閑話 猫屋敷薫
探索者高校が最も力を入れているイベント。それが文化祭である。
高校の文化祭と言えば身内ノリの高校も数多くある。あくまで学校の行事であり、親や生徒、他校の友人たちと楽しむ場というのはとても大切な思い出作りができるだろう。
一方探索者高校はというと、外部へのPRも兼ねた文化祭を掲げている。
各クラスは文化祭っぽい出し物も多いが、中学生を対象とした武器を持って疑似モンスターと戦えるイベントや、モンスターの生態のパネルマップに実際のアイテムを触れる展示室など、入学希望者獲得に向けて精力的に活動している。
それに探索者高校では手厚いバックアップを行ってダンジョン探索を行うため、容姿が整っている生徒が数多くいる。育成所でレベル上げをしてもすっぴんなのに化粧した後のように肌は綺麗になり、歯並びが良くなり顔も多少なりとも整うのだ。それよりもステータスを伸ばせる探索者高校の生徒は、芸能事務所の文化祭か何かと勘違いする程度には原石たちがゴロゴロ転がっている。
正直そんな生徒たちが楽し気に文化祭を行っているだけで、中学生に対するPRとしては十二分に機能していた。自分もああなれるんだ! あんなカッコいい人たちと一緒に探索してみたい! 実際、そう思って入学を決める生徒はかなりの割合いる。
それだけでなく、探索者らしい魔術祭や武闘祭という派手なメインイベントも用意されていた。
中学生が見れば自分もあんなことができるようになるんだと憧れを抱き、各ギルドの人事職員は有望そうな探索者の選別に精を出す。このイベントで活躍すれば各ギルドからスカウトが来ることも多く、探索者高校の生徒にとっても重要なイベントだ。
多くの生徒に活躍する機会を設けるために、参加できるのはパーティメンバーの一人だけ。基本的にパーティごとギルドに就職するため、パーティの代表が活躍すればパーティメンバーの評価も総じて上がる。
1年生から参加することもできるが、全学年共通での催しのため、基本3年生がメインの祭りでもある。年齢は1歳2歳しか違わないが、レベル差はそれ以上に開いている。特に低レベル帯のレベル差は影響も大きく、スキルも満足に揃っていない状態のため、3年生に勝つのは難しい。逆に2年生が下馬評を覆して3年生を倒すことができれば大盛り上がりになり、スカウトの目にも留まり就活の前にインターンをさせてもらえるなど、2年生が出場するメリットも多い。
そんな中、1年生でありながら準決勝まで進んでいる異例の存在がいた。
『さぁ、リングに両選手が入場いたしました! ここまで破竹の勢いで勝ち進んでいる猫屋敷選手! 対するは力こそパワー! 我ら八王子探索者高校が誇る筋肉ダルマ! 怪力・北野選手!!』
会場は大盛り上がり、猫屋敷薫の前でボディービルダーのようなポーズを取って筋肉をアピールしているのは、『怪力』というレアスキルが発現した3年の男子。怪力は筋力が著しく増加し、ステータス以上の攻撃力を手にすることができる。大剣を軽々しく振り回す様は、まさに怪力の体現とも言えた。
武闘祭のルールとして、武器は小鬼から得られる木製の武器のみ使用が許されている。怪我のリスクを下げるためだ。しかし北野が振り回す大剣は、木製とは言え直撃すればただでは済まないだろう。回復魔法が使用できるプロの探索者が控えているとはいえ、あの大剣を構える北野を前に委縮して負けた生徒は多いはずだ。
だが、猫屋敷は笑みを必死に噛み殺しポーカーフェイスを貫く。
猫屋敷にとって、目の前の北野は大した障壁にはなりえない。怪力は力が増すというシンプルに扱いやすい強力なスキルだが、それゆえに慢心を生みやすい。技術を軽んじ力に傾倒しやすいのだ。
愚鈍なモンスター相手ならばそれでも通用するだろう。パーティメンバーと協力し合っていれば、フィニッシャーとして優秀なのだろう。だが、人間相手ではあまりにも隙だらけだった。
これまでの北野の戦いを見ていれば、猫屋敷が恐れる必要はない。
『それでは参りましょう! カウントダウン! 3! 2! 1! 始め!!』
実況に煽られた会場が騒ぎ立て、何とも姦しい。3年の多くは同じ学年の北野を応援しているが、1,2年や外部から来た観戦者は猫屋敷を応援していた。
女の子で可愛らしく、健気に一生懸命頑張って上級生と戦っている。外部の人間にはそう映っているのだろう。
だが猫屋敷はそんな可愛らしい性格はしていなかった。目の前の筋肉ダルマを喰らい、決勝も制して優勝する。全ての敵は自分の糧。モンスター相手だけでなく、対人戦の経験も積む。どんなことでもいい。なんだっていい。少しでも高みへ近づくために。猫屋敷はそんな執念に取りつかれた立派な探索者であった。
「さぁかかってこい猫屋敷! 俺がはちきれんばかりの胸を貸してやる!!」
「何か勘違いしてない? 胸を貸すのは僕の方だよ。この戦いを通してしっかり学ぶといいよ」
「はっはっは! 威勢がいいのは若者の特権だ!」
「威勢? 僕には先輩が精一杯虚勢を張っているようにしか見えないけどねぇ!!」
猫屋敷が加速し北野に迫る。猫屋敷の装備はラウンドシールドに片手剣だ。大剣と違い小回りが利く。大剣相手であれば接近戦一択。
一方北野もその戦法は想定の範囲内。今までであれば大剣を振り回し、威圧して踏み込ませないようにしていたが、猫屋敷相手には通じないと踏んで下手な大振りは封印する。重量のある大剣を軽々と操り、猫屋敷の攻撃を防いでゆく。
1年生でありながら武闘祭の準決勝まで進出している猫屋敷を甘く見る者は、探索者ならば誰もいない。猫屋敷の言う通り、北野が吐き出したのは虚勢でもあった。
彼我に実力差は無い。新進気鋭のzooのメンバーである猫屋敷が弱いはずがない。それでも北野は負けるわけにはいかない。この小生意気な1年に先輩としての意地を見せつけなければならないのだ。
『激しい攻防!! 猫屋敷選手は速度で崩しにかかるが、北野がことごとく防ぐ!! どうした北野!! 大振り一辺倒のお前にそんな動きができたなんて、誰が想像できたか!!』
何度か猫屋敷の攻撃が防御をすり抜け北野を打ち付けるが、決定打にはなっていない。対する北野の大剣であれば、一発入れられれば決定打になりうる。
焦る必要はない。機を見つければいいだけ。
ギラついた闘志漲る視線で、北野は猫屋敷の動きに集中する。
「ハァッ!!」
猫屋敷が一歩踏み込み左腕を狙った振り下ろしを仕掛けてくる。
ここだッ!!
北野は左腕を大剣から手放し、猫屋敷の攻撃を腕一本で受けきる。
「なっ!」
残された右腕一本で大剣を操り突きを放つが、猫屋敷もなんとか反応してラウンドシールドで大剣の突きを受ける。しかし、片手とは思えない威力の突きは、体勢が崩れた猫屋敷の盾を弾くことに成功した。
「終わりだッ!!」
振り下ろされる大剣。無防備な猫屋敷。
まさか大剣を片手で操れるとは思っていなかったのだろう。敗因は怪力を甘く見過ぎたことだッ!!
勝ちを確信した瞬間、北野の視界に猫屋敷の顔が映った。
獰猛な、罠にかかった得物を仕留める毒蛇の様な顔が。
崩れた体勢はブラフであった。弾かれたように感じた盾は、猫屋敷自身がそう見せていただけだった。両手であれば弾いた手ごたえでその些細な違いを気づけたかもしれない。しかし、怪力に任せた片手ではそんな繊細な感覚は掴めなかった。
即座に体勢を整えた猫屋敷は振り下ろされた大振りの大剣を避けると、無防備にさらされた後頭部へ片手剣が打ち込まれ、北野の意識は刈り取られた。
◇
耳を塞ぎたくなるほどの歓声が聞こえてくる。
「に、にゃあちゃん羨ましいです。私も出たかったです」
小鳥がぶーたれた声を上げる。
武闘祭に参加できるのはパーティで1名のみ。zooからは猫屋敷が出場しているため、小鳥は出られないのだ。
「小鳥が出たら勝負にもなんないでしょ。僕の練習のために譲るのは当然」
小鳥は曲芸師というユニークスキルが発現している。相手の攻撃を回避することに特化しており、どんな体勢であろうとも身体を見事に制御して見せるスキルだ。小鳥が出場してしまえばワンサイドゲームで終わるのが目に見えているため、猫屋敷の特訓の場として武闘祭は猫屋敷が出場することになった。
「さっきの試合、怪力持ちの攻撃を誘ったのは良かったね。ちょっと見え透いてたけど」
「うそ、あれでもばれる? どこがダメだった?」
「盾が弾かれ過ぎかな。体勢を少し崩す程度に留めた方が、不意を突かれた感が出ていいかな」
希凛にアドバイスをもらいながら、猫屋敷は身体をほぐす。
「それにしてもにゃあ子大人しいね。もっとガンガンやっちゃえばいいのに」
「ワン子は脳筋だよね。この大会は練習でもあるけど、出るからには勝つ努力はするべきじゃない?」
「? どういうこと?」
「にゃあ子は決勝に向けて布石を打ったってことだよ」
希凛には伝わったが、犬落瀬は首をかしげてる。
「あ、あそこにす、鈴鹿ちゃんがいますよ」
話を聞いていない小鳥が辺りを見回し、知り合いの探索者の名前を呼ぶ。
定禅寺鈴鹿。八王子探索者高校では鉄パイプの姫という通り名で有名な探索者だ。
zooのメンバーですら性別を間違ってしまったほど綺麗な顔とは裏腹に、絶望するほど強い探索者。希凛から話を聞いてずっと意識はしていたけれど、水刃鼬との戦闘を見た時は自分の価値観を根本からひっくり返すほどの衝撃を受けた。
同年代の探索者で鈴鹿を意識しない者はいないだろう。他人に興味なさそうな小鳥ですら、鈴鹿を意識している。鈴鹿が文化祭を見に来ると聞いた途端、武闘祭に出たいと駄々をこねたほどに。
鈴鹿は猛毒だ。あの輝きに近づきたいと思えば思う程、リスクを取った探索が必要になりパーティメンバーを危険にさらすことになる。その辺りはリーダーである希凛が上手く舵を握っているが、希凛にばかり頼りきりでは仲間とは言えない。
だからこそ、猫屋敷は武闘祭にでることにしたのだ。毒魔法に加え回復魔法が扱える猫屋敷は、他のメンバーと比べて近距離が弱かった。だが、それは言い訳でしかない。水魔法を使える希凛は近接戦闘もそつなくこなす。
いつまでもみんなに護ってもらうばかりではいられない。
僕がみんなを護るんだ。あの日の失態はダンジョンで取り返す。
『さぁさぁさぁ! 会場の皆さんお待たせいたしました!! これより決勝戦に進出した選手の入場です!!』
会場のボルテージが1段階上がる。気の弱い者なら一歩も踏み出せないほどの盛り上がりを見せていた。
「ぜ、絶対勝つんですよ、に、にゃあちゃん!」
「zooの代表として出場するのに負けるなんてないよね、にゃあ子!」
「当然だよ。私も優勝、にゃあ子も優勝。zooに負けの二文字は無い」
昨日行われた魔術祭には希凛が出場し、当然のように優勝していた。
三者三様、猫屋敷にプレッシャーをかけてゆく。
「っは! 当然でしょ。そんな安い言葉じゃ、プレッシャーにもならないよ」
zooにとって武闘祭は猫屋敷の鍛錬の場だ。追い込まれた状況でも勝ちきれる癖をつけるためにプレッシャーになりそうな言葉をかけたが、響かなかったようだ。
「にゃあ子も成長したね。じゃあ、負けたら狂乱蛇擬3体ソロ討伐ね」
「え゙!?」
「がんば!」
「が、がんばです!」
最後に罰ゲームを課せられた猫屋敷は、その状況を想像したのか苦虫を嚙み潰したような顔をしながら入場した。
「あの時は世話になったな」
リングに着くと、決勝の相手であるParksの陵南から声をかけられた。
「別に。結局僕たちも何もできなかった」
Parksもzooも、モンスタートレインに巻き込まれ水刃鼬に殺されかけた。あの時程自分の力不足を呪った日は無い。
「そんなことはない。zooがいたから俺たちは生き残れたんだ、感謝している」
「へぇ、じゃ手でも抜いてくれるの?」
「はっはっは! そんなこと微塵も望んでないだろう。俺にも先輩としての意地がある。あれからどれだけ成長したか、その目で確かめてみろ」
「それはこっちのセリフ。僕が見せつけてやる」
この場には鈴鹿も観戦している。鈴鹿に今の実力を見せつける。それはきっと自己満足なのだろう。けれど、あの日抱いた屈辱に折り合いをつけるために、猫屋敷はゴングが鳴ったと同時に踏み出した。
狙うは速攻。
これまで猫屋敷はスピードと手数で相手を圧倒するように倒してきた。見た目通り華奢だから、パワー頼りじゃなくスピードで翻弄する戦い方なんだと植え付けるために。
猫屋敷はたしかにzooのメンバーの中で考えればパワーは無い方かもしれない。だが、高ステータスと身体強化のスキルを駆使すれば、準決勝で戦った北野の怪力と真っ向から勝負できる程度には力強い。
準決勝までに積み上げた布石、それに見た目から受ける印象。初撃から全力で剣を振るえば、不意を突いて速攻でケリを付けられる。
陵南は大盾にロングソードを持っている。盾であれば崩しきれないかもしれないと判断し、脚を使って回り込む。猫屋敷の上段からの攻撃に、陵南は大盾は使わずロングソードで迎え撃った。
それじゃ防げない!! 勝った!!
猫屋敷は勝利を確信し、剣を振り下ろす。ロングソードと衝突。勢いのままにロングソードを弾き飛ばすはずが、ロングソードは僅かに押し込まれただけで陵南の姿勢が崩れることはなかった。
「なっ!?」
大振りを振るった直後の隙に、陵南はすかさず大盾を使って猫屋敷を殴打した。
「っく!!」
苦痛の声を漏らしながらも、猫屋敷は衝撃を逃がす様に後ろへ飛ぶことでダメージを最小限に抑えることに成功した。
『なんとなんとなんとぉぉおお!! ファーストコンタクトは我らが兄貴! 陵南に軍配が上がったぁあぁぁああ!!!』
武闘祭で初めて猫屋敷が押負けたことで、会場からは悲鳴と歓声が入り乱れる。
「おいおい、さすがに成長しすぎだろ。押し込まれるとは思わなかった」
「こっちこそ。まさか防がれるとは思わなかった。せっかく準決勝まで華奢な振りしてたのに」
「そんな手が通用するわけないだろ? 忘れたのか? 一緒に見たあの光景を」
陵南と猫屋敷はほとんど面識がない。唯一あるのはモンスタートレインに巻き込まれた時だけ。
だからこそ猫屋敷はすぐにその景色が想像できた。小柄な鈴鹿が有象無象のモンスターを殴殺し、巨大なエリアボスに力で上回り圧倒していたあの光景が。
「はは、たしかに。そりゃ騙されない訳だ」
「残念だったな」
「まぁいいよ。正面から倒すまでだからさッ!!」
猫屋敷が猛攻を仕掛ける。対する陵南は待ちの姿勢。
陵南のパーティでの仕事は、モンスターのヘイトを集めどんな攻撃も防ぐタンクの役割。相手が人であろうとその姿勢は崩さない。手堅く堅実に。謹厳実直な陵南の防御は石の様な硬さを誇った。
それに対する猫屋敷も忍耐力があった。あえて見せられる隙を即座に罠と判断し、的確に追い詰めるように攻めてゆく。
探索者たるもの博打は打たない。挑戦と博打は全く違う。ダンジョンで博打を打てば、待ち受ける先は自身の死だけでなく仲間の死だ。
あの日、そのことを強烈に思い知った猫屋敷は、忍耐強く、されど大胆に攻撃を重ねてゆく。
『すごい!! 何と凄い試合だぁああ!! 決勝戦にふさわしいハイレベルな戦いが繰り広げられています!!』
二人の戦いにあてられて実況も熱が入る。
「あの女の子凄いな。あれでまだ1年だろ?」
「確かにあの女の子もいいけど、彼も凄いよ。あれは相当ダンジョンでしごかれてるね。あの歳であれだけ根気よく防御に徹するのは、なかなかできないよ」
そこかしこで探索者ギルドのスカウトたちが意見を交わしている。1年であのレベルまで成長している猫屋敷は言わずもがなだが、驕ることも侮ることも焦ることもなく、淡々と攻撃を捌く陵南の評価も高い。
ステータスが上がった万能感で、高校生という多感な時期の生徒は忍耐力に欠ける者が多い。特に血なまぐさい職業でもあるため、態度が大きく横柄な者も少なくないのが探索者だ。
そんな中粛々と仕事をこなす陵南は、探索者ギルドのスカウトから高い評価を得る。
探索者ギルドにとって所属する探索者に求めることは、死なない、問題を起こさない、ノルマを守ってくれることの3点だ。毎回毎回ノルマを未達ではギルドも困るが、かといって死なれても人的資源と考えた時の損失が大きい。さらに問題を起こされるとギルドが火消しに回らざるを得ず、費用は測り知れない。
そんな常に優良児を求めるギルドからすれば、陵南はかなり好ましく映った。
『おっとぉお!? 陵南選手の攻撃が徐々に猫屋敷選手を捉えだした!! これはあるのか!? 我ら探索者高校3年の思いを背負った陵南選手!! 後輩に先輩としての意地を見せられるかぁああ!!??』
猫屋敷の動きに慣れてきた陵南は、ようやく重い殻を開き攻撃へと転じる。
防御と攻撃の塩梅を上手く見極め、的確に相手が嫌なタイミングのみを狙って猫屋敷へと攻撃を繰り出してゆく。
猫屋敷はこの打ち合いが始まってからずっと考えていた。何が猫屋敷の方が優れていて、何が陵南の方が優れているのかを。
恐らく猫屋敷の方がステータスが高い。身体強化は同じレベル。しかし、剣術のスキルレベルは陵南の方が高い。そこに今までの経験が含まれれば、スキルレベル以上に差があるはず。
それ故、猫屋敷は早々に理解した。長引けば負けるのは自分だと。
短期決戦に持ち込むためにステータスに物を言わせて翻弄したが、悔しいほど陵南には通用せずに抑え込まれてしまった。勝つチャンスが潰えたと言っても良い。
だが、猫屋敷が勝利を諦める理由にはならない。
猫屋敷の本領は魔法だ。しかし、武闘祭で魔法の使用は禁止されている。魔法使いの多くは魔力が豊富だ。ステータスで上回ってるため、陵南と比べて猫屋敷の方が魔力は豊富にあるだろう。
魔力切れを狙う? そうなる前に決着がつくから無理。身体強化に魔力を注ぐ? ……いい案かもしれない。けど、ぶつかった感じから陵南先輩も身体強化のスキルレベルは高いと思う。それだけじゃ経験と剣術のスキルレベル差を覆すには弱いと思う。
「クソっ!?」
陵南が徐々に猫屋敷を捉え始め、防ぐばかりだったロングソードが猫屋敷へと打ち込まれるようになった。
迷っててもしょうがない!! このままじゃじり貧だ。ありったけの魔力を身体強化に充てる。それしかない!!
その思考は思考とは呼ばず、思考放棄であると理解していた。だが、陵南の攻撃は鋭さを増し、手をこまねいてはずるずると負けるだけ。
あの時から僕はこの程度しか成長してないのか!? そんな訳ない! 僕は成長してる!! あの時から―――
その瞬間、猫屋敷の脳裏にあの日の光景が蘇った。ボロボロのzooのメンバーと一緒に、ただ鈴鹿を見ていることしかできなかったあの悔しさに溢れた光景。
夕日に照らされギラつく水刃鼬の凶刃と、魔力で煌々と輝る鈴鹿の鉄パイプ。その光景は鮮烈な記憶として猫屋敷に刻まれていた。だからこそ、思い出せた。
輝る鉄パイプ。
その瞬間、猫屋敷は全力で木製の片手剣に魔力を込めた。木剣は決して魔力を通しやすい素材ではないため燃費がすこぶる悪く、込めた魔力に対する効果は全然得られないだろう。それでも、魔法使いであり魔力操作のスキルレベルが高い猫屋敷が全力で魔力を込めれば、ただの木剣とは格段に性能の差が開く。
「なんだとッ!?」
木剣から漏れ出る魔力光を見れば、猫屋敷が何を成したか嫌でも理解できた。即座に陵南も対抗するべく木剣に魔力を流そうとするが、魔力操作のスキルレベルが低い陵南では到底真似できない。
只の木剣と本物の剣が交わるようなものだ。結果は宙を舞う半ばから斬り飛ばされた木製のロングソードが物語っている。
眼前に突きつけられた煌々と輝る木製の剣。
陵南は手に残っていた木剣の柄を手放し両手を上げた。
「降参だ。その木剣で止めを刺さずにいてくれて助かったよ」
「よかった。僕もせっかくのお祭りを血で汚すのは不本意だった」
猫屋敷がニヒルに笑うと、木剣から魔力光が霧散した。
『なんとなんとなんとぉぉおお!! 追い詰められたかと思われた猫屋敷選手が!! 木剣に魔力を流すというとんでもパワープレイで陵南選手を押し切ったぁああ!! 優勝は猫屋敷選手!! 猫屋敷選手だぁああああ!!!』
今日一番の歓声を受け、二人は健闘を称えて握手を交わすのであった。




