15話 ピンチと取るかチャンスと取るか
一匹の狂乱蛇擬が大きな盾を構えた犬落瀬へと迫る。地面を滑るように移動する狂乱蛇擬は、予想よりもはるかに素早い動きを見せる。
だが、犬落瀬は慌てない。重厚な盾を巧みに操り、飛びかかってくる狂乱蛇擬の顔面をシールドバッシュで強打し跳ね返した。
「キリンッ!!」
「【ウォーター・ボール】」
犬落瀬の叫びに応じ、希凛が追撃を行う。希凛が発現している水魔法を使えば、バスケットボールサイズの水弾が勢いよく射出された。
水弾は犬落瀬がかち上げた狂乱蛇擬の頭に命中し、仰け反らせそのまま横転させることに成功する。そこにすかさず希凛が槍を構え、無防備な腹へ追撃をしてゆく。
だが、敵は狂乱蛇擬だけではない。
「にゃあ子スイッチ!!」
犬落瀬は猫屋敷のもとへ向かう。幕下蛙と戦っている猫屋敷は有効打を与えられていないが、毒状態にすることはできたようで、ゆっくりダメージを蓄積させていた。
犬落瀬は猫屋敷と変わると、幕下蛙の突っ張りを盾で受け止める。強烈な威力を持つ幕下蛙の突っ張りも、『兎鬼の盾』であれば軽々と受け止めることができた。さすがエリアボスが落とすアイテムなだけはある。
「【パラライズ・ミスト】!!」
猫屋敷の毒魔法による麻痺の霧が幕下蛙を包み込んでゆく。麻痺が効いたのか、マシンガンの様に繰り出されていた突っ張りの嵐が徐々におさまってゆく。
「にゃあちゃんそっち行っちゃった!」
声がする方を見れば、小鳥が受け持っていた狂乱蛇擬が猫屋敷に狙いを変え迫ってくるところだった。
「にゃあ子!」
「大丈夫!! ワン子はそっちをお願いッ!!」
その言葉を信頼し、犬落瀬は麻痺によって動きが鈍くなった幕下蛙に斬りかかってゆく。
一方、迫りくる狂乱蛇擬に猫屋敷は集中する。蛇は頭をくゆらせて狙いが定まりにくいが、狂乱蛇擬は狂気じみたモンスターのため直進しかしてこない。いくら早くとも、攻撃が読めれば防ぐこともできる。
「んんッッッ!!」
猫屋敷くらいなら簡単に丸呑みできそうな巨大な顎を開けた攻撃を、猫屋敷はラウンドシールドを使って懸命に逸らす。高ステータスの猫屋敷であるが、レベルが10近く上のモンスターの攻撃は犬落瀬のように簡単にはじくことはできない。
結果、何とか狂乱蛇擬の攻撃を横に逸らすことに成功した。だが、攻撃を逸らされた狂乱蛇擬はそれがどうしたと言わんばかりに、即座に反転して再度猫屋敷に襲い掛かる。
「悪い蛇ちゃんです。悪い子にはお仕置きです」
「【エンチャント・パラライズ】ッ!!」
両手に刃幅の厚い剣を握った小鳥が、狂乱蛇擬に追いついていた。狂乱蛇擬が小鳥を捉えようとするが、まるで宙を舞う綿毛の様にすり抜けていく。逆に、小鳥が通った後は、狂乱蛇擬の体表に無数の切り傷が生まれていった。
武器に付与された麻痺毒が、切りつけることで体内へ侵食してゆく。
「あとは煮るなり焼くなりです」
麻痺が十分行き渡った狂乱蛇擬は、それでも動こうともがき続ける。生物とは思えない異常行動のようなその動きに猫屋敷は嫌悪するが、小鳥は何も思わない。
ただ、後は煙に変えるだけだと思うだけだ。
竜巻の様に小鳥は回転しながら、倒れ伏しもがく狂乱蛇擬に連撃を浴びせてゆく。数回繰り返せば、狂乱蛇擬は黒い煙となってzooのメンバーへ吸い込まれていった。
「かったいコイツ!! 誰か手かして!!」
幕下蛙とやり合っていた犬落瀬が救援を求めた。幕下蛙の攻撃は全ていなすことができているが、犬落瀬の攻撃も体表を浅く切り裂くだけで致命傷を与えられていなかった。
「【ウォーター・カッター】」
水の刃が幕下蛙の背中に降り注ぐ。
「お待たせワン子。小鳥も終わったようだし、後はたこ殴りだ」
水の刃を槍の刃に薄く纏わせ切れ味がました槍を繰り出す。あれだけ硬かった幕下蛙の皮膚が裂け、明確にダメージを与えられていた。
「にゃあちゃん!」
「わかってる! 【エンチャント・ポイズン】」
毒のエンチャントを施された双剣を携え、ウォーターカッターで切り裂かれた幕下蛙の背中に追い打ちをかけてゆく。
一人で戦えば頑強で手強いモンスターだが、複数で挑めば危なげもなく倒せてしまう。幕下蛙は最後のぶちかましを犬落瀬に弾かれると、煙へと変わっていった。
「はぁ、硬かったぁ。兎鬼鉄皮かと思ったよ」
思わず愚痴を吐く犬落瀬。さすがにレベルが高い幕下蛙の相手は疲れたようだ。
「へ、蛇ちゃんも勝手ににゃあちゃんのところに行っちゃいました。ご、ごめんなさい」
「いいよ、別に。狂乱蛇擬をコントロールしようとすること自体間違ってるから」
猫屋敷が言うように、狂乱蛇擬はヘイト管理が難しいモンスターだ。ダメージを喰らうとか無防備な身体を晒すことになるとか、そんなことは考えず眼についた探索者に向かってゆく。そんな生物的に理解できない動きをする狂乱蛇擬を引き留めるのは至難の業だ。
「にゃあ子も狂乱蛇擬を逸らすだけじゃなくて、一太刀入れられるといいね。剣術のスキル上げも3区の目標かな」
希凛は猫屋敷の動きを見ていたようで、あれでは駄目だと指摘する。
「わ、わかってるよ。積極的に前出るようにする」
zooの様に人数が少ないパーティでは、魔法職とはいえ後ろで守ってもらうだけという訳にはいかない。固定砲台のように魔法を撃てれば問題ないが、そのレベルはもっと先だ。
「ワン子はどうだった? まぁ聞くまでもなさそうだけど」
「うん! これまじ凄いよ! 全っ然違う!!」
『兎鬼の盾』の感想は最高だったようだ。犬落瀬は興奮して眼をキラキラさせながら盾を掲げている。
「小鳥はヘイトの取り方を工夫しないとね。狂乱蛇擬は眼についた探索者に向かっていくから、よそ見できない手数で攻撃するか、狂乱蛇擬の反対に回って物理的に目が向かないようにしないと」
「は、はい。つ、次は先に眼を潰します」
「それもありだね。各々課題はあるけど、3区の上位種である狂乱蛇擬と幕下蛙と戦っても問題なさそうなことがわかってよかったよ。それじゃ、次に行こうか」
先ほどの戦闘に関し、希凛からフィードバックを受けた面々はそれぞれの課題と向き合うべく、次なるモンスターを求めて探索を続けた。
◇
「た、タマちゃんが転がってます」
そろそろ帰ろうかというタイミングで、小鳥がそう言った。小鳥が指さす方を見てみれば、たしかに球月蛇が転がっていた。
球月蛇は自身の身体を球のように丸めているモンスターで、転がるように移動するモンスターだ。だから転がることは不自然ではない。だが、モンスターが移動することは不自然であった。
モンスターは滅多なことではその場から移動しない。だが、近くで他の探索者が戦闘しているとそちらに引き寄せられ移動することはある。
つまり、この近くで誰か他の探索者が戦闘しているということであった。
「小鳥、何か聞こえる?」
「た、タマちゃんが進んでる方向から、お、音が聞こえる気がします」
希凛の問いに、小鳥が答える。小鳥のスペックは高い。小鳥が聞こえるというなら音がしているのだろう。
いつもなら無視していた。だが、探索者の勘に何かが引っかかる。
「少し様子を見てみよう」
そう言うと、希凛は球月蛇の後をつけていった。
◇
少し歩けば、他のメンバーにも喧騒が聞こえてくる。ただの戦闘ではないだろうことは、緊迫した怒声から伝わっていた。
3区は丘陵地帯のため、遠くまで見通すには死角が多い。今も声は丘の反対側から聞こえていた。
「この数……モンスタートレインじゃない?」
犬落瀬が眼下の景色をそうまとめた。モンスタートレインとは一般的にモンスターから探索者が逃げ回り、探索者の後ろにモンスターが大群で追いかけていることをさす。だが、目の前の探索者たちは逃げず固まって戦っていた。
しかし、長時間の戦闘で周囲のモンスターが寄ってきたにしては数が多すぎるため、犬落瀬はモンスタートレインと判断したようだ。
「2パーティいる。巻き込まれたのか、お気の毒。頑張ってるけど、無理そうかな」
冷めた声で猫屋敷が言う。人数的に2パーティはいるだろうか。一つのパーティが何とかモンスターの攻撃を防いでいるが、もう一つのパーティがひどい。
恐らく狂乱蛇擬の恐慌を発症しているのだろうが、使えないどころか頑張っているパーティの足を引っ張っている始末だ。
「あ! り、リスちゃんがあんなにいっぱい!! お、お得です! 倒したいです!!」
小鳥は群がっている種砲栗鼠が気になるのか、眼をキラキラさせている。
「え、これ行くの?」
「モンスタートレインなんてクソださいマネ晒した探索者は死ねばいいじゃん」
逆に、犬落瀬と猫屋敷は乗り気ではない。
猫屋敷が言うように、探索者にとってモンスタートレインは忌避すべき行為として教えられており、そうならないよう何度も注意を受けている。
モンスタートレインはそもそもモンスターから逃げなければ発生しない。つまり、モンスタートレインは敵前逃亡の証でもある負け犬の所業であり、さらに今起きているように周囲の探索者も巻き込んで道連れにする害悪極まる行為である。
そのため巻き込まれた探索者には同情するが、助けようなどと正義感を発揮する気持ちはかけらも湧かなかった。
だが、希凛は違ったようだ。
「おいおいおい。いやに冷たいじゃないか二人とも。同じ学校に通う同胞じゃないか。助けようとは思わないのかい?」
希凛が二人を説得しようとしてか、助けるべきではないかと提案してくる。だが、二人はそんな希凛を見ると、腕を抱えて鳥肌をさするように竦んでいた。
「さっぶ。やめてよキリン。アンタが一番言わなそうなセリフじゃん」
「そうだよキリン。自分の顔鏡で見たことある? 犯罪者顔だよ犯罪者顔」
二人に全否定されてしまい、希凛はそれ以上喋れない。一応本人なりに精一杯誠実な顔をしたのだが、逆効果だったようだ。
「冗談は置いといて、本音は? あれ助けるの?」
猫屋敷が一瞥する絶賛戦闘中の探索者たちは、今にも瓦解しそうなほどギリギリのラインだった。無視するならいいが、万が一にも助けるならば早くした方がいいだろう。
「当り前じゃないか。助けに行くよ」
「……本音は?」
「そんなの決まっているだろう!! モンスタートレインと戦えるんだぞッ!! こんなチャンス二度とないかもしれないじゃないか!!」
先ほどまでの精一杯の誠実な顔はどこへやら、眼を爛々と輝かせながら満面の笑みを浮かべている。
「見てみろにゃあ子! あれだけのモンスターと一度に戦える機会はなかなかないぞ!! 経験せずに帰ってはもったいないだろう!! なぁ!?」
眼下では探索者たちが懸命に戦っている。3区の上位モンスターである狂乱蛇擬、幕下蛙、岩石土竜の数も多く、キャパオーバーなのは明らかだ。それでも心が折れず狂乱蛇擬の恐慌にあらがっているパーティは優秀なのだろう。
「そんなことだろうと思ったよ。キリンが人助けって、ねぇ?」
「そうだねワン子。キリンがいつも通りイカれてて僕は安心したよ」
「に、にゃあちゃんも甘いですね。き、キリンちゃんがイカれポンチなのは当然なのです」
小鳥も混じってうんうん納得する一同。
「小鳥は帰ったらお話ししようね。それで、みんなの返事は?」
「いいよ~」
「はぁ、これで剣術のスキルレベル上がるといいな」
「お、お話は嫌なのです」
全員快く頷いてくれた。それを見て希凛は笑みを深める。
「さぁ行こうか。3区に入ってそうそうにこんなイベントに出くわすなんて、私たちはツイてるね」
そう行って、zooはモンスタートレインに合流するために駆け出して行った。




