17話 隠し条件
「痛いっぴ……。あのふんどし担ぎバカすか殴りやがって、絶対許さないっぴ」
両方の二の腕をいたわるように鈴鹿はさすっている。
一撃で高ステータスの鈴鹿をぶっ飛ばすほどの威力の掌打を何度もくらったのだ。痛いで済んでいる鈴鹿が化け物なだけだ。
腕は動いているため、骨は折れていないだろう。服で隠れて見えないが、青あざぐらいにはなっているだろうし、アドレナリンが引いた今では動かすだけで痛く、動きに支障が出るレベルだ。
十両蛙をぶん投げるためにあらん限りの魔力で身体強化を行っていたことが功を奏していた。身体強化は身体機能を魔力で強化するスキルだ。当然攻撃も上がれば防御も上がる。それにより十両蛙の張り手の連打を受けても、青あざ程度で済んだのだ。
「クソぉ……。最悪だ。こんなところで使いたくないけどポーション使うか」
3区に現れる疑似粘性を倒すと稀にドロップするアイテムがポーションだ。ポーションは3種類あり、体力・魔力・状態異常を回復してくれる。最前線ではすべての効果を併せ持つポーションも手に入るそうだが、今の鈴鹿にとっては先の話だ。
ポーションは疑似粘性以外にも宝箱からゲットできるが、こちらも確率は低い。回復魔法を持たない探索者にとっては虎の子のアイテムという訳だ。
鈴鹿もそこそこ疑似粘性を倒しているが、ポーションはたった二つしかドロップしていない。それも体力・魔力のポーション1本ずつ。ここで体力ポーションを使用するのはもったいないが、今の状態ではこの後の水刃鼬との戦いに臨めない。
今日で3区の探索は最後にすると決めたため、一度帰ってヤスに回復魔法を使ってもらい、後日再チャレンジなどしたくない。
「……効果を確認しておくのも重要だよな、うん」
土壇場で使っても思ったほどの効果が無ければ意味がない。ポーションの効果を安全に試せると思えば、悪くないだろう。
収納から体力ポーションを取り出した。指でつまめる程度のそれは、正四面体の形をした一見すると宝石のような物だった。
色は赤色で、これは体力ポーションを表す色だ。青が魔力、黄色が状態異常のポーションである。
正四面体の形も意味があり、正四面体のポーションの等級は下級だ。正六面体なら中級、正八面体なら上級のポーションとなり、全ての状態を元通りにする特級ポーションは球体となる。
そんな下級体力ポーションを、鈴鹿は口に放り込む。ポーションをゲットした日の夜に、ダンチューブで使い方は予習していたので大丈夫なはずだ。
口の中怪我しないかなと心配になりつつも、ポーションを噛んで砕いた。抵抗もなく砕かれたポーションから清涼感のある液体が溢れ、身体に吸収されてゆく。破片のようなものも口の中から綺麗さっぱり消えており、全て吸収されたようだ。
「おぉ、変な感じ。お! 腕痛くなくなった!! さすがポーション! これは便利!」
先ほどまで腕を動かすだけで鈍痛をもたらしていた怪我が、みるみるうちに癒されていく。ポーションを使用してすぐに両腕の痛みがなくなった。
「すげーわこれ。ヤスより優秀だ」
ヤスは回復魔法を使えるが、そのスキルレベルは1。両腕の打撲を治すには何度か回復魔法を使ってもらう必要があっただろう。
「いやー、治ってよかった。下級は骨折には効かないって調べたら書いてあったしな。折れてなくてよかったよ」
エリアボスの攻撃を受け、下級ポーションで全快する程度の怪我で済んだことに鈴鹿は安堵する。これで水刃鼬とも戦えそうだ。
「……ああああ!! 失敗した!! マント剥ぎ取るの忘れてた!!」
身体の調子が戻ったら、先ほどの戦いでの失態を思い出した。
いつもは鉄パイプなり小太刀で戦っていたため、十両蛙の攻撃を避け背面から攻撃することも多かった。その時マントをひっつかみ無理やり剥ぎ取っていた。
だが、今回は真正面から相撲を取ったため背後のマントを気にすることもなく倒してしまった。相撲のルールで倒したためいつもよりも早く倒すことができたが、マントを剥ぎ取れなかったのは痛い。
今日で9回目の十両蛙戦ということもあり、既に『関取のマント』を強奪のスキルで強化した『筆頭の意地』は8枚持っている。配れるほどあるため必要なのかと言われると怪しいが、こういったことは必要とか必要じゃないとかではないのだ。
9枚あれば9回倒したという証明でもあり、ある種のトロフィーのように思っていたアイテムだったため、ショックも大きい。
「はぁ、まじかよ。激萎えだ、萎えぽよぴっぴだよ……。これで『我魔油』のみだったら泣いちゃうぞ」
『我魔油』は十両蛙が確定でドロップするアイテムだ。このアイテムは食用油とのことで、取り出してみると蛙の意匠が施された壺に油が満たされていた。高級料亭が渇望する、至高の油と評判のアイテムだ。
しかし、エリアボスからドロップする食材が油かよ……と鈴鹿はがっかりしていた。高級な肉であれば違いを味わうことはできる。もちろん火入れ具合によって美味しさも変化するだろうが、普通に調理してもおいしいものはおいしい。
だが高級な油の違いまで見分けられるほど鈴鹿の舌は肥えていない。とくに油は単体で食べることは無く、揚げ物にしたりドレッシングにしたりと調理の腕が問われる食材だ。
完全に持て余すアイテムであり、今のところキャンプに行った時のアヒージョにでも使ってみようかなという程度の使い道しかないアイテムだった。
「え~と、さっきの成果は『我魔油』と……『関取の明荷』?」
初めて見るアイテムに首をかしげる。十両蛙のドロップアイテムは、『我魔油』の他には『関取のマント』、『十両の面』そして『関取の柄杓』だ。『関取の明荷』というアイテムは調べた限りでは記載されていなかった。
困ったときはアイテムを出して詳細を調べてみればいい。そう思い、『関取の明荷』を取り出してみることにする。
出てきたのは葛籠だ。サイズは大きく、衣装ケース程度のサイズはある。葛籠は竹で編まれたものを木の枠で補強したような丈夫そうな見た目をしていた。そして、側面には独特な太字で『鈴鹿』と朱色で描かれていた。
名前:関取の明荷
等級:秘宝
詳細:関取に勝利した者だけが得られる葛籠。物を詰めて持ち運ぶことができる。
「は? 等級が秘宝? まじか」
秘宝級のアイテムが出現するのは、出現するモンスターがレベル100以上のエリアからと言われている。エリアボスを倒せばその限りではないが、少なくとも1層3区のエリアボス程度で得られるアイテムではない。
「ええ、なんだこれ。強奪のせいか?」
だが、鈴鹿はマントはおろか何も奪い取っていない。そもそも、強奪のスキルはアイテムを強化するものであり、『関取の明荷』に準ずるアイテムを十両蛙はドロップすることは無いはずだ。
「もしかして、『関取に勝利した者』って相撲で勝つ……ってコト?」
今回、鈴鹿は武器も持たず十両蛙に挑み、相撲のルールにのっとって十両蛙を倒した。この土俵では、武器を使ってモンスターを攻撃してもルール違反になることは無く、普通に戦うことができる。しかし、武器を使ってモンスターの膝を土に着けても煙になることは無く、通常通り一定以上のダメージを与えなければ煙になることは無かった。
思い返してみれば不思議な現象だった。相撲なのだからそういうものだろと思っていたが、十両蛙にしたってあんなダメージにも入らないような場外に投げ出された程度で煙に変わったのだ。明らかに通常のダンジョンとは法則が違っていた。
つまり、『関取の明荷』をゲットするためには、武器を使わず1対1で十両蛙に相撲で勝負して勝利する必要があるという仮説が立つ。
「ってことは、これって隠し条件じゃないか!? おおお!! すげー! まじかこれ!! テンション上がるわ!!」
『関取の明荷』をゲットした探索者は他にもいるかもしれないが、公にはなっていない。秘匿された情報、ないし初の条件達成者ということだ。
隠された条件を見つけたことに鈴鹿は興奮する。ゲームのイースターエッグを自らの手で発見したようなものだ。そんなこと人生で一度たりとも鈴鹿は無かった。
「え、待って待って。もしかしたら双毒大蛇を毒魔法で倒したりしたら何かあったんじゃないか!? まじかよ、やること無限に出てくるじゃんこれじゃ!!」
今まで戦ってきたモンスターも、これから先戦うモンスターも、何か特定条件を満たせばドロップするアイテムが変わるとすれば大変だ。同じモンスターをあの手この手で倒し続ける必要が出てきてしまう。
「ま、まぁ、今回はたまたまだ。ラッキーだっただけ。これ考え出したら何も進まなそうだしな」
答えのないものを根気強くやり続けられるのは相当な勇気がいる。ダンジョンの探索に限界を感じたらそちらを模索してもいいが、今は避けるべきだろう。
「そ、そうだ! 結局これ何に使えるんだ?」
脳汁が溢れ出て眼がキマってる鈴鹿であるが、このアイテムの使い方はまだわかっていなかった。葛籠の蓋を開けるも、中は空っぽで何も入っていない。
「えーと、『物を詰めて持ち運ぶことができる』って……え、収納できるってこと?」
思わず素で驚く鈴鹿。だが、空っぽの葛籠は物を入れろと言わんばかりのアイテムだ。
恐る恐るバックからチョコレート菓子を取り出す。今日はカズノコの村だ。それを葛籠の中に入れようとして、一度止まる。
おもむろに外箱を開け中身を袋ごと取り出し、葛籠には外箱のみ入れた。どうなるかわからないのに、大事なお菓子を失う訳にはいかないからだ。
その状態で収納に仕舞うと、普通に収納へ入れられた。また葛籠を出してみて蓋を開ければ、カズノコの村の外箱が入れたままの状態で入っていた。
「おいおいおいおい。これはお宝過ぎるぞ。ええ……いや、ええ……」
唐突なお宝の出現に、どうしていいかわからずソワソワ歩き回る鈴鹿。
それもそのはず、収納袋はポーチサイズの物でも数百万はくだらないアイテムだ。これだけの大きさかつエリアボスからのドロップアイテムとなれば、億はくだらないだろう。
当然売るつもりはない。だが、そんなアイテムを個人で所有していることが周りにばれるのもまずい。
また一つ、鈴鹿が強くならなければいけない理由が増えた。
「……ダメだ。どうしたらいいか考えてもよくわからん。とりあえず便利なものをゲットした。以上」
自分の中ですぐに整理できないものは一度放っておくのが鈴鹿流だ。葛籠を収納に戻し、水刃鼬のいる方へ駆け出して行った。




