19話 二人の誤算
Urbanが引き起こしたモンスタートレインには、すでに二つのパーティが巻き込まれていた。モンスタートレインはモンスターだけでなく探索者も引き寄せられる人為災害だ。
Parksやzooは自らの選択でモンスタートレインに参戦したように見えるが、モンスタートレインに誘われた探索者はあそこで引いても必ず巻き込まれる。自発的かそうでないかの違いでしかないのだ。彼らが参戦しているのも必然であった。
モンスタートレインだが、zooの参戦によって再度拮抗を保てていた。しかし、zooの参戦を見込んだように追加で現れたモンスターによって、いくらzooが強くても優勢とまで言えはしなかった。
zooは優秀であるが、3区の探索は今日が初。レベルもまだ25前後で、現れるモンスターよりも10以上離れていることも、優勢になり切れない原因であった。
そんなzooのメンバーである猫屋敷は、二体の狂乱蛇擬に休む暇もなく襲われていた。
「ほらほらにゃあ子。避けてるだけじゃ剣術は上達しないよ」
「うっさい鬼畜!! あとで絶対泣かす!!」
狂乱蛇擬は避けても避けても、緩急をつけることもなく襲い掛かってくるモンスターだ。一体避けてもすぐに次が来るため、なかなか攻撃に移れていなかった。
「おい陸前! そっちに任せすぎてる! 手を貸すぞ!!」
Parksのリーダーである陵南が今にも事故が起きそうな猫屋敷を見て、声を上げた。
「ん? ああ、お構いなく。そちらはワン子と協力して数を減らすのをお願いします」
犬落瀬はParksやUrbanが受け持っていた幕下蛙や狂乱蛇擬の攻撃を一身に防いでいた。犬落瀬が持つスキルである敵のヘイトを向ける『挑発』と、兎鬼鉄皮からのドロップ品である『兎鬼の盾』を駆使し、全方位から迫る攻撃をさばき続けていた。
ヘイトを犬落瀬が集めてくれているおかげで、他の探索者は攻撃に専念でき、あれだけ傷をつけるのに苦労していたのが嘘だったみたいにダメージを与えられていた。
「わかった! 手が必要であればいつでも言ってくれ!」
そう言って陵南も急いで犬落瀬の下へ向かう。数を減らせれば、それだけ犬落瀬の負担も減らせるためだ。
(彼らは確かParksだったかな。3年では上位の実力だけど、探索者としては中堅クラスだと思っていたんだが……。なかなかどうして、やれるじゃないか)
希凛は八王子探索者高校の全パーティを記憶していた。記憶の限りではParksに光るものはなかったが、実際に見てみると高校生らしからぬ手堅く落ち着いたいい探索者であった。
「小鳥、疑似粘性は見つけ次第駆除。その他は好きに動いていいよ」
「き、キリンちゃんも早く戦うといいです! こ、ここのリスちゃんは全部私の物です!」
まるで夢の国にでも来たかのように眼を輝かせながら、小鳥は凄まじい勢いで種砲栗鼠を攻撃してゆく。
その光景を見て、希凛は笑う。
仲間がすぐに助けられない状態で、狂乱蛇擬2匹と戦う場面はこの先あるだろうか。
周囲を敵に囲まれ、攻撃を弾いても弾いても味方の攻撃が弱く敵の数が減らない戦いがこの先あるだろうか。
周囲からキリがないほど迫ってくるモンスターの攻撃を掻い潜りながら、モンスターと戦う機会がこの先あるだろうか。
(なんて貴重な経験だ。さて、私もその恩恵に与るとしようか)
迫りくる序ノ口蛙の両足を槍で切り裂き、倒れ伏す頭部に槍を突き刺して煙へと変えた希凛が動き出す。
周囲はモンスターで溢れている。一匹の序ノ口蛙を倒したところで状況は何も変わらない。岩石土竜と幕下蛙が希凛へと襲い掛かる。
岩石土竜は二足歩行の土竜で、岩の鎧を身にまとっている170センチほどのモンスターだ。両手の爪から繰り出される攻撃は殺傷能力が高く、生身で受ければ簡単に切り裂かれてしまう。
それに加えて幕下蛙もセットで襲ってくる光景は、Urbanに限らずParksのメンバーでも絶望的な光景だ。
だが、希凛に恐怖はない。たしかに今の希凛のレベルから考えれば格上のモンスターであるが、ステータスでは劣っていない。そんな相手に怖がるほど希凛は乙女ではなかった。
迫りくる幕下蛙に向かって水魔法で水弾を放ち牽制する。大きさ重視の水弾は幕下蛙の顔に命中するが、目くらまし程度でダメージは入らない。だが、数秒でも時間を稼げれば十分だった。
岩石土竜の振り回された爪を器用に槍ではじき上げる。万歳のような格好になった岩石土竜の岩石の鎧の隙間を的確に槍で突いてゆく。その正確無比な突きに関節部分をやられた岩石土竜は、反撃のために爪を振り回すが先ほどまでの動きの精彩さはなくなっていた。
水弾の衝撃から立ち直った幕下蛙が希凛へと迫りくる。さらに背後から球月蛇も転がってきており、挟撃される形だ。
それに対し、希凛は流れる様に幕下蛙の突っ張りを躱してゆく。背後からの球月蛇は振り向きもせず槍の石突きで突進を止めると、まるで舞う様に横なぎに振った穂先が大口を開けて襲い掛かっていた球月蛇の下あごを切り落とした。
幕下蛙はなおも突っ張りを放つが、そのたびに躱されカウンターをくらい生傷が増えてゆく。その間も球月蛇や種砲栗鼠からの弾丸のような種、岩石土竜は切り裂きに来るが、ことごとくを防ぎカウンターを入れてゆく。
取り回しが難しい槍は乱戦が苦手なはずだが、希凛はそんなことを微塵も感じさせない。幕下蛙や岩石土竜はさすがに体力も多くすぐに倒すことはできないが、zooの参戦で探索者側に軍配が上がっていた。
(こういう乱戦も今のうちから経験を積んでいた方がいいかな。ステータスを上げるためにもちょうどいいし、今度試してみよう)
希凛はモンスターに囲まれながらも周囲を気にする余裕すらあった。猫屋敷が狂乱蛇擬に苦戦しているが、他のメンバーは大丈夫そうだ。さすがに狂乱蛇擬二匹はきつそうではあるが、成長のために彼女には頑張ってもらおう。
小鳥が遠距離攻撃を持つ種砲栗鼠や疑似粘性の数を減らしてくれているおかげで、目の前の敵に集中できるようになってきた。そうなればより戦いに余裕が生まれる。
(モンスタートレインも1層3区のモンスターが相手ではこんなものか。程度も知れたし、もう十分かな。あとはにゃあ子の剣術レベルが上がってくれれば儲けものかな)
そう思い次に猫屋敷と戦わせるモンスターを選ぼうとしたとき、急激な悪寒を感じた。
「ワン子ッ!!」
「わかってる!」
希凛が指示を出す前に犬落瀬は動いていた。受け持っていたモンスターを強引にシールドバッシュでどかすと、zooのメンバーの中心地へと駆け出した。
猫屋敷も小鳥も強烈なプレッシャーを感じ、即座に戦闘を中断し犬落瀬の下へ向かう。
「【挑発】ッ!!」
犬落瀬は何も攻撃が来ていないにもかかわらず、スキルを発動した。猫屋敷を追おうとしている狂乱蛇擬もいるが、あれなら挑発を使う必要もない。だが、タンク役である犬落瀬の勘がスキルを使わせた。
直後、幕下蛙の攻撃ですら受け止めた盾を弾くほどの衝撃が、犬落瀬を襲った。盾を手放さなかったのは防御に全力を投じていたからに他ならない。
「【ウォーター・カッター】ッ!!」
犬落瀬を襲ったモンスターに、様子見のために遠距離攻撃である水魔法を放つが、蜃気楼のように揺らめき気づけば後方の岩石土竜の後ろまで下がっていた。
「キリン! あいつは!!」
「わかってるよ。これは……いや、これこそがモンスタートレインということかな」
希凛はいつも通りの達観したような落ち着いた態度のままだ。しかし、その顔はこわばり冷や汗が頬を伝う。
周囲のモンスターですら新たなモンスターの出現に委縮しているようで、あれだけ騒然としていたのがウソだったかのように静寂が場を支配していた。
その元凶であるモンスターは、ゆぅるりと岩石土竜の背後から姿を見せる。
水刃鼬:レベル48
1層3区のエリアボスの一柱。探索者高校では戦うべきではないと教えられるような存在。そんなモンスターが、モンスタートレインに加わった。
◇
鈴鹿は3区を駆けながら、疑似粘性を探していた。十両蛙で使ってしまった体力ポーションを補充しようと思ってだ。
しかし、疑似粘性は数も少ないうえに見た目も半透明で見つけにくい。探しているのだが、今日はまだ5匹しか倒すことができていない。
少し前までは体力ポーションなんて持っていなかったが、一度ポーションという安全マージンを設けてしまうと、それがないと不安に思ってしまうのが人の性というものだ。
特に体力ポーションは命に直結するアイテムでもあるため、ソロで活動している鈴鹿からしたら生命線になりうるアイテムだ。
「もう水刃鼬のエリアに着いちゃうよ」
少し迂回しながら進んでいる程度で、がっつり疑似粘性を探しているわけではない。そちらに時間を取られてしまえば、水刃鼬と戦う時間が無くなってしまうかもしれないからだ。
それでは虎の子の体力ポーションを使った意味がなくなってしまう。
「いた! 頼む!! ポーション落とせ!!」
視界の端に疑似粘性が映ったため、進路を変えて疑似粘性を狩りに行く。接近する鈴鹿に疑似粘性は気づいていない。
十両蛙との戦いで装備していたアイテムは全て元に戻しており、『擬態のマント』を羽織っている鈴鹿の気配遮断を疑似粘性は看破できないようだ。
鈴鹿は走る速度を緩めないまま、通りすがりに魔鉄パイプで疑似粘性のコアを叩き壊した。
酸性の身体を揺蕩っているコアだが、魔力操作によって武器に魔力を纏わせれば武器が傷つくこともなくコアを破壊することができる。
「よし、結果は……ポーショああああああ! 状態異常の方かよ! 一番いらねぇ!」
ポーションがドロップしているのを見つけ歓喜したのも束の間。ドロップしたポーションは状態異常を回復することができるポーションだった。
鈴鹿は双毒大蛇との戦いで状態異常耐性を持っており、『双毒の指輪』の恩恵もあって状態異常耐性はスキルレベル3まで上がっている。つまり、下級ポーションで治癒できるレベルの状態異常になることはない。完全に無駄なアイテムになってしまう。
「くっそぉ。もういいや。知らん」
水刃鼬が生息しているエリアはもう近いため、疑似粘性は諦めて先に進むことにした。1層3区を超えれば宝箱が出現するようになり、そこからポーションが出ることもあるためそっちに期待することにしよう。
「あれ? いないんだけど」
まっすぐ水刃鼬のエリアに駆けた鈴鹿は、いつもなら水刃鼬がいる場所がもぬけの殻になっているのを見つけた。
「あれ? 合ってるはずだけど……」
マップのスキルがある鈴鹿が場所を間違えるはずがない。多少移動することもあるが、ほとんどこの場所から動かなかったはずの水刃鼬の姿がいない。
遠出してるのかと近くの丘に登って辺りを見回すが、水刃鼬は見つけられなかった。
「え、嘘でしょ。もしかして倒されちゃった?」
どのタイミングでエリアボスがリポップしているのかは不明だが、少なくとも一晩経てば復活している。今日戦った双毒大蛇も十両蛙も昨日倒しているが、今日には復活していた。
それなのに水刃鼬は周囲にもいないということは、倒されてしまったということだろうか。
もう一つ考えられるのは、鈴鹿がエリアボスが出現する基準の強さを超えてしまったため現れなくなったか。だが、今日の戦闘ではまだレベルが上がっておらず、双毒大蛇や十両蛙と戦った時と変わらない。鈴鹿の中でも、今エリアボスが現れないほど強くなったとは思えない。
そうなると誰かが倒したということになるのだが、どっちにしても今日水刃鼬と戦う機会は無くなったということだ。
「嘘だろ……。最後にとっておいたって言うのに……」
水刃鼬は両手と長い尾っぽが刃になっているモンスターだ。三つの刃に水魔法による攻撃が降り注ぐ手数の多いモンスターでもある。
『凪の小太刀』という新たな武器をゲットした鈴鹿にとって、手数の多い水刃鼬は剣術のスキルを上げるのにもってこいのモンスターであった。
だからこそ、あえて双毒大蛇からエリアボスを回ってゆき、最後に水刃鼬と戦おうと思っていた。鈴鹿はケーキの苺は最後に食べる派なのだ。
「なんでよりによって今日なんだよ……。それに水刃鼬……まぁ戦うなら水刃鼬だよなぁ、はぁ」
昨日まではエリアボスの付近にすら他の探索者の影が無かったため、他の探索者にエリアボスが倒されるなんて想定していなかった。探索者はエリアボスとは戦わないとも聞いていたし、エリアボスは自分だけの特権だとも思っていた。
しかし、思い返してみれば探索者高校の希凛も、2区のエリアボスと戦うと言っていた。それも希凛はまだ高校1年生のはずだ。つまり、探索者高校でも成績優秀者は鈴鹿や希凛のようにガツガツダンジョンを探索し、エリアボスと戦っているのだろう。
そのことに頭が回っていなかった。
そして、3区のエリアボスの中で戦うとしたら水刃鼬だろうと鈴鹿も思う。水刃鼬は刃を使った殺傷能力の高い攻撃をしてくるため、初めは鈴鹿も緊張しながら戦いに臨んだ。
水刃鼬は敏捷と攻撃が高いモンスターで、両手の鎌と尾っぽの刃での攻撃は生半可な探索者ならば受けきれず細切れにされてしまうだろう。だが、エリアボスである水刃鼬に挑む探索者が生半可なわけがないし、防御力は低く攻撃を当てればダメージを十分与えることができる。攻撃は恐ろしいが、攻撃を当てればちゃんと倒せる相手なのだ。
一方、双毒大蛇であれば毒や麻痺の霧で近づくことも難しく、防御力が高く体力も非常に高いため、倒すのに手間がかかるモンスターだ。尻尾のぶん回しや嚙み付き攻撃も十分な威力があるし、噛まれれば直接毒を流し込まれるため即死の危険もある。
十両蛙も相撲という特殊な倒し方をしないのであれば、相当タフなモンスターだ。いくら攻撃しても倒れるどころかよろけることもなく、攻撃が効いているのか疑問になるレベルだ。それこそ兎鬼鉄皮と変わらぬほど攻撃が通らない。
そして巨体から繰り出される攻撃は鋭く重い。基本相撲っぽい攻撃しかしてこないが、張り手だけでほとんどの探索者を倒すことができるだろう。四股を踏むように足を振り下ろしてくる攻撃に当たれば、車に轢かれたヒキガエルのように潰されるだろうし、捕まればサバ折りされるかもしれない恐ろしいモンスターだ。
水刃鼬に限らずエリアボスは全て簡単に人を殺せる存在で、攻撃力は高く危険なことに違いはない。しかし、水刃鼬以外はそもそも体力も防御も高いため、ステータスによってはろくなダメージすら喰らわすことが難しい。
それ故、防御の代わりに素早さで対応している水刃鼬であればダメージを与えることができるため、鈴鹿にとって戦うならば一番良いモンスターと言えた。
それに、水刃鼬の周りには常に岩石土竜が2体と種砲栗鼠3体が控えている。水刃鼬の戦い方は、防御力に優れた岩石土竜を盾に隙をつくように攻撃してくるのだ。
鈴鹿の中では数を揃えてくる相手は弱いと相場が決まっていた。そういった背景もあり、探索者が水刃鼬に挑んだのも頷ける。
「……はぁ、誤算も誤算、大誤算だよ。帰ろ」
せっかく十両蛙からいいアイテムをゲットしたというのに最後が締まらない。疑似粘性狩りを再開する気力もないため、鈴鹿は肩を落とし悲しく帰路につくのだった。




