5話 文化祭
10月中旬の日曜日。せっかくの休日だというのに、鈴鹿は珍しくダンジョンの外にいた。
「1年B組お化け屋敷やってま~す!」
「3年A組の焼きそばいかがですかー!!」
縁日の様にそこかしこに屋台が立てられ、にぎやかな声が響いている。ここは八王子探索者高校。今日は文化祭ということで、希凛に誘われたのだ。
学生以外の大人も多く来場しており、盛り上がっている。
「いや~久しぶりの休日だよ~」
ヤスがコリをほぐすように腕を伸ばしている。若干疲れた顔をしているのは、勉強が忙しいのだろう。
「高尾山高校の文化祭じゃないけどいいのか? 探索者高校で」
「いいのいいの。高校の文化祭ってどんなもんなんだろう、って興味で来てるからさ」
いつもは受験勉強に追われているヤスだが、鈴鹿に誘われて一緒に探索者高校の文化祭へと来ていた。既に受験の範囲は網羅しているそうだが、復習だったり高校の範囲を先取りしていたりと忙しいらしい。
進学校は高校一年生から大学受験のために予備校に通うことも多いと聞くし、その前準備みたいなものだろうか。
「やっぱ探索者高校なだけあって、みんな可愛いよな! これが高校かぁ」
「そうね。化粧とかしてないのに肌綺麗。これが若さか」
探索者志望の高校なだけあり、みんな運動部のような爽やかさがあった。ステータスも高いためか、男女問わず顔面偏差値が高い。それ目当てなのか、他校の生徒が探索者高校の生徒に声をかけているところをよく目にする。
「やっぱ俺らも結構見られるな」
「俺は最近慣れてきたよ」
鈴鹿は学校と家とダンジョンの往復がほとんどのため、あまり人が多い場所に行かない。そのため、今日みたいに知らない人が多い場所に来ると、無遠慮に顔をじろじろ見られて鬱陶しい。
「声かけられないだけマシか」
「お前今の顔鏡で見てみ。美形が無愛想にしてると、めっちゃ不機嫌に見えて話しかけられないから」
それは自分でも思う。顔が整いすぎてるがために、黙っていると圧があるのだ。まだこの顔に慣れていない頃は、鏡に映る自分にビクっとなる時があったくらいだ
逆にヤスはデフォルトでニコニコしている優男のため、街中でも塾でも所かまわず女の子に逆ナンされるらしい。だが、鈴鹿はそんなこと一度もない。たしかにヤスはイケメンだが、鈴鹿だってヤスとは違うジャンルのイケメンなのだから、声をかけられたっていいはずなのに。
「いいな逆ナン。俺も声かけられたい」
「嘘だろお前。絶対声かけられても冷たくあしらうだろ」
「そんなことはない! ……ないはず」
いつもニコニコ受けこたえられる自信はない。それに、今はダンジョンが楽しいから恋愛に割く時間はない。
だが鈴鹿も男なので溜まるものは溜まる。今はお金もあるし、風俗でも利用できれば完璧なんだが。
「それか男に見られてないんじゃね」
「そんな子供っぽいかなぁ」
「違う違うw 女だと思われてんじゃねってことw 男から声かけられる方が早いかもなww」
もはや鉄板のネタとなりつつあるが、鈴鹿は美形になりすぎた結果性別を超越したような見た目をしている。中性的と言えば聞こえはいいが、線も細く肌も白いため、ぱっと見は女の子に見えなくもなかった。
ステータス的にもゴリゴリマッチョマンと腕相撲しても余裕で勝てるくらいのはずだが、筋肉として現れてはくれなかった。
「あれ、定禅寺さんじゃないですか。来てたんですか?」
『男と女、どっちに先に声かけられるか勝負しようぜ』なんてヤスと話していたら、野太い漢らしい声に呼び止められた。そちらを見れば、見たことある顔の偉丈夫が立っていた。
ガタイが良くプロレスラーやラグビー選手のような身体に、謹厳実直そうな男前な顔。鈴鹿とは別のジャンルで男からモテそうな奴だった。
「あ~、たしかモンスタートレインの時の……」
「Parksの陵南です。あの時は本当にありがとうございました。ろくにお礼も言えないまま別れてしまってすみません」
ぺこりと頭を下げる陵南。堅苦しいところがあるものの、とても好青年だ。鈴鹿は彼のことが気に入った。
「いや、あの時はしょうがなかったですよ。僕も気にしてません」
たしかParksとは違うパーティだったはずだが、探索者高校の生徒が一人死んでいたはずだ。そんな状況の中、彼らは鈴鹿にお礼を言って去っていったのだから十二分だろう。
「敬語なんか使わないでください。探索者は強さが全てです。定禅寺さんに敬語を使われるのはむず痒いですよ」
「ええ、そういうもん?」
「そういうものです」
何か彼のこだわりがあるのだろう。会うこともないだろうし、彼に合わせておくのがいいか。
「あ、そういえば、こいつは僕の友人の安藤。こっちは陵南さん」
「どうも初めまして」
「初めまして。探索者高校三年の陵南です。定禅寺さんには、つい先日ダンジョンで助けていただいたんです」
ぺこぺこと頭を下げ合う陵南とヤス。
「定禅寺さんは来年探索者高校に?」
「いや、入るつもりはないよ。今日は誘われてきたんだ。あの時一緒だった希凛ってここの生徒に」
「ああ、陸前先輩の妹にですか。今日の武術祭には私も出ます。よかったら見に来てください」
そう言って、ぺこりと頭を下げて別れる陵南。助けられたとはいえ、高校三年生で中学三年生の鈴鹿相手にあの態度を取れるのはなかなか人間ができている。鈴鹿ではああはできないだろう。
「武術祭か。何時からだっけ」
「午後からだったはず。受付でもらったしおり確認してみろよ」
武術祭は探索者高校文化祭の最大の催し物だ。魔法は一切禁止。使用できる武器は小鬼からドロップする木製の武器のみの、近接戦の武術の大会。
スキル使用は許可されているため、レベル差があってもスキルによっては勝つことができるのも魅力の一つだろう。武術祭は探索者高校の伝統でもあり、怪我をしても回復魔法が使える探索者が探索者協会から派遣されているため安心だ。
もう一つ魔術祭も同時に行われる。こちらはクレー射撃の様に、空中を移動する素焼きの皿でできた的を魔法で撃ち落とすというものだ。
魔法の速射性と精密性を問われるため、スキルレベルが低い探索者高校の生徒ではなかなか難しい競技だが、炎や水が飛び出るためこちらも人気の催しである。
魔術祭は土曜日に行われたため、今日は見れないのが残念だ。
「それより、先に男に声かけられたな」
「いや、あれはノーカンだろ。知り合いだぜ」
「賭けは賭けだろ」
「っくそ。仕方ない。昼飯は奢ってやろう」
なんてタイミングの悪いやつだ、陵南め。
鈴鹿の中で上がったはずの株が、理不尽に少し下げられる陵南であった。
◇
希凛のクラスは純喫茶をしているらしい。呼ばれた1-Aの教室は、人気があるのかすでに何組も並んでいた。
「並んでるけどここでいい?」
「知り合いいるんだろ? いいよ、並ぼうぜ」
列の先では受付の生徒が立っている。ファミレスみたいに名前を書いて待つスタイルの様だ。
「いらっしゃいませ~。『絢爛たる喫茶店』で~す。お名前書いてお待ちくださ~い」
『絢爛たる喫茶店』ねぇ。文化祭のお店の名前って変な名前多いよね。俺の高校時代もそうだったけど。
懐かしいなぁと思いながら、受付へ向かった。
「あ、2名です」
「いらっしゃいませ~! こちらにお名前を……あの、鉄パイじゃなかった、鈴鹿さんですか?」
受付の女の子がじろじろ鈴鹿の顔を見て、そう言った。
「え、うん。そうですけど」
「あ、ちょ、ちょっとお待ちください!」
そう言って教室の中に入ってしまう。教室の入り口は黒いカーテンで覆われており、中の様子がうかがえない。
名前書いとこうかなぁとペンを取ろうとしたとき、教室から希凛が出てきた。
「やぁ、鈴鹿ちゃん。ようこそ『絢爛たる喫茶店』へ」
希凛はメイドのコスプレをしていた。いや、コスプレというには似合いすぎていた。
メイドカフェみたいなミニスカメイド服ではなく、ヴィクトリアスタイルのロングスカートに身を包んだ希凛は、優雅にお辞儀をしている。ピアスはいつも通りゴテゴテにしているものの、それ含め彼女らしく着こなしていた。
美人は何を着ても似合うというのは本当なのだなと、希凛を見て思う。
「さ、鈴鹿ちゃんの席は取っておいたんだ。中へどうぞ」
「まじかよ。悪いね。ありがと」
なんだか気を使わせてしまったようだ。希凛の後に続いて中へ入る。内装もこだわっているようで、純喫茶のような作りだ。
「メニュー表はこれ。おすすめはパンケーキかな」
おすすめということだったので、パンケーキとコーヒーを二つずつ頼んだ。
準備をするために希凛が席を外すと、隣のヤスが肘でつついてくる。なんだよと見れば、がちがちに固まってた。
「どうしたヤス。あ、紹介忘れてたな。次来たら紹介するよ」
「いや、そうじゃない。お前の知り合いって、まさかあの超絶美人お姉さまか?」
「そうだよ。あ、知り合いって男だと思ったのか? 甘いな。俺の知り合いはごつい陵南だけじゃない。女性の知り合いもいるのだよ」
ヤスは意外と思ったのか衝撃を受けていた。失礼な奴だ。
けれど、いつまで経ってもダンジョンはソロで探索しているし、浮ついた話をしたこともないため、そう思うのもしょうがないのかもしれない。
「すげーな。あんな美人とよく知り合いになれたな」
「これが探索者よ。でもお前もよくナンパされるんだろ?」
「いや、あんな美人からはされねぇよ。やっぱ探索者は違うな」
ヤスは探索者高校に来てからも、周囲の子が可愛い可愛いと言っていた。その中でも、zooのメンバーはステータスが高いため頭一つ抜けて綺麗であった。
もしかしなくても、1-Aの出し物が混んでる理由って希凛とかにあるのかもしれない。
「お待たせ」
「やっほ~鈴鹿ちゃん。久しぶり~」
料理を運んできたのは、希凛と犬落瀬だ。犬落瀬は長身でモデル体型であり、こちらもメイド服を着こなしている。亜麻色の髪も相まって、西洋のメイドそのものであった。
希凛といい犬落瀬といい綺麗系の美女二人が給仕をしていると、確かに絢爛な雰囲気がある。周りを見てもどこか大人っぽい生徒が執事やメイドをしているため、そういうコンセプトなのかもしれない。
「あ、希凛たちも座る? 移動するよ」
運ばれてきた飲み物が希凛と犬落瀬の分もあったため、鈴鹿はヤスの横へ移動した。
「にゃあ子と小鳥は?」
「あの二人は客引き。さっきまでいたんだけど、タイミングが悪かったね」
配膳をしながら、希凛が教えてくれた。
「席ありがと。あ、君は初めましてだね。探索者高校1年の犬落瀬です」
「同じく、1年の陸前希凛だ」
「あ、えっと、鈴鹿の友達の安藤泰則です! 鈴鹿からはヤスって呼ばれてます。よろしくお願いします」
隣のヤスを見れば顔を真っ赤にしている。犬落瀬も切れ長の目をしたお姉さん系の美人だし、こいつは年上に弱いのかもしれない。
それをからかうのは可哀想なのでしない。中学生にこんな美人二人が来たら、そりゃ顔も赤くなる。鈴鹿も二人はとても美人だと思うが、中身が30歳にもなる鈴鹿はヤスのような初々しい態度は取れない。若さっていいなって思うだけだ。
「ヤス君は鈴鹿ちゃんとダンジョン探索してたんでしょ?」
「はい。1区の間だけですけど」
「それでもすごいね。鈴鹿ちゃんと同じペースでダンジョン探索なんて、付いて行けるだけで誇れることだよ」
犬落瀬も希凛もヤスに興味があるようだ。見た目からもステータスが盛れていることがわかるため、鈴鹿と共にダンジョン探索を行ったことは疑いようもない。
二人からしたら、あの悪鬼の如き強さを誇る鈴鹿と肩を並べて探索していたヤスは、それだけで尊敬に値する。
ヤスも共通の話題で話しやすいのか、やれ鈴鹿は唐突に気になったからとダンジョンに一人で入っていただ、やれ金属バットと学校のジャージでダンジョンに潜っていただ、やれ鈴鹿は安全マージンという言葉を理解できていないと、好き放題言っている。
ほとんど事実なので何も言えないし、ヤスも居心地悪そうにしているよりいいだろと思って、聞き流していた。
「あっはっは! 鈴鹿ちゃんは最初からフルスロットルだったんだね!」
「そうでもないよワン子。ちゃんと初めてダンジョンに行った時は、酩酊羊としか戦わなかったんだから」
「いやいやw 中学生が一人で、それも金属バットを武器にダンジョン探索している時点でやばいよw」
「それはそうだね。さすがに私たちでも、ダンジョンに入る前には事前に最低限の訓練はしていたよ」
二人からすれば鈴鹿の頭のねじが外れていることは周知の事実なので、やっぱりイカれてるなと話を聞いて改めて思った。
それに加え、そんな鈴鹿に合わせて訓練もせずにシャベル片手に付き合っていたヤスもまた、常人とは言えない男だった。『こいつやばいですよねぇ』とか言っているが、お前も十分やばい。それが彼女たちの感想だ。
「そう言えば、鈴鹿ちゃんはもう四級探索者になったのかな?」
希凛が鈴鹿に問いかける。前回一緒に映画を見に行った時、鈴鹿は1層3区の探索は終わったと言っていた。であれば、次の探索エリアは2層1区だろうと当然思う。
四級探索者の昇級試験は、同行する試験官が指定した2層1区のモンスターを討伐することである。鈴鹿ならばすぐにでも四級探索者になれるだろうと思い、なった前提での確認として希凛は聞いてみた。
「え、お前もう四級探索者なの?」
「なってないなってない。今は1層4区の探索してるよ」
その言葉に一瞬ざわつく店内。一般のお客さんは何も変わらないが、探索者高校の生徒たちは鈴鹿たちの会話に聞き耳を立てていた。彼らは鈴鹿が鉄パイプの姫であることを知っており、興味を持っていたからだ。
「すごっ。キリンの予想通りじゃん」
「だろう? 鈴鹿ちゃんならエリアボス狩りよりも面白そうな4区の方に進むって」
どうやらカマをかけていたらしい。希凛の言葉に鈴鹿も同意する。
「そうなんだよ! 4区面白いぞ! 宝箱いっぱいあるし、出てくるモンスター全部強い! 希凛たちも4区行った方がいい」
「ああ、そのつもりだよ。私たちは最強を目指してるからね」
厨二くさいセリフだが、希凛がいうと様になっている。やはりどんな言葉かではなく、誰が言うかが重要なんだな。美人が言えばまるで映画のワンシーンだ。
4区の様子や、兄のレベル上げを手伝っていることなど他愛もないことを話しながら楽しく過ごした。スタッフである二人をずっと拘束していることに罪悪感を覚えたため、パンケーキを食べたら文化祭を満喫するために次へ行くことにした。
途中客引きをしていた小鳥と猫屋敷に会ったり、武術祭では決勝で陵南が猫屋敷と接戦を繰り広げるも猫屋敷の気迫が上回り名勝負の末猫屋敷が勝利したり、可愛い子が想像以上に多いためにやっぱり探索者高校に進学しようかなというヤスを引っ叩いたりと、久しぶりのダンジョン以外で過ごす休日は満足のいくものであった。




