9話 夏休み探索振り返り
夏休み探索30日目。今日が夏休み最後の探索日だ。
夏休みは10日探索したら1日休憩のスパンでダンジョン探索をしていたため、明日は休みの日だ。学校が定めた夏休みは明日まであるため、明日はゆっくりして疲れを癒す日に充てたい。
「せっかくサマー〇ォーズ観に行こうと思ったのに、ヤスのやつ塾の女の子ともう見ちゃったとか何事だよ。受験生だろ勉強してろよ」
夏休み最終日くらい夏期講習も休みかと思って鈴鹿はヤスを映画に誘ったのだが、すでに視聴されてしまっていた。お盆は塾も休みだったそうで、そのタイミングに行ったのだとか。せっかく息抜きに一緒に行こうと思っていたのに、当てが外れてしまった形だ。
鈴鹿はもともと狭く深い友好関係を築いていたため、ヤス以外の中学の友達を誘う気も起きない。特に、中学を卒業したらほぼ連絡も取らず疎遠になると前の世界で知っているだけに、あえて友好を深めようとは思えないのだ。
一人で行くのはなぁと悩みながら、八王子ダンジョンがある探索者協会に着いた。時刻は8時30分。夏休みではあるが、鈴鹿は規則正しく毎回この時間にダンジョンに訪れていた。
というのも、朝は早く家を出ても何も言われないが、遅く帰るのは門限があるため難しいためだ。ダンジョン探索は18時までには終え、18時30分には家に帰っていないと母親に怒られてしまう。
だが、3区は入り口からも遠く、探索に充てられる時間が少ない。そのため、朝からちゃんと来て探索を行っているというわけだ。
自動扉を抜ければ、残暑も厳しい外と違って涼しい空調の効いた風が迎えてくれる。鈴鹿も慣れたもので、わき目も降らずに探索予定を申告する端末へ向かった。
「え~と、探索エリアは1層3区。帰着時間は22時っと」
18時頃には戻ってくるのだが、この帰着時間を超えると登録されている番号に連絡が行ってしまう。つまり、自宅に俺の身に何かあったかもしれないという連絡が行くのだ。
本当に何かあれば連絡をしてほしいが、ただ夢中になって帰るのが遅くなっただけで心配させてしまうのは本心ではない。そのため、夢中になっても絶対に帰るであろう22時と設定していた。
登録を済ませセキュリティドアを抜ければ、そこは見慣れた1層1区の草原が広がっている。ここから3区まではまっすぐ歩いても2時間はかかるため、時間短縮兼身体を温めるために、目的地まで鈴鹿はランニングで向かうことにしていた。
今日で3区の探索も終わりだ。合計20日間も3区で狩りを行っていたが、その内容は満足するものだった。
3区での探索では、レベル30になるまでエリアボスとは戦わずに通常のモンスターと戦ってレベル上げを行った。3区のモンスターはエリアボスを除いて7種類おり、球月蛇、狂乱蛇擬、序ノ口蛙、幕下蛙、種砲栗鼠、岩石土竜、疑似粘性だ。
モンスターによって分布が偏っていることはなく、複数種で現れることもあれば、単体でいることもある。ただし、総じて奥に進むほど出てくるモンスターの数も多く、レベルも高い。
そんな3区のモンスターを9日間狩り続けたことで、鈴鹿はレベル30に至ることができた。当初はレベル30まで上がるのに10日間はかかると想定していたが、探索ペースもよく順調にレベル上げを行うことができた。
9日間のレベル上げを実施したことで、3区のエリアは隅々まで探索を行うことができた。そのおかげで、3区のエリアボスがいる場所や2層へ続く階段もすでに発見している。
「それにしても、マップって便利だよな」
鈴鹿はランニングしながら、目的地であるエリアボスがいる場所まで一直線で走ることができていた。それは新しく覚えたスキル、マップの効果によるものだ。
マップは1層で覚えなければその後覚えることはまずないと言われているスキルであり、効果は読んで字のごとく、ダンジョンの探索したエリアであれば自分がどこにいるのか脳内で正確に判断することができるスキルである。2層へ続く階段を発見したときにこのマップのスキルが発現した。
これはめちゃくちゃ有能なスキルである。1区2区などは特に目印らしきものもないだだっ広い草原が広がっているだけのため、なんとなぁくこっちが入口かな、とか人が目指してる方を見て方角を判断したりする必要があった。
1区探索時から現在位置を意識して動いていたおかげで迷うことはなかったが、入口から遠い場所を探索するにつれて少しの方向のずれが大きな誤差を生むため、正確に自分の位置がわかるというのはかなりでかい。
マップを覚えたことでエリアボスまで最短でたどり着くこともできる。これによって、今では1日に3区のすべてのエリアボスと戦うことができるようになっていた。
だが、初めはそんなにうまくいかなかった。レベルも30を超えたのでいけるだろうと初めてエリアボスと戦ったが、兎鬼鉄皮を彷彿とさせるほどの長期戦を演じることになったのだ。
それでも何とか倒し次のボスまでたどり着いたのだが、そのボスも待っていたのは激闘。やはりステータスは偉大で、ボスよりも10以上レベルが低い鈴鹿ではステータスが足りないのか攻撃がうまく通らず、1体倒すのにかなりの時間を要してしまうのだ。
結局一日2体のエリアボスと戦うのが限界であった。3区には3体のエリアボスがいるが、それぞれ近しい位置にいるわけではない。それぞれ10km程度離れた位置にいるため、エリアボスのもとへ行くだけでも一苦労だ。
エリアボスを迅速に倒し休憩もそこそこに移動しなければならないエリアボスラッシュは、思っていたよりも難易度が高く、一日で全てのエリアボスを倒せるようになったのは3区を探索して16日目であった。
だが、それでも今日でエリアボスラッシュ5日目。1日2体と戦っていた時も含めれば、今日エリアボスを倒せば合計で9回倒したことになる。
そうなってくると疑問なのが、同じエリアボスを何回までなら倒すことができるのかということ。エリアボスは1日も経てば復活するようで、鈴鹿以外でエリアボスと戦っている探索者が1層3区にはいないためか毎日のように戦うことができていた。
ダンジョンができて50年以上経っているため、鈴鹿と同じようにエリアボスと何回も戦う探索者はいた。身近なところでは、親分狐のような簡単なエリアボスを繰り返し討伐できないか探索者高校で実験が行われたことがある。だが、明確な法則を見つけることはできなかった。
その実験に参加したものの多くは、エリアボスと戦えたのは基本1回。多くても2、3回しか倒すことができない結果に終わった。戦えた回数は参加者のレベルやステータスもばらばらなため法則性は見られず、結果ダンジョンのみぞ知るという答えに落ち着いている。
どれくらいレベル差があると出現しないとか、ステータスが一定ラインを越えたら現れないなどの法則はないが、一つ言えることはある。それは、エリアボスが強敵になりえないと出現しないということだ。100レベルまで上げた者の前に親分狐が出現しないように、エリアボスが強敵として認識されないようになると出現しなくなる。
エリアボスは探索者にとっての脅威であり、脅威足りえないならばそれは探索者にとってそのエリアボスが適正ではないということである。その不確かな法則だけは、確かなものとして探索者の中で認知されていた。
そんなエリアボスだが、鈴鹿は今日で9回目の戦闘となる。既に昨日で8回目の討伐を終えているのだが、未だにエリアボスが出現しなくなることやドロップアイテムがドロップしなくなるなどは起きていない。それはつまり、鈴鹿にとってはまだエリアボスが強敵であるとダンジョンが認識しているということだ。
だが、恐らく今日討伐すればエリアボスは出現しなくなるだろうという半ば確信めいた予感があった。
鈴鹿の現在のレベルは45。一方エリアボスは3体ともレベル48。順調にいけば今日で鈴鹿のレベルは46まで上がるだろう。
鈴鹿がレベルを上げてもエリアボスより低いレベル46だ。しかし、ステータスの伸びは相変わらず平均9越えを維持している。一人で戦うというリスクもとっているため、客観的に見たらまだまだエリアボスが出現する条件である強敵への挑戦というのは満たされているだろう。
しかし、ここ最近のエリアボス戦は鈴鹿にとって余裕が感じられていた。作業に移行しつつあると言ってもいい。作業になってしまえばそれは強敵との闘いとは違う。そうなればエリアボスは出現しなくなるだろう。エリアボスは脅威でなければならないのだから。
だが、もともと夏休みまでで3区の探索は終えようと思っていたこともあって、今日出てくれれば万々歳だ。そんな気楽な考えで、夏休み探索最終日を迎えていた。
1区から3区までは10km近く離れているが、特に息も切らさずに鈴鹿は走り続けている。ステータスの恩恵に加え毎日のランニングが合わさり、鈴鹿のスタミナはこの数か月で何倍にも成長していた。努力が結果としてすぐに表れるダンジョンは、やりがいを感じやすく鈴鹿はどんどんのめりこんでいた。
そんな鈴鹿が1区2区と駆け抜けていくが、他のモンスターが鈴鹿を捕捉して追いかけてくることはない。鈴鹿とのレベル差も影響があるだろうが、その理由は鈴鹿が新たに発現したスキルと装備の効果によるものだ。
3区で新たに状態異常耐性と気配遮断のスキルが発現した。状態異常耐性は3区のエリアボスの一体が毒を多用するモンスターだったため、毒をくらってるうちに発現していた。
気配遮断は敵を避ける行動をとっていたら覚えることができた。エリアボスラッシュを行うために3区を駆け抜けたのだが、鈴鹿を見つけたモンスターが後から後から追いかけてきてしまい、小規模なモンスタートレインが出来上がってしまったのだ。
そのうち諦めるだろうと思って走り続けたのが仇となり、引き連れていたモンスターを討伐するのにかなり苦労した。やはり数は力で、10匹以上に迫られると倒すのにも一苦労だった。
モンスタートレインは周囲のモンスターを引き寄せる性質があるようで、モンスタートレインのモンスターとの闘いが長引けば長引くほど他のモンスターも寄ってきて、いたちごっこの様に永遠に抜け出せないループに陥ってしまう。迅速に抜け出せなければ、最終的にエリアボスまで引き寄せられパーティが全滅。というのが度々ダンジョンで起こるんだとか。
モンスタートレインがエリアボスを引き寄せるとかむしろ効率的じゃねと思った鈴鹿であったが、モンスタートレインは周囲の探索者も無意識のうちに引き寄せられるそうで、探索者が集団で殺されてしまうことも多いと調べたら出てきたので、その案は諦めた。
それ以降移動時は不用意な戦闘は避けできるだけモンスターに見つからないよう行動していたら、この気配遮断スキルを覚えていたのだ。
そして、その効果を相乗させるのが、鈴鹿が今羽織っている『擬態のマント』だ。
これは狂乱蛇擬から稀にドロップするアイテムで、羽織ると気配遮断スキルと同様の効果を与えてくれるアイテムである。マントを羽織るのは派手かとも思ったのだが、探索者の装備は基本派手なため目立つこともない。
それに目立つのとは逆の効果でもあり、ダンジョン限定であれば目立ちたくない鈴鹿にもってこいのアイテムであった。
スキルとアイテムの併用により、3区までのモンスターであれば近くを通っても気づかれることなく素通りできるほどまで気配を遮断できている。このアイテムとスキルが無ければ、離れた位置に存在しているエリアボスを1日3体も討伐することは不可能だっただろう。
3区ではエリアボスと連戦したことで、貴重なアイテムを多く入手することができた。それが、今装備している二種類の装飾品。『双毒の指輪』と『水刃鼬の加護』だ。
『双毒の指輪』は、尾も頭になっている蛇が指に巻き付いたようなデザインをしており、瞳や模様が宝石になっている意匠性もある指輪だ。二つの頭の目にはめ込まれている宝石の色が異なるところがアクセントになっている。
そこまでゴテゴテしているわけではないが、アクセサリー類をつけたことがなかった鈴鹿にとっては身に着けるのにハードルを感じさせるものであったが、装備して数日もすれば慣れてきた。まだ違和感はあるが、恥ずかしさはない。
エリアボスの装備は目立つため避けたかったが、2区のエリアボスである兎鬼鉄皮のドロップ品である『兎の鬼面』よりは目立たないので良いだろうと付けることにした。デザインがカッコいいというのもあるが、効果がすごいのだ。
名前:双毒の指輪
等級:希少
詳細:双頭の大蛇の体内で生成された宝石が埋め込まれている。装備者に状態異常耐性のスキルレベルを1、毒魔法のスキルレベル1を付与させる。
鈴鹿の状態異常耐性はスキルレベル2のため、この指輪を装備するだけでスキルレベルが3相当になるのだ。それだけでなく、毒魔法も行使できるようになるかなりの優れモノだ。
毒魔法を鈴鹿は発現できていないが、この指輪を装着すればレベル1相当だが魔法を使うことができるのだ。
未だに魔法系統は目覚めていない鈴鹿は、この効果を見て装備しない選択肢はなかった。
こういったスキルレベルを上昇させるアイテムは滅多に無いが、無いことは無い。鈴鹿が装備している擬態のマントは狂乱蛇擬から1%の確率でドロップするアイテムであり、エリアボス以外からもドロップすることがある。
大手の探索者ギルドではこういったアイテムをギルドに所属している探索者に付与し、そのスキルが発現できるように訓練させると調べたら出てきた。
その最たる例が魔法スキルだ。魔法スキルの発現方法は未だに運とか才能と呼ばれているレベルで、誰しもが使うことはできない。しかし、こういったアイテムを使い魔法を行使できるようにし、その魔法を使い続けてスキルレベルを上げられれば、アイテム無しでも魔法を行使することができるようになる。
『双毒の指輪』がエリアボスからのドロップ品であることからもわかる通り、魔法スキルが付与されるアイテムはかなり希少なため限られたトップギルドしか持っていないので、探索者の中で普及しているアイテムというわけではない。
そんなアイテムを手に入れた鈴鹿は毒魔法を使い続けているため、近いうちに指輪が無くても毒魔法を使えるようになるだろう。
もう一つの装飾品である『水刃鼬の加護』は、アンクレット型のアクセサリーだ。澄んだ湖を思わせる美しいターコイズブルーのシンプルなデザインをしている。アンクレットということもあり服の下に隠れて目立たないため、こちらはつけることに抵抗はなかった。
名前:水刃鼬の加護
等級:希少
詳細:水刃鼬が生息する湖を映した足枷。付ければ水刃鼬の加護を得ることができる。装備者の体力を5%、敏捷を20%上昇させる。
効果もエリアボスドロップかつ等級も希少ということもあって、ステータス上昇値が合計で25%もある素晴らしいアイテムだ。防御よりも素早さ重視の鈴鹿に合っているアイテムというのも嬉しいポイントだ。
この『水刃鼬の加護』はドロップ率が高く、合計で4つ所持している。そのため両足に装備することができ、敏捷でいえば合計40%もステータスが上昇している。試しにと片方の足に二つ付けてみたが、足一本につき一つだけしか装備できないようで効果が増えることは無かった。
このアイテムを獲得して嬉しい反面、鈴鹿に新たな悩みの種が出てきてしまった。それは、自分のステータスの優位性が揺らいでいるということだ。
今の鈴鹿のステータスは装備込みでここまで成長している。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:45
体力:424 + 42
魔力:420
攻撃:427
防御:423
敏捷:423 + 169
器用:425
知力:415
収納:177
能力:剣術(4)、身体操作(4)、身体強化(4)、魔力操作(4)、見切り(1)、毒魔法(0+1)、強奪、思考加速(1)、魔力感知(2)、気配察知(3)、気配遮断(2+1)、状態異常耐性(2+1)、マップ
装備品:鳴鶴のジャージ(上下)、疾風兎の防具(靴)、双毒の指輪、水刃鼬の加護×2、擬態のマント
レベルアップ時の平均が5の探索者と比べると、およそ倍近くのステータスを誇っている。これによりソロでも活動することができているし、レベル100まで行ければ大抵の探索者より強くなれると思っていた。
しかし、ここに来てステータスアップの恩恵の大きさに気づかされた。特にアンクレット二つ装備しただけで、敏捷は162も上昇しているのだ。ステータスアップ系の装備をフル装備したレベル100の探索者がいれば、鈴鹿がレベル100になっても超えられないかもしれない。
ステータスアップ系の装飾品は通常モンスターからも出現する。3区では、幕下蛙から稀にドロップする『付出の証』がそれだ。効果は体力と防御のステータスをそれぞれ25上昇させるアイテムで、鈴鹿も二つ持っている。
ブレスレットタイプのアイテムなので装備することができるのだが、こちらはゴテゴテのヤンキーが付けてそうなデザインだったため鈴鹿は装備することを断念した。装飾品も収納に入れれば持ち主に合わせてサイズとデザインが変更されるのだが、デザインは些細な部分しか変わらないため、コンセプトまでは変えられないのだ。
等級が普通のためこの程度の上昇率だが、2層3層で得られる通常モンスターからのドロップ品であるアイテムは、等級が希少や秘宝の物だってある。装飾品にはネックレスや耳飾りなどもあり、多くを身に着けることができるのだ。ステータスの差が装飾品で埋められてしまうこともありえてしまう。
もちろん鈴鹿も装飾品を装備すれば解決する話だが、装備品はドロップ率が渋い。エリアボスラッシュをしているから今回はいい装備がドロップしているが、序盤で装備を調えても中盤や終盤では使い物にならないのは世の常だ。1層のエリアボスのアイテムなど等級は希少止まり。普通の次の等級でしかない。
ゲームで何百回も同じ敵を倒し続けてようやくドロップした経験をしていればわかるだろうが、渋いドロップアイテムは本当に出ないのだ。そして、ダンジョンでは同じ敵と何回も戦い続けるとレベルが上がってしまい適正から外れ、ドロップ率がさらに渋くなってしまい、最終的には何もドロップしなくなってしまう。
だが、他の冒険者たちはギルドに所属している。得られたアイテムはギルドで管理すればドロップしなくても良いアイテムを得ることだってできる。ギルドの歴史が強さに直結することができるのだ。
別に探索者ギルドと揉める予定はないのだが、力が物を言う世界に身を置くならば、備えられることは備えておいて損はない。
ステータスの高さに浮かれていたところもあったため、早い段階で心を引き締められてよかったと思うことにした。




