10話 双毒大蛇
軽くランニングするくらいの速度で走っているつもりの鈴鹿だが、急成長しているステータスに加え『水刃鼬の加護』による敏捷値への恩恵も合わさり、ほとんど走っているのと変わらないくらいのスピードが出ていた。
1時間もかからないうちに2区を抜けることができた。
「あ、狂乱蛇擬だ。やっとくか」
エリアボスまでに身体を温める目的を兼ねて、草に擬態するように伏せている狂乱蛇擬へ進路を変える。
狂乱蛇擬は『擬態の血清』というアイテムをドロップする。このアイテムは3区のエリアボスである双毒大蛇が発する毒を治すことができるアイテムだ。他にも地球の毒蛇、例えばマムシなどの毒にも有効であり、割と重要なアイテムであった。
鈴鹿は『双毒の指輪』の恩恵もあり状態異常耐性がレベル3のため、双毒大蛇に噛みつかれでもしなければ血清が必要になるほどの毒を受けることは無いが、アイテムはあるに越したことは無い。血清は売却していないため今まで蓄積した分もあるのだが、収納の容量もまだまだ余裕があるため増える分には問題ない。
周囲に他の冒険者がいないことを気配察知のスキルと目視で確認すると、鈴鹿は収納から一振りの小太刀を取り出した。
まばらに青みを帯びた鞘は、まるで動物の骨を削ってできたような質感をしていた。柄には鞣した革が巻かれ、隙間から柄の素材であろう紺色の素材が見えている。
その小太刀を手に、鈴鹿は狂乱蛇擬へ近づいてゆく。気配遮断のスキルレベル3は1層3区でも十分効果を発揮する。隣にいても気づかれないレベルではないが、かなり近づいても感知されない。
3区は丘陵地帯で小高い丘が乱立するうねるような地形ではあるが、見通しが悪いわけではないため奇襲することは難しい。だが、気配遮断があれば奇襲することも容易だ。
鈴鹿を認識できる第三者から見れば、あの狂乱蛇擬が襲い掛からないことに驚愕するほどの距離まで近づいている。
身体から漏れ出ないよう気を付けながら魔力を体内に循環し、魔力操作で小太刀にも魔力を流してゆく。鞘から小太刀を抜けば、深い瑠璃色をした美しい刀身が姿を見せた。
「……ふっ」
短い息を吐くと同時に鈴鹿が動く。上段から小太刀を振り下ろせば、刀の軌跡に沿って狂乱蛇擬に深々と刀傷が入った。
「ジャャァァァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
攻撃を受け鈴鹿の存在をようやく認識した狂乱蛇擬は、即座に鈴鹿に襲い掛かる。深々と切り裂かれた胴体が動きについていけずより傷口を広げてしまっているが、そんなことはお構いなしと鈴鹿へ喰らい付いてゆく。
何匹も狂乱蛇擬を倒してきた鈴鹿にとって、この程度ではもはや嫌悪すらせずお前ならそう来るよなと読み通りですらあった。襲い来る噛みつき攻撃を見切りのスキルを使い余裕をもって避け、すれ違いざまに狂乱蛇擬の首を落とす。
首が落ちても胴体がビタンッビタンッと跳ね回っているが、落ちた頭部に小太刀を突き刺せば煙となって鈴鹿に吸い込まれていった。
モンスターは死ねば血も何もかも煙に変わるため刀身に血も脂も残ってはいないが、雰囲気的に血振るいして刀身を見つめる。海底を覗いているような深い瑠璃色の刀身は、波紋が広がるように動いていた。
「上手く振ったと思ったのにまだ駄目か」
鈴鹿が悔しそうに鞘に戻し収納へしまったこの武器は、水刃鼬からドロップする武器……の強奪で強化されたアイテムだ。
名前:凪の小太刀
等級:希少
詳細:水刃鼬の中でも長い年月をかけて尾に魔力を流し込んだ個体の尾骨から作られた小太刀。魔力を込めると水の刃を生成することができる。未熟な者が扱うと刀身に波紋が広がる。
鈴鹿が悔しがっていたのは、切りつけた後の刀身に波紋が広がっていたからだろう。剣術のスキルレベルも4まで成長しているが、まだまだこの刀を振るにはふさわしくない技量の様だ。
この小太刀。通常のドロップ品であれば『水刃鼬の尾』というアイテムで、同じ小太刀ではあるのだが刀身がこんな青いことは無く、白地にまばらに青みがかっているだけの武器だ。それはそれでカッコいいため、二日前に『水刃鼬の尾』がドロップしたので嬉々としてメイン武器にすることにしたのだ。
見る人が見ればそれがエリアボスのドロップ品であることがわかるため、人の目がありそうな場所では今まで通り『舎弟狐の誇り』という魔鉄でできた魔鉄パイプを使っているが、エリアボスが現れるようなエリアの奥深い場所では人もいないため小太刀を使って練習していた。
そして、昨日初めて小太刀を使って水刃鼬と戦っていた時、ふと親分狐と戦っていた時のことを思い出したのだ。
親分狐と戦った時、親分狐の武器である金棒を親分狐の手から吹き飛ばした状態で倒したら、強奪のスキルの影響を受けて金棒が強化されて残っていたことがあった。
強奪というスキルは、直接奪い取ったアイテムが強化されてドロップするというものだ。初めは舎弟狐から魔鉄パイプを奪い取ったように、手に入れなければ効果が発動しないと思っていた。しかし、思い返してみれば親分狐の時は金棒を吹き飛ばしただけで、奪うような行動はしていない。つまり、モンスター本体から離されたアイテムは総じてこの強奪のスキルの効果対象になるのではないか、そう思ったのだ。
『水刃鼬の尾』はその名の通り、水刃鼬の尾からできている武器である。水刃鼬は鎌鼬の様なモンスターだ。両手が鎌になっている大きなイタチで、身体よりも長い尻尾が刀身になっている。
つまり、水刃鼬の尾を切断することができれば強奪が働くのではないか。そうひらめいた鈴鹿は、実践した。
魔鉄パイプであれば尾っぽを引きちぎるのは相当難しかっただろうが、『水刃鼬の尾』という小太刀のおかげで尾を切り落とすのはそこまで難しくなかった。
その結果、仮説は正しかった。水刃鼬を倒すと尻尾は煙に包まれ、煙が収まった後にはこの『凪の小太刀』が一振り落ちていたのだ。
この強奪というスキル。恐らくユニークスキルだと思われるが、あまり強さを実感できないスキルでもあった。
夏休みの休息日を使って、鈴鹿はスキルについても調べていた。というのも、強奪というスキルを得たときは喜んだのだが、2区では使うことがなかった。スキルの有用性的にも疑問を思っていた。
調べれば、ユニークスキルだからといって強さに直結するとは限らなかった。
例えば、ユニークスキルとして日本で最も有名なスキルが剣神というスキルだ。これは剣の理を理解できるスキルらしく、大阪の特級ギルドである猛虎伏草の初代ギルドマスターや、東京の特級ギルドである不撓不屈のメンバーがこのスキルを発現している。
剣術のスキルとは一線を画するスキルで、発現するだけで一騎当千の力が身につくバランスブレイカーのスキルであった。他にも身体能力が劇的に向上するスキルや、奥の手にふさわしいスキルが調べれば数多く出てきた。
だが、そうではないスキルもあった。例えば、状態異常無効のスキルだ。モンスターによってはキラーになりえるスキルではあるが、別に戦闘力が上がるわけではない。戦闘に直結するかもしれないが、先の剣神と比べると差がひどい。
スキルにはコモン、レア、ユニークの3種類があり、ユニークだから強い、コモンだから弱いと言うわけではなかった。ユニークスキルは発現した探索者が少数過ぎて解明できていないものや、本当に珍しいからユニークにクラス分けされていることが多い。
何に重きを置くかで変わってくるが、こと戦闘に関してで言えば強奪スキルよりもコモンスキルである剣術のスキルの方が有用であろう。
調べると多くの著名人たちが『スキルはレアリティではなく習熟度が大事だ。精進しろ』とコメントしていた。習熟度が大事というのは本当にそうで、レアスキルをいっぱい持っている者よりも剣術スキルのレベルが高い探索者の方が圧倒的に強いと言われていた。
強奪は習熟度が存在しない固定型のスキルであるし、使えるモンスターも限られているため調べたときはがっかりしたものだ。単に珍しいだけのスキルかと。
2区では死にスキルであったが、今後探索を進めていけば使えそうなモンスターはまだまだいっぱいいることも調べてわかった。武人のような装備をしたモンスターもいるし、3区のエリアボスである十両蛙はマントを付けているため毎回戦う度にむしり取っている。
強化されたアイテムになるため気軽に売却することはできないが、強いアイテムを確定で奪えるのはやっぱり優良なスキルかと思いなおしていたが、水刃鼬の尾の件で実はぶっ壊れスキルであったことがわかった。
つまり、ドロップアイテムに爪があるモンスターであれば手を切り落とせば確定でドロップし、新緑大狼のように眼がドロップするモンスターであれば眼を抉れば確定ドロップするのだ。武器に限らずモンスターそのものの素材すら強化することができるこのスキルは、今後アイテムによって自身を大幅に強化することができる力を秘めていた。
「もっとスキルを理解できれば、装飾品なんかもこのスキルでゲットできるかもしれないな」
今一番欲しいアイテムは『双毒の指輪』のような装飾品だが、さすがにどう強奪していいかわからないため手を出すことができない。これさえ手に入れることができれば、強奪はユニークスキルの中でもかなり上位に食い込む性能のスキルになるだろう。
「うし。もう数体倒しておきたいな。できれば疑似粘性がいいんだけど」
疑似粘性は不定形な身体を持つ半透明のモンスターだ。国民的ゲームのキャラクターのような可愛らしさはなく、ベトベ〇ンのような見た目をしている。身体をいくら攻撃してもダメージを与えることはできず、体内で常に動いているコアを破壊することで倒すことができるモンスターだ。
身体が酸性の粘液でできているため、魔力操作で刀身をしっかり覆わなければ武器が劣化してしまう厄介なモンスターだが、ドロップアイテムにポーションを落とす魅力的なモンスターでもある。
鈴鹿の魔力操作であれば武器が傷つくこともなく、動きも遅いため見つければ通りすがりに殺せるお手軽なモンスターでもあった。
だが、半透明な姿は見つけることが難しく、気配察知をフル稼働しておかなければ、他のモンスターと戦っているときに予期せぬ方向から襲われることもあるため厄介なモンスターだ。
そんな疑似粘性を求めて、鈴鹿は駆けだした。
◇
あれから球月蛇1体、狂乱蛇擬2体の群れを倒し、エリアボスである双毒大蛇に挑むことにした。
結局疑似粘性は見つけられなかったが、しょうがない。
双毒大蛇:レベル48
3区のヒエラルキーのトップが、挑戦者を見定める様にかまくびをもたげて睥睨している。
双毒大蛇は狂乱蛇擬よりもなお大きな双頭の大蛇である。両手を回しても届かないだろう太い身体は強靭な筋肉と堅牢な鱗に護られており、初めて挑んだときはダメージを与えるのにかなり苦労した。
それぞれの頭が扱う毒は種類が異なっており、片方は毒、もう片方は麻痺毒だ。毒を飛ばしてきたり噛んで毒を注入するのはもちろん、厄介なのはエリアボスの周囲に毒の霧を吐き出しているところだ。
吐き出す毒は直接くらうより弱い毒であるが、しっかりと状態異常を感じるほど体調に影響が出る。麻痺がかかれば正座で痺れて上手く足が動かせないような感覚が襲うため戦闘に支障をきたし、毒がかかれば頭痛吐き気倦怠感が凄まじく戦闘どころではなくなってしまう。コロナとインフルのダブルパンチのような状態だ。
即座に戦闘不能に陥るほどではないが、到底放置できないレベルの毒である。そんな毒をくらいまくった結果、鈴鹿は状態異常耐性をスキルレベル2まであげることができたのだ。
この毒は狂乱蛇擬がドロップする『擬態の血清』で治るため、状態異常耐性を得るまでは何本も消費したのを覚えている。『双毒の指輪』によって状態異常耐性はスキルレベル3になっているため、この状態であれば毒の霧が無効化できるので直接かけられたり嚙まれない限り血清を使うことは無いだろう。
フシューッフシューッとチロチロ舌を出しながら威嚇している双毒大蛇を前に、鈴鹿は気負わない。これで9回目の戦闘であり、ちゃんと出現してくれたことに喜びすら感じていた。
睨みあう両者。ここに言葉など必要ない。喰うか食われるか。そのどちらかしか選択肢は無い。
『凪の小太刀』を抜けば、どれほどの魔力を込めているのか刀身から陽炎の様に瑠璃色の魔力光が揺らめいている。薄く薄く刀身に水を纏わせる。水刃を飛ばすこともできるが、鈴鹿は小太刀というリーチの短さをカバーするように水刃を伸ばすことでリーチの読めない攻撃を繰り出す技を身に着けていた。
「シャァァアアア!!!」
毒を司る頭が毒を球体に閉じ込めた毒弾を複数吹きかけてくる。鈴鹿は即座に横へ回避すると、そのまま双毒大蛇の下へ駆けてゆく。
その行動は織り込み済みだったのだろう。麻痺を司る頭が自分に向かって麻痺の霧を噴霧し、麻痺の防御壁を構築する。だが、その毒は状態異常耐性のある鈴鹿には意味をなさない。
麻痺の霧によって鈴鹿が躊躇、あるいは攻撃を止めると思って油断している双毒大蛇に、鈴鹿が切りかかる。切断する気概で攻撃したのだが、少し深い程度の傷しかつけることができなかった。
「相変わらず硬いなぁ」
狂乱蛇擬であれば輪切りにされていたはずの攻撃だが、双毒大蛇では傷しかつかない。『凪の小太刀』に薄く水を纏わせ切れ味を向上させているのだが、それでもエリアボスを両断するには足りない。小太刀の刀身に波紋が広がっているうちは、一刀で切り伏せるのは無理なのかもしれない。
厚い鱗に覆われ防御に優れた敵は、その防御ごと両断できるほどの技量と切れ味が無ければ、魔鉄パイプのような打撃武器の方が有効かもしれないな。
だが、傷さえつけられればそれでいい。鈴鹿は毒魔法も同時に使用し、刀身を覆う水の膜に毒を混ぜている。今の一撃では毒状態にならなかったが、何度も攻撃すれば毒を扱うモンスターであろうとも毒状態になることは既に目の前のモンスターで確認済みであった。
慣れない毒魔法に武器から生成される魔法も扱ってとかなり集中力を要するが、思考加速でフルに頭を回すことでなんとか対応できている。知恵熱が出るほど頭を使っているため手を緩めたいところだが、使い続けていればそれが当たり前になって容易に使いこなせるようになるのはダンジョンに入ってから学んでいたため、今が踏ん張りどころだと二つの魔法を行使し続ける。
鈴鹿を嫌って尻尾を振り下ろしてきたため、鈴鹿は後ろに下がって双毒大蛇と距離を開ける。双毒大蛇を見れば、自分の麻痺が効果がなかったことに警戒心を高める頭と、傷をつけられたことで激昂している頭が鈴鹿を睨み付けている。
初めて戦った時はまともに攻撃も通らなければ、いちいち毒の霧をくらって死にかけてを繰り返していたため本当に死闘であった。だが、状態異常耐性を得た今では、目の前のエリアボスの最大の攻撃を封じているのと変わらず、もう強敵とはなりえない。
「まだまだ2体も後が控えてるんだ。ちゃちゃっと済ませるぞ」
その言葉とともに再度双毒大蛇に接近する鈴鹿。近づけさせまいと麻痺と毒の霧や尻尾と双頭を使った攻撃で必死に抵抗するものの、10分後には黒い巨大な煙へと姿を変えるのであった。




