13話 新たなスキル
どれだけ傷つこうとも、どれだけダンジョンの奥へ進もうとも、どれだけ絶望的な状況になろうとも。鈴鹿は駆け抜けた。
正体不明を視たときに、逃げろという生物としての根源的な警報が鳴り響く中、倒すべきだという直感を信じて駆け抜けた。
その選択が正しかったのかどうかはわからない。
ただ、ようやく。駆け続けた結果は報われることとなった。
正体不明から濁流の様に押し寄せる感情の渦。強制的に流し込まれるそれらの激情は脳の処理能力を超え、血管を焼き切り、目、耳、鼻、至る所から血が溢れ出してくる。
それでも一歩前に踏み出し、鈴鹿はその手を正体不明へと伸ばした。
手にしていた『凪の小太刀』を振り抜いてもよかった。否、脳はそうしろと命令していた。だが、結果として鈴鹿は『凪の小太刀』は振るわず、正体不明へ手を伸ばしていた。
どぷりっ
正体不明に触れた手が、粘度の高い液体に手を入れた様な感触とともに沈み込む。抵抗という抵抗がなかった。どこまでも沈み込みそうになりながら、気が付けば手に何かを掴んでいた。
鈴鹿はそれを握る手に力を込め、正体不明から取り出す様に引き抜いた。
直後、正体不明から闇が噴き出し世界を覆った。
◇
何かを引き抜かれた正体不明が膨らみ弾けると、闇をまき散らした。
世界が闇に染まる。
瞬く間に一寸先も見通せぬほど深い闇に覆われてしまった。
「ハァ……ハァ……。え、何これ。倒しちゃいけないやつだった?」
長時間走り続けたために息も絶え絶えな鈴鹿。正体不明に割いていた全てのリソースが解放されたことで思考が再開され、現状把握を行おうと努める。
「痛ってぇ。痛いっぴ。死んじゃうっぴ……」
一度落ち着いてしまったからか、アドレナリンで抑えられていた傷の痛みが全身を襲う。腕も脚も背中もいたるところが怪我をしており、少し動くだけでも激痛で思わず顔をしかめてしまう。
限界以上に身体を動かしていたためか、外側だけでなく内側の筋肉も損傷していそうだ。
とりあえずポーションをと収納に手を伸ばそうとしたとき、音が聞こえた。風によって枝葉がさざめく様な微かな音。それと同時に頬を撫でる優しい風。
先ほどまでは感じなかった。闇に覆われたことで外界と完全に切り離されていたからだ。
『君が資格を持つ者か』
その声に即座に振り返り、『凪の小太刀』に全力で魔力を通す。
先ほどまでは何もなかった。闇に覆われていたはずだ。
だが、振り向けばそこは闇ではなかった。
暖かな夕日が射す先には立派な巨木。樹齢1000年は超えているであろう大樹があった。葉は青々と生繫り、太い幹に枝がこれでもかと手を伸ばし辺り一帯に木陰を作っている。
その幹に腰掛けるように一人の人間と宝箱があった。
いや、あれは人間じゃないだろ。さすがに……。
冷や汗が頬を伝う。『凪の小太刀』に魔力を流し構えてはいるものの、その人物の前では指一本すら動かすことができなかった。
剣神である天童と対面した以上の衝撃。自然と膝を屈してしまいそうになるほどの存在。
戦おうなんて考えは思い浮かばない。誰も新幹線とかけっこで勝負しようなんて思わないように。勝ち負けが生まれるような相手ではなかった。
剣神は2回存在進化をしている正真正銘の化け物だった。しかし、目の前の存在はそのさらに先にいるように感じられる。まるで本物の神様のように、神気を纏っていた。
『少しくらい君と語らいたいのだけど、あまり時間は無いみたいだ』
腰かけていたそれが起き上がる。聖職者のようなゆったりとしたローブを羽織り、フードを目深に被っているため表情はうかがい知れない。声音から穏やかな印象を受けるが、放たれる圧倒的なオーラによって安心することなどできない。
『君は……そうか、ここに繋がるのか』
鈴鹿を見て何か驚いた様な声を上げるが、驚きたいのは鈴鹿の方であった。
『ようやく話すことができると思ったのに、ままならないものだね』
それは宝箱の横に立つと鈴鹿に言った。
『さぁ、これは君の物だ。受け取ってほしい』
その言葉を皮切りに、鈴鹿の足が意思とは関係なく動き出す。止めようと思っても止まらない。恐ろしくて近づきたくないと思うのに、どんどんどんどん宝箱のもとへと進んでゆく。
男に近づくが、まるでピントが合わないように顔を見ることはできなかった。
『警戒しなくていい。僕は■■■。君の力になる者だ』
意味が解らないし聴き取れもしない。だが、恐らく名前を言われたのだろう。名乗られたのならばこちらも名乗るのが礼儀だ。
「わ、私は定禅寺鈴鹿です」
『ほう、さすがだね。まだレベル100にも達していないのに、この距離で喋れるか』
レベルという概念を知っているのか。この存在が何者なのか全く想像できない。
恐らくダンジョンによるものなのだろうが、正体不明のモンスターにしろこの空間にしろ、理解できる範疇にないため深く考えることはしない。
コイツが敵なのか、この宝箱は罠なのか、生きてこの空間から脱出できるのか。今考えるべきはこの3つだけだ。
『大丈夫だよ鈴鹿。私は敵ではないし、この宝箱は罠でもないし、もうすぐこの空間も消滅するよ』
……ナチュラルに思考を読んでくるな。
敵ではないというのは本当にそうなのだろう。敵であれば鈴鹿が今生きていることがおかしい。この男からすれば、鈴鹿の命を摘み取ることなど、呼吸するのと同じくらい簡単な作業であろう。
「あなたは何なんですか?」
人なのか、そうでないのか。それすらわからないがために出た質問であった。
『僕は■■■■■■に至れなかった、■■■■■■■■■の聖職者だよ』
何らかの制約があるのか、聞き取ることができない単語がある。
まぁ、いい。敵でもなく宝箱も罠でないなら、ありがたく貰おう。どうせ敵だったとしても罠だったとしても、こいつから逃れる術はないんだし。
鈴鹿は過度に警戒することを止め、宝箱に手をかける。
翡翠の宝石でできたようなその宝箱は、それだけで価値があるほど美しい造りだった。深い翡翠色のそれは、薄い青にも濃い紫にも色を変え、自ら光り輝いているように見る者を魅了する。
鈴鹿が4区で見つけている宝箱は木箱に入っている。それと比べると目の前の宝箱は天と地の差があった。
『そうだ、鈴鹿は回復魔法のスキルレベルはどれほどかな? それとも覚えているのは聖魔法?』
「回復魔法に、聖魔法? 残念ながらどちらも覚えてないです」
本当に残念なことに覚えていない。聖魔法は聞いたことないが、回復魔法はぜひ覚えたいところだ。ポーションは貴重だから簡単に使えないし、回復魔法が使えたらちょっとした傷なら無視して探索できるため、ソロ探索がかなり捗るはずだ。
『あれ? そうなの? 手に剣も持ってるし、もしかしてヒーラーじゃないのかな?』
自称聖職者は小首を傾げる。
言葉はフランクなのだが、こちらの緊張は増すばかりだ。神々しいを通り越して禍々しくすら感じられる。攻撃しているのかと思う程の圧を感じるのだ。小首を傾げるのも含め、出来れば動かないでほしい。
舌は乾き喋るのも億劫だ。貧血にでもなったかのように血の気が無くなり、今にも倒れそうになる。
倒れてしまいそうなのは、精神的だけでなく身体的にも限界が近かった。正体不明を追いかけるために防御もろくにできなかったから全身ボロボロで、腕など斬りつけられた攻撃が深すぎて千切れそうなほどだ。収納にある体力ポーションだけでも飲みたいのだが、目の前の男を前に行動に起こせない。
その程度で何か起きるとは思えないが、万が一にも起きてしまわないよう動くことはできない。触らぬ神に祟りなしというように、できるだけ気を惹かないように努めるばかりだ。
男の圧は相手を気圧すような圧ではない。それこそ慈愛に満ちた暖かなものだ。母親が子に与える無償の愛の様に、思わず縋りつきたくなってしまうほどの甘美な気配を纏っている。だが、それに一度でも屈したら最後、二度と戻れなくなるような麻薬を彷彿とさせるオーラだ。
更に、内包する力は底なし。まるで深い深い海の底を覗いているような気分にさせられる。その気配に吞まれないようするだけで、鈴鹿は精一杯だった。
「ヒーラーではないですね。後衛職でもなくて、近接戦闘しかできないです」
『う~ん、そうなんだ。僕の能力だとすると……いや、どうなるんだろう?』
ね?と言われても困る。
なんだか鈴鹿がヒーラーでないことに引っかかっているようだ。だが、そんなことを言われても鈴鹿がヒーラーどころか後衛職ですらないのは事実だ。
『……まぁ、うん。僕とこうして会っているということは、素質はあったってことさ。大丈夫。さ、宝箱を開けてみて』
とても不安にさせられるようなことを言われるが、何を言われようと宝箱は開けるつもりだ。こんな見るからに激レアアイテム入ってます!と言わんばかりの宝箱、スルーなんてできるわけない。
宝箱は特に抵抗もなく簡単に開いた。
だが、何も起きない。
「『あれ?』」
二人の声が合わさった。
てっきりダンジョンの宝箱よろしく、中から黒い煙が噴き出すのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
では中にアイテムが入っているのかと覗いてみるが、中には何もない。それどころか、宝箱は空中に溶けるように消えてしまった。
『……これはまた、面白いことが起きてるね。ははっ、ダンジョンだから、か。懐かしいね』
宝箱が消えたことにぽかんとしている鈴鹿を見て、男が何か訳知り顔で呟いた。
「宝箱から何ももら―――」
貰えないのか。そう言おうとしたとき、手に握っていた『凪の小太刀』が弾かれた。冬にドアノブを触った時に静電気が起き、思わず手を引っ込めてしまうように、鈴鹿の手から『凪の小太刀』が離される。
「は?」
『なるほど。僕が認識したことで形となったか。いや、それにしても凄い。これは凄いね』
うんうんと頷く男。この男が『凪の小太刀』に何かしたのだろうか。だが、鈴鹿の直感がそれを否定する。そもそも、この男がそんな訳の分からないことをする意味がない。
とりあえず落ちた『凪の小太刀』を拾うか。
そう思い、痛む腕に鞭打ち拾おうとして、衝撃を受ける。
「えっ、痛くない? なんだこれ。傷が塞がってる?」
先ほどまで千切れかけていたはずの腕。それが、気づけば傷が治っていた。腕だけじゃない。身体のいたるところの怪我が完治していた。
いつの間に? もしや回復してくれたのか?
そう思い、聖職者と名乗った男を見た。
『僕ではないよ。いや、僕の力なのかな? ステータスを見てみるといい』
促されるまま、鈴鹿はステータスを表示した。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:52
体力:491
魔力:488
攻撃:495
防御:490
敏捷:490
器用:491
知力:481
収納:205
能力:剣術(5)、体術(1)、身体操作(5)、身体強化(6)、魔力操作(6)、見切り(1)、強奪、聖■の■■、毒魔法(1)、思考加速(2)、魔力感知(2)、気配察知(4)、気配遮断(2)、状態異常耐性(2)、マップ
異質なスキルが増えていた。ステータスで文字化けしているのなんて初めて見た。ステータスでスキルの詳細を確認しようとしても、表示されることはなかった。
「変なスキルが発現してます。文字化けして見れないんですが……」
『見れない? まだ馴染んでいないということかな。そのうち直ると思うよ』
その言葉から、この男は何かを知っているようだ。鈴鹿が問うよりも先に、男が教えてくれる。
『君には僕の力が継承された。本来であればそれはただのスキルで、君にとってはただプラスであるはずだった。が、どうやら面白い形で継承された様だね』
そう言いながら、男が落ちていた『凪の小太刀』を拾い上げ、鈴鹿へ差し出す。鈴鹿は感謝を述べつつそれを受け取った。
『剣持ててるでしょ?』
男の言う通り、『凪の小太刀』は鈴鹿の手に収まっている。
『じゃあ、その剣を抜いてみてごらん』
言われたまま鞘から抜こうとした直後、先ほどと同じように弾かれるように『凪の小太刀』が鈴鹿の手から離れてしまった。不可思議な現象。だが、それこそが先ほど言っていた『面白い』という部分に繋がるのだろうか。
『さっき君には僕の力が継承されたって言ったね? ところが、どうやら僕の拘りまで継承されてしまった様だ』
「拘り?」
再度落ちてしまった『凪の小太刀』を拾ってくれた男から受け取り、聞き返す。
『そう。僕は武器を持たない主義でね。それが君にも移ってしまった様だ』
「武器を? 何故?」
『信仰』
ただ一言。男が理由を告げる。
純粋なその言葉とは裏腹に、その眼に宿るは深い深い底なしの狂気。
『だから僕は武器を持てないんだよ。それが君にも移ってしまった様だ』
だが、そんなのは一瞬で、すぐに元に戻って説明してくれた。
武器を持てない縛りが力と一緒に継承された。要約するとそんな事だろうか。
理解できるが事実を飲み込めない。そんな鈴鹿は『凪の小太刀』を収納に仕舞い、『舎弟狐の誇り』を取り出した。そして弾かれて地面に落ちる。
それを無言で見ながら、鈴鹿は魔鉄パイプを拾い上げる。が、すぐにまた弾かれるように手から零れ落ちてしまった。再度拾い上げると、今度は問題なく拾うことができたが、また弾かれる前にすぐに収納に戻した。
「なるほど。武器として使用する意思。それが働くとダメみたいだ」
『みたいだね』
物として扱えば持つことはできるが、武器として使おうとすると弾かれてしまう。
……え、これはまずいのでは?
「あの、この機能ってオンオフできたりしますか?」
『無理だね』
終わった。
スキルは取り外しすることができない。装飾品とは違うのだ。つまり、この文字化けしているスキルが発現してしまったが最後、もう二度と鈴鹿は武器を装備できないということになってしまう。
武器が装備できない状態でダンジョンに行く? これにはさすがの鈴鹿も頭がおかしいと判断できる。1層1区ならまだしも、今鈴鹿が探索している1層4区では確実にやっていけない。
『まぁ、あくまでそれは付加された権能に対する制約だから、そう悲観することはないよ』
そう言って、男が文字化けしているスキルについて教えてくれた。
『そもそものスキルの効果は、聖魔法が使えるようになるスキルだ。まだ馴染んでいないようだから使えないかもしれないけどね』
聖魔法。さっきも回復魔法と一緒にそんな魔法の名前を言っていたな。
聞いたことないスキルのため何ができるかわからないが、名前から浄化とかできそう。アンデット系には強そうな魔法だな。
ただ、今すぐには使えないらしい。実際鈴鹿も聖魔法を意識しても何もできそうにない。毒魔法を初めて使った時はなんとなく何ができるかわかったので、男の言う通りまだ使えないのだろう。
『で、武器が持てないっていうデメリット。なんでこんなことが起きてるかって言うと、スキルとしての範疇を超えた能力を得ているからなんだよ』
「スキルの範疇を超えた能力?」
『そう。さっきまで君が負っていた傷が、綺麗さっぱり治っているだろう? その能力のおかげさ』
男が指摘するように、鈴鹿が負っていた傷は治っていた。傷を負っていたこと自体嘘じゃないかと思うくらい傷跡もなく綺麗に治っているが、ボロボロになってしまった服が嘘ではないと証明していた。
「自動で回復魔法を使ってくれる能力、ってことですか?」
『自動回復? そんなちゃちなものじゃないよ! そのスキルは■■■■■■できるスキルだ! そのスキルがあれば■■■■■■に至ることも、いや■■■■■■の先すら踏み込むことだってできるッ!!』
男の声にはノイズが混じり、何を言いたいのか要領を得ない。だが、聞き返そうとは思えない。
気持ちよく話しているこの男の腰を折りたくないのだ。下手に声をかけてこちらに気を引きたくない。テンションが上がっているからか、さっきから圧がすごい。少しでも気を抜けば呑まれてしまいそうなほど、透き通るような狂気がまき散らされている。
それに何となくだがスキルの内容はわかった。要するに、聖魔法だけのスキルのはずが、何を間違ったか強化されたのだろう。だが、あまりにも強化しすぎたから、『武器を持てない』なんてデメリットをつけることで相殺していると。
その強化されている内容はよくわからないが、きっと良い強化なのだろう。こんな化け物のような男がここまでテンションを上げているのだから。
それに、『僕の力が継承された』とも言っていたよな。それが聖魔法だと思うんだけど、こんな人知を超えたような存在が持っていた力って言うなら、相当期待できるスキルのはずだ。この男はもともと武器を持たない主義だったって言ってたし、聖魔法があれば武器なんてなくてもやっていけるかもしれないよな。
ここにきてまさかの魔法職にジョブチェンジかもしれないが、それもまた運命と思って受け入れよう。近接職は近接職で楽しいが、魔法を使ってみたい気持ちも大きいからな。
そうやって鈴鹿がスキルについて考えていると、男のテンションも落ち着いてきたようだ。
『いや、ごめんね。つい興奮してしまったよ』
「いえ、大丈夫です」
『さて、もうこの世界も終わりを迎えるようだ』
その言葉は本当なのだろう。まるでガラスにひびが入るように、世界に亀裂が入りだした。
『頑張ってね鈴鹿。君にはこの僕、聖■■■■の加護がついているからね』
この男の加護がついているということだろうか。力を継承したと言っていたし。こんな凄まじい者の加護が得られたのなら、武器くらい持てなくてもやっていけるかもしれない。
『■■■■■■様のお導きがあらんことを』
そう言い残し、自称聖職者の男は空に溶けるように消えてしまった。
後に残された鈴鹿は、ひびが広がる世界の中全力で考えていた。どうすれば生き残れるのかを。
目の前の脅威がいなくなったことで、ようやく思考がクリアになり自分の現状を整理する余裕が生まれた。
この世界が砕けても鈴鹿は死ぬことは無いだろう。あの男がそんなよくわからん殺し方をしてくるとは思えないし、多分味方なので信じることにする。
そうなると、次に考えるべきは鈴鹿がこの世界から元の世界に戻ったときの場所だ。
正体不明に接触できたのは1層の奥深く。後先考えず追いかけたため、5区への境界を超えていた。つまり、1層の最深部にいることになる。
気を利かせて1層1区とかに戻してくれたら何も問題ないが、恐らくそんなうまい話はないだろう。きっとこの世界がなくなれば、さっきまでいた1層5区に戻ってしまうはずだ。
戻るだけならまだいいのだが、鈴鹿は何も気にせず正体不明を追いかけたのでモンスタートレインができていたはずだ。きっと周囲には馬鹿みたいな数のモンスターがいるはず。
最低でもレベル70を超えるモンスターの集団に囲まれる現状に、どうすれば生きて帰れるのか想像できない。
いや、あるにはある。
鈴鹿が得たスキルには、聖魔法だけでなく何か他にも能力が付随されている。中級の体力ポーションでも全快できるか怪しい怪我を、瞬く間に癒した効果。男は自動治癒なんてものじゃないと話していたが、それはつまり自動治癒の能力も併せ持つということだ。
であるならば、ある程度損傷を覚悟して突破することができるかもしれない。普通であれば避けるべき攻撃を、あえて受けながら前に進むのだ。それができれば、わずかでも生き延びられる可能性はある。
「けど、武器が使えないからなぁ。どうしよ」
自動治癒のおかげで助かるかもしれないが、武器が持てないのでモンスターの攻撃を受け流すことも難儀する。聖魔法は未だにうんともすんとも言わないため、使うことができない。
「それでも回復できる方が助かるか」
全力で魔物の攻撃を避けながら走っても、あれだけボロボロになったのだ。囲まれた状況で剣一本持った程度で切り抜けられるほど甘くはないだろう。一匹倒すことすら困難なレベル差のモンスター相手に、千切れかけた腕すら治してくれるスキルが芽生えたのはせめてもの救いと言える。
「ま、ここまで来ちゃったからには、やるしかないだろ」
全快した身体に魔力を流してゆく。正体不明を追いかけていた時にスキルレベルが上がったのか、魔力が今までよりも隅々まで行き渡らせることができ、身体強化も一段階向上したようだ。
崩壊寸前の世界。亀裂からはモンスターたちの地鳴りのような足音と鳴き声が漏れ聞こえてくる。
新しく得たはずの聖魔法は未だ使えない。そのスキルのせいで武器も持てない。ならばやることはただ一つ。
「ステゴロだ」
そして、世界は崩壊し、東京ダンジョン1層5区、深い深い樹海へと戻ってきた。




