受け取り、椚田が職員へ予定を告げる。
「今は9時なので、予定通り戻るのは17時から18時頃になると思います」
2層1区までは、普通に歩いていけば2時間30分はかかる。最近では鈴鹿はダンジョン内を爆走しているためそんな時間はかからないが、今回は試験のため周りに合わせてのんびり行軍する必要があった。2層1区にたどり着いてもモンスターを探すところから始まり、試験官が良いと言うまでモンスターと戦わなければならないため1日がかりの試験である。
丸一日拘束されるのは嫌だが、一日だけで自称探索者がプロ探索者に変わるのであれば我慢できるというものだ。
「承知しました。よろしくお願いします。では、受験生の皆様に英雄の加護があらんことを」
椚田が職員に挨拶すると、職員から何か宗教じみた見送りの言葉をいただいた。
そのフレーズどっかで聞いた気がするんだけどなぁ。即座に思い出せず記憶を探りながら、鈴鹿は移動するみんなの後を付いてゆくのであった。




