3話 新しい防具
派手女、もとい希凛との話し合いも済み、防具選びを続けることとなった。まずは目的を達成せねば、明日のダンジョン探索にも支障がでてしまう。
さきほどまでプレートアーマーを見ていたのだが、それももういいだろう。そう思い、動きやすさを重視している防具のコーナーへ赴く。
動きを阻害しないように要所要所にパッドなどが入っている物もあれば、ジャージや軍服の様な作業着っぽい服もある。
多種多様ではあるが、服にパッドがある奴は違和感ありそうだし却下。軍服のようなものも悪くはないが、素材的にジャージの方が着慣れていてよさそうだな。
そんな感じでいくつかの防具をあーでもないこーでもないと見繕った結果、結局当初の予定通り丈夫なジャージを購入することに決めた。ジャージもそこそこ種類があり、使われている素材によって値段もピンキリだ。
ジャージでもショーケースの中に入っている物もあった。デザインは鈴鹿に刺さらなかったが、上下で200万円もする。
「斑蜘蛛の素材でできたジャージかぁ。たけぇな」
「そりゃあね。斑蜘蛛は1層4区のモンスターだよ? 価格も張るというものさ」
今まで黙って後ろにいた希凛が教えてくれた。
「4区か。どうりで高いわけだ」
どの階層も、4区5区のモンスターの素材は高価だ。というのも、次の階層に行くための階段は3区にあるため、4区以降は探索しなくても先の階層に行けてしまうからだ。
探索者ランクを上げるためには4区の探索は必要なく、どの階層で探索を行えるかが重要視されている。そのため、探索者ランクとは関係のない4区をあえて探索している者は少ない。
さらに、4区5区は出てくるモンスターのレベル幅も大きく、下手に探索すると自分よりも高レベルのモンスターに囲まれてしまうこともあり、1~3区と比べて死ぬリスクがずっと高くなるエリアだ。
かといってレベルマージンを設けて探索しても、レベル差がある相手からではアイテムドロップ率が激減する鬼畜仕様のため旨味がない。そのため、4区5区産のアイテムは1層でも高価となっていた。
今鈴鹿に必要なのは、希少性のあるアイテムを使った防具ではなく、コスパの良い防具だ。
いろいろ探してみた結果、2つの候補に絞られた。どちらも防刃効果があり、繊維に魔力を通しやすい素材が配合されている特殊繊維で作られたジャージだ。
上下セットで14万円。これなら2着買うことができる値段だ。デザインもかっこよく、街中を歩いていてもおかしくないデザインなのがポイントが高い。
「フォルツと鳴鶴か。どちらもよいブランドだよ」
「フォルツ? こっちか。海外のメーカってこと?」
「ああ。ドイツの探索者用装備メーカの老舗だね」
「ならこっちの鳴鶴の方にするか。日本企業なら間違いないだろ」
ドイツ製の物なら品質も問題ないだろうが、あくまでドイツ人の体形に合わせたモノづくりをしているだろう。日本企業なら日本人の体形に合ったモノづくりをしているだろうし、品質も安心だ。
デザインも生地の質感も好みの物だったため、良いものを見つけられた。
上下を2セット分手に取り、会計を済ませる。その間も希凛は静かに後ろについてきている。
支払いはニコニコ現金一括払いだ。口座開設した時にデビットカードも作ったが、まだ手元にないため現金払い一択しかない。28万円もする高価な買い物をしたが、それでも残金は10万円以上残っている。ダンジョン様様だ。
「買いたい物はこれで買えたんですが、最後に1個見たいものがあるから見てもいいですか?」
「もちろんいいよ。それはそれとして、急に敬語になった理由を聞いても?」
「ああ、希凛さんが敵じゃないならちゃんとした対応を、と思いまして」
勝手に勘違いしてしまったが、希凛は別にこの前のナンパ男の報復のために来たわけではなかった。外に出たら仲間が待ち伏せしていて……みたいなパターンもあるかもしれないが、そんなこと言い出したらキリがない。
ただ話をしてみたかったという相手に対して、先ほどまでの態度は大変よろしくない。それに相手は探索者高校の生徒、つまり年上だ。年齢が絶対とは言わないが、敬意は必要だ。
そのため、防具を購入したタイミングで問題無しと判断し、態度を改めることにしたのだ。
「あっはっは! 本当に面白いねw敵じゃなかったから対応を変える? クククwあーおもしろい」
希凛は今日何度目かの爆笑をしていた。
鈴鹿自身面白いことを言ったという自覚はないが、面白かったなら良いだろう。希凛の笑い方はこちらを馬鹿にしているようなものではなく、本当に愉快そうに笑っているので気にならない。
「いやー笑ってしまってごめんね。態度を変える必要はないよ。先ほどのように話してくれると、私としては嬉しいかな」
「そう? なら戻すよ」
「ありがとう。君とはぜひ仲良くなりたいからね」
先ほどの笑いの余韻が残っていたのか、希凛はまだ楽しそうに笑っていた。
◇
「それで、見たい物って何か聞いても?」
「ああ。『収納袋』が見たいんだよね」
収納袋とはダンジョン産のアイテムだ。
見た目はなんてことないリュックなどの形をしており、普通に食料や道具を入れることができる。容量も見たままで、中の空間が広がっていてなんでも入れられるなんてこともない。
このアイテムの特筆すべき点は、ダンジョン以外のアイテムが入っている状態でも収納に仕舞うことができるというところだ。それも収納袋の中にどれだけ物を入れていようと、収納の容量は収納袋1つにつき1個しか消費されない優れモノだ。
これがあれば、飲み物や食料を収納に入れてダンジョン探索をすることができる。この前小鬼に盗まれた様な事態にはならないのだ。
それに、今日の様な買い物をしていても、財布や買ったものを収納袋に入れられれば手ぶらで買い物することができるのも嬉しいポイントだ。
「収納袋ね。それならこっちにあるよ」
希凛は置いてある場所がわかるようで案内してくれた。頑丈そうなショーケースに入っているそこには、3つしか飾られてはいなかった。
「これしかないのか」
「高級品だからね。店員さんに言えば他のサイズも教えてくれるはずだよ」
言われて値段を見てみれば、表に出すのははばかられる納得のお値段であった。
財布と携帯くらいしか入らなそうなポーチ程度のサイズの物で500万円。それよりも気持ちサイズの大きいもので650万円。3つのうち最も大きなセカンドバックサイズの収納袋は1000万円の値がついていた。
便利だし高いのは知っていたが、実際に見てみるのでは受ける印象が違うな。ネットではリュックサイズの物で2500万円くらいの価格を見かけたし、そんなものなのだろう。
「収納袋に手が届くほど、1層で稼いでるの?」
「いや、全然。さっきの防具代ですっからかんだよ。収納袋は単にどんなものか見てみたかっただけ」
展示されている収納袋のデザインはまちまちだ。
化粧ポーチの様な女性らしいものと、おじいちゃんが使っていそうな渋い巾着。セカンドバック風の物は革に色鮮やかな染色が施されたデザインだ。
収納袋もダンジョン産の防具と一緒で、収納に入れるとその持ち主にあったデザインへと変化する。防具はデザインとサイズが変化するが、収納袋はデザインのみ変化するようだ。
「収納袋は探索者にとっての一個のステータスでもあるからね。私たちも収納袋のためにパーティ資金を貯めているところだよ」
「やっぱりあると便利だよな。まぁこの値段だと当分買えないけど」
「これでも世界的に見たらかなり安い方だよ。収納は誰にも破られない金庫みたいなものだからね。治安の悪い国ではかなり重宝されているって聞くよ」
たしかに、収納に重要な物を入れられれば、安全にいつでも出し入れ可能な金庫に預けているのと変わらなくなる。それだけでなく、爆薬や火器も持ち歩くことができるため、テロなどに活用しようと思えばいくらでもできてしまうだろう。
そう考えるとかなり危険なアイテムかもしれない。
便利な反面扱いを誤れば危険なものになる。……うん。世の中に溢れているね。危険への転用のしやすさと被害の度合いで考えればダントツで危険なアイテムだけど。
「収納袋も見れたし、もう大丈夫。付き合ってくれてありがと」
「いえいえ、お気になさらず」
「話したいって言ってたけど、カフェにでも行く? 希凛はこの辺でおいしいスイーツ出してるカフェとか知ってる? 甘いもの食べたいんだけど」
希凛は探索者高校の生徒だ。つまり現役女子高生。この辺のおいしいカフェも知り尽くしているに違いない。
「かしこまった話がしたいわけじゃないから、カフェは賛成だね。そうだね……パーティメンバーと良く行くカフェがあるんだ。チーズケーキがお勧めなんだけど、どうかな?」
「そこにしよう!」
これは期待できる。そう確信した鈴鹿はニコニコと希凛の後を付いて行った。




