12話 モンスタートレイン
「くそっ!! 手ごろなモンスターいねぇじゃねぇか!!」
そう言って不機嫌を隠そうともしないのは、探索者高校3年生の立川だ。6人組パーティUrbanのリーダーである。
「だるっ。もう歩くの飽きたんだけど」
「ね。なにこれピクニック?」
立川に同意するのは国分寺梨緒と日野麗奈だ。ステータスが上がっているため数時間歩いていても疲労困憊になることは無いが、精神的なストレスはたまる。
「福生ぁ、お前がこっちに行こうつったよなぁ」
「は? 昭島がどこでもいいから指差せって言ったんじゃん!」
「んだと? 調子こくなよお前」
福生の首に手を回し締め上げる昭島。思いのほか暴れる福生にイラつきながらも、何のアピールかリオとレイナに目線を送る昭島だが、二人は気づいていない。
「んなことよりいい加減やろうぜ。あれなら5匹でもやれるだろ。あれでいいじゃん」
「あん? ……まぁ、あれならやれっか。歩くのも飽きたしな。お前らも町田の意見に賛成でいいな?」
ダルそうに後ろにいた町田が、丘の上から見える5匹のモンスターを指差した。Urbanのメンバーのレベルは35前後で、3区に出現するモンスターによってはまだ苦戦をすることもあった。
思いのほか3区の奥のエリアに足を踏み入れているようで、現れるのは十両蛙や岩石土竜、狂乱蛇擬のような厄介なモンスターが多かった。
そういったモンスターを避けてきたのだが、さすがに選ぶにも限度がある。町田が指したモンスターは種砲栗鼠2匹、球月蛇2匹、序ノ口蛙が1匹の5匹の集団だ。
人数有利であるが、それでも5匹は多い。4匹以下のモンスターがいいが、それを探すとなるとまた時間がかかるだろう。
「よかったな福生。町田がお前のミスをカバーしてくれたぞ」
「だからミスじゃねぇだろ。うざ」
昭島から解放された福生が、必死に髪形をいじっている。
「Parksもまだ2層行けてねぇらしいからな。とっととあんな雑魚蹴散らして2層行くぞ」
「うちらが学年最速で2層行けたら熱くね!?」
「歌凛先輩と同じギルド入れるかも!?」
昨年卒業した陸前歌凛率いる禍火累々は一級探索者ギルドに所属している。この時点で1層3区を探索しているレベルの探索者では、到底一級探索者ギルドに入ることは不可能である。
「じゃ、いつも通りいくぞ!」
特に事前の声掛けはなく、Urban達はモンスターへ向かってゆく。Urbanに気づいた種砲栗鼠が、一斉に種を吐き出し近寄らせまいと攻撃してきた。
「甘いっつの。【ウィンド・ウォール】」
リオが風魔法を発動すると、モンスターとUrbanの間に不可視の壁が出現した。その壁に当たった種は勢いを失い、地面に虚しく落ちていった。
「おらっ!!」
立川が序ノ口蛙に大剣を振り下ろす。序ノ口蛙は大剣を回避するが、大きく避けたため追撃はできない。そのチャンスに、立川は流れる様に大剣を振り回し序ノ口蛙を追い詰めていった。
その横を槍を持った町田が駆け抜ける。後ろで種を飛ばしている種砲栗鼠をやるつもりのようだ。
「リオっ!」
「わかってるよ! 【ウィンド・ボール】」
町田と挟撃するように放たれた風の弾のせいで、種砲栗鼠は逃げ場を失った。種を飛ばすことを諦め町田に噛みつこうと飛び掛かるが、器用に槍で突いて近寄らせない。
突きの1撃では倒すことはできなかったが、転がった種砲栗鼠に追撃し数回目の突きで煙へと姿を変えた。
「うぉぉおおお!!」
昭島が大剣を上段に構え、球月蛇へと向かう。球月蛇はボール状に丸めた身体を転がし、昭島の攻撃に合わせ突撃してきた。球月蛇と昭島の大剣がぶつかり、球月蛇の鱗をはがし深い裂傷を負わせることができた。
だが、球月蛇の本命は突撃攻撃ではない。丸めた身体から頭を突き出し、攻撃した直後の無防備な昭島の顔めがけ噛みついてきた。
眼を見開く昭島に迫る球月蛇だが、横から伸びてきた槍に弾かれ攻撃は失敗に終わる。
「ナイスレイナ!」
「昭島油断しすぎ。ださっ」
球月蛇の攻撃をはじいた後、レイナはそのまま球月蛇を槍で突いてゆく。リーチのある槍は球月蛇に有効で、球月蛇も上手く攻撃に出られないようだ。
その隣では、もう一匹の球月蛇と福生が戦っていた。球月蛇の攻撃を盾で防ぎながら、地道に剣で削ってゆく福生。球月蛇は防御力の高いモンスターのため、剣での攻撃も腰が入った攻撃でなければなかなかダメージを与えられない。無数の切り傷をつけながらも、倒すのは時間がかかりそうだ。
何度目かの攻防。噛みつき攻撃を盾で防ぎ、はじいた首に攻撃を重ねたことでかなりダメージを蓄積できていた。ここらで攻勢に出ようかと思った時、はじいた首めがけ横から大剣が振り下ろされた。
それが止めとなったようで、球月蛇の首は切断され煙へと姿を変えた。
「おせぇよ福生。時間かけすぎ」
「昭島がやらなくてももう倒せたよ」
どうやら福生の球月蛇が最後だったようで、他のメンバーの戦闘は終わっていた。
「おいおい! 5匹もいたけど余裕だったじゃん! 俺ら!」
「だから言ったろ。立川、俺たちは強いんだよ。先生が少ない敵だけ相手にしろって言ってんのは弱いやつに対してのアドバイスだぞ」
立川と町田が先ほどの戦闘の感想を言い合っていた。二人とも手ごたえを感じられたようで、今まで先生の言いつけ通り少数ばかり相手にしていたことを後悔しているようだ。
「この調子ならまじですぐに2層行けるぞ!」
「ウチらなら余裕っしょ」
「Parksには負けたくねぇな」
立川の発言に、リオや昭島も同意する。
「ようやく散歩も終わりか」
「この調子なら今日の稼ぎ期待できんじゃない?」
「確かに。欲しい服あるんだよね。バンバン稼ご」
町田は敵を見過ごすのが気に入らなかったようで、戦えるなら何でもいいという感じだ。福生とレイナは既に今日の報酬について皮算用をしていた。
こうして、Urbanは一度の成功をひっさげ3区深くへと進んでゆくのであった。
◇
1層3区は、最も探索者高校の生徒の死亡率が高いエリアである。出現するモンスターのレベル幅も広いため、不意に高レベルのモンスターが出てくることもあれば、出てくるモンスターの耐久値が高く戦闘が長引き、他のモンスターを引き寄せやすいことも原因の一つだ。
そして、3区を探索する時期も悪い。3区の探索は基本3年生が行っている。特に3年の夏休みに3区の探索を行えるかどうかの者が多く、3区の探索度合いは秋からの就活に関わってくる。
強さこそ正義と思っている探索者は少なくない。探索者高校で何度も安定して成果を持ち帰ることが重要だといったところで、生徒自体がそれを自覚できなければ意味がない。
人に迷惑をかけてはいけませんよ、と教育を受けたところで、その教育が響いていない者がごまんといるのが世の中だ。内容が正しいかどうかより、本人に響いているかどうかが重要なのだ。
なまじ強い探索者こそ稼げる仕事でもあるため、強さが全てという価値観を持つのもしょうがないものであった。探索者が強さを求めるためにすることは、リスクをとって探索すること。リスクをとればとるほど、レベルが上がった時のステータス増加量が増えるためだ。リスクをとればその分多くのモンスター、格上のモンスターと戦うということでもあり、稼ぎにも直結する。
いつも以上のステータスの伸び、魅力的なドロップアイテムの成果。それが時に人を狂わせ、正常な判断から遠ざけてしまうのだ。
「おいっ! やべぇぞ!! 幕下蛙がもう一匹来てるぞ!!」
「それだけじゃねぇ! 種砲栗鼠も連れてやがる!!」
「喋ってねぇで手ぇ動かせ!! とっとと数減らさねぇとやべぇぞ!!」
Urbanはモンスターに囲まれていた。最初は5匹しかいなかったモンスターも、気が付けばその倍近く増えていた。
幕下蛙がいるモンスターの群れと戦ったのが全ての始まりだった。幕下蛙自体は何度も倒したことがあるモンスターであった。
だが、他にもモンスターがいる状態での幕下蛙は厄介極まりなかった。幕下蛙自体は耐久力もさることながら、攻撃も鋭い強敵だ。幕下蛙を先に倒そうと集中してしまうと、種砲栗鼠の種攻撃や球月蛇の突撃を受けてしまう。逆に雑魚を優先しようとすると幕下蛙がすかさず追撃してくるため、攻撃の手がなくなってしまった。
町田が必死に種砲栗鼠を仕留めようとするが、種砲栗鼠同士が連携してフォローしあうため、距離を縮められず攻撃すらできていなかった。
そんなグダグダな戦いをしていたため、戦闘時間が長引き周囲のモンスターを集めてしまう結果となった。
「おいリオ! 魔法でリスの動き止めろ!!」
「無理!! もう魔力なくなりそう!!」
「幕下蛙二匹なんて無理!! どうすんの立川!?」
連携などはなから取れていないUrbanは、モンスターに囲まれている焦りからさらに陣形が崩れてゆく。
「やるしかねぇだろ!! 逃げてもモンスタートレインになるだけだろ!!」
「福生!! お前が幕下蛙とやろうなんて言ったからだろうが!!」
「こんな時にも絡んでくんなようぜぇな!! 昭島が『付出の証』欲しいって言ったからじゃんか!!」
「んだと!? 責任取ってお前がどうにかしろよ!!」
「お前が何とかしてみろよ! いつも大口ばっか叩きやがって!!」
モンスターと戦うどころか、仲間内で揉め合う始末。そんな探索者をモンスターが見守ってくれるわけもなく、幕下蛙の鋭い突っ張りや種砲栗鼠の種がひっきりなしに飛んでくる。
放っといても勝手に崩壊しそうなUrbanだが、止めを刺すようにそれはきた。褐色を帯びたオリーブ色のそのモンスターは、地面の草と同化し近づいていることを悟らせない。そうして、突如出現したように4匹の狂乱蛇擬がUrbanに襲い掛かった。
「狂乱蛇擬!!??」
「くそっ!! 無理だろこんなの!!」
各々が狂乱蛇擬の狂ったような突撃を受け止めるが、狂乱蛇擬はレベル30から40のモンスターだ。ステータス的にも一人で攻撃を受け止めるのは難しいレベルだ。
それに加えモンスターは狂乱蛇擬だけではない。二匹になって自由になった幕下蛙は、近くで狂乱蛇擬の攻撃を受けていた昭島に張り手をお見舞いした。
「がはっ!!」
きりもみ状に吹き飛ぶ昭島。たったの6人しかいない中、一人でも欠ければ崩壊するのは容易かった。
そして、この場の崩壊をもたらしたモンスターは狂乱蛇擬。心の弱い者を恐慌状態にするモンスターであった。
「ああああああああああ!!!! 死にたくない死にたくないあぁいあいいああああ!!」
初めに発狂したのは町田だった。進む方向など何も考えず、ただ狂乱蛇擬や幕下蛙のいない手薄なところに突っ込み逃げ出した。
パニックは伝染するものだ。もともと決壊ギリギリだったUrbanのメンバーは、仲間の逃亡をきっかけに完全に心がくじけた。
「ずるい町田死ね!! 無理無理無理無理無理無理無理!!!」
「いやぁあぁああああ!!!」
「「うわぁあわわああぁああああ!!!」」
町田の後を追う様に、他のメンバーもその場を走り出す。当然モンスターはその後を追うのだが、まだ残っているメンバーがいた。
「痛ぇ……。おい!! 置いてくなよお前ら!! おい!!!」
幕下蛙に吹き飛ばされた昭島は何とか起き上がるが、そんな彼が見た光景は、自分を置いて逃げ出す仲間の姿であった。
「クソッ!! 待てよお前ら!! っっ!? 痛ぇえええええ!! 何だこれ!!」
なんとか昭島もモンスターから逃げようと走り出そうとした途端、踏み出した足に激痛が走った。足を見てみれば、踏み込んだ先に疑似粘性がいた。
疑似粘性は酸性の液体を飛ばすモンスターであり、その身体も酸性でできている。急いで足を引き抜いて転がったが、服や靴に染み込んだ液体が皮膚を溶かし煙を上げていた。
「痛ぇえよぉおおお!!!」
あまりの激痛にのたうちまわる昭島。そんな昭島の下に4匹の狂乱蛇擬が群がった。狂乱蛇擬は逃げる探索者よりも、眼についた転がっている昭島に興味を持ったようだ。
「嫌だ!! 待って! 止めて!! まだ死にたくない!! 母ちゃ―――」
そんな昭島の断末魔を背に、Urbanは走り続けた。背後に大量の魔物を背負って。




