8話 ダンジョンお泊り回
風にさざめく木の葉の音に、剣戟が混じり辺りに響いている。
周囲は闇に覆われている。森林エリアである4区は、頭上に伸びる枝葉が陽光を遮り日陰を作る。日中は少し暗いかなと気にするほどでもなかったが、夕方には一気に暗さが増し、加速度的に周囲が闇に包まれていった。
そして現在。鈴鹿はほぼ暗闇と言ってよい環境の中、モンスターと戦っていた。
「あっぶねぇなぁ!!」
鈴鹿の腕を斬り落とすように振るわれた鎌を寸でのところで避け、返す刀で攻撃するももう一つの鎌で弾かれてしまう。
僅かに差す月光を、鎌が反射させる。完全な暗闇であれば鈴鹿はすでに細切れにされていただろう。
薄刃蟷螂:レベル57
4区の浅いエリアでは1位2位を争う強敵だ。コイツと戦っていた時に、剣術スキルが成長してレベル5まで上げることができた。
二本の灰色の鎌を巧みに振るう薄刃蟷螂は、鈴鹿をしても容易に倒すことができない。
見切りと思考加速、それに剣術のスキルによって何とか拮抗出来ているが、二匹同時にいれば避けるほどのモンスターだ。
そんな薄刃蟷螂は周囲が暗闇に閉ざされた環境だと言うのに、昼間と変わらない様子で高速の鎌による攻撃を仕掛けてくる。かたや視覚に頼り切っている鈴鹿は、鋭い斬撃を防ぐことで手一杯だ。
なんとか見切りのスキルでギリギリで回避できているが、ギリギリなのはあえてではなく全力で回避してギリギリになってしまっている。いつ切り裂かれてもおかしくない切迫した状態だ。
ダンジョンにも夜があることは知っていた。だが、思ったよりも暗くなるのが早いうえ、森林エリアの暗さを見誤っていた。月明りさえ木々に遮られ満足に届かないこの場所では、薄刃蟷螂の攻撃を満足に見ることができない。
夕暮れ時になり、辺りに闇が満たされていても鈴鹿は探索を止めることをしなかった。せっかくダンジョンに泊まるのだからギリギリまで探索したい思いと、暗いところで戦う訓練にもなるかと思ったのだ。
軽い考えで探索を続行し、現在強敵である薄刃蟷螂に追い詰められている。
「くそっ!! いちいちすばしっこいなコイツ!!」
水刃を刃に纏い袈裟切りに振るうも、飄々と薄刃蟷螂は回避してくる。あちらの攻撃は視にくく、こちらの攻撃は簡単に避けられてしまう。厳しい戦いが続いていた。
ふと脳裏に、ヤスとの会話がよぎった。
『お前4区なんて探索してんのかよ!? 馬鹿じゃねぇの。あそこモンスターが強いわりに成長率悪くて効率悪いってんで、トップギルドも探索止めてるって知らねぇの?』
『知ってる知ってる。けど、それは弱者の考えだ。強さとは効率の先にある物だよ、ヤスソン君』
『誰がヤスソンだ。まじで4区は危険って言うし、気を付けろよ』
『大丈夫大丈夫。みんな考えすぎ。軽いノリで探索した方が捗るってもんだよ』
その軽いノリの結果が今だ。あの時の自分を殴りつけたい。
だが、この追い詰められた状態だからこそ人は成長するものだ。むしろこれはチャンス。チャンスなのだ。ここで踏ん張ってこそダンジョンは微笑むはずだ。
そう信じ。鈴鹿は『凪の小太刀』に魔力を流してゆく。全身にも身体強化のために魔力を行き渡らせ、魔力操作によって漏れ出る魔力も少なく抑えられている。
徐々に鋭さを増す薄刃蟷螂の攻撃に、時間は相手に有利と判断する。
出し惜しみ無し。相手が対応しきる前に倒しきるッ!!
鈴鹿が振り下ろされる鎌に合わせ、小太刀を振るう。先ほどまでは横に逸らすのみだった鈴鹿だが、魔力によって強化された今なら正面から弾き返すことができる。
今までとは異なる強い力で返されたことで、薄刃蟷螂はギチギチと鳴き声と言っていいのかわからない不快な音を上げる。即座に振るわれるもう一つの鎌。弾けるものなら弾いてみろと言わんばかりに魔力が込められた鎌を、鈴鹿は相手にすることもなく屈んで避け、外殻が比較的柔らかい腹部めがけて水刃を放った。
今までならば水刃を避けれていた。しかし、先ほど強く攻撃を弾かれたことを警戒し振り下ろす鎌に力を込めすぎたため、薄刃蟷螂は即座に避けることができない。
防御が間に合わない薄刃蟷螂の腹部に水刃が直撃する。だが、直撃だというのに表面が薄く傷つき少し後ろに押し込んだ程度。まだ鈴鹿の放つ水刃では、斑蜘蛛含め4区のモンスターに手傷を負わせることはできないようだ。
だが、薄刃蟷螂は痺れたように動きを鈍らせる。
「っは!! 一発かよ!! 効かねぇからって攻撃安易に受けるからだバァカ!!」
鈴鹿の毒魔法によって、薄刃蟷螂を麻痺状態にさせることに成功した。麻痺や毒は何発も打ち込んで効果が発揮することもあるが、今回のように一発で状態異常にすることもできるランダム性のある魔法だ。
実力差があったりスキルレベルが上がれば確率は上がるそうだが、レベル1の鈴鹿では最低でも10発は叩き込まないといけないと思っていただけに、1発で麻痺が発症したので肩透かしを食らった気分だ。
鈴鹿の毒魔法はスキルレベル1のため武器に毒や麻痺を付与することしかできない。しかし、『凪の小太刀』から放たれる水刃は武器の効果であり、付与した毒魔法も水刃にのることが分かった。直接傷つけて内部に侵入する麻痺の水刃は、薄刃蟷螂の表面を薄く傷つけるだけに終わったが、しっかりと麻痺が内部に侵入し効果を発揮してくれた。
完全に動きが止まるほどの効果は無いが、眼に見えて動きが鈍くなる薄刃蟷螂。いくら外殻が堅いとはいえ、鈴鹿の全力を無傷で受けられるわけではない。
「軽いノリで攻撃受けるから詰むんだよッ!!」
なんとか距離を取ろうと羽を広げた薄刃蟷螂に瞬時に詰めると、水刃を薄く纏った『凪の小太刀』で斬りかかる。麻痺を回復する暇など与えない。ここで倒しきる。
よろめきながら下がる薄刃蟷螂は苦し紛れに鎌を振るう。だが、跳びながら振るわれる鎌に十全に力が込められている訳もない。鈴鹿が魔力を込め鎌を迎撃すれば、高々と鎌が弾かれ大きな隙を晒すことになった。
流れるように振るわれた『凪の小太刀』は薄刃蟷螂の首に吸い込まれ、何を考えているかわからない無機質な顔のまま薄刃蟷螂の頭が宙を舞った。頭を失った薄刃蟷螂は大量の煙となり、鈴鹿に吸い込まれてゆく。
「おおおお! 宝箱だ!! やったぜ!!」
薄刃蟷螂の煙が鈴鹿に吸い込まれると、そこには一つの木製の宝箱が落ちていた。宝箱はエリアに落ちているだけでなく、こうしてモンスターを倒した後にドロップアイテムとは別に出現することがあるのだ。
出てくるアイテムに差は無いが、モンスターからドロップした宝箱から出現する武器や防具にはそのモンスターの意匠が施されており、疾風兎や緑黄狼のように統一感のあるアイテムが出現する。
早速鈴鹿は宝箱を開けると、煙が吸い込まれそれと同時に箱も消えてゆく。
「何が出るかなぁ……って、『食材(魚)』かよッ!」
しかし、出てきたのはただの食材アイテムだった。嬉しくないわけではないが、せっかく現れたモンスターからの宝箱であれば、武器や防具が欲しかった。
「クッソぉ。まだだ。俺にはまだスキルが残っている!」
先ほどの薄刃蟷螂との戦闘は間一髪だった。スキルは境地に立たされれば立たされるほど成長が促される。であれば、先ほどは一つのミスで大怪我を負いかねない暗闇での戦いを制したのだから、スキルの一つや二つ成長していてもおかしくない。
そう思いステータスを表示するが、レベルはおろかスキルレベルも上がっていなかった。
「はぁ!? まじかよ。結構頑張ったと思うんだけど……」
頑張りが実らず落ち込む鈴鹿。今までダンジョンでは面白いように成長できていただけに、ここでの失速がより顕著に感じられた。
「はぁ。しょうがない。戻るか」
そうして、暗闇の中鈴鹿は3区との境界まで戻るのだった。
◇
「やっと……抜けれた……」
3区と4区の境界を抜けたところで、鈴鹿は崩れ落ちる様に地面に倒れる。疲労と空腹で鈴鹿は限界だった。
「下手に……モンスターと戦うんじゃなかった」
薄刃蟷螂と戦った後も、見つけたモンスターとは戦う様にしていた。暗闇の中戦うことでスキルが目覚めるのではと思ったために、わざわざ探すことはしないがあえて避けることもしなかったのだ。
その結果、ただいまの時刻は20時を大きく回ってしまっている。夜ごはんもまだの状態でこんな時間まで動き回っていたのだから、身体が栄養を欲してお腹の中で暴動が起きていた。
「……うし。とりあえず動く。動くぞ。頑張れ俺」
何とか自分で励ましながら立ち上がると、野営の準備を始めた。
収納から取り出したのは『関取の明荷』。衣装ケースサイズの大きさで、中身を入れた状態で収納に入れることができる優れモノだ。
そこから取り出したのは折り畳みの椅子だ。キャンプで利用されるような椅子は、脚の開き方によって高さや角度を調節できるタイプの椅子だ。値段は張るものの、丈夫なつくりと畳んだ時のコンパクトさ、何より一番角度を深くすればほぼ仰向けのような状態になることが気に入ってこれを購入した。
収納の関係上テントなどは持ち込めなかったため、この椅子をベッド代わりにするつもりだ。
「椅子入れてるキャリーバッグがオットマンになるのもいいよな。ヤバ〇ッス」
ダンジョンのおかげで探索者にアウトドア用品が売れるため、コロナでキャンプブームになった時の様に商品開発が進んでおり、前の世界でも見たことがある製品もすでに売られていた。
椅子を設置した鈴鹿は、今度はファイヤーデスクを用意する。椅子の近くにファイヤーデスクを置き、背負っていたバックパックから薪を取り出す。
そう。鈴鹿は焚火をしたいがために薪をダンジョンに持ってきていたのだ。そのためにでかいバックパックを背負い、一日戦っていた。
バックパックの中身は薪しか入っておらず、薪を我慢すれば『関取の明荷』がある鈴鹿はこんな大荷物を背負うことは無かった。しかし、野営において焚火は絶対必要だ。これが有るのと無いのとでは野営に対する満足度が全く違ってくる。
そもそも、焚火をするために野営しているようなものだ。焚火をしないのならまっすぐ帰って家で寝た方がいい。
薪をバックパックから出し終え、ファイヤーデスクに薪を組んでゆく。すぐそばは4区のため木々が生い茂っているが、生木で焚火をするのは難しく、慣れていない鈴鹿が挑戦するにはハードルが高かった。
だからと言って、荷物となる薪を背負ってダンジョン探索を行っているのは鈴鹿くらいだろう。
「火魔法使えれば生木でもいけそうだけどなぁ。覚えないかなぁ火魔法」
無いものねだりをしながらも、薪を組み着火剤に火をつける。火おこしは火おこしで慣れが必要だが、燃焼時間の長い着火剤を購入したため、それを3つも入れておけば放置しても火が付くはずだ。
焚火の準備が終わったため、次にやることはモンスター対策だ。鈴鹿は除草剤のような容器を取り出すと、キャップを外し野営の周辺に液体を撒いてゆく。容器から出ると淡く発光する謎の液体は、地面に落ちるころには発光もせず吸収されていった。
鈴鹿が撒いている液体は、モンスター除けとして使われる製品だ。周辺の魔力を吸収する効果がある液体とのことで、半日ほどモンスターが寄り付かなくなるのだという。
鈴鹿が今いるのは3区と4区の境界付近。もともと境界近くにはモンスターが近寄ってこないのだが、この液体を撒いておけばほぼ確実にモンスターを遠ざけてくれるのだそうだ。多くの探索者が野営するときに使用している製品で、信頼と実績がある。
ダンジョンのアイテムを使用してつくられているため高価ではあるが、今の鈴鹿ならそこまでいたくない出費だ。
モンスター対策を終えると、焚火もいい感じに燃えてくれている。ここまでくれば、後はご飯を食べるだけだ。
今日の晩御飯は兄である菅生が倒してゲットした酩酊羊の肉だ。それにアウトドアスパイスをふりかけ、串に刺して直火で炙るワイルド調理法でいただく。
探索者の野営と言ったら、鈴鹿が想像するのは魚や肉を串に刺して焚火の周りでじっくり火を通すスタイルだ。それに憧れ、今回はワイルドな料理に挑戦することにしたのだ。
だが……
「うわっ、肉どうやって串に刺そう……。手汚れちゃう」
「あ、串一本じゃ肉固定できん。クルクル周りやがる。クソッ。二本串刺すのにまた手汚れちゃうじゃん」
「え、表面焦げるのはやっ。もう食べていいやつかな? ……うまっ! けどほとんど生じゃん」
「どんくらい距離置いて焼けばいいんだ、これ? てか薪くべすぎてんのか?」
「ずっと手で持ってるのも疲れるな。五徳とか買えばよかったなぁ。失敗した」
「こんなもんかな。おお! 美味い! やっぱ肉はうまって、ああ!! 肉汁が垂れた! 最悪だよ、この服気に入ってるのに……」
「……美味かった。けど足んないな。最初から二個作っておけばよかった……。もう一回作るのめんどくさいなぁ」
「あっ忘れてた。スープも持ってきてたんだった。……待てよ。どうやって水沸かすんだ。何も考えてなかった」
「そうだ! 可愛いホーローのマグカップ買ったんだ! これなら直接火にかけて大丈夫なはず! 起死回生の一手じゃん!」
「あっつ!! あっつ!! えッ!? 持ち手熱すぎじゃね!? 直火OKじゃなかったの!? あっついんだけど!! 火傷しちゃうよ!!」
「はぁ、はぁ。なんとか、お湯沸かせた……。スープ飲みながら肉焼くか……」
こうして、鈴鹿の初野営飯は忙しないながらも、無事に終えることができた。少しばかり理想のスマートなご飯とは違っていたが、それも良い思い出だろう。食べたご飯が美味かった。これだけで今日の野営飯は大成功だ。
「すげー星空。やることなくて暇かと思ったけど、これはこれで楽しいか」
リクライニングした椅子に寄りかかりながら、鈴鹿の人生で見たことないような綺麗な星空を見つめ、やがて訪れた睡魔に身を任せて眠りにつくのであった。




