4話 久々の酩酊羊
兄の菅生の準備が整ったので、二人は獲物となるモンスターを探していた。
両手剣を重そうに持っていたので、今は菅生の収納に入れている。
ダンジョンの祝福として、ダンジョンに一度でも入ればステータスを見ることができる。ステータスは当然初めはレベル1だが、収納は1~4の間で最初から備わっている。そのため、レベル1の菅生でも重い両手剣をしまうことができるのだ。
「お、いたいた。1区は見つけやすくていいな」
最近は森林地帯の4区を探索していたので、遠くまで見通せる草原エリアは敵を見つけやすくて快適だ。
「あれが酩酊羊ってやつか。あいつの肉美味かったよな」
「わかる。あれ美味いよな。だから菅生、倒して肉確保してくれ」
少し離れたところに、草を食んでいる酩酊羊がいる。数は一匹。鈴鹿も最初は酩酊羊と戦うところから始めた。
「それで作戦は? 鈴鹿が羊の動き止めてるところに、俺が横から攻撃すればいいのか?」
菅生が戦う前に確認してくる。だが、鈴鹿はきょとんと菅生を見る。
一体こいつは何を言っているんだ?
「一緒に戦うわけないじゃん。一人で戦うんだよ」
「は? いやいや……は? 何言ってんのお前」
二度見するみたいに疑問符を投げかけられる鈴鹿。だが、鈴鹿も菅生の考えがわからん。
いや、そうか。菅生はダンジョンについて詳しくないんだ。それなら仕方ないか。
「いい? ダンジョンってのはリスクがある状態で戦った方がステータスが盛れるんだよ」
「知ってるよ。常識だろ。だから育成所じゃステータスが盛れないんじゃん」
「なんだよ知ってたのかよ。じゃあ一人で戦う理由もわかるだろ。ステータス盛れないと知力上がんないだろうが」
菅生のレベル上げの目的は、ステータスアップの恩恵を受けて学力向上を目指すことだ。レベルの高い鈴鹿が一緒に戦えば、育成所と変わらないステータス増加量しか貰えない。それでも恩恵はあるのだろうが、自分がレベル上げを手伝う以上、そんな中途半端な結果にはしたくない。
せめて育成所よりも多いステータス。目指せ探索者高校の生徒と同じステータスだ。
「いや、だから……ええ? なに、お前脳みそまで筋肉でできてんの?」
「おいおい随分な言い方じゃないかお兄ちゃん。知ってるか? ダンジョンって人が死んでも罪に問われないんだぞ」
「んな訳あるかボケ。いいか、俺は武道なんて習ってないし、もちろん剣もろくに振れない。要は戦えないんだよ」
途端に自分は弱いですと告白されても、鈴鹿は励ましの言葉がない。だって事実だし。
「そんな俺が一人で酩酊羊と戦えるわけないだろ? 見ろよあいつの角。何人も殺してきたって角してるじゃん」
酩酊羊の頭には、横顔を護るようにくるんと丸まった角が生えている。確かにあれが刺されば痛そうではあるが、そんな凶悪なものだと思ったことはなかった。
「大丈夫。あれは飾りだ。大したことない」
「飾りなわけないだろ。お前の頭が飾りかよ」
ダメだこいつ、ビビって話にならない。嫌だ嫌だと駄々をこねる菅生。兄だけあって、鈴鹿に強く出てくるため意見を変えてくれない。
「酩酊羊の攻略方法を教えてやる」
「攻略方法?」
「あいつは酔っぱらってるから、足元が不安定だ。シャベル使って穴掘れば、その穴に引っかかってずっこけるんだよ」
「でもこんな原っぱじゃ掘ってるところ丸見えだろ。遠くの酩酊羊誘導するにしても、そんな芸当俺にできると思うか?」
菅生の言う通りだ。目の前で穴を掘っていれば普通気づくだろう。だが酩酊羊は違う。
「大丈夫だ。あいつは酔ってるから目の前で何してても、頭に血が上って突進するしかできなくなる。目の前で穴掘ってるとか落とし穴があるとか考えられない」
「まじ? 酔っぱらいって哀れすぎじゃね?」
「そうだよ。お前も大学行ったら気をつけろよ」
そう言って鈴鹿は菅生にシャベルを渡す。
「わかったら早く穴掘る」
「いや、でもなぁ」
攻略方法を教えたというのにまだ渋る。自分の兄ではあるが、うじうじしていて腹が立った。
だが、鈴鹿は精神年齢で言えば30歳だ。18歳の兄が一人で戦うことへの恐怖を覚えるのも理解できる。ヤスも怖かったって言っていたし。普通はそう思うのだろう。
怒って無理やり戦わせてもいいが、自発的に戦おうと思ってくれた方が身も入っていいはずだ。そして、菅生が前向きに戦う妙案を鈴鹿は閃いた。
「菅生。想像してみろ。お前は大学生だ」
「なんだよ急に」
「いいから想像しろ。お前は大学生だ。好きなサークルに入り、バイトもして遊ぶ金もゲットし、同じ講義を受けている可愛い女の子と付き合うことになった」
「ほぅ、素晴らしいな」
「だが、事態は急変する。付き合って1か月もしたら、その可愛い彼女から別れを切り出された」
「は? なんでだよ」
「『ごめんね菅生君。私、探索者サークルのイケメンで有名な先輩に告白されちゃって、今は彼のことが好きなの。だからごめん、別れよ』」
「誰だよその先輩って。探索者サークル? 人の女に手出しやがって。鈴鹿に言いつけてシバかせるぞ」
「探索者サークルは、育成所に行かずに自分たちの力でレベル上げを行うサークルだ。2層にも行けない程度の奴らだが、育成所でのレベル上げよりも容姿がいいやつが多い。それにかこつけて、大学の女たちを食いまくる悪のサークルだ」
前の世界で言うところのヤリサーに当たるサークルだ。平日は暇なのでダンジョン関係についていろいろ調べているのだが、調べていたら出てきたのが探索者サークルだ。当然まじめにダンジョンを探索している奴らもいるだろうが、圧倒的にヤリ目が多いらしい。
結局探索者高校の生徒よりもステータスが盛れない連中が大半らしいが、趣味ならそれで十分だろう。
趣味で探索を行っているから将来命の危険がある探索者になる訳でもなく、育成所上がりよりもステータスが高いため頭が良くて成績も優秀で、ステータスのおかげで体力もあるから元気ハツラツで就職活動も有利で将来有望株。それでいて容姿もいいとなれば、女性が群がるのも頷ける。
「っは! 最高のサークルじゃねぇか! 俺もそこにするわ」
「けど、今のうちからダンジョンでレベルを上げておく。それもステータスが爆盛りできていればどうなると思う」
「期待の新人……。他の奴らよりも圧倒的有利……! 彼女も俺から離れることは無い!!」
「容姿がいいことで有名な探索者サークル。その中でも一段とイケメンな菅生。……あとはわかるだろ?」
「寝取られる人生から寝取る人生に! ……任せろ鈴鹿。お兄ちゃん頑張るわ」
そう言って、菅生は一生懸命穴を掘りだした。我が兄ながら大学生活が心配だ。
こいつ理系だから周りに女の子なんていないと思うんだけど、探索者サークルなら寄ってくるのかな?
「掘り終わったぞ」
「あとは酩酊羊に近づいて。酩酊羊が菅生に気が付けば怒って追っかけてくるから、穴に誘って転ばせるだけ」
「で、倒れてるところに剣を振り下ろせばいいのね」
そう言うと、菅生は先ほどの怯えがなんだったのかと思うくらいずんずん酩酊羊に近づき、見事釣り出して穴を使って酩酊羊を転ばせることに成功した。
「うぉぉおおおお!!」
叫びながらなんとか両手剣を振り下ろす菅生。上手く酩酊羊の胴体に命中するが、攻撃力が低いため一撃で煙に変えることはできなかったようだ。
それでも、酩酊羊が起き上がろうとする度に剣を振り下ろして地面に押さえつけるよう頑張る。途中立ち上がり突撃されそうになっていたが、ダメージを負っている酩酊羊は動きに精彩さを欠いており、なんとか菅生は回避して再度剣を振り下ろすことに成功する。そこからは二度三度振り下ろしをすれば、酩酊羊は煙となって菅生に吸収されていった。
「はぁはぁ、倒した! 倒したぞ鈴鹿!!」
「おめでとう。やるじゃん。ほらお茶」
そう言って、バッグからお茶を取り出して渡す。慣れないことをしたからアドレナリンが出て興奮しているため、一息つかせる。
この調子なら大丈夫そうだな。
「おお! レベル上がったぞ!」
「さっそくか。幸先良いね。この調子で次も行こう」
「ああ! 待ってろよ俺のハーレム性活!!」
爛れた目標を掲げる兄を無視し、鈴鹿は次なる獲物を探すのであった。




