表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第五章 不死なる者の下剋上

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/153

13話 鋼纏山鯨

 3月になった。中学三年生にとって、3月は特別な意味を持つ。先日行われた都立高校の入試試験、その合格発表が3月1日に実施された。


 受験していない鈴鹿には関係ない行事ではあるが、友人のヤスが受かっているかどうかは心配している。当の本人は受験の手応えもあるし絶対受かっていると豪語しており、何も緊張感は無かった。むしろ受験がこれで終わったと羽を伸ばしていたくらいだ。


 本人よりも鈴鹿の方がソワソワしてその日を迎えたが、ヤスからは無事合格と写メ付きのメールをもらって安堵したものだ。


 同じ受験生である兄の菅生すごうも受験が終わって堕落していたが、こちらはまだ合否発表はされていない。終わった終わったと気を抜いている一方で、受かっているかどうか不安なようで落ち着きがない。ダンジョンでステータスを上げたことで受かっていると思うのだが、早く本当の意味で受験から解放されてほしいと弟ながらに思う鈴鹿であった。


「さて、ヤスも受験合格したし、俺も掲げた目標達成しないとな」


 鈴鹿は夏休みの間に目標を設定していた。一つは夏休みの間に1層3区を攻略する事。もう一つは今年度中に1層の完全攻略を成し遂げること。


 4区を飛ばし5区のモンスターも飛び越えエリアボスに挑むという、当初予定していた攻略とはかけ離れてしまっているが、5区のエリアボスを全員倒せば完全攻略と言っても差し支えないだろう。今更4区や5区のモンスター全てを倒して回るなんて真似はしたくない。


 既に狡妖猿猴こうよう えんこう迅夜虎豹じんや こひょうを倒しているため、残すは3柱のエリアボスだ。鈴鹿は今回の探索でまとめて残りのエリアボスを倒す腹積もりでいる。


 もともと迅夜虎豹じんや こひょうを倒した時に追加でもう一体倒す予定ではあったのだが、迅夜虎豹じんや こひょうを倒すのに手間取ってしまい諦めて帰った。今回は更にレベルが上がっていることもあり、3体倒すことだってできるだろう。


 そんないつも通り楽観的な考えでダンジョンを進む鈴鹿は、慣れ親しんだ1層5区の樹海エリアを進んでゆく。もともと5区のモンスターを避けて進めるほど各種スキルが整っていた鈴鹿だが、迅夜虎豹じんや こひょうとの一戦で気配遮断のスキルレベルが上がったことで、見つかることの方が困難なほどになっていた。今もすぐそばにフゴフゴ地面を漁っている大きな猪がいるが、横を通る鈴鹿に気づく素振りもない。


 迅夜虎豹じんや こひょうとの一戦で得られたのは他にもある。鈴鹿の片耳には、カフスがついていた。これは『闇夜の雫』というアイテム。効果は装備者の攻撃、敏捷を25%上昇させ、さらに隠匿の心得というスキルが得られるアイテムだ。


 隠匿の心得は気配遮断と類似の能力であるが別のスキルのようで、装着すると併用して発現される。効果のほどはいまいちわからないが、あるに越したことはないだろう。固定型のスキルということもあり、躊躇せず装備できる。


 もう一つ特級のアイテムをゲットしたのだが、こちらはお蔵入りとなっている。そのアイテムは『忍びの外套』。こちらのアイテムも隠匿の心得が発現するのだが、それだけじゃない。なんと気配遮断のスキルレベルが7になるというのだ。


 これは規格外のアイテムでもある。レベル6の壁を越え、一気にレベル7まで気配遮断のスキルレベルを成長させることができるのだ。他のアイテムはスキルレベルを+1するのがほとんどなのだから、レベル7が法外な付与であることは容易に想像できるだろう。


 だが、残念なことに鈴鹿の気配遮断のスキルはレベル8である。このアイテムは+7ではなく、7になるアイテムだ。つまり、鈴鹿が装備すると気配遮断のスキルレベルが下がるというバグが発生する。まさか、下がるとは思わなかった。これには鈴鹿も想定外。


 更にこのアイテムの詳細を見ると、夜の強化状態の迅夜虎豹じんや こひょうを倒した者に贈られるアイテムであり、以前倒した十両蛙の様に、特殊条件達成でゲットできたアイテムであった。そんなトロフィー的な有用なアイテムが、まさか性能ダウンさせてくる残念アイテムだとは思いもよらなかった。


 このアイテムにはもう一つの能力として、外套の内部に収納することができる能力があった。バッグだろうが携帯だろうが水筒だろうが、外套の中に収納出来て重さも感じない。収納に仕舞いこむように、外套の内側に何でも収納できるのだ。もちろん容量はあるだろうが、破格の能力でもあった。


 収納もできて気配遮断はレベル7になり、隠匿の心得というスキルも発現する。まさに特殊条件で勝利した者に贈られるに相応しいアイテムであるが、鈴鹿は葛藤の末に収納へ仕舞った。


 隠匿の心得は『闇夜の雫』で代用できるし、気配遮断はレベルが下がるし、収納は便利だけど『関取の明荷あけに』もあるため今すぐに必要な機能ではない。せっかくの強力なアイテムだというのに、残念な結果となってしまった。


 最後に迅夜虎豹じんや こひょうからも宝珠をゲットしたため、こちらももちろん使用している。得られたスキルは気配遮断。猿猴えんこうからは見えざる手という強力なスキルを得られたため期待していたのだが、なんとも肩透かしをくらった結果となった。しかし、宝珠によってスキルレベルが上昇したことで、鈴鹿の気配遮断のスキルはレベル9まで成長することができた。


 気配遮断レベル9に隠匿の心得、さらに体術レベル9による相手に気取らせない体運びをフルで使えば、今の鈴鹿を認識できるものは特級探索者含めても数少ないレベルに達していた。


「まさか宝珠から気配遮断が出るとはねぇ。影魔法なり闇魔法みたいなの出たら嬉しかったんだけど」


 宝珠はエリアボスの能力の一部を得られるらしいので、ランダム性があるのかもしれない。それで言えば、気配遮断はレア度の低いスキルで、見えざる手はなかなか当たりのスキルだったと言える。


「ま、労せず気配遮断のレベル上げができたんだから良かったか」


 気を取り直し、鈴鹿は前方を見据える。樹海のエリアに不釣り合いな開けた場所。エリアボスが鎮座する領域に足を踏み入れていた。


 鈴鹿は気配遮断を解除し、進んでゆく。気配遮断を使えば不意打ちがかませるかもしれないが、今はしない。まだ鈴鹿のレベルは85。エリアボスとは35のレベル差がある。まだ成長できる余地が残っているかもしれないため、今回も正面からぶつかって倒す予定だ。


「さて、何が来るかとは思っていたが、まさかアレじゃないよな」


 鈴鹿の見据える先。そこには巨大な岩があった。鈴鹿が気配遮断を解除したことで、ようやく鈴鹿の存在を認識したのだろう。その巨大な岩が揺れ動き、向きを変えたことで隠れていた顔を見ることができた。


「おいおいおい、乙事〇じゃねぇか」


 鋼纏山鯨はがねまとい やまくじら:レベル120


 それは巨大な猪だった。ただ、生き物から感じられる柔らかさは見つけられない。硬質化した肌は岩と遜色なく、顔周りに至っては樹々の隙間から入る光を反射し金属質を帯びている。名前通りだとすれば、鋼を纏っているのだろうか。突き出すように2対の牙が生え、よく見れば脚は4足ではなく6足あった。


 最初に大岩と間違えたほど、目の前の猪は大きかった。サイズで言えばダンプカー程はあるのだろうか。質量は武器であり凶器である。あの猪とぶつかれば、鈴鹿など車にぶつかる羽虫の如く潰されるだろう。


 だが、鈴鹿は大人しくあの堅そうな顔の染みになる気はない。


「ブォォォオオオ」


 まるで蒸気機関のように口から水蒸気を吐き出す山鯨やまくじらは、これから突進しますと宣言するように構えを取る。


「はっは! あのクソ蛙を思い出すな。受けて立とうじゃねぇか」


 山鯨やまくじらが爆発したようなけたたましい音をたなびかせ、一気に加速して鈴鹿へと迫る。


 並みの探索者ならばろくな反応も取れず弾き飛ばされるだろう。5区を探索できる水準の探索者ならば、存在進化をていればギリギリのところで反応することもできる。それほどの速度であり、巨大なために回避するにも大幅に距離を取る必要があった。


 しかし、鈴鹿ならばそんな相手であっても余裕をもって対応することができる。レベル差が70もあった猿猴えんこうと渡り合う程、レベルに見合わない高レベルのスキルを所持している鈴鹿。そこからレベルが35も上がった今、回避できない訳がない。


 体術、身体操作、身体強化、魔力操作、見切り。これらを十全に使えば、山鯨やまくじらの懐に潜ってすり抜けることだってできるかもしれない。そこに気配遮断と隠匿の心得を併用すれば、山鯨やまくじらは通り過ぎた後には鈴鹿を認識すらできないことだろう。


 だが、鈴鹿が取った選択肢は違った。腰を落とし力を溜め、いつの間にか硬質な毒に覆われた毒手へこれでもかと魔力を注ぎ込む。迅夜虎豹じんや こひょうとの戦いで毒の効果を捨てる代わりにより硬質となった毒手は、どこまでも深くくらい闇夜のようであった。流し込まれた魔力が漏れ出しきらめく様は、まるで夜空を照らす星々を彷彿とさせる。


 まばたき一つが致命的な遅れにつながる程加速した山鯨やまくじらに対し、あろうことか鈴鹿は回避の選択肢を捨て、全力で迎え撃つ択を選び取った。


 先ほどこぼしたクソ蛙というのは、3区で戦ったエリアボスである十両蛙のことだ。鈴鹿は十両蛙と真っ向から相撲を取り、投げ飛ばして倒している。迅夜虎豹じんや こひょうとの戦いにおいても、鈴鹿はあえて気配遮断をフル活用し、どちらの気配遮断が上かを競うように戦った。


 鈴鹿はダンジョン探索を通して、自身が戦闘狂バトルジャンキーであることを認めていた。そそる相手には、真正面から叩き潰したくてしょうがなくなるのだ。


 迫りくる山鯨やまくじら。もはや壁が迫っているような圧迫感を受ける中、鈴鹿は一歩も引くことなく、むしろ前に出て拳を撃ち出した。


 瞬間、樹々をなぎ倒すほどの衝撃が辺りを襲う。衝撃波よりも音が遅れて発生するほど強烈なぶつかり合いは、僅かな拮抗を見せた。しかし、結果は無常。毒手は粉々に砕かれ、吹き飛ばされた鈴鹿は肋骨をはじめとした骨という骨が砕かれ、皮膚を食い破り露出する。砕かれた右腕だけでなく、残る手足も関節がいくつも増えた様にじ曲がっていた。山鯨やまくじらと衝突した衝撃をもろに受けた鈴鹿は、錐もみ状に回転しながら宙を舞う。


 即死してもおかしくないほどの攻撃だが、宙を舞いながら逆再生をするように鈴鹿の身体が修復されてゆく。『聖神の信条』と自己再生によるスキルの組み合わせは、どんな大怪我でもまたたく間に癒してくれる。傷は癒えるが、弾き飛ばされた衝撃は止めてはくれない。大木に衝突しようやく動きを止めた鈴鹿は、幽鬼ゆうきのようにのそりと立ち上がると、山鯨やまくじらへと向かって歩き出す。


「……はぁ、自信無くしちゃうよ」


 とぼとぼと歩く鈴鹿は、山鯨やまくじらに語り掛けるように愚痴をこぼす。


「猿を倒せるほど強化した毒手も猫には引っかかれて傷を負うし、さらに強化したって言うのに、猪程度のぶちかましで粉々になる始末」


 ダンプカー並みの質量を持つ山鯨やまくじらが十全に加速した状態に、僅かとは言え拮抗しただけで十二分な威力があると言えるだろう。物理的に考えれば拮抗するわけがないのだが、魔力やスキルがあるこの世界では、そんな物理法則も捻じ曲げられる。


 ただのダンプカーならば、むしろ鈴鹿の方が打ち勝ちダンプカーを吹き飛ばしていただろう。だが、相手は格上のエリアボス。ただ突っ込むだけではなく、当然のように魔力によって強化されている。その状態の山鯨やまくじらに対し、一瞬でも拮抗出来たことこそ異常な結果なのだ。


 だが、それは一般人の感想である。


 鈴鹿は納得できなかった。


 この毒手にどれだけ魔力を流していると思っているのか。


 この毒手を作り上げるために、どれだけ強靭で硬質な毒を生み出していると思っているのか。


 この毒手がどれだけの難敵を打ち砕いてきたと思っているのか。


 毒手こそ鈴鹿が辿り着いた答えであり、『聖神の信条』によって武器を持てない状態の鈴鹿が手に入れた最大の火力である。エリアボスだからとか、あれだけ大きいモンスターだからとか、わざわざ正面からぶつかる必要はないとか、そんな考えはクソくらえだ。


 理屈とか理論とかそんなものはどうでもいい。


 鈴鹿はただひたすらに、力自慢の目の前のモンスターをこの手で叩き伏せる結果のみを欲している。


「あと何回壊れたら最強に手がかかるんだ? 壊れる度に俺はまだやれるって立ち上がるのか? 馬鹿馬鹿しい。ただ丈夫なだけの手なんて求めてないんだよ」


 エリアボスと戦う度に改良が必要になる毒手。稀に強敵が現れて壊れるならまだ受け入れられるが、こうも立て続けに壊れてしまうと自信が揺らいでしまう。


『自由度が増すことは良くもあり悪くもある。行使できる幅が狭ければ、凡人も天才も行きつく発想は似通い、ひたすらに技を磨けば高みへと行ける。だが、自由度が増せば増すほど、扱う者の才覚が必要とされる。99%の努力をしたところで、1%の閃きが無ければ天才に成れぬようにな』


 ふいに脳裏に蠱毒こどくおきなのセリフが流れた。この言葉に、鈴鹿はひどく感銘を受けていた。


「そうだよ。俺は天才なんかじゃない。できることは限られてるし、発想だって貧弱なものだ」


 だからこそ、鈴鹿は蠱毒の翁のセリフに感銘を受けたのだ。


「でも、自由度を削りに削れば、凡人だって天才に成れるってことだろ。なら簡単じゃねぇか。俺が求めるのはどんな攻撃にも壊れない最強の毒手。求めるのがたった一つなら、俺でも天才に成れるだろ」


 望むのはただ一つ。鈴鹿の能力を十全に発揮しても壊れることのない、不壊ふえの拳。


 きっと蠱毒の翁が伝えたかったことはそういう意味ではないと思うのだが、鈴鹿は気にしない。自分の考えを補強できるのであれば、拡大解釈だろうが曲解だろうが構わない。


 山鯨やまくじらによって破壊された毒手を、再度発動する。真っ白だった腕は見る間に黒々しく染まっていった。


「ブォッブォッ」


 山鯨やまくじらは興奮したように短く息を吐き出すと、再度前傾姿勢となり突進のモーションへと入った。その動きは鈴鹿が望んだものでもあった。


「さぁ、やり直しだ。二度目は無いぞ。あのムカつく面に恐怖を刻んでやる」


 硬く硬くどこまでも硬く。それでいて柔らかさも兼ね備えた靭性じんせいのある拳に。質量の差はスキルレベルで十分補えるはず。体術のスキルレベルは9なのだ。足りない分は魔力で補填すればいい。


 山鯨やまくじらは体勢を整えるや否や、爆発したように再度鈴鹿へと迫りくる。ジェットエンジンでもついているのかと思う程の急加速。加速に伴い急激な抵抗が発生しているはずだが、鋼を纏う山鯨やまくじらにはそよ風と変わらないのだろう。


 そんな質量こそパワーの山鯨やまくじらに、再度鈴鹿は腰を落として迎え入れる。迫りくる壁のごとき山鯨やまくじらの額に向かって鈴鹿の毒手が放たれた。


 凄まじい衝撃波とけたたましい衝撃音。山鯨やまくじらは衝撃で速度を落としたが、そのまま走り抜けていった。一方鈴鹿は気合もむなしく吹き飛ばされてしまう。


 先ほどの焼き増しのような光景。けれど、決定的に違う点があった。


 それは鈴鹿の損傷具合。1回目は威力に耐え切れず右手が粉々になり、そのまま山鯨やまくじらの突進を正面から受けたためにあらゆる骨が砕け散った。だが、今回は違う。山鯨やまくじらの額を捉えた右手はボロボロであるが、原形を留めている。山鯨やまくじらの衝撃を抑えられず吹き飛ばされたが、鈴鹿の損傷は右手だけであった。


 ガラス細工のようにひび割れ、歪み、崩れている右腕は、とても人の腕とは思えないような損傷をしている。それでも、砕け散らず腕としての体裁を保っている。


「及第点以下だ。まだだ。もっと硬く。あのご自慢の頭をかち割れるほど強く、しなやかに」


 修復された腕にさらなる強化を施すために毒手へ魔力を流してゆく。山鯨やまくじらは鈴鹿を跳ね飛ばした後、樹々をなぎ倒し岩を破壊して反転する。山鯨やまくじらもギアが上がってきたのか、大地を耕しながら鈴鹿めがけて突進を敢行かんこうする。


 なんとわかりやすく、愚直で素晴らしいモンスターか。ただただ一心不乱に鈴鹿へと迫る山鯨やまくじらをもてなす様に、鈴鹿は毒に侵された拳を強く強く握り締める。


 何度繰り返されただろうか。鈴鹿の拳と山鯨やまくじらの額がぶつかり合う衝撃が何度も響き渡り、鈴鹿はそのたびに毒手を強化してゆく。1回目は原型すら残されず砕け散った。2回目はボロボロの崩壊一歩手前であったが原型を留めていた、3回目には蜘蛛の巣の様な亀裂は入っていたが崩壊しそうな気配は消えていた。


 繰り返すごとに毒手は壊れなくなり、呼応するように黒く黒く深まってゆく。どこまでも続く深淵の様な毒手は、いざなうようにキラキラと魔力によってきらめいていた。


「プヴォォ゙ォ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙!!!!」


 唾液を撒き散らしながら、甲高い怒りの声を山鯨やまくじらは吐き出す。いまだ鈴鹿は山鯨やまくじらの突進を受け止めきれていないが、山鯨やまくじらにダメージが通っていない訳ではない。何度も何度も周囲の地形を破壊するほどの衝撃波を伴う攻撃を頭に受け続けた山鯨やまくじらは、無傷な見た目とは裏腹に確かなダメージが蓄積されていた。


 山鯨やまくじらは次なる一手を打つことにした。全身から魔力のうねりが見られると、自身を覆うように形取ってゆく。


鋼纏はがねまといってのは文字通りの意味だったんだ」


 山鯨やまくじら自身が硬質だからこそ鋼を纏っている様ではなく、土魔法による金属の光沢を帯びた甲冑を纏うことが名前の由来なのだろう。ただでさえ硬い外皮だというのに、今は隙間なく硬質な鎧を纏い並大抵の攻撃では傷一つ付けることはできなそうだ。特にぶちかましを行う顔周りは重点的に補強されており、2対の牙も成長したかのように大きくなり強化されていた。


「遅いなぁ、遅い。全てが遅い。2撃目にその状態で俺の腕を完膚なきまでにボロボロにしてたら、また違った結果だったろうに」


 1撃目に粉砕された拳を2撃目でも同じように破壊されていたら、いくら鈴鹿であっても毒手について見直していたかもしれない。だが、2撃目ではボロボロではあったが原型を留め、こんな大質量の力こそパワーな相手であっても壊れない確証が得られた。その結果、壊れなかった事実がより鈴鹿の毒手を高めてゆき、さらに一段階先へ進ませる結果となった。


「あ、もしかして俺が成長するまで待ってくれてたのか? い奴じゃないか」


 そんな訳はないのだが、エリアボス3匹目であっても確かな成長の手ごたえを感じられた鈴鹿は、ある種の全能感に支配されていた。


 山鯨やまくじらは鈴鹿の言葉を否定するように血走った眼で睨みつけ、姿勢を低くしてゆく。何回も繰り返される突撃。山鯨やまくじらとしての矜持か、正面から迎え撃つ鈴鹿に対する誠意か、はたまたこれしか攻撃手段がないのか。


 鈴鹿にはわからない。ただ、まっすぐ突撃してくれる。それさえわかれば十分だった。


 鈴鹿が毒手をゆっくりと動かす。まるで空中に墨汁を垂らしたように、残像が黒く尾を引いている。あまりにも黒く塗りつぶされた毒手は、遠近感さえ失われるほどどこまでも深くくらい。だが、その暗闇を照らす様に魔力がきらめいている。今までと違うのは、その煌めきが毒手の内部で起こっていること。魔力操作のスキルレベルが上がったのか、漏れ出ていた魔力は完璧に抑えられ、毒手の中を星々のように輝いていた。


 まるで夜空を切り取った様な不思議な手。触れても相手を汚染することもないその手は、毒手という概念からは外れているようにも感じる。毒の効果も伴わないため、他所から見れば毒魔法で生み出したとは到底結び付けられないだろう。


 鈴鹿が辿り着いた毒魔法の答え。まだ先があるのかはわからない。それでも、今出せる最高の出来だと自信をもって言える。


「ヴォォオオオオオオオ!!!」


 地響きのような唸り声をあげながら、山鯨やまくじらは鈴鹿へと突進を開始した。


「……覚悟しろよウリ坊」


 脚に根が張ったように鈴鹿はその場から動かない。力を溜めて溜めて溜めて。その時を待った。


 鎧を纏った山鯨やまくじらが眼前に迫る。タイミングを合わせて攻撃することすら難しいほどの速度であるが、体術のスキルがある鈴鹿にとっては何も難しいことは無い。


「力こそパワーはな……」


 山鯨やまくじらなおも速度を上げてゆき、飛ぶように鈴鹿へと迫りくる。


「俺の専売特許だ馬鹿野郎ォォオオオ!!」


 山鯨やまくじらが最高速に達するとき、鈴鹿と衝突した。あまりの衝撃に音を置き去りに衝撃波のみが先行し、一瞬遅れて爆音が樹海にとどろいた。地面はまくり上がり巨石は掘り起こされ、樹木は打倒うちたおされている。


 土煙が立ち込める爆心地に、山鯨やまくじらと鈴鹿がいた。鈴鹿の渾身の一撃は山鯨やまくじらの突進を受け止めるだけでなく、補強された額を割る程の威力が内包されていた。


 一方、鈴鹿の夜天やてんの如き毒手には傷一つ付いていない。何度となく繰り返された山鯨やまくじらとの対決は、とうとう鈴鹿が完全勝利を収めることができた。


「プゥヴォオオオ!!」


 ぶちかましに勝利はしても、まだ勝負はついていない。山鯨やまくじらは突き出た鼻っ柱を上手く使って、眼前の鈴鹿を掬い上げて弾き飛ばそうと試みる。


 しかし、その動きは鈴鹿からしたら緩慢以外の何物でもない。体術のスキルが極まりつつある鈴鹿にとって、山鯨やまくじらの動きを見切り攻撃を回避することなど児戯じぎに等しい。数歩後ろに下がれば、紙一重の距離を山鯨やまくじらの鼻っ柱が過ぎ去っていった。


 もう大勢は決したとばかりに、持ち上げられた顎に向かって鈴鹿は拳を振り抜いた。顔周りは等しく硬質な鎧に覆われているが、それらよりも鈴鹿の夜天の毒手の方がまさる。墨で描いたような残像を残しながら、顎周りの鎧が砕かれる。


 山鯨やまくじらは鬱陶しそうに顔を鈴鹿に何度も打ち付けはねけようとするが、宙を舞う桜の花びらのように山鯨やまくじらは捉えることができない。ターン性のゲームのように、鈴鹿は山鯨やまくじらの攻撃を避けては拳を打ち込み、また避けては拳を打ち込んでゆく。見えざる手も加勢し、一方的な戦いへと移っていた。


 気づけば山鯨やまくじらの牙は折れ、顔周りの鎧は補強が間に合わず崩れ落ちており、山鯨やまくじらが吐く息も満身創痍であった。


「楽しかったぞウリ坊、じゃあなッ!!」


 最後の最後に、山鯨やまくじらは近距離で突撃を選択した。その心意気に満足した鈴鹿は、思い残すことは無いとばかりに魔力を振り絞り、地面に叩きつけるように山鯨やまくじらを殴りつけた。


 近距離のために十分な加速ができなかった山鯨やまくじらは、鈴鹿を押しのけることもできず、ろくな抵抗さえなく地面へと沈み巨大な煙へとその姿を変えた。


鋼纏山鯨はがねまとい やまくじら討伐によるステータス

名前:定禅寺じょうぜんじ鈴鹿

レベル:85⇒93

体力:688⇒728

魔力:753⇒815

攻撃:810⇒886

防御:734⇒790

敏捷:800⇒877

器用:712⇒760

知力:660⇒692

収納:337⇒369

能力:剣術(5)、体術(9)、身体操作(8)、身体強化(9)、魔力操作(7⇒8)、見切り(8)、怪力(new)、強奪、聖神の信条、毒魔法(7⇒8)、見えざる手(6)、思考加速(6)、魔力感知(7)、気配察知(7)、気配遮断(9)、状態異常耐性(8)、精神耐性(7)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ


鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらのドロップアイテム

 鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらの戦槌、猪首狩いくびがり鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらの防具、猪勇ちょゆうの数珠、山鯨の肉塊・魔岩鋼、鋼纏山鯨はがねまとい やまくじら戦牙せんが堅殻けんかく、収納袋、小魔石、鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらの宝珠


Tips:鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらの攻略方法

 1層5区の中で最も倒しやすいエリアボスである。スキルによって相性の良いエリアボスがいるのであれば別だが、特段の理由が無ければまず初めに挑むべきエリアボスとされている。


 鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらは、距離を開けると強力な突撃攻撃をするため、接近戦が基本戦術である。速度が十分乗った鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらは止めることができず、その巨体から回避も容易には行えないため絶対に距離を取らないこと。力が強いため抑え込むのは容易ではないが、側面を囲いヘイトを散らすことで移動を封じることができる。


 弱点は前足であり、十分な傷を負わせると満足に動くことができなくなる。攻略方法としては、鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらに張り付き、執拗に前足を攻撃することである。


 鋼纏山鯨はがねまとい やまくじらは土魔法も使用するが、威力はあるが制御が大雑把なため、避けることは難しくはない。途中自身に鋼の鎧を纏いだすが、関節部は脆いため集中して狙うこと。


 外皮が堅く体力も多いため時間はかかるものの、存在進化を経ていれば完封することが可能である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 はっ!? 毒で形を変える……これで剣術が生きる……?
装着すると併用して発現される。効果のほどはいまいちわからないがとありますが〜とありますが、隠匿の心得のスキル詳細はなぜ確認できないのでしょうか?聖神の信条のスキル確認はしてましたので違いが気になりまし…
スキル構成がアサシンなのに戦い方脳筋なの笑う
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ