6話 菅生レベル10
話しに矛盾が生じていたため、内容を修正いたしました(2025年9月24日15時)。
10月最後の日曜日。この日も鈴鹿は、兄である菅生と共にダンジョンに訪れていた。
菅生も今やレベル9。ステータスも上がったことで、片手剣も軽々と振り回して戦えている。剣術のスキルも発現したため、間違って自傷することもないだろう。
「どうよ鈴鹿! 俺めっちゃ強くなったんじゃね!?」
「まぁまぁ」
菅生が舎弟狐二匹を切り伏せ、鈴鹿に自慢してくる。今はモンスターの数が多ければ鈴鹿が間引き、残りを菅生が一人で倒してレベル上げを行っていた。
鈴鹿が傍にいるというリスク低減はあるものの、一人でモンスターと戦うことでそれなりにステータスも盛れている。育成所よりは当然多く、探索者高校の成績優秀者程度の盛れ方ではないだろうか。
初日のステータスの盛れ方に不満を覚えた鈴鹿が、二日目から『付出の証』ではなく似たようなシルバーアクセサリーに変えたのが功を奏したようだ。鈴鹿の作戦勝ちである。ステータス増加装備だと菅生は思い込んでいるため、安心してモンスターと戦っている。プラシーボ効果は伊達ではないのだ。ちゃんとした値段のブレスレットだったので、レベル10になったらネタ晴らしと共に記念にプレゼントしよう。
当然盛れたステータスに見合う容姿に変化していた。髪の毛は魔力の影響を受けて明るめの茶髪になり、髪の色に合わせる様に顔はチャラめのイケメンへと変身を遂げていた。ピアスとか開けてそうな顔だ。
鈴鹿の様に中性的な方向ではなく、ヤス同様普通にイケメンに変わったのは解せなかった。
「それにこの顔! 毎朝鏡見るたび見とれちまうよ!」
「きっしょ」
「クラスの奴らもめっちゃ声かけてくるし、この前なんて逆ナンされちまったんだよ!! 逆ナン!! 予備校あったから断ったけど、もう大学受かったら成功が約束されてるようなもんだよな!」
「受かったらね」
菅生は浮かれに浮かれていた。だが、勉強は頑張っているようで予備校には通っているし、受験勉強も頑張っているので大丈夫だろう。
逆ナン? 俺ですらされたことないというのに……。ヤスといい、逆ナンって流行ってんの? 俺の周り以外で?
鈴鹿の疑問は当たっている。探索者というのは強い者ほど容姿が優れているものだ。つまり、美男美女ほど探索者として有望で、顔だけでなく中身もスペックが高いことが見ただけでわかる。有望な探索者は深い階層での探索ができるため、収入もかなり高いのも魅力の一つだろう。
イケメン社長や美人社長が歩いているようなものだ。そりゃ男であれ女であれ、声をかけてしまうだろう。
だが、それもレベルの低い間だけ。鈴鹿の様に順調にレベルを上げステータスを盛り続けると、どうしてもオーラというものが出てきてしまう。芸能人のようなものだろうか。そんなオーラ駄々洩れの探索者に声をかけに行けるほど、世の中の一般人は強くはない。普通に気圧され、遠くから眺めて騒ぐのが関の山だ。
そのため、レベルの低いヤスや菅生は声をかけやすいが、鈴鹿ほどレベルが上がってしまうとイケメンだろうが美形だろうが容易に声をかけられないのだ。
「それで、レベルはまだ9のまま?」
「ん? あ~、そうだな。まだ9」
昨日レベル9まで上がったので、今日中にレベル10にしてここらで菅生のレベル上げを終わりにしたい。今の時刻は15時過ぎ。そろそろレベル10にしないと、来週も菅生に付き合う必要が出てきてしまう。
それは嫌なので、是が非でも今日中にレベル10になってもらおう。本当は親分狐と戦ってもらいたかったが、鈴鹿がいると親分狐は出現しなくなってしまう。さすがに鈴鹿も攻撃を喰らって怪我をするような相手に一人で戦いに行けとは言えないし、菅生は絶対戦わないだろう。
なら仕方ない。レベル10になればダンジョンに入る必要はなくなるのだ。だからちょっとだけトラウマになったって大丈夫なはず。だって後は受験に集中してもらえばいいんだから。
「よし。ちょっと休憩してて。俺がモンスター連れてくるから、それ倒したら終わりにしよ」
「お! 良いぜ良いぜ! なんなら次は3匹の舎弟狐が相手でもいいぜ! 今日中にレベル10まで上げたいしな!」
「だよな。今日中にレベル10にしたいよな! おっけー、ちょい待っててね」
そう言って鈴鹿は移動を開始する。一人取り残された菅生。少し前ならダンジョンに一人でいるなんて考えられなかったが、レベルが1層1区の上限近くなったことで余裕がある。今モンスターに襲われたところで倒せる自信があるし、見通しのいい1層1区なら不意打ちもないので安心だ。
鈴鹿がいなくなって数分。菅生は嫌な予感がしていた。今まで鈴鹿が菅生を置いてモンスターを連れてくるなんてことは無かった。一緒に探索して、鈴鹿が指定したモンスターを倒す。それが二人の探索だった。
「俺言ったよな? 3匹の舎弟狐でもいいって。言っちゃったよ。馬鹿か俺は。相手は鈴鹿だぞ? 脳みそ筋肉でできてるあの鈴鹿相手だぞ? 3匹で済むのか? 大丈夫か? あいつ数はちゃんと数えられるのか?」
途端に不安になる菅生。その不安は的中した。菅生が身の危険を感じこの場から逃げ出そうと決意したときだ。鈴鹿が帰ってきた。
「おい鈴鹿! ダンジョンで一人にさせるな! 危ないだろ!」
「レベル9だから大丈夫だろ。それより、モンスター連れてきたぞ。頑張れ菅生! 応援してる!」
「あ、ああ、そうだったな。で、どこにいるんだ?」
「あれあれ」
鈴鹿が指さす先、そこにはモンスターがいた。正確に言えばモンスターの大群が。まだまだ距離はある。だが、モンスターたちは一目散にこちらへ向かってきていた。モンスターたちの目標がここであることは馬鹿でもわかった。
「え、どうしたの鈴鹿。なんでそんな馬鹿になっちゃったの」
「と、言いますと?」
「あの数はどう考えてもおかしいだろ!! 何匹いるんだよ舎弟狐!!」
「あー、8体だな。あと酩酊羊が4匹か」
鈴鹿が冷静に数を数えて菅生に報告する。
「お前馬鹿か!? 俺3匹って言ったよね!? なんで12匹連れてくるの!? 数も数えられなくなっちゃったの!? そのステータスは偽りなの!?」
「俺は気づいちまったんだ菅生。痛み無くしてダンジョンは語れないと。だから、な?」
「なじゃないよ! なじゃ! 痛みは無くしていいよ!! お兄ちゃん受験生だよ!? 怪我したらダメでしょ!!」
「大丈夫。この地獄を乗り切れば、受験だって乗り切れるはず」
「大怪我したら受験どころじゃないでしょ!! 間引いて! いつもみたいに間引きなさい!!」
「安心しろ。追加でモンスター来た奴は俺が倒してやる! それに怪我したくなかったら頑張ればいいんだ! 頑張れば!」
鈴鹿の眼が爛々に輝いている。いいことを閃いた、俺は天才だとでも言いたげに、自信満々に菅生をけしかける。
「さぁ菅生時間だ! お前ならできる! 行けッ!!」
そう言うや否や、鈴鹿は気配遮断のスキルを使用して菅生の目の前から消える。
菅生に付き合っていたら一生戦えないため、適度に無視して強制的に戦闘を始めてしまえば、あとは頑張って戦ってくれる。このレベル上げ期間で気づいた兄との付き合い方だ。幸いモンスターは菅生目指して迫っているのだ。鈴鹿が手を出さずとも菅生は戦わざるを得ない。
「こんなのモンスタートレインだ!! 鈴鹿許さねぇからな! 今日の夕飯は覚悟しとけよ!! 破産させてやるからなぁぁあああ!!!」
絶叫する菅生。今日の夕飯は、菅生がレベル10達成すると鈴鹿が両親にも話したことで、お祝いに焼肉屋さんに行くことになっていた。
その費用は鈴鹿持ち。久しぶりに肉が食いたいと思ったので、稼いでいるから自分が奢る代わりにお店選ばせてと名乗り出たのだ。ちょっとした親孝行を兼ねた食事会でもある。
菅生がレベル10になれば、鈴鹿は泊りがけでダンジョン探索を行うことができる。そうなれば今まで以上に4区の探索がはかどるだけでなく、一日の売却益も相当なものになるだろう。焼肉を奢る程度、すぐに元が取れるというものだ。
あれだけ弱腰な菅生であるが、センスは悪くない。迫りくるモンスターに囲まれない様うまく立ち回る。モンスターを広がらせなければ、一度に相手取るモンスターは精々2,3匹だ。菅生が大見えきっていた3匹の舎弟狐を相手にするのと変わらない。
「あっぶな!! 今角掠ったぞ! 助けて鈴鹿! ヘルプミーー!!」
舎弟狐に気を取られて酩酊羊への注意が疎かになっていたようだ。助けを叫ぶ菅生だが、まだ元気そうだから平気だなと鈴鹿を動かすには至らない。遠くでのしのし迫ってくる土瓶亀が戦線に加わらない様に煙へと変えておく。
「やばいやばいやばいって!! お前らの! 相手は!! 俺じゃないって!! 鈴鹿ならこの辺に隠れてるはずだからそっちに行ってくれ!! 何なら俺も探すの手伝うよ!!」
弱腰なことを言いながらも、菅生は如才なく立ち回る。決して深入りはせず、徐々に徐々に舎弟狐にダメージを重ねていっている。一撃を入れたらすぐ下がり、舎弟狐が振り下ろす魔鉄パイプを盾で受け止め足を斬りつける。時折シールドバッシュのように盾で敵を押しのけたり深く踏み込んで斬りつけたりと、動きを読ませないようにしながらあの手この手で舎弟狐へダメージを蓄積させていた。その隙を狙う様に迫りくる酩酊羊は、気づけば菅生の攻撃によって3匹が煙へと変わり、1匹だけとなっている。
もちろん菅生も無傷とはいかない。舎弟狐が振り下ろす魔鉄パイプを何度か受けているし、その度にがむしゃらに包囲網を突破しているのでなかなかギリギリの戦いだ。だが、囲まれないように立ち回ることを意識したのが功を奏し、舎弟狐も菅生を仕留め切れていない。
焦らず、じっくり、少しずつ。真綿で首を締めるように菅生はダメージを入れていく。勝負を急がず腰を据えて戦えるのが、菅生の強さだろう。
慎重に戦っているため時間はかかったが、酩酊羊はいなくなり、舎弟狐も数を減らしてゆく。数が減れば菅生は優勢になっていき、最後は傷だらけでボロボロの舎弟狐たちを菅生が止めを刺していけばモンスターはいなくなっていた。
時間がかかったため他のモンスターも近寄ってきていたが、鈴鹿がそれらは仕留めたため大事に至ることは無い。これでソロで挑んでいたら本格的なモンスタートレインになっていたことだろう。そもそもソロならこんな無謀なことはしないのだが。
結果としては、何度か攻撃を受けていたが大量の舎弟狐を倒すことに成功している。この1ヶ月におよぶレベル上げの集大成として、有終の美を飾れたのではないだろうか。
「お疲れ様。な? そんな大怪我もせず行けただろ?」
気配遮断を解除し、疲労困憊で地面に倒れている菅生へお茶を差し出す。時間をかけて戦っていたため、菅生のスタミナもギリギリだったようだ。
「おまっ……ゆる……はぁはぁ……こらッ……」
息も絶え絶えとはこのことだろう。肩で息をしている菅生は、ろくに喋れもしなかった。
一人で大量のモンスターに挑んだとはいえ、近くにずっと鈴鹿はいた。ピンチになれば当然助けに入っていたので、怒らないでほしい。むしろ安心安全に疑似的なモンスタートレインと戦えてラッキーと、前向きに捉えてほしいところだ。
「ふぅ……。お前! あんな数のモンスター相手に一人で戦わせるのは馬鹿だろ!? 全身痛いよ! ポーション寄こせ!!」
「まぁまぁ折れてないみたいだし痛みも勲章みたいなものよ。それよりどう? レベル上がった?」
「レベルとかじゃなくて今は……上がってる! レベル10になったぞ!!」
「おお! おめでとう! 良かったな!」
良かった。兄が単純な人で。
レベルが上がったことで怒りもなくなったのか、はしゃいでいる。これで菅生のレベル上げは終了だ。十分ステータスも上がっているので、受験も問題ないだろう。
「まさか高三でレベル10になるとはなぁ。……っは!? もしやレベル上がったからもっとカッコよくなったのでは!?」
「じゃ、鏡見るためにも帰るか」
「おお、そうだな! どうしよう。大学行くの辞めて芸能人になろうかな」
「頑張って受験してくれ」
レベル10までが容姿が変化するレベルだ。そこからはオーラとかが増すとか言われているが、鈴鹿はよくわかっていなかった。
一つ言えるのは、これ以上顔が変わらないのはありがたいくらいだ。これから先成長するたびに容姿も変わっていくと、行きつく先はなんなのか怖くなってしまう。
優良なステータスで成長できた菅生は、大学の探索者サークルに入ろうとも頭一つ抜きんでた容姿をしていることだろう。知力も上がっているため、大学受験も前の世界のようなことにはならないはずだ。
こうして、鈴鹿は見事兄である菅生のレベル上げを達成し、泊りでダンジョン探索してもよい許可が下りるのであった。




