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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第五章 不死なる者の下剋上

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7話 蠱毒の翁

『こんにちは、同胞はらからよ』


 画面に映るのは、白く染まった髪を短く刈り揃え、年季の入ったよれた白いシャツを着た老人だ。顔には皺が刻まれており、少し曲がった背筋が彼の年齢を物語る。


『この動画を見ているということは、毒魔法が発現した、ないしは毒魔法に興味があるのだろう』


 ステータスによる恩恵か、年老いているが顔立ちは整っている。そのせいだから、という訳ではないと思うが、老人の言葉には人を惹き付ける凄味があった。


 聞いているだけで鳥肌が立つような声。聞きたくないのに聞いてしまう。まるで怖いもの見たさにホラー映画を見ている気分だ。


『そんな同胞には、私が知っている毒魔法の全てを教えよう……と、言いたいのだが、それはギルドの秘密保持に引っかかるのでね。知りたければ、私の古巣に加入するといい。そこに全て記してある』


 ギルド員の情報はギルドの資産だ。退職する場合、当然秘密保持契約を結ぶことになる。恐らく、この動画も投稿前にはギルドがチェックしているだろう。


『さて、自己紹介がまだだった。私は蠱毒こどくおきな。名前の由来は、これだ』


 そう言うと、老人の顔が変わり昆虫のような顔になった。蟲人間のような奇妙な姿だが、すぐに元の老人の顔に戻った。


『私の存在進化は蟲。そして、毒魔法を使うので蠱毒と呼ばれていた。取って付けた様な名前だろう?』


 存在進化はスキルのようにオン/オフを切り替えられるが、人によっては存在進化の影響が常に出てしまうこともある。剣神は目が赤く染まっていたし、人によっては常に角が生えていたり尻尾が生えていたりと様々だ。


 翁の見た目は先ほどの蟲の名残が一切残っていないため、影響が出にくいタイプだったのだろう。


『探索者のランクは準一級。150の壁は超えられなかった老いぼれだ』


 鈴鹿がレベル50を超えた時にヒト種としての強化が行われたように、レベル150を超えると存在進化の強化が行われる。そして、存在進化の強化が行われる150をボーダーに、一級と準一級は分けられていた。


『毒魔法のスキルレベルは8。同胞よ。毒魔法について説明する前に伝えておこう。毒魔法はレベル5で真価を発揮する。毒魔法が発現し、強さを求めるのなら、死に物狂いでレベルを上げることだ』


 翁は腰かけていた石から立ち上がる。カメラの画角が変わり、翁のいた場所が映し出された。


 屋外だと思われたその場所は、どこかの山のようだ。勾配のある斜面が映し出され、ところどころ草が生えているが剥き出しの岩や砂利が広がっている。


『毒魔法はレベル5に至ると、自分の好みに毒を調合することができる。それまでは毒と麻痺しか行使できなかったことと比べると、全く別物と言ってよいほど自由度が増すのだ』


 ゆっくりと翁が歩く。追従するようにカメラが動いているが、人が操作しているのではなくドローンカメラを使っているようだ。


『自由度が増すことは良くもあり悪くもある。行使できる幅が狭ければ、凡人も天才も行きつく発想は似通い、ひたすらに技を磨けば高みへと行ける』


 パッと見ただけではそこがダンジョンかどうかはわからない。ごつごつした岩肌と草が生えるその景色は、標高の高い山景色にしか見えない。


 しかし、そこに絶景に似つかわしくないモノが映り込んだ。


『だが、自由度が増せば増すほど、扱う者の才覚が必要とされる。99%の努力をしたところで、1%の閃きが無ければ天才に成れぬようにな』


 カメラに映ったのはモンスター。二足歩行する蜥蜴とかげのようなモンスターが3匹映っている。防具のような服も着ており、手には盾と剣を握っていた。


『私は凡人だった。これだけ可能性を秘めた魔法が発現したというのに、150すら至れず、スキルも8で止まってしまった』


 見た目からかなり強そうなモンスターに感じるが、画面が止まっているかのようにピクリとも動いていない。翁は動いているため、画面が止まっていないことは確かだ。まるで剥製のようにモンスターたちは止まっている。


『魔法において自由度が高いというのは、想像力が試されるものだ。例えば、ここにいる彼らは私の毒によって止まってもらっている。はたして君は、モンスターの動きを止める毒を作り出せるだろうか』


 翁は武器も手に持たず、無防備にモンスターの前を歩く。だが、モンスターたちは指先一つ動かさない。視線の動きすら止まっているほどだ。


『強力な麻痺? 違う違う。麻薬で楽しい夢を見ている? そう見えるか? 筋肉を硬直させる毒? それもまた違う』


 翁はモンスターをコンコンッと叩くが、モンスターが動く気配はない。


 麻痺ではここまで完璧に動きを止めることは難しく、止めれたとしても立っていられずに倒れているだろう。毒を作り出せるなら、筋肉を硬直させる毒を作れば似たようなことができるかもしれないが、翁はそれも違うと言う。


『思いつかん者は、まだ1950年以前の世界で生きておる。地球の知識でのみ生きるとは何ともったいないことか。ここはダンジョンだぞ? 人間が戦闘機のように早く動き、手から炎が出現し、自分の何倍も大きなモンスターと戦う。そんな夢のようなことが現実に起きる場所なのだぞ?』


 翁は嘆くように首を振る。


『近頃の探索者はそれが常識になっておる。産まれた時からそうなのだ、無理もなかろう。だが、なんともったいないことか。手から炎が出るのだぞ? 私は毒を出せる。なんなら蟲にだって姿が変わるのだ。訳が分からないだろう? 意味が分からない。それを常識として一(くく)りにするのは、可能性を狭める行為に他ならない』


 至極残念そうに、憐れみを持った視線をカメラへ向ける。


『では、この毒はどうやって説明する?』


 そう言うと、右にいたモンスターが突如発火した。内部から炎が出現しているように口から火柱を放ち、轟々と燃えている。すぐにモンスターは煙に変わり、翁へと吸い込まれていった。


『この毒は?』


 すると左にいたモンスターが膨らみだす。まるで風船のように身体のいたるところが膨らむと、膨らみ切った部位が破裂していきやがて煙に変わった。


『この毒はどうかな?』


 最後に、真ん中にいたモンスターが変質する。まるで風化して崩れていくように、身体がボロボロになり塵の様に風に流される。塵は煙に変わり、翁へと吸い込まれた。


『私は無知だから知らぬだけかもしれないが、君たちの常識で今の毒は説明できるかな?』


 およそ毒とは思えない死に方をしたモンスターたち。だが、翁は毒魔法によるものだと言う。


『同胞よ。よく考えるのだ。魔法とはかくも自由なものなのだ。常識という名の鎖で縛りつけるのは、いささかもったいないとは思わんか?』


 翁の周りに毒の霧が出現する。それだけじゃない。毒々しい球やヘドロの様な壁、地面も毒の沼のように変質していた。


『ガスを吸わせて毒にするか? 火や水魔法のように毒の弾や槍を作って攻撃するか? 触れた者を毒にする盾を作り出すか? それとも踏み込んだ者を毒にする沼地を作るか?』


 翁が手を振れば、先ほどまで出現していた毒魔法の数々は空気に溶けるように消え去った。だが、派手に魔法を出現させたためか、先ほどの人型の蜥蜴二匹がもの凄い速度で近づいてくるのが見えた。


『試行錯誤した攻撃方法はやがて常識となり、君たちの戦闘を助けることだろう。使い勝手の良い手癖のような魔法は、きっと君らの自信に繋がる。だが、さらに強くなりたいのならば、その先を見てみたいとこいねがうならば、それらを一度捨てる覚悟が必要だ。そして考えろ。毒魔法の可能性を。見つめ直せ。毒魔法そのものを。絞り出せ。毒魔法の限界を』


 翁の周囲が歪む。いや、空間そのものが汚染されていた。毒の霧のように視認できるようなものではない。そんなレベルの毒ではない。踏み入れてはいけない禁足地のように、眼には脅威が見えないのに踏み込むことを本能が拒絶する。


 そんな翁に向かって、モンスターは構わず手に持っている武器で斬りかかる。だが、掲げられた武器が振り下ろされることはなかった。


 翁が汚染した空間に触れた瞬間、二匹のモンスターは痛む様子もなく即座に煙へと姿を変えた。自分が攻撃されたとも認識していなかったことだろう。それほどまでにモンスターは溶けるように即死した。


『私は毒魔法のいただきに至ることはできなかった。これだけ美しく残酷な魔法の深淵を覗くことは叶わなかったのだ。だからこそ、この動画を見た者がその地に踏み込めることを願うばかりだ』


 翁がカメラに向き直る。白髪のよれたシャツを着た老人だが、強力なモンスターを瞬殺する力を見せられた後では老人だからと油断することはできなかった。


『同胞よ。私が教えられることは限られるが、少しでも多く学び取り、ぜひ糧にしてほしい。この動画はこれで終わりだ。次の動画で、スキルレベル1から順に確認してゆこう。それでは』


 そう言って、蠱毒の翁の1本目の動画は幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
悟りを開かないと、頂には至れないのか
魔法の毒だから物理法則に縛られる必要はないって事か。
毒といえば、毒液やら毒霧やら毒ガスあたりを思い浮かべるけれど、それにこだわる必要はない訳ですね。 毒魔法で敵を苦しめたいのなら、敵が苦しめさえすれば、毒素を化学反応っぽく再現することなんて一手段でしか…
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