14話 予定の前倒し
「ここが3区か。壮観だね」
夏休みも終わりに差し掛かった頃、八王子探索者高校1年生の探索者パーティzooは、1層3区にいた。
当初の予定では夏休みいっぱいかけて2区のエリアボスを討伐する予定だったが、猫屋敷の毒魔法のスキルレベルが上がったこととメンバー分の疾風兎の防具が予定よりも早く揃ったことで、前倒してエリアボスに挑むことができた。
結果、2区のエリアボスである新緑大狼だけでなく、特級探索者に至った者ですら避けることもある兎鬼鉄皮も討伐することができた。
zooが兎鬼を攻略した方法は、猫屋敷の毒魔法による耐久戦だ。各々の武器に毒を付与し、なんとか兎鬼を毒状態にした後はひたすら耐久する。毒の蓄積でしか兎鬼にダメージを入れられないzooは、長い時間をかけたが兎鬼を倒すことができたようだ。
「ほんと、丘陵地帯なんて初めて見た。外国みたい」
「で、ですね。ダ、ダンジョンはいつもお天気よくていいですね」
犬落瀬と小鳥も希凛に続いた。のどかで広大な草原も日本では滅多に見ることができないが、見慣れてしまったため感動が薄い。ダンジョン内で地形に変化が起きる3区は物珍しく見えた。
「さ、あんた達張り切っていくよ!」
いつも以上に張り切っている猫屋敷が先陣をきって3区に入っていく。
「にゃあ子、始めから張り切りすぎると後がもたないよ」
犬落瀬に呆れられているが、猫屋敷のやる気は高いままだ。それもそのはず。3区のエリアボスである双毒大蛇は『双毒の指輪』という激レアアイテムをドロップする。
状態異常耐性だけでなく毒魔法のスキルレベルを上げることができるこの指輪を、同じく毒魔法を覚えている猫屋敷は是が非でも欲しかった。
当然その思いはzooのメンバー全員が思っていることだ。メンバーが強くなれば、パーティ自体の強さも上がる。特に毒魔法は貴重で有効な魔法だ。zooが兎鬼鉄皮を倒せたのも、猫屋敷の毒魔法が付与された武器で小鳥が兎鬼鉄皮を毒状態にすることができたからだ。どんな強靭なモンスターも倒す可能性を秘めている、それが毒魔法なのだ。
「予定通り安全に行くよ。3区はレベル差があるからね。張り切り過ぎて、狂乱蛇擬を見落とさないように」
希凛が釘を差しながら、一行は3区を探索してゆく。
「キリン」
「ああ、ちょうどいい相手だね」
希凛たちの前に3匹のモンスターが表れた。序ノ口蛙1匹に、種砲栗鼠2匹。どちらも3区では弱い部類のモンスターだ。
「みんなモンスターの攻撃手段は覚えてるね? ワン子とにゃあ子は蛙。小鳥と私は栗鼠を叩こう」
軽やかに槍を回しながら、希凛が担当を割り振る。強敵ならば固まって戦うが、この程度のモンスターなら個別で問題ない。
初めてのモンスターであったが、3匹のモンスターが煙に変わるのに10分もかかりはしなかった。
「なんか弱かったね」
犬落瀬が正直な感想をもらした。その言葉に他のメンバーも同意する。
「ね。僕の魔法使うまでもなかったよ」
「で、でもリスちゃんは可愛かったです」
「みんなも実感しているようで何より。これがステータスの差ってやつだね」
ステータスはレベルアップするまでに探索者が経験した度合いで上昇値が変わってくる。分かりやすく言えば、安全にレベル上げを行えば行う程ステータスは上昇せず、リスクを負って冒険すればステータスが大きく上昇する。
1層1区程度ではステータスの広がりは大きくないが、1層3区にもなればステータスの差が如実に表れてくる。
そして、そのステータスの差はモンスターの強さにも影響されてくる。一般的な探索者が戦えるように、低層で出現するモンスターは一般的な探索者と同程度のステータスとされていた。一般的な探索者の探索限界とされるレベル100を超えると、モンスターのステータスも上昇し、戦える探索者が限られてくるのだ。
誰もが誰もリスクをとって探索しているわけではない。安全に堅実に探索している探索者の方が多い。そんな彼らが戦えるレベル100までのモンスターは、ステータスを盛っている探索者からしたら弱く感じてしまうのも、無理もない。
「さ、ステータス差を実感できたのは良かった。ここからはガツガツいかないとすぐに下がるからね。気合入れてこうか」
希凛が言うように、ここで慢心するとここまで高ステータスを維持してきた意味がなくなってしまう。ステータス差があるモンスターと戦うということは、安全な探索ということだ。
つまり、このぬるま湯でレベルを上げていけば、ステータスの上昇量が減り、最前線へたどり着くことができなくなってしまう。
「よ、よかったですねにゃあちゃん。よ、予定通りエリアボスし、周回できそうですよ!」
小鳥の言う通り、ステータスを維持するならばエリアボスの周回をしたり、レベル上限の40よりも手前で2層に進む必要がある。どのタイミングでエリアボスと戦った方が良いか、先に進んだ方が良いか、これを判断することは難しい。このあたりが、トップギルドに所属した時に恩恵を受けられる点だ。
トップギルドであれば長年のノウハウから、ステータス量とレベルに応じて最適な探索エリアを指示してくれる。だが、その指示を受けられない探索者たちは手探りで進めなければならず、焦って進めば死んでしまい、躊躇えばステータスが盛れず成長限界が早まってしまう。ステータスは取り返しがつかないため、ここから先は状況に合わせて臨機応変に動く必要があった。
1層3区でのzooの方針は奇しくも鈴鹿と同じく、エリアボスの周回によるレベル上げを掲げていた。
「小鳥! アンタ運いいんだから頼むよ! ほんとに! ワン子の盾みたいに一発当てちゃって!!」
猫屋敷が小鳥に縋りつくように懇願する。zooの中で運がいい者と言えば、全員が全員声を揃えて小鳥と言うだろう。
猫屋敷が言っていた盾とは、兎鬼鉄皮からドロップされる『兎鬼の盾』のことだ。兎鬼鉄皮のドロップアイテムの中でもレアなその盾は、黒鉄でできたような漆黒の盾である。身体を隠せるほどの大きな盾は、zooのタンク役である犬落瀬が装備していた。
このアイテムがドロップしたのが小鳥であった。探索者にとってドロップアイテムはドロップした本人に所有権があるが、zooのようにパーティを組んでいたらその限りではない。使わないのに持っていても意味がないため、適正な者にアイテムを分配するのだ。
「今の戦いでも何かドロップしたんじゃない? 私は何も出なかったけど」
「え、えっと……あ、ぼ、防具が出ました」
犬落瀬の言葉に従い収納を見てみれば、早速種砲栗鼠からドロップアイテムをゲットしたようだ。それも低確率ドロップ品の防具シリーズが。
「なんで、どういうこと。ほんとに小鳥が運がいいだけ? やっぱり最後に止めさした方がドロップ率良いんじゃない? ……いや、やっぱり運だけか」
「ちょっとにゃあ子。なんだいその残念なものを見る目は」
zooには運がいい小鳥と運が悪い希凛がいる。先ほど種砲栗鼠にどちらも止めを刺していたが、ドロップアイテムは小鳥だけゲットしたようだ。
「ふ、ふぉぉぉおおおお!! こ、こここれは可愛すぎます!!!」
「急に大声出してどうしたの。うるさいんだけど」
「に、にゃあちゃん!! 見てください! コレ! 可愛いです!!」
小鳥が興奮しながら猫屋敷に押しつけるように広げているのは、どうやら先ほどドロップした種砲栗鼠の防具のようだ。どこか民族衣装っぽい可愛い防具であった。
「近いって! 見えてるから! ……まぁ可愛いけど、疾風兎の防具の方がいい防具じゃん」
「はぁ……にゃあちゃんはダメですね。ダメダメです」
やれやれと首を振る小鳥。
「むっかちーん。何このちんちくりん。毒魔法に沈めてやろうか」
「ふっふっふ。こ、攻撃など当たらなければいいのです。わ、私はこの防具を装備することに決めたのです」
他の探索者が同じセリフを吐けば噴飯ものだが、曲芸師というユニークスキルを持つ小鳥が言えば説得力が生まれる。猫屋敷が繰り出す毒魔法をすいすい掻い潜りながら逃げ切る小鳥には、確かに防具の性能差が気にならなそうだ。
「遊んでないでそろそろ行こう~」
「ワン子。盾の調子はどう?」
「かなりいい感じ。けど、序ノ口蛙程度じゃまだわかんないかな」
「それもそうか。次は狂乱蛇擬か幕下蛙あたりと戦いたいね」
希凛と犬落瀬は次に戦うモンスターを決めると、今もなお戯れている小鳥と猫屋敷を無視して歩を進めていった。




