閑話 定禅寺菅生2
定禅寺菅生は、自動扉をくぐり普段訪れることのないお店へと足を踏み入れた。
「ここがシーカーズショップか」
そこは八王子駅前の一等地にあり、八王子ダンジョンや探索者協会にほど近い場所にある巨大な商業施設だ。探索者高校の生徒やプロの探索者だけでなく、アウトドア用品なども扱っているため一般人も多く利用している。
品揃えも豊富で、防具や武器に関して言えば三級探索者クラスまで使用できる優れ物も扱っている。二級以上になると存在進化まで済ませた一流の探索者であり、そのクラスまで行くとダンジョンで得られるアイテムの方が性能が良く、現代技術ではまだ追いつくことができていない。
プロの探索者用には別途カタログによるVIP用の商品目録があると言われているが、菅生には一切関係のない話だ。
また、それ以外の商品であるダンジョン用高性能ドローンやキャンプ用のギアは一級探索者も使用しており、トッププロ向けのハイエンドモデルから一般人向けのアウトドア用品まで幅広く取り揃えられている。
「探索者っぽい人もいるけど、大丈夫そうだな」
ちらちら周囲を見回し、何かを確認する菅生。これはガラの悪そうな探索者がいないかを警戒しての行動だ。
世間一般での探索者への認識は変わりつつある。戦後の日本を立て直し、ダンジョンブレイクを鎮圧したことで日本の世界的地位を向上させ、ダンジョン産のアイテムによって産業革命までもたらした探索者は、日本ではかなりの地位があった。
命の危険を冒してまで国力を底上げしてくれる愛国者。そんな自衛隊に抱く様な感情を、多くの日本人は探索者に抱いていた。
自衛隊は今も変わらず災害時に最前線に立ち、大きな問題も犯すことなく規律が取れている。一方、近年の探索者は組織だった犯罪が増え、暴力団の用心棒として探索者が雇われているケースも目立っている。
今も特級探索者などは国外への大きな圧力として存在してくれており、日本の世界的な地位を確固たるものにしてくれている。しかし、探索者崩れの犯罪者が目立つようになってしまったことで、探索者への嫌悪感もまた醸成されつつあった。
そのため、一部だけが素行が悪いとわかっていながらも、探索者が多く出入りしている場所に一般人が行くのはなかなか勇気がいることだった。昔もどこどこのゲーセンで不良にカツアゲされたなどの話があったように、シーカーズショップなどでも探索者に眼を付けられて絡まれたなんて話はネットによく転がっている。菅生からしたらヤンキー高校の近くのゲーセンに来ているような気分だ。警戒するのも致し方ないだろう。
だが、そんな警戒もすぐさま薄れてゆく。見慣れぬ数々の商品に心を奪われ、菅生は手当たり次第に目に付いた物へ吸い寄せられ商品を物色していた。
「へぇ、プレートアーマーって思ったより動きやすいですね」
「そうなんですよ。皆さん試着してみると驚かれます。どうですか、こちら。プレートアーマーも数多く取り揃えておりますよ。いかがでしょう」
「いや~今日は違うものを探してるんでぇ……って! こんなことしてる場合じゃない!!」
フルプレートアーマーの試着コーナーがあったから思わず体験してみたが、菅生は防具を買いに来たわけではなかった。
すいませんすいませんと謝りながら装備を外してもらい、物色を再開した。
「う~ん、何がいいのか全くわからん。連れてくるべきだったか?」
うんうん唸りながら、菅生はあーでもないこーでもないと首をかしげる。
「何かお探しですか?」
声をかけられ振り向けば、素敵な店員さんが立っていた。
「ええ、実は困っている人を助けようとする美しい心を持った天使を探しておりまして」
「大変申し訳ございません。そのようなものは当店にはございません。ダンジョンの深層にならあるかもしれませんので、ぜひそちらでお探しください」
すげなく断られてしまった。菅生は鈴鹿式ブートキャンプのおかげもあってステータスもそこそこ高く容姿も良いのだが、日々多くの探索者を目にしている店員には菅生の顔も通用しないようだ。
というかこの店員、その整った容姿からも身に纏う気配からも、元探索者という雰囲気をひしひしと感じる。
「それと、これは老婆心ながらにお伝えしますが、あまりそういうことは軽々しく口にするものではございませんよ。いつか刺します。あ、間違えました。いつか刺されますよ」
「は、はい! すみませんでした!!」
何かこの女性のトラウマを刺激したのか、瞳の奥が一切笑っていない。店員から湧き出るプレッシャーに菅生は即座に謝罪する。菅生は変わり身の早さに定評があるのだ。
「失礼しました。それで何かお探しでしょうか?」
にっこりと微笑まれるが、菅生はまるで猛獣に睨まれているかのように委縮した。
「えっと、探索者の弟にプレゼントを探してまして」
そう。菅生がわざわざ慣れぬお店に足を運んだのは、鈴鹿へのプレゼントを買うためであった。プレゼントというよりも、お礼の品と言った方が正しいが。
菅生は夏休み明けに成績が伸び悩んでいたのだが、鈴鹿がレベル上げを手伝ってくれたおかげでメキメキと成績が伸びてゆき、ついには赤門開く結果となった。志望大学を上げられただけでなく、見事合格できたのは鈴鹿のレベル上げがあったからに他ならない。
レベル上げの方法にはいささかどころかめちゃくちゃ言いたいことはあったが、結果を考えれば感謝しかない。特に育成所では得られないステータスに成長したことで、容姿までカッコよくなれたのは鈴鹿の無茶な探索計画のおかげとも言える。
終わり良ければ総て良し。喉元過ぎればなんとやらだ。その感謝の印として、菅生は何か探索時に役立つような物をプレゼントしようと思ったのだ。
「ご兄弟へのプレゼントですね。どういった物をお贈りしたいと考えてますか?」
「それが探索者って何を贈ればいいのか全く分からなくて悩んでました」
武器や防具はどれも高価で、菅生の予算では厳しい。ドローン関係も見てみたが、こちらも高額であった。オプションパーツとかならとも思ったが、鈴鹿がどんなドローンを使っているかもわからないため下手に買えない。
そんなこれまでの過程を店員さんへ説明した。
「なるほど。探索に役立つアイテムなどは手軽な物もございますが、消耗品よりは形が残る物の方がよろしいですか?」
「う~~ん、せっかくなら使い続けられる物がいいですね」
「承知いたしました。装備の点検用具などもございますが、探索者であれば武器に合った物を揃えられますので避けた方がいいですね。アウトドア用品などいかがでしょうか。手ごろな値段で長く使える物も多くございますので」
そう言って、店員さんに付いて行きアウトドア用品のコーナーへ向かった。
既に菅生はアウトドア用品は一度見ていた。展示されているテントの中で寝袋に入ることも体験したし、様々な椅子も座って座り心地を確かめてみた。うん、鈴鹿のプレゼントは一切探していなかったかもしれない。
「探索者の方はいずれダンジョン内で野営をすることになりますので、アウトドア用品は重宝されます。プレゼントとして選ばれる方も多いですね」
店員は菅生が先ほどくまなく体験したテントや椅子のコーナーから逸れ、小物が展示されているスペースへと菅生を案内した。
「基本的に嵩張るものは携帯することはありません。荷物にもなりますので、持ち運びがしやすく、かつ必需品が好まれます」
店員は菅生が手に取った『焚火を盛り上げる! 炎を七色に変える魔法の粉』を一瞥し、にっこり微笑んでいる。菅生は圧力に屈して魔法の粉を元に戻し、質問した。
「店員さんのおススメはどれですか?」
「そうですね。やはり定番はマグカップでしょうか」
そう言って一角を占めるマグカップコーナを紹介した。
「探索中の食事は味気ないものがほとんどです。そんな中で探索者がくつろげる時間が、温かいスープやコーヒーを飲む時間です。嵩張る食料と違って、スープや飲み物類はスペースが小さく済みますからね。そんな心安らぐ時間を共にするマグカップは、探索者にとっては重要なアイテムです」
味気ない食事が多いと店員さんは言うが、菅生が知る限り鈴鹿はダンジョンでキャンプをするかのように楽しんでいた記憶しかない。いつも週末には冷蔵庫に鈴鹿が仕込んだ食材が入っていたので間違いない。最近はあまり見かけなくなったが、要領が良くなったのか別の料理でも作っているのだろう。
マグカップは種類も多く、金属製から木製、樹脂製、ホーローと素材もデザインも豊富にあった。たしかに贈り物には良さそうだが、その中に鈴鹿が持っていたマグカップを見つけた。
そう言えば、ダンジョンで寝泊まりできるようになったから一通りのキャンプ道具を買いそろえていたはず。マグカップもここで買ったのなら、それが気に入ったのだろうし他の物を上げても使わないかもしれないな。
「すみません。マグカップ以外で贈り物なんてあったりしますか?」
「そうですねぇ。雪山をメインで探索されていれば携帯カイロなどもおすすめですね。あ、こちらの携帯用のコンパクトなライトもおすすめですね。これなんかはカラビナが付いていますのでどこにでも取り付けられますし、動力は極小魔石を使用できる高機能タイプなので性能もいいです」
お姉さんが手に取ったライトは、明るい店内だというのに十分明るさを確認できた。小型の割に光量が多く、いい品なのは間違いなさそうだ。
「それ以外ですとナイフなどもありますね。少し値が張ってしまうのと、こういったものは探索者自身でこだわって買っていたりするのであまりおススメはしませんが」
「あ~たしかに。カッコいいの多いし、高くてもいいの持ってるかも。あいつ稼いでそうだしなぁ」
「それは素晴らしいですね。探索者は稼いでなんぼですから」
稼げているというのは優秀な探索者と同義だ。それで言えば、探索者高校の優秀な生徒ですら一目置く存在である鈴鹿が稼げていないはずがない。
しかし、稼ぎに対して消費している様子がない。一時漫画を買い漁ってたりしたが、必要に駆られて買ったという印象が強い。何か買うために貯金しているのか、実は高価な探索道具を購入してるのか。
大学入学祝いでももらえないだろうか。
「ん、これってどうですかね?」
店員さんと一緒に悩みながら物色していると、菅生の眼に一つのアイテムが止まった。
「手袋ですか。それは厚手のものですので耐久性が高く、高温の物でも取り扱えるタイプですね。熱したスキレットも直接掴めますし、薪なども棘などを気にせずに掴むことができます」
菅生が手に取ったのは、鮮やかな黄色に染色された厚手の皮手袋だ。丈夫でしっかりとした作りのため、ちゃんと手を保護してくれることだろう。
「物自体は良い物ですが、探索者の方ですとなかなか使う機会がないかもしれませんが……」
「弟はキャンプも良くするって言ってたので、使う機会はありそうです」
「あ、アウトドアもなさるんですね。それであれば良いプレゼントかもしれません。こちらの手袋は探索者用の防具を主に作っている鳴鶴という有名なブランドの物ですし、品質は間違いありません」
そう言われて手袋を見てみると、手首の部分にロゴが入っていた。
「このメーカーのジャージ、弟がよく着てますね」
「鳴鶴製のジャージですか。それならメーカーも問題なさそうですね」
頻繁に着てるジャージのはずなので、メーカーが嫌いということもないだろう。
鈴鹿はダンジョンでも焚火して過ごしてるなんて言ってたし、悪くないかもしれない。それに、この鮮やかな黄色が最近変貌した鈴鹿の黄金の瞳を彷彿とさせる。
まさか中学生のうちに存在進化までするなんて、さすがの両親もざわついていた。かくいう菅生も鈴鹿は強いことを知っていたが、本当の意味での強さを全然理解していなかったんだなと思い知らされた。
「よし! これにします!」
「ありがとうございます。きっと弟さんも喜ばれますよ」
いい物を買えた。ホクホクしながら菅生は厚手の皮手袋と焚火の炎の色を変える魔法の粉を購入し、店員さんにラッピングしてもらうのであった。




