3話 戦闘スタイルと進路相談
祖父母への新年の挨拶はつつがなく終わった。最初は兄の菅生含めて容姿が激変しているため、どんな反応されるか不安であったが、それは杞憂であった。拒絶されるどころか、二人の容姿を見て祖父母は大歓喜。特に探索者になることを決めた鈴鹿は凄い凄いと褒めちぎられた。
というのも、祖父母の世代はダンジョンによる恩恵を一身に享受していた世代だ。日本の探索者によって戦後の復興が支えられ、世界情勢にも確固たる立場を確立することができた。彼らの世代にとって、探索者とは戦後復興の立役者であり、スターであった。
鈴鹿の容姿から、ダンジョンで活躍しているのは容易に読み取ることができ、往年のアイドルにでもあったかのように浮かれていた。
そんな祖父母からちやほやされた鈴鹿は、ダンジョンで探索をするのではなく家で漫画を読んでいた。
冬休みはまだあと数日あるというのに、鈴鹿はダンジョンに行くつもりがなかった。ダンジョンフリークかと思わせるくらい休みの日には毎日と言っていいほどダンジョンに通っていたというのに、一体どうしたのか。
「はぁ、なるほど。拳から衝撃波を撃ち出すのか」
感心しながら漫画を読んでいる。元旦にはダンジョンに傾倒したいから漫画は読まないみたいなことを言っていたというのに、数日で気持ちが変わったのだろうか。
「やっぱ殴って地面に亀裂が走るとか強いよなぁ。いや、強いのか?」
鈴鹿の横には大量の漫画。ジャンル問わず漫画は好きだったが、積んであるのは全てバトル漫画だった。
「あぁ、この時代だとまだここまでなのか……。くぅ、なるほどなぁ、続き気になる……」
鈴鹿はもともと2024年に生きていた。2009年、いや年が明けたので2010年のこの世界では、多少前後することはあれ読める漫画は当然古い。既に完結していた漫画たちも現役で週刊誌に載っており、読みたかった話がまだ掲載されていないなんてこともあった。
それとは逆に、ダンジョンなんて不思議なものがあるからか、鈴鹿が見たこともないダンジョンを舞台にした漫画も世に多く広まっていた。その中から目ぼしい物を買い集め、読みふける。中には解剖学や武道の心得などもあり、単に漫画だけという訳ではなかった。
「やっぱり一発の威力を極限まで上げるのがいいかなぁ。素手対剣とかのバトルシーンってないかな」
何かの参考にするように、鈴鹿は漫画を読んでいる。時折立ち上がり、漫画のシーンを再現するように部屋で拳を振るう。首をかしげては少し修正し、型をなぞる様に繰り返す。
これは思春期特有の現象ではない。電球の紐でパンチの練習をしているわけでも、上段蹴りをしようとして軸足を滑らせてこけるわけでもない。
素手での戦闘スタイルを確立するための勉強をしていたのだ。
東京ダンジョンで得られた『聖神の信条』は、不死を得られる代わりに武器を持つことができないスキルであった。素手で戦わなければならなくなった鈴鹿がまず真っ先に考えたのが、武術だ。
空手や柔道、ボクシングや総合格闘技。武器を使わない戦い方として参考にするならば、多くの素材があった。エリアボスである狡妖猿猴との戦いは冬休み明けにとっておき、残りの冬休みは戦い方の軸を決めることにしたのだ。
鈴鹿は書店へ行き参考になりそうな格闘技の本を買いに行った。そこで漫画コーナーを見てふと思ったのだ。
俺が成りたい姿は格闘技にあるのか、と。
格闘技を学んだとして、行きつく先はどこだろうか。人相手に戦う格闘技を身に着けて、どうやってモンスターと戦うのだろうか。瓦やバットを折る様に、モンスターの手足を折りたいのだろうか。
いや、違う。そんなスケールは目指していない。
目指すのは最強。手に入れたいのは圧倒的な力。叶えたいのは比類なき強さ。
ダンジョンという摩訶不思議な世界で戦っているのだ。現代格闘技を極めることは違うと、鈴鹿の直感がささやいた。
そして思い出す。剣神との出会いを。
あれだけ恐ろしかった存在。背後に立たれた剣神に振り向くことなど到底できないと思っていたのに、剣神が何かをしたことで鈴鹿の緊張は解けていた。思考も上手くまとまらず、まるで緊張の糸が切れたようにぼうっとしていた。
そして剣神は言ったのだ。
『うん、上手く切れた』と。
訳が分からないが、仮に、もし、剣神が鈴鹿の緊張の糸を切ったとしたら、それはどうすれば切れるのだろうか。
剣神は名前の由来となっているユニークスキルである、『剣神』を発現している。剣術スキル完全上位互換と言われており、剣神に斬れない物は無いとまで言われる特級のスキルだ。
だからと言って、目にも見えず存在もしない概念である緊張の糸を切ることなど可能なのだろうか。
「いや、可能なんだ。可能なんだよ。できると思うからできるんだ」
その考えに至った鈴鹿は、まるで天啓を得た気持だった。
スキルでできることを、鈴鹿は深く考えていなかった。常識の範囲内でできそうなことだけを選んでやっていた。
だが、剣神の行動は常識のはるか範囲外。それができるのは、紛れもなく剣神ができると思ったからだ。イメージが明確にできていたからに他ならない。
本当は全然違うかもしれない。見当外れもいいところかもしれない。
だが、鈴鹿はそこに活路を見出した。ならば突き進むのみ。
鈴鹿は謎の自信ならば溢れるほど出てくる。基本上手くいくというポジティブなのか能天気なのかわからない自信に満ちている。その自信を上手く使い、普通ならば無理だと思うことをできると信じ、スキルの力を使って叶えようとしていた。
その結果が、この大量の漫画であった。スキルから強力な力を引き出すには、イメージが重要だと鈴鹿は判断した。イメージを現実に落とし込み、リアルに想像することで発現する……はず。
理論もなければ根拠もない。だが、ダンジョンなんて訳の分からないものがあり、魔力だってある世界なのだ。理論も根拠も常識もかなぐり捨てた先に、最強が待っている。そう信じ、鈴鹿は漫画を読んではイメージを膨らませているのだ。
「やっぱ必殺技とかって、イメージが明確になるし大事なのかなぁ」
技として完成させればそれだけイメージも固まって使いやすくなるかもしれないが、応用が効きにくくなることは避けたい。
「まだ剣に勝てるイメージが沸かないんだよなぁ。鉄板ならぶち抜くイメージはできるんだけど……」
剣と拳が正面衝突し、相手の剣を破壊する。このイメージが明確に固まれば、鈴鹿の体術スキルはさらにレベルが上がるのではと思っていた。
既に猿猴相手ではボコボコにするイメージはできているが、猿猴は素手がメインの格闘タイプだ。ダンジョンには人型で剣を装備しているモンスターもいるため、そんなモンスターと真正面から戦えるようにする必要があった。
もちろん、剣を避けて殴ってもいいし、剣の腹を押して受け流したっていいかもしれない。剣を持つ相手を倒すことならそれで十分だ。
だが、それでは片手落ちだ。鈴鹿が目指す最強ならば、真正面から剣と殴り合って弾くことだってできるはず。それができれば、素手で最強を目指せるはずだ。
まだまだ固まらない戦闘スタイルを模索しながら、鈴鹿はああでもないこうでもないと漫画を読み、時折一人でマネをして過ごすのだった。
◇
「急な面談になってしまってすみません。お母さん」
そう言って席に座るように促しているのは、鈴鹿の担任の子安先生だ。
ここは鈴鹿が通う学校で、今は教室ではなく職員用の会議室にいる。急遽開かれた三者面談をするためだ。
冬休み明けの初日、鈴鹿は子安先生に進路について話したいからと、三者面談をすることを告げられた。平日はダンジョンに行くこともないため否やは無く、母親の都合を確認しこうして面談をしている。
「事前にお伝えしていた通り、鈴鹿君の進路について最終確認をさせてください。去年にも面談しているのに、何度もすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。高校に進まないだなんて、ほんとこの子はどうしたらいいのやら」
私も困ってますと首を振る母。以前、父も母も鈴鹿が探索者の道に進むことを認めてくれた。だが、受験が近づくにつれ、父親は鈴鹿の進路について一任してくれるようになったのが、逆に母親はやっぱり考え直さないかと説得されることも増えた。
「今みたいに高校通いながらでもダンジョンにだって行けるっていうのに、どうしても高校は行かないって聞きもしなくて」
困っちゃうわという母親だが、鈴鹿からしたら一度認めたのに蒸し返して否定する方が困っちゃうわだと思っている。
だが、いちいちそんなことで目くじらを立てることは無い。鈴鹿の精神年齢は三十歳なのだ。その目線から考えれば、子供が中卒で働く!と言っていたら止めるのが親だろう。その気持ちがわかるだけに、あまり強く言えないでいた。
「どうなんだ、定禅寺。先生もお母さんと同じ意見だ。高校に通いながらダンジョンに行くこともできるんじゃないか? 特に探索者高校なら平日でもダンジョンに行くことだってできるし、支援も万全だぞ?」
八王子ダンジョンが近いこともあって、うちの中学から探索者高校に進学する生徒は毎年いる。今年はクラスメイトの池崎が受験するはずだ。
そのため、子安先生は探索者高校についても詳しい。以前の三者面談でも、資料まで準備してくれて説明してくれた。
それを聞いて、鈴鹿も探索者高校のメリットを理解している。支援云々もあるが、特に重要なのがダンジョン探索は出席日数にカウントされるという点だ。テストや実技で赤点さえとらなければ、単位もしっかりもらえる。
極論、探索者高校に所属だけして、ダンジョン探索ばかりしていてもテストさえクリアできれば卒業できるのだ。テストを受ける必要はあるが、ほとんど自由な身と変わらない生活を送ることだってできるだろう。
「けど、それって八王子ダンジョン限定でしょ? せっかくだから卒業したら他の地域のダンジョンに行ってみようと思ってるんですよ」
探索者高校は探索者協会が運営している学校だ。そのため、ダンジョン探索を行っている実績を高校側は確認することができ、出席日数として扱ってくれる。だが、出席日数として扱われているのは一つのダンジョンのみで、八王子探索者高校であれば、八王子ダンジョンのみだ。
各ダンジョンにそれぞれ探索者高校があるため、よそ者が来ると狩場が荒らされたり因縁をつけられたりと、他校の生徒同士で揉めることが多い。それに、他の職業探索者と揉めてしまった時に迅速に対応するためにも、生徒の活動を絞ったほうが管理がしやすいのだ。
それが鈴鹿にとっては面白くなく、せっかく日本全国にダンジョンがあるのならば、旅行がてら他のダンジョンにも行ってみたいのだ。
「海外に行くのか? 日本のダンジョンはどこもほとんど変わりないんだぞ?」
子安先生の言う通り、日本のダンジョンは大阪だろうが北海道だろうが各層に対して大きな違いは無い。だが、どこのダンジョンに行くかが重要であって、中身は一緒でも気にしない。
要は旅行を兼ねているのだ。
ちなみに海外は興味がない。もともと海外に興味がなかった鈴鹿だが、国外のダンジョンは入場するのに厳しい制限があったり申請難易度が高かったりと、ノウハウを持ち合わせているギルドにでも入らない限り難しい。そのため、鈴鹿は国外ダンジョンに挑むつもりはなかった。
「先生は風情が無いねぇ。勉強だって、塾によっては夏季合宿とかあるでしょ? やってることは同じ勉強でも、環境が変われば気分も変わるってものですよ」
その後も、別の地域の探索者高校に入ることもできるとか、寮も完備されているとか、探索者高校間で転校も可能だとか、なんなら通信高校もあるぞと色々説明を受けた。
「定禅寺。先生はな、学校は勉強を学ぶだけの場所だとは思っていないんだ」
鈴鹿の意思が固いと理解したのか、子安先生は話の主張を変えた。
「頑張っても勉強が出来なくて諦める生徒だっているし、運動が苦手だから体育祭がひどく苦痛の生徒もいるし、合唱祭では音痴を馬鹿にされて当日欠席する生徒だっている。それなのに、学校は毎年毎年同じことを繰り返す様にカリキュラムを実施している。何故だかわかるか?」
子安先生が鈴鹿をまっすぐ見据え、鈴鹿に語り掛ける。
「それはな、みんなに多くの選択肢を知ってもらいたいからなんだよ。苦手だなと思っていたことが、やってみたら案外楽しくてはまってしまうとか、無理だと思ってたけど、頑張ったら少しだけど出来たとか、そういう経験を積むことで、自分がやりたい事、進みたい道を見つけてもらいたいんだよ」
「それなら、先生は学校に通っていたから先生になりたいと思ったんですか?」
「いや、私が教員を選んだきっかけは、大学の時にバイトしていた塾の講師かな。ただ、大学に進学していたから塾の講師をすることもできたし、大学に進学していたから教員免許も取得することができた」
昔を振り返る子安先生と同様に、鈴鹿も前の世界でのことを振り返っていた。
特に理由もなく学力にあった高校、大学に進み、働きたくはなかったが、働かないといけないならとなんとなく楽しそうだと思った会社に就職した。そこに強い思いも意思もなかったが、楽しく過ごせていた。
同じ人生を歩もうと思えば、少なくても同じ大学には入る必要があるだろう。進学することで将来取れる選択肢が増えることは確実だ。
「そして、友人に勧められたから私は塾の講師をすることになった。あの時、彼がいなかったら私はここにはいなかったかもしれない」
「友達かぁ」
「そうだ。確かに定禅寺は探索者高校に通わなくてもダンジョンで探索できるかもしれない。だが、探索者高校で得られるのはダンジョン探索に必要なことだけじゃない。かけがえのない友人であったり、パーティーメンバーにだって出会えるかもしれない。それは通ってみないとわからない。けど、通わなければそんな出会いもないんだよ」
友達。それは鈴鹿もさんざん悩んだ項目だ。
鈴鹿はヤスと仲が良い。だが、前の世界ではヤス以外にも、高校の時の友人、大学の時の友人と、それぞれにヤスの様に仲が良かった友人がいた。どちらも社会人になってからも一緒に遊んでいた友人だ。
高校や大学に行かないということは、彼らとの出会いもなくなるということ。これに鈴鹿は大いに悩み、悩んだ末に進学しないことを決めていた。
理由は希凛達の存在だ。彼らに会えないことは悲しい反面、前の世界では知りもしなかった希凛達と友人になることができた。この世界では、そんな新しい出会いを大切にしていこうと考えたのだ。
だからこそ、子安先生が言わんとしていることもわかる。
普通の高校では平日にダンジョン探索ができなくなるため、選択肢には入らない。だが、探索者高校ならばダンジョン探索しながら新たな友人が作れるかもしれない。それは何とも貴重な機会であり、何とも眩しく心惹かれるものだろうか。
「うん。それでも、俺は高校にはいかない。今の状態がベストな気がするんです。だから、まずはやれるところまでやってみようと思ってます」
けど、今は必要ない。
どこまでいけるのか、それを見定めるために鈴鹿は進み続ける道を選んだのだ。
「……はぁ。すみません、先生。本人の意思も固いみたいなので、一度やりたいようにやらせてみようかと思います」
「そうですね。鈴鹿君はダンジョンに通うようになってからすごくしっかりしていますし、きっと悔いのない道を選べると思います」
どうやら鈴鹿の意見が通ったようだ。
「最後に、二つだけ言わせてくれ。今の今まで何も起きていないから違うと思っているが、定禅寺がダンジョンに通うようになったのはイジメられた復讐とかではないんだよな?」
子安先生の問いかけは、以前にもされた内容であった。
イジメを受けた学生がダンジョンでステータスを強化し加害者を殺害したというニュースは、割とポピュラーな事例として存在する。ただ、そんなニュースの裏で、多くはモンスターに返り討ちされて大怪我を負ったという事例の方が多かったりする。
イジメっ子にやり返すことができない者が、モンスター相手に勝てるかと言われると、難しい場合が多い。酩酊羊であろうとも、レベル1の人間にとっては十分強敵なのだ。
大学生でさえ、安全を取って育成所で銃を使って倒すような相手だ。そんなモンスターに一人で挑んで勝てるケースはあまりない。逆に勝ててしまうと多くのステータスが加算されるために、やり返しすぎて加害者が死んでしまうことも多かった。
鈴鹿もダンジョンに通っているということで、子安先生からイジメを受けていたのかと事情聴取されたものだ。
「前も言ったけど、イジメなんて受けてないですよ。あっ、でも最近はみんな遠巻きで見てくるだけだから、ある意味イジメみたいなもんかな?」
ヤスはステータスの恩恵を受けてイケメンになったため、周りからチヤホヤされて女の子たちからは黄色い声援を受けている。ザワザワしているところにヤスの影ありだ。
一方鈴鹿はイケメンというよりは美形と言った方が正しく、顔が整いすぎて性別さえ超越しているような顔になっている。その結果、鈴鹿は拝まれていた。もはや神か何かかと勘違いされており、神聖不可侵の状態になっている。高嶺の花と言えば聞こえは良いが、もはやクラスメイトに接する態度ではなくなっていた。
無視をされているわけではない。声をかければ返事は来るし、グループワークなんかでは普通に話す。だが、まるで会社の重役と話しているような緊張感をもって、とても丁寧に対応されるのだ。無下に扱われているわけでもないし、ふざけてそんな態度を取っているわけではないことがわかっているから、鈴鹿もどうしようもない。
「あぁ、まぁあれだ。定禅寺みたいに急にクラスメイトがそれだけカッコよくなれば、上手く話せなくなるのもしょうがないんじゃないか? みんな緊張してるんだ。許してやってほしい」
まぁ、確かに鈴鹿も急にクラスメイトがこんな美形になったら対応できる自信がない。話しかけられても絶対きょどるだろう。うん、こればっかしは仕方ない。
「許すも何も、怒ってないですよ」
「すまんな。それともう一つ。これはさっきまでの話と矛盾するかもしれないが、先生は定禅寺がダンジョン探索することを応援している。その年でそれだけのめり込めることに出会えるなんて、とても素晴らしいことだ。正直うらやましいくらいだよ。だから、決めたのなら全力でチャレンジしてみなさい。もし高校に入りたいとか大学に行きたいとかで悩んだら、先生の所に来なさい。力になるから」
「うん。その時はよろしくお願いします」
こうして、親と先生の説得を振り切り、鈴鹿の最終学歴が中卒で決まったのだった。




