5話 八王子ダンジョン
自宅から自転車を漕ぐこと数十分。本日の目的地である八王子ダンジョンにやってきた。
ダンジョンが初めて出現した1950年のダンジョン総数は、世界でわずか10個。日本のダンジョンも皇居外苑に出現した一つだけであった。
その後不定期にダンジョンは出現し続け、今では世界に166個も確認されている。ダンジョンは人口の多い場所に出現し、ダンジョン探索が盛んであればあるほど、その近辺に出現しやすい傾向があるそうだ。
ダンジョン先進国である日本の保有するダンジョン数は20個。ダンジョンを保有する10か国の中では、中国、アメリカについでの3番目の保有数だ。人口・国土面積を比較すると日本のダンジョン数は驚異的な多さということがわかるだろう。
「そのおかげで八王子にあるんだから、行きやすくて助かるよ」
鈴鹿の家は東京郊外の八王子にある。最寄り駅は違うのだが、八王子駅には自転車で行ける距離にあり、駅のすぐそばにあるダンジョンへのアクセスも良かった。中学三年生にとって電車賃を浮かせられるだけで通いやすさは段違いである。
「にしても、15年前の八王子駅なんてこんな栄えてなかったよな」
ダンジョンが位置するのは八王子駅の南側。八王子は北側が栄えており、南側は駅を離れるとすぐ住宅街になっているような駅だ。鈴鹿の記憶ではこの頃の南側はまだ全然発展していなく、簡素なロータリーがあるだけだったはず。だが、この世界線の八王子は違った。
立派なペデストリアンデッキがあり、高級そうなタワーマンションやビルがいくつも乱立している。まるで札幌や仙台、福岡のような地方の大都市を彷彿とさせる発展具合だ。
「立川かここ? ダンジョン特需ってやつだよな? もしかして実家の地価とか結構いい値段するんじゃないか?」
ダンジョンで発展してきた日本にとって、ダンジョンは経済の中心であった。そんなダンジョンは人口の多い場所に出現するのだ。発展するのは自然の摂理。ダンジョン関係者だけが利用するのではなく、そもそも他の目的でもともと駅を利用していた人たちもいる。今までの利用者にプラスαが約束されているのだ。都市化も進むというものだ。
記憶と随分違う様相に道に迷うかとも思ったが、この世界線の鈴鹿の記憶があるためかすんなり駐輪場にたどり着き、ダンジョンのある探索者協会八王子支部まで行くことができた。
中に入ると綺麗でおしゃれな役所といった印象を受ける。探索者登録をはじめとした手続きや相談事を行える受付があり、奥にはダンジョンへ繋がる厳重そうな扉が見える。この建物には他にも荷物を預けるロッカーや更衣室にシャワールーム、資料室や救護施設だけでなく、探索者協会の社員たちのオフィスも兼ねておりかなりの大きさの建物だ。
昨日事前に予習していた鈴鹿は、壁に並んでいる端末へと足を向ける。端末は横一列に10台程度並んでおり、その様子はATMのようであった。ATMと違う点は、隣の端末との間隔が広く、衝立が大きいところだろう。
そんな端末は冒険者たちで賑わっている。時刻は9時前。これから探索に向かう人が多い混雑する時間帯だ。鈴鹿は比較的空いている列に並ぶ。中学三年生の男子が一人で並んでいることに奇異の目を向けられるが、話しかけてくる者はいなかった。
ほどなくして鈴鹿の番になり、端末を操作していく。この端末は探索のスケジュールを登録するものだ。探索者ライセンスを読み込み出てくる個人情報に間違いないことを選択すると、ダンジョンの簡易マップが表示された。左上には階層を選択するボタンがあり、マップは5つの地区に色分けされている。今回の探索でメインの狩場とする階層と地区を選択するのだ。
またそれぞれの地区の混雑状況も表示されており、規定数を上回ると選択できなくなってしまう。これにより未然に狩場の取り合いを防ぐことができ、探索者は安心して狩りに専念することができるようになるのだ。そのため、探索者たちは花見の席取りのごとく朝早く集まり探索へ赴くのが一般的だ。
鈴鹿が探索するのは当然初心者エリア。1層の1区だ。
探索するエリアを決定すると、次は何時に帰還予定なのかを登録する。探索するエリアによるが、この時間を超えると登録している連絡先へ通知が行くようになっている。ギルドに所属していれば事務所に、鈴鹿の場合は親に連絡が行く。通知を受け取った者は捜索依頼を協会に申請したり、ギルドの他の組員で捜索に当たったりする。
探索者協会が自発的に捜索することはほぼない。探索者とは身一つで生計を立てる者であり、自分の意志でダンジョンを探索している。ダンジョン内での出来事はすべて自業自得の領分であり、そこを犯すことは協会の理念に反することになるからだ。
日本人がお地蔵様を壊したり寺社仏閣にいたずらをすることを忌避するように、この世界線ではダンジョンに入る意思を持っている者を止める行為はタブーとされていた。戦後の日本を持ち直した探索者たちへの軽い崇拝もあってか、探索者たちを止める行為を日本人は行わない。
それでも命を懸けた場所に行くため両親はいい顔をしないだろうと、鈴鹿は両親に黙ってここに来ている。設定した時刻を過ぎて親に連絡が行くことは避けなければならない。
「う~ん。とりあえず22時に設定しておくか。22時は超えることはないだろ」
ダンジョンの入り口付近で戦闘する予定なので、熱中したとしてもすぐに帰れるはずだ。
その後、探索に際しての注意事項などが表示され、同意を押せば手続きが完了した。




