6話 zoo
日本に存在するダンジョンの総数は20。その全てに隣接する形で探索者協会が建てられていた。ここ八王子ダンジョンも例外ではなく、ダンジョンに併設して探索者協会が建っている。
探索者協会には探索者のダンジョン探索の管理だけでなく、買取所や医務室、更衣室やロッカー、入浴施設も備わっている。探索者に快適にダンジョン探索を行ってもらうための施設でもあるのだ。
そんな八王子ダンジョン探索者協会の更衣室は、朝からにぎわっていた。八王子ダンジョンを拠点としている探索者だけでなく、夏休みのため探索者高校の生徒の姿もある。
夏休み期間ではあるが、育成所の生徒はこの更衣室を使うことは無い。明確に決まっているわけではないが、この更衣室は探索者のためのものというローカルルールができており、育成所の教習生は使えないのだ。
入った途端に追い出されるなんてことは無いのだが、探索者ではない一般人からしたら探索者には逆立ちしても勝てない。変に絡まれたくもないため、教習生の方から入るのを避けていた。そのため、彼らは近くの育成所の事務所で着替えてきている。
そんな探索者ひしめく更衣室の一角に、彼女たちはいた。
探索者高校一年にして、既に2区を探索している探索者パーティ『zoo』。4人から成るzooは、八王子探索者高校で最も注目されているパーティだ。
「今日は疾風兎多く見つかるといいよねぇ」
犬落瀬優梨愛が探索者高校のジャージに着替えながら願望を吐露する。
犬落瀬は魔力の影響で亜麻色になった髪の毛を低めの位置で結んだ女性だ。整った顔立ちに切れ長の一重、さらに高身長も相まって相手を威圧するような印象を受けるが、性格は非常に温厚だ。
「そ、そうですよね。早く兎ちゃんの防具装備したいのに、な、なかなかドロップしないですもんね」
犬落瀬に同意して続くのは新田小鳥だ。こちらは高校一年生にしては小柄で、小学生でも通りそうな見た目をしている。
オレンジ色の髪を三つ編みにした小鳥は、おどおどと落ち着きなく探索の準備をしていた。
「何それアンタ煽ってんの? 小鳥なんてもう3つもドロップしてるじゃない!! 僕なんてゼロなんだよ!? ゼロ!! 運激悪なキリンと一緒なんて納得できないね!」
ぷんすか怒っているのは、黒紫色の髪をツインテールに結んでいる猫屋敷薫だ。ゴテゴテの指輪にピアスもばっちり開いている猫屋敷は、ダンジョン探索をするというのにばっちりメイクをしている。
この時代では珍しい地雷系と呼ばれる格好をしていた。
「おっと。思わず靴を落としてしまったよ。拾ってくれないかな、にゃあ子」
そう言ってわざとらしく靴を落としたのは、真っ白な長い髪にピンクのメッシュが目を引く陸前希凛だ。
彼女も相変わらずピアスにバングルなどのアクセサリーを身に着けているが、猫屋敷とは受ける印象が異なる。希凛はパンク系やメタル系の印象を受けるのだ。猫屋敷が小悪魔系というならば、希凛は悪魔系だ。
「自分で落としたんだから自分で……って何これ!? 疾風兎の靴じゃん!!」
眼を剥いて即座に靴を拾い上げる猫屋敷。どこからどう見ても疾風兎からドロップされる靴であった。
「あ、あんた達キリンにあげたわけ!?」
矛先が自分に向いた小鳥はおどおどしながらも首を振る。
「わ、私じゃないですよ!」
「じゃあワン子!?」
「ウチでもないよ。キリンどうしたのそれ?」
犬落瀬も首を振ると、興味あるのかキリンへ問いかけた。
「気になる? なら、中で話すよ」
中、つまりダンジョン内で話すということは、周囲に聞かれたくない情報を含むということだ。この場は更衣室で、どこで誰が話を聞いているかわからないためだ。
「はぁ!? 早く教えてほしいんだけど!!」
「じゃ、じゃあにゃあちゃん早く着替えないと。にゃ、にゃあちゃん全然着替え進んでないよ」
「何よ小鳥! 小鳥は気にならないの!?」
「き、気になるから早く着替えてほしいのにぃ……」
ギャアギャア騒ぐ猫屋敷を他所に、発端の希凛はさっさと着替えを済ませ準備を整えるのであった。
◇
1層2区。草原が広がるこのエリアにおいて、比較的背の高い草が広がるエリアにzooのメンバーはいた。風に逆らうように黒い煙が彼女たちに吸い込まれていく。
探索者高校では、1層2区にある背の高い草が生い茂るエリアを危険区域として生徒に教えている。なぜなら、そこは草に身を隠し致命傷を与えてくる一角兎のテリトリーだからだ。
一角兎は素早く小柄なため攻撃を当てにくく、複数で現れると死角に回られてしまい攻撃を防ぐのが難しい。徐々に足元を削がれ、最終的に心臓や頭を攻撃されて殺されてしまう。
このエリアで探索者高校の生徒が死亡することは少ないが、重傷を負うケースが多く、復帰しても死にかけたことへの心のダメージが回復せず探索者を断念する者も多い。
一角兎は最大でもレベル15のため、戦うならば2区で十分レベル上げを行った最後に戦うケースが多かった。それでも一角兎の速度についていけず、すぐに撤退することがほとんどだ。
「ここまで来たらもう大丈夫でしょ。 なんでキリンが疾風兎の防具持ってんの」
ずっと気になっていた猫屋敷が、希凛を問いただす。ダンジョンの中でと言われたため、滅多に探索者が寄り付かないこのエリアに来るまで我慢していた。
ダンジョンに関することは秘匿するべき情報が多く、取り扱いには十分注意する必要があった。それを弁えている為、猫屋敷も黙ってここまでついてきたのだ。
「端的にいえば、鉄パイプの姫と交換した。いや、価値が釣り合った物と交換していないから、譲り受けたという表現の方が正しいかな」
一角兎との戦闘が終わったため給水していた希凛が、サラッと猫屋敷に答えた。
「え、鉄パイプの姫ってあの?」
「そうだよワン子。あの鉄パイプの姫だ」
犬落瀬が思わずといった様子で聞き返す。他のメンバーも同様のようで、思わぬ人物の名前に驚いていた。
「え、何? キリンって鉄パイプの姫と知り合いだったの?」
「いや、昨日たまたまシーカーズショップで会ってね。声をかけてカフェに行ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよワン子。そんなことより、鉄パイプの姫と疾風兎の防具を交換したって方が重要でしょ!?」
犬落瀬の会話を遮って、猫屋敷が待ったをかけた。猫屋敷に同意するように小鳥も続いた。
「そ、そうですよ。鉄パイプさんが兎ちゃんの防具持ってたってことは、噂は本当だったってことですか?」
噂とは探索者高校で広がっている鉄パイプの姫に関するものだ。
探索者高校の生徒以外がダンジョンに入っていればどうしても目立つ。それが15歳の誕生日を迎えてダンジョンの祝福を受けに来るような子が、連日ダンジョンに入っていればなおさらだ。
最初は些細なものだった。イケメンと美少女が二人でダンジョンに入っていたから、カップルがダンジョンデートでもしてるのかといった程度だった。
1層1区は探索者じゃない者も多くいるエリアだし、珍しいが無いことは無い。年齢も若く中学生くらいだったため、来年には探索者高校に来るんじゃないかといった噂があった。既に1区で活動してるなら相当期待できるルーキーの誕生に、嫉妬や歓迎の声が上がっていた程度だ。
だが、最近になって噂が変わってきていた。
曰く、イケメンと破局して美少女がソロで探索している。曰く、武器は剣でも槍でもない極近距離武器の『舎弟の嗜み』である。その前までは金属バットだった。曰く、ソロでモンスター相手に困っているところを助けようと探索者高校の生徒が付いて行ったら、2区まで進んでいってしまった。曰く、ソロで2区のモンスターを狩っている。曰く、ソロで緑黄狼だけでなく、疾風兎まで討伐している。曰く、ダンジョンフリークで毎日ダンジョン探索をしている。
そう言った噂がzooの耳にも入っていたが、彼女たちは尾ひれの付いた噂だろうと思っていた。
破局云々は探索者高校の男たちの願望も入っているだろうが、ソロで2区の探索なんてありえない。それも中学生が? 疾風兎まで討伐? 噂の出所が同じ探索者高校の生徒ということもあり、探索者高校の生徒の質の悪さに辟易していたくらいだった。
だが、鉄パイプの姫が疾風兎の防具を持っていたのならば、噂の信憑性が上がってくる。
「あ、そっか。お茶したならその辺も聞いたんじゃないの? どうなのキリン」
先ほどよりも強い注目が3人から注がれる。それに対し、希凛はなんてことないように答えた。
「噂は当てにならないなって痛感したよ」
やれやれと首を振った希凛を見て、猫屋敷は安堵した。安堵を自覚した猫屋敷は、自身の気持ちに苛立ちを覚える。
zooは探索者高校の中でもずば抜けて優秀なパーティだ。4人全員がステータスの伸びも上々で、ステータスに見合う優秀なスキルも発現している。
噂では、そんな自分たちでもやらない、いやできないことを鉄パイプの姫はやってのけていた。それが嘘だったと知り、思わず安堵してしまった。自分たち以外の優秀な人材がいなかったことに。
それがひどく腹立たしい。きっと安堵したのはzooのメンバーの中で自分だけだろう。ワン子も小鳥もキリンも、噂が本当であろうとなかろうと安堵の様な卑しい気持ちは湧かないはずだ。
自分がこのパーティで最もメンタルが弱いと自覚しているだけに、猫屋敷は歯噛みした。
「だよねぇ。ソロで2区探索してるのは本当っぽいけど、さすがに小鬼相手がせいぜいよね」
「ん? 違うよワン子。そうじゃない。鈴鹿ちゃん、鉄パイプの姫の事ね。鈴鹿ちゃんは疾風兎はおろか、エリアボスの新緑大狼も兎鬼鉄皮も倒してる。噂以上の化け物だったよ」
その言葉に、他の三人の時が止まった。




