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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第四章 試練のダンジョン

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11話 東京ダンジョン

「コーヒーのお替りはいかがですか?」


「あ、お願いします」


 12月25日。クリスマス当日。鈴鹿は高級ホテルに併設されているレストランで、優雅に朝食を取っていた。


 今日から1週間ダンジョンで寝泊まりする日々が待っているので、今日くらい朝食はお高くても罰が当たらないだろう。クリスマスプレゼントみたいなものだ。


 それにしても、高いだけあるな。どれもこれも美味しいし、店の高級感も含めてリッチな気分にさせてくれるよ。


 そんなリッチとは程遠い感想を思いながら、昨日の剣神―――天童てんどうとの出会いを思い出す。


 まさに青天せいてん霹靂へきれき。あの時は逃げ出したくてたまらなかったが、今では出会えて本当に良かったと思えている。


 あれが探索者の頂き。日本屈指の探索者。まさしく化け物だった。最近ステータスが盛れてたからって調子乗ってたわ。ぜんっぜん違った。人があそこまでの存在になれるなんて、言われても信じられないだろ。


 直接会ったことで、鈴鹿はその強さを肌で実感することができた。これは何よりの経験だろう。


 鈴鹿はまだレベル52。まだまだレベルもこれから上がっていく。あの強さに至れると思えば、多少のリスクも許容できるというものだ。


 彼我の差すら理解できないほど隔絶した強さを感じた。人という種を超えた存在であることはまず間違いないだろう。


 ま、俺も頑張っていけば届くだろ。きっと。


 鈴鹿はあまり物事を深く考えないタイプだ。今までふわっとダンジョンを探索していたが、目指すべき、いや超えるべきレベルを目の当たりにしたことで、自身の今の立ち位置を理解しやすくなった。


 とりあえず、予定通り当面はレベル100を目指す。全てはそこからだ。


 天童に不撓不屈ふとうふくつに誘われたとはいえ、鈴鹿はなびかない。


 まずはレベル100を目指す。その後のことはその時考える。


 ダンジョン探索を始めるようになって決めたこの目標を達成するまでは、他は全て雑音だ。ギルドに加入することも、2層へ進むこともしない。


 初志貫徹。今日からまた1層4区でレベル上げ。年明けまでに4区探索を終えられるよう頑張ろう。


 気持ちを引き締め、お替りのコーヒーを啜った。




 ◇




「うし、いない。いないな、うん」


 きょろきょろ辺りを見回しながら、東京ダンジョンがある探索者協会へ足を踏み入れる。


 天童に会えてよかったと思う鈴鹿だが、もう一度会いたいとは思わない。会うにしても、まだ早い。せめて鈴鹿がレベル100まで成長すれば彼我の差も少しは理解できるかもしれないので、会うなら最低でもそれくらいのタイミングを望む。


 やはり深層ダンジョンということもあって、歩いている探索者の容姿が抜群に良い。一級探索者や二級探索者がゴロゴロいるのだ。恐ろしい場所である。


 人目につかないようそそくさとロッカーへ向かう。ダンジョンに持ち運ぶのは収納にしまっている『関取の明荷あけに』に詰め込んでいるため、荷物は飲み物と軽食を入れているサコッシュだけだ。荷物を預けた後、探索予定を登録する端末へと向かう。この辺りは八王子ダンジョンと一緒のため、勝手がわかってやり易い。


「探索エリアは1層4区。期間は……」


 母親には元日には帰って来いと言われている。何時とは言われていないが、おせちを食べるだろうしお昼には帰ったほうがいいだろう。


「なら、最大でも1月1日の14時とかにしておけば間違いないな」


 一週間泊まり込む予定ではあるが、定期的に戻ってくるつもりだ。だが、戻ってくると言ってもお風呂に入ったり、売店で物資を補充するだけですぐにダンジョンに戻る。寝泊まりはダンジョンでするからだ。一度長期間で探索申請しておけば再申請する必要もないため、これでよいだろう。


 鈴鹿は気楽に長期申請しているが、これはグレーな行為である。探索申告は、2つの目的がある。一つはそのエリアに探索者が集中し混雑しないよう管理すること。それで言えば、すぐにダンジョンに戻るのであれば長期申請も良いだろう。


 もう一つ、探索スケジュールの登録には、探索期間を超えた時に探索者に何かあったと緊急連絡をしてくれる安全装置の役割もあるのだ。その点で言えば鈴鹿の行動はアウト。まさに、慣れによる慢心である。


 だが、だからと言って戻ってきそうな日に設定するのがいいかと言われると、鈴鹿の場合はこれもまた難しい。普通の探索者であれば、探索スケジュール通り行動するのでこんなことは考えない。パーティで活動しているので、団体行動は足並みを揃えることが重要だ。共通認識のスケジュールは必要不可欠である。


 しかし鈴鹿はソロで活動している。二日後に設定してしまうと、やっぱあと一日探索しようかな、とかキリがいいところまでやってから戻りたい、とかができなくなってしまう。


 結果、最大でも絶対に戻る時間を設定するのが鈴鹿であれば無難なのかもしれない。


 そこまで深くは考えず、鈴鹿は探索スケジュールの登録を終えた。


「念のためアラーム掛けとくか。ダンジョンにいると日付の感覚なくなりそうだしな」


 シンプルで丈夫な腕時計に、1月1日7時のアラームをかけておく。探索者は数日間ダンジョン探索することも多いため、日付指定でアラームをかけられる腕時計を勧められるままに買っておいてよかった。これで安心してダンジョン探索に没頭できる。


 探索登録を終えたので、セキュリティゲートを潜ってゆく。八王子ダンジョンとは少し意匠が異なるのを物珍し気に眺めながら、ダンジョンゲートへ入った。


「ここが東京ダンジョンか! ……うん。何も変わらんな」


 見渡せるのは1層1区お馴染みの長閑のどかな草原エリア。外は冬だが、ダンジョン内は相変わらず春のような心地よい気温だ。遠くには酩酊羊めいていひつじも見え、牧歌的な雰囲気さえある。


「まぁ、東京と八王子だしな。違いもそんなないか」


 ダンジョンも地域によっては出てくるモンスターなど多少の違いはあるという。特に海外なんかだと雰囲気が変わるとも聞くが、東京と八王子の距離ではあまり違いはなさそうだ。


 いつも通り4区に向かって走り出す鈴鹿だが、その速さは以前とは目に見えて違う。鈴鹿本人は今までと変わらないペースのつもりだが、倍以上速くなっていた。


 理由は簡単。レベル50を超えたからだ。


 探索者はレベル50を超えるごとに強化されてゆく。レベル50ではヒト種としての強化、レベル100では存在進化、レベル150では存在進化先の強化、レベル200ではさらなる進化。このように、レベル50毎にステータス以上の恩恵が与えられる。


 特に存在進化による能力値の上昇量が凄まじく高い。存在進化とは言葉通りの意味で、人という枠組みを超え別の種族に進化することができる恩恵だ。それはエルフの様に耳が長くなることもあれば、鬼の様に角が生えることもあるし、獣のような尻尾や耳が生えることもある。


 怪異も、龍も、天使も悪魔も。どんな種族になるかはわからないが、レベル100を超えると存在進化できる力が得られる。


 そして、レベル200ではレベル100で得た存在進化先での更なる進化の力を得る。獣から龍のように別の種族に進化することは無く、獣であれば獣としての種族の幼体から成体へと至る進化と言われていた。


 鈴鹿が区切りとして目指しているレベル100は、そんな存在進化の力を得ることができるラインである。


 存在進化前と後では隔絶した力の差が存在すると言われており、鈴鹿が畏怖した天童はレベル200越え。つまり二度の存在進化を果たした正真正銘の化け物だったのだ。天童の瞳があかく染まっていたのは、存在進化の影響によるものだろう。


 格の違いどころか種として違うのだから、次元の違う強さを得ていても納得できる。2度の存在進化があれほどまでに凄まじい力を得られると知れたのだから、当然鈴鹿も目指す所存だ。


 レベル100ごとに訪れる存在進化は隔絶した力を手にすることができるが、レベル50のタイミングで起こる強化も凄まじい。


 レベル50を超えると、魔力を通さない攻撃は基本通用しなくなる。一般人が振り回すナイフも、軍隊が発砲する銃器も、レベル50を境に意味をなさなくなる。ネットの噂として出回っている記事によれば、対物ライフルでぶちぬかれても、衝撃は受けるものの痣にすらならないと言われていた。


 存在進化すれば大戦で使用されていた兵器はすべて意味をなさないとまで言われているため、それと比べるとレベル50での強化はまだ殺す余地があるが、それでも大幅な強化には違いない。もちろん技術も進んでいるため、魔石を利用した魔銃器も製造されており、レベル50を超えたと言っても今の時代では制圧されてしまうだろうが。


 当然、そんな超絶強化が簡単に手に入るわけではない。モンスターはレベル50刻みで強さが一段階上がると言われている。


 レベル50はそこまでの強さではないため、ほとんどの探索者が超えることができる。ただし、育成所で育てられた教習者はレベル50の壁を越えられないと言われていた。


 レベル50は2層1区から出現するモンスターだ。それゆえ、プロの探索者として呼ばれるようになるのは2層1区を探索することができる四級探索者からと言われているのだ。ヒト種としての強化。これが探索者としての第一歩と言われている。


 そして、種としての強化は、それまで培った経験やステータスによって恩恵が変わることがわかっている。ギリギリレベル50を越えた者と、鈴鹿の様に容易にレベル50を超えた者では、強化される幅が異なるのだ。加算方式ではなく乗算方式での強化と言われており、元の力が1だとしてそれを二倍にしても1しか増えないが、100を二倍すれば100増える様に、この強化でもステータスの上げ方によって差がいちじるしく開くことになる。


 ここでの強化が満足したものになれなければ、次の強化地点であるレベル100を超えることができない。レベル100のモンスターが出現するのは、4区5区を除けば中層ダンジョンと呼ばれる4層1区からだ。


 レベル100からはまたモンスターの強さが一段階上がる。それこそ、鈴鹿が4区のモンスターが強いと感じた様に、強化されるのだ。そこで踏ん張って死に物狂いで戦うことができれば、レベル100となり存在進化することができる。逆に、4層の強さについてこれなければ、それが成長限界となりレベル100には至れず3層の探索がメインになるということだ。


 多くの探索者がレベル100前後で成長限界を迎えるのにはこういった理由があった。たとえレベル100になり存在進化を得たからといっても、4層で無双できるわけではない。今までのステータスの積み重ねが存在進化でも顕著に表れるため、存在進化できたもののすぐに探索が行き詰ってしまうことはよくあることであった。それでも存在進化できたかどうかで、探索者としての価値が決まると言っても過言ではない。


 鈴鹿は最高なステータスを維持して成長している。そのため、レベル50でのヒト種としての強化の恩恵も当然大きい。


「八王子とほんと変わらないな」


 そう言いながら、鈴鹿は斑蜘蛛まだらぐもを斬り伏せる。今までは水刃を飛ばして巣から落とし倒していたが、今では木々を足場に飛び上がり、巣にいる状態で倒すことができるようになっていた。


 斑蜘蛛に慣れたこともあるが、やはりレベル50の強化による恩恵がでかい。今までは柔らかい節を狙って攻撃していたが、今では硬い外殻に覆われた胴体であろうとも容易に切断することができるようになった。


 二匹の斑蜘蛛を倒し終えた鈴鹿だが、遠征する意味はあんまりなかったかもと早くも思い始めていた。昨日東京ダンジョンの出現モンスターを資料室で見ていたが、出てくるモンスターは八王子と何も変わらない。頻繁にダンジョンの外に戻るわけでもなく、基本は中で寝泊まりするためダンジョン外の違いを楽しむこともそうそうない。


 これなら八王子ダンジョンでやっていることと何も変わらなかった。


「ま、気持ちの問題だよな。場所が変わってるっていう気持ちが大事なんだよ。うん」


 実際それで身が締まるならそれだけでプラスだ。昨日は特級探索者にもお目にかかれたし、来た意味はあるだろう。


「今日は4区深くまで探索してみようかな。さてさて、通用するかどう―――」


 か、と続きの言葉を吐くことができなかった。


 視界の端に映った何か。


 それが何かはわからない。


 それを一瞬()ただけで、全身があわ立つように総毛立ち、かすかに身震いするほどの衝撃を受けた。


 その凄まじい存在感を放つモノに眼を向ける。


 見ただけで心が挫けそうになるほどの強烈なプレッシャー。


 悪寒と憎悪と恐怖と歓喜と狂気がぜになったようなぐちゃぐちゃな感情が、濁流の様に押し寄せる。


 特級探索者である天童に感じたような圧とは違う。


 その存在が強いとか弱いとかではない。


 勝てる勝てないではないのだ。


 立ち向かえるかどうか。


 それを問うているような存在だった。


 それはきびすを返すと逃げ出した。まるで鈴鹿を誘う様に。ダンジョンの深淵へと逃げ出してゆく。


 その時、なぜか鈴鹿の脳裏に天童の言葉がよぎった。


『このダンジョンに入るなら、試練が訪れたら……』


 そこで天童は言葉を止めた。その続きが迷わず行けという背中を押すものだったのか、はたまためておけと止めるためのものだったのか。


 それは鈴鹿には分らない。


 だが、鈴鹿は一歩踏み出した。


 その存在を追うために。


 一歩踏み出したのだ。


 それが全てであり、鈴鹿が選んだ選択であった。




 ―――――――



 ――――



 ――




 人生とは選択の連続だ。


 誰もその先の答えを教えてくれることは無く、適当に選んで成功することもあれば、どれを選んでも失敗することもある。


 慈愛に満ちた選択を選んだ末、自分が死んでしまうこともあれば、非情な決断を選択し護りたい者を護れることもある。


 選択とは残酷だ。


 選びたくなくても容赦なくそれを突き付けてくる。


 選ばなければ選ばないという択を選ぶだけなのだ。


「ッガハ!!!!」


 凄まじい勢いで壁に叩きつけられる鈴鹿。内臓がやられたのか溢れ出る血が逆流し、噴水の様に血を吐き出す。


 おびただしい量の血を吐きながらも鈴鹿は立ち上がる。でなければただ死ぬだけだから。


 目の前には巨大な猿がいた。頭は3つに腕は6つ。まるで阿修羅像のような見た目をした巨大な猿。2本足で立てば5メートルを超えるだろう猿は筋骨隆々で、表面を覆う毛も硬質で生半可な攻撃を通さないだろう。口から漏れ出る吐息は色を帯びており、周囲の空気を汚染しているように毒々しい。


 そんな化け物みたいなモンスターが、醜悪に歪んだ顔で鈴鹿を見下ろしている。迷い込んだ子羊を可愛がってやろうと、ケタケタと嗤っていた。


 だが、鈴鹿は逃げようにも逃げられない。目の前のモンスターが発する凄まじいプレッシャー。彼我のレベル差によるものか、勝てるビジョンも逃げられる策も思い浮かばない。


 不意に身体が痙攣し始めた。


 まずい、攻撃されている。


 そう直感するも、動く前に毒が全身に回っていた。肌がただれ体中に水疱すいほうが出来、破裂しては爛れが進んでゆく。


「がぁぁぁああぁあぁあああ!!!!」


 全身に針が刺されたような痛みと、掻きむしりたくなる強烈な搔痒そうよう感が襲いかかる。掻けば掻くだけ水疱が弾け全身を血で染めてゆく。


 爛れは止まる気配がない。気が付けば掻きむしっていた手はボロボロに崩れ落ち、それをきっかけに右腕も左腕も溶けるようになくなってゆく。


 苦痛に歪む鈴鹿の耳には、その様子をたのしそうに眺める巨大な猿のわらい声と、鈴鹿の口から洩れる獣のようなうめき声が木霊していた。


 そして、毒による浸食は腕から身体に行き渡り―――容赦なく鈴鹿の命を奪っていった。

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前話の天童は年齢の描写無かったけれどレベル100を超えると寿命延びるとか老化遅くなるとかあるのかな? ドラゴン系なら長寿だろうし
っていう未来視?
fin...
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