3話 菅生の準備
10月最初の土曜日。鈴鹿と兄である菅生は、探索者協会八王子支部に訪れていた。
「久しぶりだなぁ」
「なに? 菅生来たことあるの?」
「当たり前だろ。15歳の時にダンジョンの祝福受けに来てるよ」
久しぶりと言いつつも、きょろきょろと辺りを見回している。15歳の時といえば、3年も前だ。それ以来訪れていないなら物珍しくもあるだろう。
鈴鹿は慣れた手つきで端末を操作し、手続きを進めていく。
「菅生、ライセンスカード貸して」
「はいはい」
二人分の申請を終え、セキュリティゲートをくぐればすぐに八王子ダンジョンへ踏み入った。相も変わらず心地よい陽光が鈴鹿たちを迎えてくれる。
別の層では天候が変わるエリアもあるというが、1層では常に過ごしやすい温暖な気候だ。
「おいおい鈴鹿。なんか装備貸してくれるんじゃなかったのかよ」
菅生が先を行く鈴鹿を呼び止める。サクサクと進んでしまうから後を付いて行ったが、菅生は防具はおろか武器すら持っていない。手に持っているのは鈴鹿に渡されたシャベルだけだ。そんな丸腰と言っていい状態でダンジョンにいるのは怖いようだ。
レベル1だから当然ではあるが。
「わかってるわかってる。入り口から少し離れたところで準備するよ。何か出ても俺いるから大丈夫」
今の鈴鹿なら親分狐が束になって襲ってきても怪我すらしないだろう。
兄としての威厳からか引っ付いてはこないが、気持ち距離近めで後ろをついてくる菅生。入り口から離れ周囲に誰もいないことを確認してから、装備を渡していく。
「と言っても、渡すものはそんなにないんだけどね。はい。これを両手につけて」
そう言って収納から取り出したのは、『付出の証』二つだ。1層3区の幕下蛙からドロップするアイテムで、効果は体力と防御をそれぞれ25ずつ上昇させる。それを両腕に付ければ50ずつ上昇するため、1層1区であればどんな攻撃を喰らっても致命傷にはならないだろう。
「おお! カッコいいなこれ!」
「えぇ、まじかよ。微妙じゃない? それ」
「カッコいいじゃん! それならくれよ!」
『付出の証』はちょっとごつめのシルバーアクセサリーで、鈴鹿のセンスではない。効果も微妙なので使うことは無いのだが、そんな簡単にはあげられない。
「だめ。それダンジョンアイテムだから、付けてたら探索者に絡まれるかもしれないから止めた方がいい」
特に探索者高校の生徒からしたら『付出の証』は有用なアイテムだし、ドロップ率も低いからぜひ欲しいアイテムだろう。それを探索者でもない菅生が付けて歩いていれば、カツアゲにあう可能性もある。
菅生も探索者の悪評は聞いているのか、それを聞くとすぐに諦めた。
「それなら仕方ないか。他には?」
「装飾品はそれだけ」
「え、これだけ?」
「うん。装飾品ってあんまりドロップしないんだよね」
モンスターからドロップするアイテムに装飾品があるのだが、そのドロップ率は渋い。エリアボスの装飾品もあるのだが、それは渡さない。理由は、あまり意味がないからだ。
『付出の証』は固定値で25上昇するのに対し、例えば『水刃鼬の加護』では体力5%、敏捷を20%上昇するという割合での強化なのだ。鈴鹿の様にステータスが高い探索者からすると、割合での上昇は恩恵も大きく魅力的なアイテムだ。
かたや菅生のレベルは1。ステータスなどまだ一桁台だ。そこに割合強化をしても、意味がほとんどない。よって、鈴鹿が持っている装飾品としては『付出の証』くらいしか有力なアイテムがないのである。
「まじかよ。大丈夫かこれだけで」
「そのアイテムは体力と防御を上げてくれるから、変な装備よりよっぽど安全だぞ」
「だけどさぁ、なんかこう、全能力+100とかのアイテムないの? ちゃちゃっとレベル10まで上げられるような凄いアイテムとか」
「甘ったれるなよ。その腕輪も性能いいんだからな。俺が初めてダンジョン探索した時はそんなのなかったし」
鈴鹿は菅生を甘やかすつもりはない。甘やかしてしまうとせっかくダンジョンでステータスを上げに来ているのに、半端なステータスしか盛れなくなってしまう。
そういう意味では『付出の証』も過剰かもしれないが、その辺はリスクバランス的に妥協せざるをえない。菅生は探索者を目指しているわけではなく、あくまで受験のためにステータスを上げる必要があるのだ。大怪我をするリスクを負ってまでステータスにこだわる必要はないだろう。
目標はステータス成長が平均2の育成所よりも高い、探索者高校の生徒と同レベルのステータス。目指せ平均5だ。それだけあれば探索者に転身することも可能ではあるし、上々だろう。
「まぁ、それ言われちゃうとしょうがないか。ん? それで言うと、こんなアイテムどころか武器なんてお前持ってなかったろ? 銃とか借りれたの?」
「いや、小学生の頃の金属バットで戦った」
「は? イカれてんのかよお前」
まさか兄に露骨に引かれるとは思わなかった。金属バットだって十分凶器だろ。どこかのヤスみたいにシャベルで戦わせるぞ。
「え、ちょっと待てよ。まさか俺にも金属バットで戦えって言うんじゃないだろうな!?」
「それもいいかもな」
「ふざけんなよ! 早く武器貸してくれよ!」
少しまじで焦る菅生。弟がダンジョンに金属バット一本で戦いに行っているイカレポンチということを知り、自分も巻き込まれるのではと戦々恐々としている。
「わかったよ。武器はいくつかあるから選んでいいよ」
そう言って、鈴鹿は収納から5つの武器を取り出した。
鈴鹿愛用の魔鉄製のパイプ、親分狐からもぎ取った金棒、そして片手剣と盾のセット、槍、ロングソードだ。
この剣と槍は、1層4区の宝箱からドロップしたアイテムである。宝箱からドロップしたとはいえ、1層4区程度の宝箱のアイテムでは大したことない武器たちだ。
1層4区や2層からは、時折宝箱が落ちていたりモンスターを倒すと宝箱が出現する。宝箱を開けると煙が飛び出し、武器、防具、装飾品アイテム、ポーション、マジックアイテム、食材の6種類からランダムで一つドロップされるのだ。さらに、稀にレアなアイテムもゲットできるという、まさに宝が入った箱である。
2層を探索している探索者たちは、宝箱に出会えるのは5回探索して1回程度の頻度だという。だが、鈴鹿は毎回の探索で宝箱を見つけているし、多い日には3個見つけることもあった。
それは当然で、そのエリアで活動する探索者の数が圧倒的に違うからだ。2層で探索している探索者は数多い。当然だ。探索者高校卒業生たちが2層を探索しており、3層4層辺りになれば探索者の多くが成長限界を迎えるため、そのエリアに留まってしまうので非常に混雑している。その探索者たちが5回に1回の探索で見つけられるのが宝箱だ。
では、2層の1/5以下の人数、いや鈴鹿しか探索していない1層4区ではどうなのかと言えば、宝箱が飽和しているような状態といえる。そんな環境のため、鈴鹿はこれまで合計16個の宝箱をゲットすることができた。
アイテムの内訳はこうだ。
武器×3
防具 頭×2、脚×1
体力ポーション×1
食材 肉×2、魚×3、野菜×3、果物×1
食材は出現割合が多いらしく、外れ扱いのアイテムだ。食べてもバフが乗るなんてことは無く、ただのおいしい食材だ。だが、これこそが鈴鹿が求めていたアイテムでもあった。
宝箱のアイテムは収納に入れることができる。宝箱の中にアイテムが入っている訳ではなく、中から出てくる煙を吸収して収納に入るので当然と言えば当然だ。
つまり、収納にしまえる食材がゲットできるということだ。これからダンジョンで宿泊することも視野に入れていた鈴鹿にとって、かさばる食材を収納に入れられるというのはでかい。
『関取の明荷』があるので、カロリーメ〇ト的なかさばらない食べ物を入れることはできるが、せっかく野営するなら美味しいものを食べたいじゃないか。
そして、宝箱から体力ポーションがドロップしたのは大きい。体力ポーションは一度使ってしまって在庫がなかったし、その有用性は身をもって体感していただけに、一つあると安心感が違う。
他には武器と防具が3つずつドロップした。これらは大したことない装備ではあるものの、売らずにいた。理由は当然カッコいいからだ。
今菅生が手に持って吟味している武器たちは、少しの装飾が入った程度の普通の武器だ。ゲームで言えば序盤でしか使わないような武器。レア度で言えば最低ランクの★1。コモン武器だ。しかし、そんな武器を現実で目にすることは滅多に無い。
もちろんシーカーズショップに行けば武器も置いているが、やはり自分で手に入れたものは一味違う。収納もレベルアップのおかげで容量も多いため、売らずにとっておいているのだ。
「鈴鹿が普段使ってる武器はなんなの? さすがにもう金属バットじゃないだろ?」
菅生の質問に正直に答えるならば、『凪の小太刀』だ。だが、あれはエリアボスのドロップ品が強奪スキルで強化されたものであり、あまり人目に見せられない。
身内である菅生ならいいかもしれないが、それがきっかけで何かに巻き込まれてでもしたら困るので、見せない方がいいだろう。そのため、鈴鹿は菅生が見向きもしない魔鉄パイプを拾い上げて見せた。
「俺はこれ使ってる」
「鉄パイプかよ!? それが一番ないだろw」
菅生の言う通りではある。魔鉄パイプは一見ただの鉄の棒だし、この中で一番殺傷能力は低く見えるだろう。
だが、ここに出ている武器、特に剣などはつい最近手に入れた武器なのだ。最初から持っていたら、さすがの鈴鹿も剣を握っていただろう。
「剣は最近手に入れた武器だから、使えなかったんだよ。ゆうて、これ魔鉄でできてるから魔力も流しやすいし、案外使いやすいんだよ」
そう言って魔力を流せば、魔鉄パイプが仄かに輝る。
「はぁ、探索者っぽいな」
「まぁ、探索者だからな」
正確には、探索者と呼ばれるには四級のライセンスが必要だ。五級探索者である探索者高校の生徒や鈴鹿のような者は、さしずめ探索者見習いといったところだ。
四級探索者の資格は2層1区のモンスターを討伐できることであり、今の鈴鹿なら問題なく昇級できるだろう。だが、中学生が四級探索者になるのは目立ちそうだし、今すぐ四級探索者になるメリットもないので、1層の攻略が終わったら昇級試験を受けるつもりだ。
「ま、俺はこれにするわ。無難そうだし」
そう言って、菅生は片手剣とラウンドシールドを手に取った。それを見て、鈴鹿は少し悩む。
「選ばせてなんだけど、それ振れる?」
「ん、結構重いなこれ」
両刃の片手剣は刃幅もあり結構な重量がある。それを片手で振るのは慣れと筋力が必要だろう。
「ちょっと難しいかも」
「な。間違って足にでも当たったら大怪我するし、やめとくか」
そう言って鈴鹿は武器を回収し、両手剣を菅生に渡す。
「これにしよう」
「こっちの方が危なくね? 重いんだけど」
両手剣のため先ほどの片手剣よりも重いのは当たり前だ。だが、これでいい。
「最初に戦うモンスターはこれで十分。力いっぱい上から振り下ろすだけでいいから、これにしよう。ステータス上がったら片手剣かな」
最初の敵はヤスから攻略方法を教えてもらった酩酊羊だ。落とし穴にはまって無防備になるので、これで十分だろう。
こうして、菅生の準備が整った。




