7話 斑蜘蛛
前話にて、話に矛盾が発生しておりました(鈴鹿がいるのに1層1区のエリアボスが出現するという矛盾です)。
2025年9月24日15時に修正させていただきましたので、報告いたします。
ご指摘いただきありがとうございました!また、いつも誤字報告や感想をくださり、ありがとうございます!とても励みになっております!!
11月最初の土曜日。鈴鹿は八王子探索者協会の自動扉を潜り、室内へ入ってゆく。
いつも通り、端末を操作して探索スケジュールを記入するのだが、今日は少し違う。
先週までは菅生のレベル上げを行っていたため、探索場所は1層1区であった。だが今日探索する場所は1層4区。今日から鈴鹿のダンジョン探索が再開されるのだ。
そして、探索終了予定時間は明日の22時。そんな遅くまで探索はしないが、これを過ぎると親へ連絡がいってしまうので遅めに設定している。
そう。今日から念願だった泊まり込みでのダンジョン探索が始まるのだ。
ルンルン気分でセキュリティドアを抜けダンジョンへ入っていく鈴鹿は、いつもより大荷物を抱えていた。いつもは日帰りのためお昼ごはんと飲み物しか持ち歩かないので、小さめのリュックで事足りていた。
だが、今回は泊まり。必要な道具はいくらでも出てくる。キャンプ慣れした人や、ダンジョンで泊まりこみをしている人たちはもっと荷物も少なく洗練されているのだろうが、鈴鹿は初めての経験だ。
今までキャンプに行ったことはあるものの、全てレンタルで済ませていたので道具を揃えたこともなく、車で行くので余分な物も持っていくことができた。しかし、ダンジョンでは荷物を背負いながら戦う必要がある。吟味に吟味を重ねた結果が、今の大荷物の中に入っているという訳だ。
「『関取の明荷』がなぁ、絶妙な大きさなんだよなぁ」
1層3区のエリアボスである十両蛙からドロップした『関取の明荷』は、衣装ケースサイズの収納に仕舞うことができる葛籠だ。
衣装ケースのサイズとなると、入れようと思えば結構な量が入るのだが、大きなものは入れられない絶妙なサイズだった。とはいえ、収納に仕舞っている『関取の明荷』にも荷物はぱんぱんに詰めている。
登山用の大きめのバックパックを背負った鈴鹿は、その重みを感じさせない足取りで4区まで駆けてゆく。登山用ということもありバックパックが身体に密着するので、動いていても邪魔に感じることは少ない。
「いい感じ。店員さんに聞いてよかったわ」
鈴鹿が宿泊用に揃えた道具は、今着ているジャージを購入したシーカーズショップで見繕った。八王子探索者高校の文化祭の帰りに、ヤスと一緒に買いに行ったのだ。
やっぱり新しい道具はテンションが上がる。キャンプ用品はそこそこいい値段がするために前の世界では買うのを躊躇していたこともあって、値段を気にせず好きなものを買えたのも大きい。
大荷物を背負っているのに、いつもよりも足早に進む鈴鹿。1時間もすれば3区と4区を分ける境界までたどり着いた。
「久しぶりの4区だな。うん。不気味な感じがひしひしと伝わってきていいね」
4区まで走ってきた鈴鹿は軽くストレッチをした後、収納から『凪の小太刀』を取り出して4区の境界を越えてゆく。
えも言えぬ緊張感。ここに生息しているモンスターは、ステータスの高い鈴鹿でさえ倒すのに苦労する強敵だ。
木々によって見通しの悪いこのエリアでは、木の裏に潜んでいたり枝から飛んで襲い掛かってきたりと、今までと違って不意な遭遇戦も多発する。それにモンスターによっては木の上からの攻撃もしてくるため、今までの平面での戦いに比べて立体的な攻撃がこちらの処理能力を圧迫してくる。
それに足元の草も鬱陶しい。林のためか木々が密集しているわけではないため、枝葉の隙間から陽光が差し込んでくる。そのおかげで視認性は良いものの、地面に生える草にも陽が当たり草が生い茂っていた。
1層3区まではズカズカ進んでいた鈴鹿だが、4区では慎重に進んでゆく。気配察知のスキルを全開に、木の裏や頭上を注視しながら歩く。
そうして少し進めば、木々の上に巣を張っている斑蜘蛛が3匹いた。
久しぶりの戦闘で3匹は荷が重いが、弱音を吐くごとにステータスが下がると思っている鈴鹿は、鞘から『凪の小太刀』を抜く。
斑蜘蛛:52
斑蜘蛛:46
斑蜘蛛:55
レベル49の鈴鹿よりも高レベルの斑蜘蛛もいる。だが、それを倒してこそ成長できるというものだ。
斑蜘蛛は蜘蛛であるが見た目はリクガメに近い。サイズも同じくらいで、バランスボールほどはある。胴体は堅い外殻に覆われており、短く太い手足が8本生えているモンスターだ。脚が短く太い分、デフォルメされたように感じられるため少しはましだが、虫が苦手な鈴鹿的には好ましくない相手である。
3匹は木と木、枝と枝に蜘蛛の巣を張り巡らせ待機している。気配遮断を使っても4区のモンスター相手ではすぐにばれてしまうため、慎重に距離を詰めてゆく。
『凪の小太刀』に魔力を流し込む。もうばれる。そう思う距離に達した時、鈴鹿は『凪の小太刀』を虚空に向けて振るい、武器の効果である水刃を飛ばした。
連続して放たれた水刃は斑蜘蛛に見事命中するが、堅い外殻に弾かれ表面を浅く切り裂いただけに終わる。
「やっぱ無理か。セオリー通り地面に叩き落とすしかないかぁ」
斑蜘蛛は頭上にいるので、このままでは攻撃が届かない。そのため、巣に水刃を放ち足場を無くし、地面に落とす必要があった。
だが、斑蜘蛛もそれを黙って見ているだけではない。三匹それぞれ、鈴鹿に向かって蜘蛛の糸を吐き出してくる。
軌道が直線的なため鈴鹿は背負っている荷物に当たらないよう注意しながら避けてゆく。だが、斑蜘蛛の攻撃は終わらない。口元の牙をガンガン鳴らすと、糸が着火してものすごい勢いで射出した糸に燃え広がった。
避けていたので糸が燃えても熱波が鈴鹿を襲う程度で済むが、絡まっていたら焼死体まっしぐらの攻撃だ。糸は粘着性があるため、一度絡まると容易に引きはがせないため、かなり厄介な攻撃だ。
林の中だというのに、轟々と燃え盛る炎が木々に移ったりはしない。魔法によるものだからかダンジョンの木々だからかわからないが、一帯が火事になって逃げられないということにならないのがわかるだけで十分だ。
「アチぃな!! 火傷したらどうすんだコラッ!!」
鈴鹿も負けじと水刃を放つ。今度は斑蜘蛛は狙わずに、足場となっている蜘蛛の巣を枝ごと切断するよう撃ってゆく。その間も絶え間なく蜘蛛の糸が放たれては、顎をガチガチ鳴らして火を付けてくる。
斑蜘蛛は遠距離主体の攻撃で、かつ木の上にいるため近接攻撃が難しい。水刃鼬から武器がドロップしてくれていて助かった。『凪の小太刀』であれば、水刃を飛ばして蜘蛛の巣を切り裂くことも、水刃を纏って根元の木を切断することもできる。しかし、今までのメインウエポンである魔鉄パイプであれば、そのどちらも厳しかっただろう。
ガンガン炎攻撃を仕掛けてくる斑蜘蛛を見て、改めて4区のモンスターは殺傷力が高いなと痛感させられる。こんな攻撃、下手に盾で受けてしまえば、盾が燃やされて熱くてすぐに盾を手放してしまうだろう。防御するのも考える必要がある攻撃だ。
遠距離からの攻撃の応酬により、なんとか斑蜘蛛一匹を地面に落とすことに成功する。3匹もいると水刃で切った糸を補強されることも多く、戦闘に時間がかかるのがネックだ。
落ちた斑蜘蛛が再び木の上に登る前に、鈴鹿は詰め寄る。必然、頭上の斑蜘蛛とも距離が近くなるため、連射される蜘蛛の糸の密度は濃くなり、避けたそばから着火されるため吹き寄せる熱波も厳しいものになる。
それでも、鈴鹿は前へ踏み出し小さい足を動かしている斑蜘蛛を斬りつけた。狙うのは可動部である関節。それ以外は堅い外殻に覆われているので、切断するには骨が折れる。
二本の脚を斬り飛ばし、返す刀で首を斬り落とす。煙へと姿を変えた瞬間、即座にその場を跳び退る。
直後、鈴鹿と斑蜘蛛がいた場所に二匹から吐き出された蜘蛛の糸が着弾し、辺り一帯を炎へと変えていった。
まずは一匹。落ちた斑蜘蛛を即座に倒せたのはでかい。斑蜘蛛は地面に落ちると、ここぞとばかりに糸を吐き散らし周囲を炎の海に変えることもある。
恐らく最後の一匹になるとその技を繰り出してくるため、できるだけ二匹一遍に片づけたいところだ。
握る小太刀に魔力を流し、鈴鹿は『凪の小太刀』を振るった。
◇
「ほんとこのジャージ優秀。買ってよかったわぁ」
辺り一帯が焼けこげる中、煤で少し汚れた鈴鹿は無傷でその場に立っていた。
今ではお気に入りとなった鳴鶴社製のジャージは、ダンジョン使用を想定して作られているため火の粉程度であれば穴も空くことがない、耐久性に優れた代物だ。
『凪の小太刀』を鞘に納め、足早に戦闘跡が色濃く残るエリアから離脱していく。
「やっぱ3匹は時間かかるなぁ。最後のやけくそ炎祭りまじで止めてほしい」
結局二匹一度に倒すことはできず、残った最後の一匹が決死の覚悟で全方位に糸をまき散らし辺りを炎の海に変えてしまった。そうなると鈴鹿は容易に近づけないため、炎で揺らめいて視認性が悪い中、なんとか水刃を連発して首を斬り落とすしかなくなってしまう。
「強い遠距離攻撃があればなぁ。毒魔法も使ってるのになかなか成長しないし」
ちらりとステータスを表示してスキル欄を見る。そこには毒魔法(1)があるものの、スキルレベルは1である。
水刃鼬との最後の戦いで、毒魔法を発現することができた鈴鹿。それ以降も使い続けているのだが、なかなかスキルレベルが上がってくれない。
「毒魔法以外も上がんないんだよなぁ」
4区で探索して今日で9日目。スキルレベルが上がったのは剣術スキルが4から5に上がった以外は成長なし。レベルも3しか上がっていないのでしょうがないとは思うが、期間的には9月丸々使っての結果だったため上がり方が遅く感じてしまう。
スキルは本人の才能が開花したり、強く渇望することで成長すると言われている。鈴鹿が今までスキルを獲得してきた時も、多くは戦闘中に追い込まれることでスキルが成長してきた。
今は毒魔法のスキルレベルを1上げる『双毒の指輪』や、気配遮断のスキルレベルを1上げる『擬態のマント』は装備していない。これらを装備することで、スキルレベルが成長しないことを懸念しているからだ。
例えば、毒魔法は指輪を装備すればスキルレベル2となる。だが、今の鈴鹿のスキルレベルの適正が2だった場合、指輪を装備することで2に達してしまうため成長しないのではと思ったのだ。
その説が正しいかはわからないが、とりあえずスキルも修練が必要であることは間違いないので、有用なスキルはガンガン使ってスキルレベルを上げていきたい。
「お! 宝箱だ!!」
木の裏の草が生い茂るところに、宝箱が隠れる様にひっそりと置いてあった。木製の宝箱は薄汚れていて、年季を感じさせる。
宝箱に擬態するモンスターは定番ではあるが、他の階層含め今のところ確認されていない。そのため、鈴鹿も躊躇なく宝箱を開けてゆく。
蓋が開くとモンスターを倒した時と同じように黒い煙が中から溢れ、鈴鹿に吸い込まれてゆく。煙を出し終わると、宝箱は光の粒子となって空中へ消えてしまった。
「何が出たかなぁ……『食材(肉)』か。まずまずだな」
欲を言えばポーションが欲しいが、食材も悪くない。宝箱から出現するアイテムは鈴鹿にとってすべて有用なため、見つけられればラッキーな存在だ。
「今日は泊まり込みで遅くまで探索できるし、4個……いや、5個見つけたいな!」
宝箱はそんなに簡単に見つけられる存在ではなく、2層以上で活動する探索者は5回の探索で1回見つけられるかどうからしい。だが、4区は誰も探索していないおかげで宝箱がいたる所にあり、一日探索すれば2~3個は見つけることができた。今日はギリギリまで探索することができるため、1個でも多く宝箱を見つけたい。
狙いは体力ポーションだ。やはり何があるかわからないのがダンジョン。特に4区はモンスターも強く、斑蜘蛛の様に致死性の高い攻撃を使うモンスターも多くいる。一匹一匹が防御力が高かったり攻撃を加えにくかったりと、戦闘が長引いてしまうのもよろしくない。
他のモンスターを引き寄せ連戦になるリスクもあるし、一つのミスで大怪我を負うかもしれない。そういった不測の事態でも対応できるために、ポーションはできるだけ確保しておきたい。
今は宝箱から体力ポーションをゲットしたことで、体力・魔力・状態異常の下級ポーションを1個ずつ持っている。この4区探索でいくつポーションを増やせるかも、今後活動するうえで重要になっていくだろう。
こうして、宝箱を探しつつも、鈴鹿は次なるモンスターを探して歩き出すのだった。




