9話 遠征先
12月中旬。鈴鹿はヤスと一緒にラーメン屋さんへ来ていた。八王子に数店舗ある、八王子ラーメンが食べられるび〇びん亭だ。八王子には他にも八王子ラーメンを提供しているお店があるが、鈴鹿はここがお気に入りだった。
「いらっしゃい! 食券購入してお好きな席どうぞー!」
店主の気持ちのいい挨拶を受けながら、券売機で食券を買う。鈴鹿はキャッシュレス派の人間だったが、この時代はまだQRコード決済もない時代のため、現金オンリーだ。
「ヤスは何にする?」
「俺八王子ラーメン」
「肉とか追加する?」
「いや、初めてだし普通ので」
あ、そっか。このお店はよくヤスと来ていたが、この時代では初来店になるのか。初めて行ったのはお互いバイトしてお金に余裕ができた大学時代だったなぁ。
感傷に浸りながら、鈴鹿は玉ねぎがたっぷり入った薬味ラーメンの食券を二枚購入した。
「悪いな、奢ってもらって」
「当たり前だろ。誘ったの俺だし、稼いでるからな」
今日は鈴鹿の奢りで八王子ラーメンを食べに来た。たっぷり刻まれた玉ねぎがのったラーメンは、シンプルながら癖になる地元の自慢のラーメンだ。
友人関係で奢る奢らないは健全とは言えないかもしれないが、バイトもしていない中学生からお金を出させる方が気が引ける。それも鈴鹿はダンジョンでかなり稼いでいる。何でもかんでも奢るつもりはないが、ヤスがお金目当てで鈴鹿と付き合うようになるとは思えないので気にしない。
「それで、冬休みに違うダンジョン行くんだっけ?」
セルフサービスのお冷を持ってきてくれたヤスが、座り掛けに切り出してきた。
そろそろ鈴鹿たちは冬休みに入る。せっかくの長期休暇なので、気分を変えるために八王子とは別のダンジョンに行ってみようかと思ったのだ。中学を卒業したら家を出てもいいと思っているので、その下見も兼ねている。
日本には全部で20個のダンジョンがあるため、どこがいいかヤスと相談しようと思い、声をかけたのだ。
「そうそう。どこがいいか相談したくて。塾の合間にすまんね」
「いいよ、夕飯休憩中だし。それに受験勉強はほとんど終わって、高校の勉強とかしてるから余裕あんだよね」
世の受験生が一度でも言ってみたいセリフだろう。だが、鈴鹿としては当然だろうと思うだけだ。
鈴鹿同様ヤスも高ステータスであるのだから、高校受験の範囲を網羅するくらい訳ないだろう。もともと頭も悪くなかったのだからなおさらだ。
「で、ダンジョンだけど鈴鹿って結局何目指すわけ?」
「目指すって何が?」
「ダンジョンって場所によって階層が決まってるってのは知ってるよな?」
「あ、そういうことね」
ヤスの言う通り、ダンジョンは場所によって3種類に分けられていた。
階層が3層までの低層、階層が6層までの中層、何層まであるか判明していない深層。それがダンジョンの種類である。ちなみに鈴鹿が普段探索している八王子ダンジョンは、低層ダンジョンにあたる。
ヤスが言いたいのは、何層まで探索することを目指しているのかということだろう。であれば、答えは決まっている。
「深層。トップギルドすら足を踏み入れてない場所まで行ってみたいかな」
ダンジョン探索は初めて鈴鹿が本気で取り組んでみようと思えたコンテンツだ。鈴鹿なりに考え、高みを目指すために努力している。
ただ最前線に行きたいのであれば、トップギルドである特級探索者ギルドに所属して、指導を受けながら成長すれば行けるだろう。だが、鈴鹿が求めているのはその先だ。
ここ何年もダンジョンの最高到達エリアは更新されていない。つまり、今の特級探索ギルドのやり方では限界があるということだ。
だからこそ鈴鹿はリスクを取って、命の危険だけでなく上手く成長できるかも不明瞭な4区を探索することにしたのだ。
「まぁ、今のお前ならそうなるよな。だったら深層ダンジョンしかないんじゃね」
「やっぱそうだよなぁ」
深層ダンジョンは日本に二か所しか存在しない。東の東京、西の大阪だ。
深層ダンジョンこそ世界のダンジョンの最前線。特級探索者ギルドのお膝下であり、鈴鹿も遅かれ早かれ探索するつもりでいたダンジョンだ。
「関東だと横浜の中層ダンジョンもあるけど、あそこは治安悪いって聞くし止めといた方がいいぞ」
「そうなんだ。なら横浜は無しだな」
探索者の多いエリアで治安が悪いとか絶対近づきたくない。特級探索者並みの力を得たらイキり散らかしに行ってみようかな。
「深層だと大阪もあるけど、さすがに遠いからな」
大阪か、悪くないな。けど、ヤスの言う通り中学生が一人で行くには遠い場所だ。鈴鹿自身は問題ないとしても、両親が許してくれるかは別問題だ。
それに、年末年始の東海道新幹線は激混みだ。訳が分からんほど混んでる。あれは避けたい。
であれば、東京ダンジョンが場所的にも階層的にも最も適切なダンジョンだろう。今回は冬休みの間だけのため、いずれ探索するダンジョンの下見も兼ねれてちょうどいいかもしれない。
「やっぱ東京かなあ。ありがと、決心ついたよ」
「おう。まぁ、八王子も東京も階層の深さが変わるだけで、中身は一緒だけどな」
「まぁ、ちょっとは違うみたいだし、気分転換も兼ねてだから楽しんでくるよ」
ダンジョンの作りは、日本であれば作りに大差がないと言われている。けれど、出てくるモンスターが少し変わっていたりするらしいので、その差を楽しむことにしよう。
「あ、1層探索してる間は大丈夫だと思うけど、2層以上に行くなら気を付けろよ」
「なんで?」
「東京ダンジョンって別名『試練のダンジョン』って言われててさ。2層以上だとモンスタートレインが起きやすかったり連戦が良く発生したりするんだって。2層でも実力ないとやってけないって有名だぜ」
東京というよりも深層ダンジョンでは起こりやすい現象で、モンスターの過剰出現や通常モンスターの強化種など、不規則なことが起こりやすいらしい。最前線を探索していなくとも、深層ダンジョンで活動しているということだけでも探索者としてはステータスになるそうだ。
ただ、1層は他と変わらないらしい。当然東京ダンジョンにも探索者高校は併設されており、生徒も問題なくダンジョン探索をしていれば、育成所の教習生だってレベル上げを行っている。危険が頻発するなら探索者高校はまだしも、育成所はやっていけないだろう。
「それ聞くと2層行ってみたくなるんだよなぁ」
「今4区だっけ?」
「そ、まだ4区。冬休み中には5区行きたいんだよなぁ」
11月から週末はダンジョンで寝泊まりするようになった鈴鹿だが、まだ4区の探索を行っていた。相変わらずレベルが上がる速度は遅いが、ステータスの増加量は変わっていないため気にしていない。
序盤はレベルが上がりやすいことはままあるため、適正の速度に変わったのだと思うことにしている。
「ま、お前なら大丈夫だと思うけど、2層行くなら気を付けろよ」
「おう。まぁ、2層は行かないよ。今は4区攻略が優先かな」
二兎を追う者一兎も得ずということわざもあるしな。まだ中三。東京ダンジョンの2層以上もいずれ行くのだから、今は無理していく必要はない。
「そういや、菅生君は無事レベル10まで上がったの?」
「うん。結局10月いっぱいかかったけど無事にね。ステータスも悪くなかったよ」
「すげーな。菅生君もだけど、お前も。レベリングってステータス上げるの厳しいから推奨されてないのに」
菅生の時も、基本一人で戦っているがステータスの上がり方は鈴鹿のような最高水準ではなかった。やはり、近くに鈴鹿という安全装置がある状態では、いくら一人で戦ったとしても上限は決まっているのだろう。
それを抜きにしても、菅生はステータスが盛れていたので結果的には大成功と言えるものだった。
「まぁ、俺たちほどのステータスではないけどな」
「それでもだよ。けど、今回上手くいったからって安請け合いするなよ? 探索者ギルドが育成所の真似事を禁止してるのは、それだけトラブルが多いからだからな」
怪我をさせたら大問題。レベル上げが上手くいかずスケジュールが遅れるだけで苦情は出るし、ステータスが予定よりも低ければ最悪裁判沙汰だ。特にステータスはやり直しが効かないため、トラブルの最たる要因だ。
一部の富裕層や芸能事務所などは、育成所ではなく探索者ギルドに要請しレベル上げを行うケースがあるらしい。大金を払う必要があるが、その方がステータスが盛れるためだ。
その他にも、探索者協会は非推奨としているが知り合いの探索者にお願いするケースもあるにはあるが、金額やリスクが折り合わず滅多に行われることは無い。
鈴鹿は身内である菅生のレベル上げを成功させたが、鈴鹿自身拘束時間も長いためもうやることはないだろう。今回はダンジョンでの宿泊という報酬があったから引き受けたに過ぎない。
「へい! 薬味ラーメン二つお待ちどうさま!」
ちょうど話がひと段落したタイミングで、ラーメンが運ばれてきた。醤油ベースのラーメンを覆うように玉ねぎが乗っている。この玉ねぎが美味いんだ。
「ん! うまッ!」
「だろ? ここのは美味いんだよ」
二人で無心でラーメンをすする。話が終わっていてよかった。ラーメンを食べながら話をするなんて二人にはできなかっただろう。
「「ごちそうさまでした~」」
「ありがとうございます!」
二人してスープまで飲み干し完食した。これぞ八王子ラーメン。寒い冬に沁みる一杯だった。
「美味かったー! また来ようぜ!」
「当然」
満足気なヤス。鈴鹿も久しぶりに食べられて大満足だ。
「じゃ、俺は塾あるから」
「おう。勉強頑張れよ」
「鈴鹿も東京ダンジョン行くなら気を付けろよ」
こうして、鈴鹿が冬休みに遠征するダンジョンが決まった。場所は東京ダンジョン。日本に二つしかない深層ダンジョンだ。




