16話 十両蛙
鈴鹿はダンジョンを駆けていた。本人は小走り程度のランニング感覚だが、ステータスが上昇している今では全力で走っている程度の速度は出ている。
「しょっぱかったなぁ、双毒大蛇……」
駆けている鈴鹿の顔は落ち込んでいた。今日で最後だというのに、双毒大蛇からドロップしたアイテムがしょっぱかったからだ。
ドロップしたアイテムは『蟒蛇の酒』と『双毒大蛇の鱗』だ。『蟒蛇の酒』は双毒大蛇が確定でドロップするアイテムである。
1層3区より先のエリアボスは、強敵だからか確定ドロップ枠が存在していた。双毒大蛇以外のエリアボスも、確定でドロップするアイテムがある。
『蟒蛇の酒』は一升瓶に入った高級そうな酒だ。見た目は日本酒だが、中身もそうかはわからない。
こちらのお酒。調べたら探索者協会の買取価格で100万円。確定ドロップアイテムで100万円だ。破格の値段である。
だが、滅多に倒されることのないエリアボスからのドロップ品ともなれば、それくらいはするのかもしれない。ちなみに、探索者協会での買取価格が100万円というだけで、オークションに出せばそれ以上の値は確実につく。最高級の酒である。
もちろん鈴鹿は売っていない。鈴鹿は飲み会は好きだったが、酒が好きというわけではなかった。だからこれを楽しみたいというわけではないが、せっかくなら二十歳になったら家族で飲んでみるのもいいだろうと思い、収納の肥やしにすることにした。
もう一つの『双毒大蛇の鱗』は企業からしたら垂涎もののアイテムであるが、鈴鹿からしたらよくわからない素材の一つだ。記念に部屋に飾ってもいいかもしれない。
「くそぉ。『双毒の指輪』狙ってたのに……」
『双毒の指輪』は双毒大蛇のレアドロップ品だ。状態異常耐性と毒魔法のスキルレベルを1上昇させる破格のアイテムである。
毒魔法は今日も使い続けているが、まだ自身のスキルとして発現には至っていない。
アイテムで使えるようになったスキルは、使い続ければ発現することができる。というのも、スキルレベルを上げることができればアイテムを外してもスキルは残ったままになるため、必然的にスキルを覚えることができるのだ。もちろんそのスキルに対する適性が無ければ、いくら使ってもスキルレベルが上がることはない。
鈴鹿はもうちょっとで毒魔法を覚えられそうな感覚はあるが、発現するのはまだ先だろう。
3区のエリアボスである双毒大蛇を倒した鈴鹿が次に目指すのは、十両蛙だ。
1層は同心円状にエリアが分かれており、真ん中にダンジョンの出入り口がある。3区は1区から進んで二つ目の円に位置し、3区だけを抜き出すとドーナツのような形状をしている。
そんな3区を大雑把に分けると、東に双毒大蛇、南に十両蛙、西に水刃鼬、北に2層への階段がある。双毒大蛇から倒していくと、自ずと次のエリアボスは十両蛙になるのだ。
小一時間走りながら、めぼしいモンスターを倒してゆく。倒すのは疑似粘性と岩石土竜だ。疑似粘性はポーション目当て、岩石土竜はアイテムが高く売れるためだ。一緒に序ノ口蛙や種砲栗鼠もいればまとめて倒してゆく。
一方、さっきまで優先して狩っていた狂乱蛇擬はスルーしてゆく。もう双毒大蛇と戦うことは無いため、狂乱蛇擬からドロップする『擬態の血清』はいらないからだ。
そうやって進んでいけば、十両蛙のいる場所までたどり着いた。
「ここだけ異質なんだよなぁ」
鈴鹿がつぶやくように、そこは他の3区と比べて変わった場所であった。3区は丘陵地帯で、うねったような地形をしている。草が生えわたり、木々もところどころ生えて木陰を落としている。濃いところや薄いところはあれど、見渡す限り緑が広がっているエリアだ。
だが、十両蛙がいる場所は違う。踏み固められた土がむき出しのエリアに十両蛙はいた。一段周りよりも高くなっているそこは、誰が見ても土俵であった。
だが、普通の土俵とは違う。相撲取りが見合う仕切り線もなければ場外を仕分ける勝負俵もないし、国技館にあるような立派な吊り屋根もない。土俵もモンスターに合わせてなのか本来の物よりも広くなっている野ざらしの土俵だ。
その土俵の真ん中あたりに、序ノ口蛙が構えていた。そう、十両蛙ではなく序ノ口蛙である。
十両蛙は土俵の外。そこに幕下蛙と並んでいる。
これを初めて見たとき、何ともふざけていて何とも最高なモンスターだと笑顔になったものだ。こんなバカみたいなモンスターがいるなんて、ますますダンジョンを探索してみたくなったというものだ。
鈴鹿は迷うことなく土俵に上がる。試したことは無いが、ここで序ノ口蛙を無視して十両蛙に襲い掛かるなんて無粋な真似はしない。
序ノ口蛙:レベル25
序ノ口蛙の最大レベルである25の序ノ口蛙だ。きっと序ノ口蛙の中でも生え抜きの個体だろう。
序ノ口蛙は、アマガエルの様な見た目をした巨大な蛙だ。蛙にしたら巨大だが、それでも体高1.5メートル程度。小柄な鈴鹿よりもなお小さい。
小太刀を収納にしまい気を集中させる。序ノ口蛙も気を高めていることが手に取るようにわかる。言葉はない。行司もいらない。
お互いの準備が整った時、同時に一歩を踏み出していた。
バチィィィイイ―――
お互いがかました本気のぶちかましは、鈴鹿に軍配が上がった。序ノ口蛙は吹き飛ばされた勢いのまま後ろに転がると、黒い煙へと姿を変えた。
通常であればこの程度で死ぬことは無いはずだが、モンスターに限ってこの土俵の上では手をついたら負けなのだ。ちなみに鈴鹿が即死することはない。土俵内で手どころか転がったこともあるし、土俵外に飛ばされたこともあるがピンピンしていた。
序ノ口蛙が負けると、次は幕下蛙が土俵に上がってくる。こちらはヒキガエルを彷彿とさせるイボイボの肌をした蛙だ。体高は序ノ口蛙よりも大きく、1.8メートルに迫る大きさだ。当然鈴鹿よりも大きい。
幕下蛙:レベル40
こちらも幕下蛙のレベル上限である40。生来の顔つきか小柄な鈴鹿を舐めているのか、蛙なのに相手を小ばかにしているような顔が伝わってくる小憎たらしいモンスターだ。
そんな幕下蛙でも、土俵で構えをとればそこに慢心はない。集中し構えをとっている。
そんな幕下蛙相手に、鈴鹿も武器を取らず集中していく。初めてこの場で幕下蛙と応対したときは、鉄パイプを取り出して戦った。別に武器を使うことが反則になるわけではないようで、武器で戦っても十両蛙が割って入ることもなく普通に1対1の戦いとなった。
だが、今の鈴鹿は違う。レベルを上げステータスが上昇していることで、幕下蛙だろうと正面から渡り合うことができる。
二人の緊張が高まってゆく。相手がモンスターだというのに、息遣いまでわかるようだ。
今だ。
そう感じたときには両者地面から手を放していた。
鈴鹿は先ほどの様にぶちかましは行わない。幕下蛙は突っ張りを多用するモンスターだ。スキルにより思考加速の影響でスローに映る世界で、幕下蛙が手を突き出してくるところが見えた。
鈴鹿はそれを掻い潜るように姿勢をさらに低くする。張り手と向かい合わず、取っ組み合いにて勝負を決める気であった。
ぶちかましを想定していた幕下蛙は虚を突かれ、突っ張りが空を切る。突っ張りを掻い潜った鈴鹿は、勢いそのままに幕下蛙のまわしを取った。
だが、幕下蛙も負けていない。幕下まで成長した意地を見せ、体勢が整わずとも空を切った手で上から鈴鹿を押さえつける様振り下ろす。
鈴鹿の現在のステータスは平均400越え。並みの探索者の倍近い数値だ。幕下蛙はその鈴鹿を舐めてかかった。この振り下ろしで沈むだろうと。
鈴鹿の背中に叩きつけられる手のひら。だが、鈴鹿が膝をつくことは無い。まるで岩を殴りつけたような感覚に、幕下蛙の眼が見開かれる。
「そんな舐めた攻撃しかできねぇから幕下止まりなんだよぉおおお!!!」
幕下蛙が一番触れてほしくない部分を抉りながら、鈴鹿はあろうことか幕下蛙を持ち上げ地面へと叩きつけた。小柄で細身の鈴鹿が重量級の大柄の幕下蛙を持ち上げる。ステータスという概念が無ければ不可能な光景が広がっていた。
地面に叩きつけられた幕下蛙は、悔し気な声とともに煙へと姿を変えていった。
これで残すは十両蛙のみ。本命である十両蛙が、厳かに土俵へ上がってくる。
十両蛙:レベル48
幕下蛙とレベル差は8つ。だが、その間には隔絶した力の差が存在する。エリアボスは他のモンスターとは一線を画す存在だ。
十両蛙はまわしだけでなく、背中にマントを付けている。そのデザインはまるで化粧まわしのようで、大波が描かれた迫力あるマントだ。
見た目はツノガエルで、鈴鹿的にはヒキガエルより好感が持てる見た目をしている。サイズは幕下蛙よりも一回り大きく、2メートルはあるだろう。
収納に手を突っ込み『凪の小太刀』を取り出そうとして、ぴたりと手を止めた。
十両蛙を相手にするときは、魔鉄パイプなり小太刀を使って戦っていた。幕下蛙と武器無しで相撲を取るようになったのも、ここ数日の出来事だ。
十両蛙は幕下蛙とはレベルの違うモンスターであることは、戦ってきた鈴鹿が一番よくわかっている。この三種類の蛙は力士をそのまま蛙にしたようなモンスターであり、動きはどれも同じだ。しかし、技のキレ、重さ、鋭さ、威圧感、すべて含めて十両蛙は格が違った。
兎鬼鉄皮のような堅牢な皮膚はダメージを与えているのか不安になるほど耐久力が高く、見た目からは想像できないほど鋭い張り手は掠れば簡単に場外に吹き飛ばされ、ミサイルのようなぶちかましは直撃すればヒキガエルのように潰れてしまうだろう。
そんな相手と相撲をとる。その発想に至るだけでも狂っている。
そして、鈴鹿は収納からアイテムを取り出した。だが、そのアイテムの形はどう見ても小太刀には見えない。
「今日で最後だからな。わからせる必要があるよな」
そういって擬態のマントを外し、別のマントを羽織った。背中には大蛇と鼬と蛙が描かれた化粧まわしのような荘厳なマント。
これは十両蛙のマントを強奪のスキルで奪い取って強化されたアイテムだ。十両蛙はもともと『関取のマント』というアイテムをドロップし、効果は攻撃を15%、防御を10%ずつ上昇させるというもの。
そして、『関取のマント』が強化されたアイテムが『筆頭の意地』。効果は攻撃と防御に加え、敏捷も15%上昇する秘宝に匹敵する性能だ。
そんなマントを羽織ると、さらに『付出の証』を取り出し両手首につける。ヤカラが付けてそうなオラついたデザインのブレスレットだ。デザインも気に入らないし効果も体力と防御の数値が25上昇するだけなので装備していなかったが、そのこだわりを捨てる。
鈴鹿は十両蛙に相撲で挑むことを決めた。エリアボス相手に相撲を取るなんて気が狂ったようなことをするならば、最低でも今出せる全力を尽くす必要があるからだ。
最後に一つのマスクを取り出す。マスクというが耳をひっかける部分は無い。真っ白に鱗の様な紋様が入った仮面のようなそれを口元に持っていけば、不思議なことにマスクが伸びて頭の後ろで結合した。
継ぎ目もない完全な結合だが、外そうと思えば結合が解け元のサイズに戻る。これは双毒大蛇からのドロップアイテムだ。名前を『大蛇のマスク』と言い、効果は魔力を15%、攻撃を10%上昇させる。
カッコよくてお気に入りなマスクだが、エリアボスのアイテムという点と気恥ずかしさがまだあり、普段使いはできていない。
そんなバフアイテムを付けまくった鈴鹿の今のステータスがこれだ。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:45
体力:424 + 92
魔力:420 + 63
攻撃:427 + 107
防御:423 + 113
敏捷:423 + 233
器用:425
知力:415
収納:177
能力:剣術(4)、身体操作(4)、身体強化(4)、魔力操作(4)、見切り(1)、毒魔法(0+1)、強奪、思考加速(1)、魔力感知(2)、気配察知(3)、気配遮断(2)、状態異常耐性(2+1)、マップ
装備品:鳴鶴のジャージ(上下)、疾風兎の防具(靴)、筆頭の意地、大蛇のマスク、双毒の指輪、水刃鼬の加護×2、付出の証×2
これが今持っている装備の中で最も強い組み合わせだ。強いだけで見た目の統一感が無いのはご愛敬だろう。
十両蛙は見た目から重量級のため、あれと渡り合うには攻撃を高める必要がある。アイテムで100も盛れたが、果たして通用するだろうか。
十両蛙は鈴鹿が収納からアイテムを取り出して強化している間、ただ静かに待っていた。鈴鹿も十両蛙がこんな隙をついて攻撃するような野暮な真似をするとも思っていない。不思議なことに、モンスター相手であるが、ことここに至っては相手のことが理解できた。
「お待たせ。準備はできた、いっちょ胸を貸してくれよ」
鈴鹿は先ほどまでとは比にならないほど魔力を体内に循環していく。漏れ出た魔力光が鈴鹿を包み、煌々と照らす。
「……はっけよーい」
小さく呟き身体を倒してゆく。十両蛙も鈴鹿に倣い呼吸を合わせ、見合う。
「のこったッ!!」
その場に土煙を残し鈴鹿の姿が消える。その直後、肌と肌がぶつかり合ったとは思えない音が野ざらしの土俵に響き渡った。
「このクソガエルがぁぁあああああ!!!」
鈴鹿は怒鳴り散らしながら十両蛙を投げようと回しを掴んでいるが、どれだけ力を込めてもびくともしない。ぶちかましの勢いのまま押し切ろうと考えていたが、ぶつかった衝撃で後ろに動いたのかさえ疑問なほどだ。
鈴鹿が怒り狂っているのは、先ほどの十両蛙の態度。鈴鹿のぶちかましの選択に対し、十両蛙は両手を広げ迎え撃つ形を取っていた。
その姿は様になっており、まるで横綱のようである。
だが、上位者としての余裕が鈴鹿をイラつかせた。先ほど胸を貸せと相手を上位者として認めていた者とは思えないほどの態度の変わりようだ。
しかし、十両蛙の実力は本物だった。どれだけ力を込めようとも、壁を押しているのかと錯覚を受けるほど微動だにしない。そして、いつまでも鈴鹿の攻撃を受けてくれるほど、十両蛙も優しくはない。
まわしを掴む鈴鹿に対し、十両蛙の攻撃は張り手。側面から放たれた十両蛙の掌打は、鈴鹿を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力だった。
土俵を勢いよく転がった鈴鹿だが、身体操作のスキルのおかげか何とか土俵内に踏みとどまることができた。しかし膝はおろか手も顔も地面についてしまったが、序ノ口蛙や幕下蛙のように即死することは無い。
「くそが」
追撃もせず大きく手を広げ、十両蛙は塵手水をとっていた。その余裕に、まるで相撲のイベントで力士と子供が戯れているような気にさせられた。
その事実に鈴鹿の額に血管が浮かぶ。男は舐められたら終わりだ。だが、相手は舐めるどころか鈴鹿を歯牙にすらかけていない。これが苛立たずにいられる訳がなかった。
「絶対泣かす」
エリアボスに相撲で挑むなら長期戦も視野に入れていたが、それも止めた。相撲を取っているというのに、何回も負けて最後の一回勝てればいいなんて考えは終わってる。一度土をつけられた以上、倒せてもそれは勝利とは言えない。だが、次で倒せば1勝1敗。十両蛙との勝負は引き分けで終わらせる。
勝っても引き分け。悔いのある終わり方だ。だが、その未熟さを忘れずこれからも邁進しよう。
三度目はない。これで終わりだ。
鈴鹿の変化を感じ取ったのか、十両蛙も構えをとる。十両として、関取として、相撲で挑む鈴鹿に敬意を持ち、十両蛙も深く集中してゆく。
「はっけよい」
周囲から音がなくなった。風の音も、草木がそよぐ音もない。
静寂。
「のこった」
鈴鹿の漏らすような言葉だけが聞こえた。再度轟く肉と肉がぶつかり合る爆音。
先ほどと違いわずかに十両蛙が後ろへ押し込まれた。だが、それでは足りない。寄り切るには土俵際は遠すぎる。
「うぉぉおおおおおおおお!!!」
歯が砕けそうなほど食いしばり、あらんかぎりの魔力を身体強化に回し、十両蛙を押し出すために全力を尽くす。先ほどよりわずかに押し込めはするものの、それだけで勝てるほど十両蛙も甘くない。
鈴鹿のぶちかましを受け止めても崩れることのない体幹。寄り切ろうとする鈴鹿を絶望させるように、腰を落とし地面に根が張るように動きを止めた。
まるで先ほどのリプレイを見せられるかのように、十両蛙は鈴鹿に張り手をくらわした。
だが、先ほどと違い鈴鹿は吹っ飛ぶことは無い。側面からの張り手に耐え、なおも十両蛙を押し続ける。
十両蛙はまさか自分の張り手で吹き飛ばないとはと驚きながらも、逆の手で再度鈴鹿に張り手を繰り出した。
だが、それでも鈴鹿は吹き飛ばない。
十両蛙はまだ焦っていない。場外までは遠く、倒されるほど身体も浮き上がらされてはいない。だが、十両蛙はプレッシャーを感じていた。今止めを刺さなければやられるのは自分だと。
その焦りが十両蛙を突き動かし、途切れることのない張り手の雨を鈴鹿に降らせる。
「……ばかすかばかすか殴りやがってクソガエルが」
全力で押しているが埒が明かなかった。十両蛙からは右に左にと張り手を入れられ、気を抜けば先ほどと同じく吹き飛ばされるだろう。
重すぎる。このままじゃジリ貧だぞクソが!
心の中で愚痴るが、状況が変わることは無い。状況が変わらないことに焦ったのは鈴鹿だけではない。十両蛙は張り手を止め、鈴鹿の腰を持った。
そのまま寄り切るつもりか、持ち上げて寄り倒すつもりか。十両蛙ならばどちらも可能だろう。
まずいっ。気合い入れろ! 死ぬ気で押せッ!!
十両蛙が踏ん張れないように持ち上げる様に押し続ける鈴鹿。十両蛙が動き出せないように全力で抗う。
っ!? おお!? 押し込めるようになった。スキルレベルでも上がったか!?
先ほどまでは微々たる距離しか押し込めなかった鈴鹿が、徐々に押し込めるようになった。鈴鹿の変化に気づいた十両蛙も抵抗するように鈴鹿を浮かせようとするが、鈴鹿の押上のせいで上手く踏ん張れず鈴鹿を引きはがせない。
足りねぇ。まだだ。こんなもんじゃねぇ。俺が求めてんのは完璧な勝利だッ!!
ずるずる後ろに押し出せれば勝てるかもしれない。
だが求めてるのはそんな地味な勝利ではない。格の違いをわからせる圧倒的な勝利だ。
鈴鹿は後先考えず魔力を身体強化へまわしてゆく。こんなものでは足りない。魔力が底をついても構わない。
今この時の勝利のためにッ!!
「うぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」
身体から溢れていた魔力が徐々に収まってゆく。魔力が切れてきたからではない。魔力操作により魔力の使い方が最適化されていったからだ。
魔力操作のスキルレベルもあがったことで、より効率的に、より強力に身体強化することが可能になった。最初は動いているかも怪しいほどの押し込みだった。だがその押し込みはゆっくりと速度を上げてゆき、十両蛙は鈴鹿に半ば持ち上げられ踏ん張ることすらできずにいた。
鈴鹿から逃れるために身をよじり暴れるが、鈴鹿は離さない。
「ふんどし担ぎから出直しやがれクソガエルがッ!!!」
土俵際まで押し込んだ鈴鹿は、勢いそのままに十両蛙を土俵外へと投げ飛ばした。
宙を舞う十両蛙。その眼に映ったのは、土俵にくっきりつけられた電車道。鈴鹿が真っ向から自分を押し出したことがわかる証であり、完敗の証左であった。
地面に落ちる間際。鈴鹿が見た十両蛙の顔は晴れやかなものであった。




