5話 複数戦
蛇に睨まれた蛙という慣用句があるように、蛇と蛙は仲が悪いと思っていた。実際自然界では蛙にとって蛇は天敵だろう。
だが、その法則はダンジョンの中では通用しないようだ。
「アッハッハッハッ!! うぜぇうぜぇ! お前ら揃うとウザ過ぎんだろッ!!」
狂乱蛇擬と序ノ口蛙の攻撃を捌きながら、鈴鹿は吠える。うざいうざいと口では言っているが、その顔は愉しそうに笑っていた。
狂乱蛇擬の噛み付き攻撃を避ける。正面から受け止めようとすれば、足を止めた鈴鹿に序ノ口蛙が攻撃してくるからだ。
だが、避けて狂乱蛇擬を攻撃しようにも、序ノ口蛙が張り手をしてきてうまく攻撃につなげられない。
序ノ口蛙は、アマガエルの様な可愛らし見た目をしている。だがサイズが可愛くない。鈴鹿の目線とそう変わらないサイズの序ノ口蛙は、体高1.5メートルは超えている。狂乱蛇擬に比べれば動きは遅いが、一撃は重いモンスターだ。
そんな序ノ口蛙が邪魔をするためそちらに集中しようとすれば、狂乱蛇擬がのたうち回りながらしつこく嚙み付き攻撃を繰り出してくる。
狂乱蛇擬は単調だが攻撃回数が多く、序ノ口蛙は狂乱蛇擬をフォローするかのようにタイミングを合わせて攻撃してくる。どちらも単体なら倒すのに苦労しないだろうが、タッグで来ると面倒な組み合わせであった。
「埒が明かねぇな。これならどうよッ!!」
狂乱蛇擬の噛み付きを、掬い上げるような軌道で迎撃する。高いステータスに身体強化スキルも合わさったおかげで、レベル的に格上の狂乱蛇擬よりも鈴鹿の攻撃の方が威力が高い。
結果、狂乱蛇擬は頭をかち上げられ空高く仰け反る様に後ろへ弾き返された。無防備な身体を晒す狂乱蛇擬を庇うように、追撃はさせないと横から序ノ口蛙が張り手をしながら突き進んでくる。
だが、鈴鹿はもともと狂乱蛇擬への追撃など考えていなかった。狂乱蛇擬に序ノ口蛙をフォローする知能などない。起き上がっては鈴鹿に噛み付こうとするだけのBOTだ。攻撃も単調で軌道も読みやすい。
ならば、的確に邪魔をしてくる狂乱蛇擬よりもレベルの低い序ノ口蛙を先に仕留めた方が良い。
ギョロリと視線を序ノ口蛙に向け、標的に定める鈴鹿。
序ノ口蛙が突き出してくる張り手だが、でっぷりと太ったお腹が邪魔なせいでリーチは短い。鈴鹿のリーチの方が長いため、魔鉄パイプに魔力を流し込み突き出たお腹目掛けてフルスイングした。
バッチィィイイイイ
面白いように錐もみ回転しながら吹き飛ぶ序ノ口蛙。残念ながら一発で煙に変えることはできなかったが、吹き飛んだ先で瀕死になっていた。
脅威は無くなったと判断し、狂乱蛇擬に意識を向ける。すると、かち上げられた頭を逆再生するかのように鈴鹿に向けて叩きつけるところであった。
上空からの攻撃は意識し辛く、気づかなければ危なかったかもしれない。だが、気づいていれば対処も容易だ。
見切りのスキルが発動しているのか、叩きつけられる軌道が手に取るようにわかる。避ける距離は最小限に。叩きつけられると同時に攻撃するため、魔鉄パイプに魔力を込める。
ズゥゥウウン
軽く地面が揺れるくらいの勢いで鈴鹿の真横に狂乱蛇擬の頭が叩きつけられた。
避けられたことを理解した狂乱蛇擬は、血走った眼で真横にいる鈴鹿を捉える。即座に噛み付こうと口を開こうとするが、そこで狂乱蛇擬の意識は途絶えた。
地面に頭を叩きつけてもすぐに動き出すと読んでいた鈴鹿は、狂乱蛇擬が地面に頭を打ち付けた時には攻撃モーションに入っていた。見切りのおかげですぐ横を通り抜けた狂乱蛇擬の頭に向かって、魔力を滾らせた魔鉄パイプを振り下ろす。
鈴鹿の攻撃は胴体を殴りつければ骨をへし折るほどの威力だ。頭に振り下ろせば当然致命傷に至る。
渾身の一撃は狂乱蛇擬を煙に変えるのに十分な威力だったようだ。
「さて、後はお前だけだな」
吹き飛んでいた序ノ口蛙は起き上がっていたが、ボロボロだ。魔鉄パイプで叩きつけたお腹は凹んでおり、ふらついている。それでも、突進の構えを取っている。最後の最後まで戦う気概を感じた。
だからと言って鈴鹿の手が緩まるわけではない。序ノ口蛙が動き出すよりも早く駆け出す。序ノ口蛙も合わせて突進しようとするが、立ち上がりを鈴鹿の魔鉄パイプで叩かれあっけなく煙へと変わっていった。
2体を煙に変えた鈴鹿だが、すぐに警戒を解いたりはしない。気配察知のスキルを使い、狂乱蛇擬の様に一見しただけでは見つけられないようなモンスターが潜んでいないか周囲に気を配る。
「……ふぅ。ビビったぁ」
周囲に何もいないことを確認し、思わず安堵の息を吐く。
気配察知も使っていたし周囲も見まわしていたが、それでも狂乱蛇擬を見落としていた。不意打ちで攻撃されたのは初めて一角兎と戦った時以来だろう。
何とか鈴鹿でも捌ける相手だったからよかったが、手に余る相手であればかなり厳しい状況だった。特に狂乱蛇擬は速度も速いため逃げることも難しかっただろし、万が一もありえた状況だった。
それに、狂乱蛇擬はレベルが30~40の3区では上位のモンスターだ。そのため鈴鹿も最初はスルーしようとした敵でもある。
それに加え、序ノ口蛙の乱入。3区に足を踏み入れていきなり終了するところであった。
「3区が死亡事故多いってはっきりわかんだね」
納得しながらも、鈴鹿は違和感を覚えていた。
それは狂乱蛇擬との対峙だ。狂乱蛇擬のレベルは33と、鈴鹿よりも10レベルも上の敵だった。
だが、力では押し勝てたし速さも対応できた。突然襲われたことと狂ったように攻撃してくる様子に焦ったが、それだけだった。これならレベルの低い2区のエリアボスの方が強敵まである。
「レベルと強さに違和感があるよなぁ。つまり、モンスターにもステータスって概念がありそうだな」
同じレベルでも、鈴鹿と探索者高校の生徒では強さが全然違う。それはステータスもスキルも圧倒的に鈴鹿が上回っているからだ。
同じことがモンスターでも言えるのではないだろうか。つまりモンスターにもステータスが存在しているため、レベル=強さとはならないのではないか?
それで言うと、狂乱蛇擬も序ノ口蛙も鈴鹿のステータスからすれば危機を感じる敵ではなかった。ゲーム風に言えば適正ランクの敵ではないように感じるのだ。
もちろん安全に倒せる敵が適正と言われれば適正だが、そんなものを鈴鹿は求めていなかった。雑魚狩りだけでは楽しめないのだ。
それで言うと、鈴鹿の適正はエリアボスとなる。エリアボスは何度も挑めないと言うし、レベルが上がればそもそも出現すらしなくなるとも言われている。
ならばこそ、どれだけ倒せるか確認してみるのも面白いかもしれない。
「決まりだな。3区はエリアボスラッシュイベントだ」
さすがの鈴鹿もすぐにエリアボスには挑まない。3区にはまだ戦っていないモンスターがいるのだ。一通り戦って、最低でもレベル30まで上げてからエリアボスに挑めばいいだろう。
3区での方針が決まり、早速次なる獲物を探して彷徨うのであった。




