6話 毒魔法
『聖神の信条』のデメリットである武器を持てないに対する鈴鹿の答えは、素手で相手をぶちのめす。ここに変わりはない。だが、せっかく覚えている毒魔法があるのならば、使わない手はないという発想にも至った。
そんな毒魔法を使って猿猴に挑んでみたものの、スキルレベル1程度では猿猴に通用するはずもない。使っているこっちが毒魔法使えているか不安になるくらい、猿猴には効果がなかった。それも当然で、エリアボスでありレベル差もあり未だにダメージもろくに入れることもできておらず、さらにスキルレベル1では通用する方がどうかしている。
だが、毒魔法に鈴鹿は可能性を見出した。というか、今できるさらなる強化枠は毒魔法しか残されていなかった。これまで通り体術や身体強化のスキルレベルは上げてゆき、そこに毒魔法を加えて猿猴を倒す。これは鈴鹿の中では確定したプランになっていた。
そんなプランを打ち立てた翌週の平日、学校が終わると鈴鹿は探索者協会八王子支部に来ていた。
ダンジョン探索のためではない。人と会うためだ。
「ごめん、待った?」
鈴鹿が協会内に入れば、中のベンチに希凛と猫屋敷が座って待っていた。探索者高校はダンジョンの近くにあるため、鈴鹿よりも早く着いたようだ。
「久しぶり鈴鹿ちゃん。にゃあ子と話してたからすぐだったよ」
「鈴鹿久しぶり」
「久しぶり二人とも」
毒魔法を戦闘に取り入れるなら、先人に聞いた方が早い。そう思った鈴鹿は、毒魔法が発現している猫屋敷に声をかけたのだ。
「会議室は予約してるから、コンビニでお菓子でも買っていこうか」
「会議室予約ありがと~、助かるよ。お菓子代は俺出すから、好きなの買おうぜ」
「え、鈴鹿太っ腹。僕何食べよっかなぁ」
そう言って、お喋りのお供を探すべくコンビニへと向かった。
◇
探索者協会には探索者であれば誰でも使用できる会議室が備わっている。探索者は自身のステータスやレベルはもちろん、探索の方法や進め方などノウハウの部分が多く秘匿したい情報が多い。
さらに、探索者はアイテム一つで何百万とお金が動く職業でもある。金は人を狂わせる。高いアイテムを所持しているというのは、その情報が出回るだけでもリスクに繋がる。
実際、レアアイテムをゲットして浮かれた探索者がキャバクラで豪語した結果、次の日には身ぐるみはがされて死体で見つかったなんて話は枚挙に暇がない。探索者を殺せるのは探索者であり、警察は探索者の揉め事には基本関わらないため弱いのが悪いと言われて片づけられてしまうのだ。
派手に動けば探索者協会が動くが、一般人に被害が及ばない小競り合い程度であれば協会も動かない。そのため、探索者は情報の取り扱いにはことさら気を遣う。
そんな探索者のために、協会は防音効果のある会議室を用意していた。各々のギルドで打ち合わせを開くことが一般的ではあるが、臨時パーティの場合や遠征先での打合せなどで使われるケースが多い。
そんな会議室の一室で、鈴鹿たちは買ってきたお菓子や飲み物を広げていた。
「それで、毒魔法を教えてほしいんだっけ?」
猫屋敷が今日の議題を告げる。
「そうそう。教えてほしいんだけど、無理だったら大丈夫よ」
探索者のスキルの使い方や戦い方は、試行錯誤した努力の結晶でもある。企業が自分たちの技術を同業者に開示したがらないように、探索者も当然公知の情報以外は渋る。二人はまだギルドに所属していないとはいえ、自分で努力して得た情報を教えたくないかもしれない。
「鈴鹿なら話してもいいってなったよ」
「うん、鈴鹿ちゃんならいいよ」
これは貸しということだろうか。zooは貴重な探索者の友人だし、何かあれば当然手を貸すのでありがたく受け取っておこう。
「じゃ、まずは鈴鹿の毒魔法のレベルを教えて」
「俺はレベル3だな」
先週末の探索でレベル3まで上がっていた。まだ毒に対する理解不足ゆえか、思ったよりもスキルは上達しなかった。それもあって猫屋敷に教えてもらおうと思ったのだ。
鈴鹿のスキルレベルを聞いた猫屋敷が、顔はポーカーフェイスを取り繕っているが机の下でガッツポーズをしていた。どうやら猫屋敷のスキルレベルは鈴鹿よりも高いらしい。
鈴鹿から見えないはずの猫屋敷の動きも、体術のスキルレベルが8もある鈴鹿は身体のわずかな筋肉の動きから手に取るようにわかった。
「にゃあ子は?」
「僕は5だよ」
鼻高々に告げる猫屋敷。だが、自慢したくなるのもわかる。
今でこそ鈴鹿のスキルレベルは軒並み高くなったが、猿猴と戦う前、より正確に言えば『聖神の信条』で不死の能力を手に入れるまでは一番高いスキルレベルでも5であった。ソロでエリアボスと戦っている鈴鹿でも5だったのだ。
それを3の壁を越えただけでなく、さらに5までスキルを成長させたのは猫屋敷の努力の賜物だろう。
「凄いなにゃあ子」
「まぁね。僕は毒魔法が攻撃のメインだからこれくらいはね」
ご満悦の猫屋敷。今の鈴鹿からしたら年齢は一つ上だが、中身30歳のおじさんから見たら微笑ましい。
「それで、鈴鹿はスキルレベルによって毒魔法で何ができるかは知ってる?」
「6までは調べたら出てきたから知ってるよ」
スキルレベル1で状態異常の効果を武器に付与できる。2では状態異常の霧が出せ、3では状態異常の効果が上昇、4では霧の範囲拡大や操作、液体化して飛ばすことができ、5では状態異常の強弱や性質を変化させることができるようになり、6では3同様に生成できる状態異常の効果が上昇する。
鈴鹿はレベル3なので、今までより強い毒を生み出せるようになった。それに加え高レベルの魔力操作スキルによる補正が乗るのだが、猿猴を毒状態にはまだできていない。
「7以上は明確化されてないけど、7からは6同様に扱える状態異常の効果が強化されるって感じかな。強い毒使えたり、毒の沼とか作れたりって感じ」
魔法はレベル1~3で基本の魔法が使え、レベル4~6で応用することができ、レベル7からはただひたすらに強化されていく。7まで上げられれば、後は応用次第といったところだろうか。
「へぇ、なるほどね。にゃあ子はレベル5だから状態異常の効果を変えることができるんだよね? 毒とか麻痺以外に何があるの?」
「そうだなぁ。例えば……これなんてどう?」
そう言うと、魔力感知のスキルが猫屋敷が魔法を発動したことを教えてくれる。薄っすらと靄がかかっているように感じるが、ほとんど視認できないガスが発生していた。魔力感知によって鈴鹿の周りに展開されていることがわかるが、魔力感知のスキルがなければ何をされたかもわからずに状態異常になっていただろう。
これが見れただけで、毒魔法の初見殺し性能の高さがうかがえる。逆にやり方が知られてしまえば警戒されてしまい、上手く罠にはめることができなくなるだろう。だが、猫屋敷は鈴鹿だからあえて実践してくれたのだ。ありがたい。
「ごめん、何かのガスがあるのはわかるんだけど、状態異常耐性のスキルあるから多分効かない」
「え、まじ? そう思ってかなり強めにしてるんだけど……。えぇ、まじ? 相変わらず化け物ね」
状態異常耐性のスキルレベルが7のため、恐らく猫屋敷が本気で作り出した毒であろうとも効くことは無いだろう。
ケロっとしている鈴鹿に、猫屋敷どころか希凛すらドン引きしている。それもそのはず。状態異常耐性のスキルレベルが高いということは、それだけ状態異常になっているということでもある。毒魔法5の猫屋敷の状態異常を防げるほどとなれば、普通に考えれば5、効果を弱めていることを考慮しても状態異常耐性は最低でも4はあるということだ。
1層3区のエリアボスである双毒大蛇の毒を喰らいまくっても、状態異常耐性はスキルレベル2までだった。その時は『双毒の指輪』の効果で状態異常耐性が3になっていたとはいえ、それでも3だ。
状態異常は喰らえばかなり不利になり、圧倒的に死にやすくなる。毒を喰らえば意識も朦朧とし、倦怠感で動くのすら億劫になる。コロナとインフルエンザ併発している状態でモンスターと戦うようなものだ。それに、麻痺を喰らえば最悪動けなくなり、モンスターに殺されるのがオチだろう。
だが、パーティであればお互いがフォローし合うことで、生き残れる確率は高い。たとえ戦闘不能になろうと、仲間が護ってくれるのだから。しかし、鈴鹿はソロで探索している。状態異常になっても誰も助けてはくれず、死ぬ確率は青天井で高くなる。
そんな状態異常イコール死のようなソロ探索で、スキルレベルが4以上になるまで状態異常になっても生きているということに、二人は恐怖していた。
「ま、まぁいいや。今のは睡眠ガスを発生させたんだ。他にも麻薬みたいに錯乱させたり気分を上げ下げさせることもできるし、変わり種だと媚薬や自白剤みたいなのも生み出せるね」
「毒魔法は使い方によっては相手を洗脳できてしまうから、結構警戒されがちなスキルなんだよね。鈴鹿ちゃんも毒魔法を使えることはあまり口外しない方がいいよ」
なるほどね。麻薬のような効果が出せるなら、自分の毒魔法に依存させることで相手を支配することもできるか。それに自白剤なんかは相手の意識を朦朧とさせる薬を使うなんて聞いたこともあるし、そういった状態を上手く維持すれば傀儡にできるかもしれない。悪用しようと思えばかなり応用が効きそうな魔法だな。
「使い方によっては毒にも薬にもなるなんて言葉もあるし、怪我したときの痛み止めとかもできそうだな」
「そうそう。うまく作れば気分を高揚させてパフォーマンス上げることだってできるよ。まぁ、用量間違えるとパーになっちゃうかもしれないから、僕はやらないけど」
相手を酩酊状態にさせるなんてのも面白そうだな。啖呵きりながらオラついてる奴を千鳥足にしたら笑えそうだ。酩酊した者同士の戦いなんて絶対面白い。ぜひやってみたい。
毒の種類について鈴鹿は深堀りをしていなかった。猫屋敷の話を聞けたことで、毒魔法についての視野が広がったような気がする。
「毒魔法を使って鈴鹿ちゃんが目指したいイメージを明確にしておくといいよ。剣術だって、剛の剣を振りたいのか柔の剣を振りたいのかで、同じスキルレベルでも全く変わってくるものだからね。特に魔法はイメージが重要だから、補助をメインにしたいのか攻撃をメインでしたいのかでも扱える幅が変わってくるよ」
自身も水魔法を扱える希凛が、鈴鹿にアドバイスする。
イメージ。最近鈴鹿がスキルを成長させるうえで重要視している項目だ。
魔法はイメージが重要というのは、今日の話を聞いて痛感している。例えば毒魔法のレベルが5になったとしても、生成できる毒の種類を想像できなければ意味がない。戦うことしか考えられない鈴鹿では、麻薬のような毒を生成することも眠らせるガスを出すこともできなかっただろう。ただひたすらに、相手を蝕む毒だけを考えていたはずだ。
魔法はレベルが上がれば上がるほど、イメージ次第でやれる幅がかなり広がるのだろう。毒魔法だって、視認できるガスと視認しづらいガスの両方を作れば、それだけでガスを吸わせられる確率は上がりそうだ。
強力な毒を作るにしても、作った毒をどうやって相手に与えるかで攻撃方法は変わってくる。武器に付与するのか霧状にして吸わせるのか、毒の沼の様にして接触させるのか。そうやって工夫し続けレパートリーを増やすことで、自分が得意とする魔法の使い方を学んでいくのかもしれない。
「鈴鹿は普段毒魔法をどういう風に使ってるの?」
「俺は付与ばっかだなぁ」
この前の週末でレベル1から3に上がったため、付与しか使えなかったというのが本当のところではあるが。
「これからも付与がメイン?」
「ん~、そうね~」
毒魔法のスキルレベルが上がったことで、毒の霧を生み出せるようになった。これからもそれを使ってモンスター相手に毒殺していきたいかと言われると、即答できない。毒の海に沈めたり、毒ガスで動けなくさせたり、そういった方法で倒すのもいいかもしれないが、鈴鹿の好みと外れていた。
鈴鹿としては、あくまで近接職で倒していきたい。その一つの選択肢として、毒魔法があるというイメージだ。
で、あるならば、これからも付与魔法をメインにしていくのがいいだろう。ただ、ピンチになったときの奥の手として、毒魔法も鍛えておきたいところではある。
「当分は付与がメインかな。今の目標は、硬い相手と戦う時に相手を毒状態にして、時間かけても確実に殺せるようになれるのが理想かなぁ」
「うわ、懐かしぃ。兎鬼鉄皮思い出すよ」
「あれは大変だったね。倒せたのはにゃあ子の毒魔法があってこそだった」
兎鬼鉄皮は1層2区のエリアボスだ。鈴鹿も何時間と戦っても倒せず、魔力感知が発現したからなんとか倒せたモンスターである。zooは猫屋敷の毒魔法を上手く使い、毒状態にして倒したようだ。
「硬い相手なら、相手を腐食させるってのも手だよ」
「腐食?」
話を聞くところ、zooは去年までで3区の探索を終え、今年から4区の探索をしているらしい。4区に出現する毒牙百足が、体力が高い上に甲殻が硬く苦戦していたらしい。
毒牙百足は4区の浅いエリアに出現するモンスターの中では灰刃蟷螂に並ぶ強力なモンスターで、鈴鹿も倒すのに苦労した。鈴鹿の場合は『凪の小太刀』で切り刻み、ようやく倒したのを覚えている。
「全然攻撃通らないから毒状態にしたんだけど、あいつ体力も高いから全然倒せなくってさ」
「だよな。4等分に斬ったのにあいつ死ななかったよ」
「よく斬れたね……。僕たちは傷つけるのもてこずったから、外殻を脆くするために腐食する毒を作ってなんとか倒したよ」
外殻を脆くするか。なるほどな。そんな発想はなかったわ。毒状態にして倒すって発想もなかった。斬れないなら斬れるまでやり続ければいいという、脳筋スタイルで倒したはずだ。
今までは直感を頼りにごり押しで何とかなっていたが、猿猴はごり押しでは簡単には倒せない。鈴鹿にとって初めて直面した壁であり、倒すために様々な策を弄しているモンスターであった。
「なんか、毒魔法って奥が深いんだな」
「そうだよ。毒魔法は発現している探索者自体少ない魔法だから、あんまり情報も出回ってないんだ」
「鈴鹿ちゃんは『双毒の指輪』から発現したクチでしょ? アイテムでその魔法が発現する人ってなかなかいないからね。数少ない毒魔法の素質を持つ二人が揃ってるなんて、珍しいこともあるもんだ」
希凛のいう通り、『双毒の指輪』を使って鈴鹿は毒魔法が発現した。『双毒の指輪』は毒魔法のスキルレベルが1上昇するアイテムだ。その状態でスキルレベルが上がると、指輪を外しても毒魔法は発現したままになる。
そのやり方ができれば、『双毒の指輪』があれば毒魔法の使い手を量産できるかというと、そうではない。魔法自体の相性が悪ければいくら使っても毒魔法が使えるようにはならず、貴重なアイテムでもあるため数を揃えることも難しい。
つまり、鈴鹿にはもともと毒魔法の才能があったということだ。
えっ!? 私に毒魔法の才能が!? と驚いている鈴鹿。スキルレベルがなかなか上がらないことに才能がないと思っていたが、鈴鹿は今まで付与一択しかしてこなかった。特にそれ以上の魔法を使いたい要求もなかったためにスキルレベルが上がらなかったのだ。
「毒魔法について知りたかったら、一度ダンチューバ―の『蠱毒の翁』って人見てみるといいよ。毒魔法について解説してくれてるから、参考になるよきっと」
「へぇ、ダンチューバーか。ありがと、見てみるよ」
「まぁ、あくまでダンチューブ向けに作ってるから核心的な内容はないけど、毒魔法って魔法については理解できるようになるよ」
鈴鹿があまり魔法について詳しくないことから提案してくれたのだろう。毒魔法についてはメジャーな魔法ではないため、探索者協会に載っているスキル一覧から調べる程度しか調査できていなかった。
ダンチューブに載っているのなら、見てみるべきだろう。
「他には何か聞きたいことある?」
「う~ん、とりあえず大丈夫かな。そもそも何がわからないかもわかってないって感じだし、さっき紹介してくれた蠱毒の翁って人の動画をまずは見てみるよ」
毒魔法のスキルレベルがずっと1だったため、今まで武器に付与することしかできなかった。そのため、魔法について知ろうともしていなかった。
だが、猫屋敷の毒魔法の話や、希凛の魔法についての話を聞いたことで、俄然興味が湧いてきた。それだけで今日二人と話せたことは大きな意味があった。
「今日はありがとう。毒魔法について全然知らなかったんだなってことがわかったよ。またわからないこと出てきたら教えてほしい」
「しょうがないなぁ。ま、後輩を導くのも先輩の務めだからね」
「探索は鈴鹿ちゃんの方が進んでるけどね」
その後も、お互いの近況や4区のモンスターについて、お菓子を食べながら楽しくおしゃべりをしたのだった。




