2話 派手な女
鈴鹿が探索者用の道具を扱っている専門店で買い物をしていると、派手な女に声をかけられた。
ピアスもガンガン開いていて白にピンクのメッシュの髪色をした女は、鈴鹿の前の世界では一切関わることのなかった系統の人間だろう。ついでに言うと、そんな派手な格好でも似合っている整った顔立ちの美女も、残念ながら関わることのなかった系統の人間だ。
恐らく地毛であろう派手な髪は、ダンジョンの影響を受けた髪色だ。そして整った顔立ちも、鈴鹿同様ダンジョンの影響によるものが大きいだろう。
つまり、目の前の声をかけてきた女は探索者ということだ。
「鉄パイプの姫ってのに心当たりはないんだけど、誰お前?」
そう言って、収納から魔鉄パイプを取り出す。取り出すと同時に魔力を流すことで、魔鉄パイプが仄かに輝いた。
2度のエリアボス戦によって魔力操作にも慣れ、スムーズに魔鉄パイプに魔力を流せている。
「うん? いやいや、こんな店の中で得物取り出すなんて、尖りすぎだろ君ww」
鈴鹿が臨戦態勢を取る中、派手女はそれを見て愉快そうに笑っている。
派手女は整った容姿からしてステータス値も高く強いのだろう。だが、鈴鹿よりも圧倒的に強いかと言われると、そうは感じられなかった。つまり、ゲラゲラと笑っているその態度は強者の余裕からくるものではなく、そもそも戦う意思が無いからこそ鈴鹿の見当違いな警戒に笑っているのだろうか。
鈴鹿も店の中で武器を出すのはどうかとも思うが、自衛のためなら致し方ない。
この世界は前の世界とは違うのだ。この前ヤスに治療してもらおうと八王子駅前をぶらついていたら、中学生の女の子が探索者高校の生徒に無理やりホテルに連れて行かれそうになっていた。周りの人間も見て見ぬふりだし、探索者高校の生徒はそれが日常だとでもいうような態度であった。
あんな堂々とレ〇プしようとしてまかり通ってしまうのが今の日本なのだ。探索者は強さを求められる仕事であり、当然メンツも大事にしている。それゆえ、探索者同士の揉め事は大事になりやすく、人が死ぬこともよくあると聞いた。
まるでヤ〇ザの様な世界だが、どこの業界だって似たり寄ったりだろう。
TV業界や省庁だって、セクハラやパワハラなどハラスメント防止せよと世の中にコンプライアンスを求めているが、彼らが一番守れていない。
守れていないが、それで通せてしまう権力を持っている。彼らが権力を振りかざして好きにしているのと同様、探索者も暴力によって好きにしているのだ。
閑話休題。
とにかく、鈴鹿はソロということとまだ低レベルということもあり、他の探索者をかなり警戒している。
気持ち的にはヤ〇ザや半グレひしめく世界に単身で挑んでいるようなものだ。変に因縁をつけられて邪魔をされても、それを突っぱねるほどの力をまだ持っていないのだ。
それだというのに、この前気色悪い探索者高校の生徒をボコしてしまった。全裸土下座プラス学生証写真も撮っているので報復は無いかと思っていたが、探索者高校の実力者にでも復讐を頼んだのだろうか。
甘かったか。やっぱ全裸だけじゃなくて、オ〇ニーでもさせて動画取って心折っとけばよかった。失敗したな。
最近所縁があった探索者高校だけに、その生徒に声をかけられれば警戒してもしょうがないだろう。
「何? 喧嘩売りに来たわけじゃないの?」
「wwwwwwwいやwww声かけただけでwなんでそうなるww」
何が面白いのか、派手女は大爆笑だ。
だが、鈴鹿もふざけている訳ではない。探索者高校の〇姦魔たちが自分たちでは勝てないから学校の強いやつに頼んでシメてもらおうとしている線も、ないわけではないからだ。
「お前探索者高校の生徒だろ? お前のとこの生徒がナンパに失敗してレ〇プしようとしてたから、気色悪すぎてボコしたところなんだよ。お前は逆ナンか? 当然断るが、探索者高校の伝統に基づいて俺もレ〇プしようとするのかな?」
煽りも混ぜて様子を見ていると、派手な女は露骨に嫌そうに顔を顰めた。
「ふ~ん、だからか。それは気を悪くしたね。あいにくとそんな木っ端は知り合いにはいないんだけど、落とし前はつけておくよ。名前とかわかる?」
「学生証の写真あるから見せてやるよ。で、何の用?」
本気で反吐が出るような顔をしているので、すっとぼけているわけではなさそうだ。では何用だというのだろうか。いまだに魔鉄パイプは仄かに光り輝いている。
「ただ、ナンパって言うのは合ってるかな。君と話してみたくてね」
「話?」
「ああ。知ってるかわからないけど、八王子探索者高校の間で君は話題の人でね。私も興味があるんだよ」
鉄パイプの姫。そんな訳わからない名前が二人の人物から出てきたのだ。それなりに鈴鹿も有名になったということだろう。
これはまずい。探索者の知り合いがいない鈴鹿にとって、有名になるというのがメリットなのかデメリットなのか判断すらできない。あれだけ目立たないように活動していたのに、有名人になっていることに冷や汗が出る。
自衛できるほどレベルが上がっていればどうでもよかったが、今はまだ早い。出る杭は打つべしと来られたら、対処できないからだ。
ソロ活動者が滅多にいないこともわかっていたため、目立ちはするだろうと思っていた。『あいつソロなんだ。珍し』程度で済めばよいが、実力があるなら囲ってしまおうとか、調子に乗っていると解釈されて因縁などつけられたらたまったものではない。大企業や大手事務所が敵に回ると詰んでしまうように、確固たる地位を築く前に目立つのは悪い場合が多い。
どう出るべきか言葉に詰まっていると、派手女は何か勘違いしたのか朗らかに笑った。
「安心しなよ。私は女もいける口だけど、今日はおしゃべりだけだよ。手は出さないさ」
派手な女はニヤニヤしながらも、両手を上げて手は出しませんと意思表示をしていた。どうやらナンパというワードで固まってしまったと思われたようだ。
それも違うし、勘違いもしている。
「訂正しておくが、俺は男だぞ」
「ぷっw! あっはっは! 確かに、ソロで活動するならそう言った方がいいね!」
「いや、だから……」
「大丈夫だって。別に悪いようにはしないよ。純粋に話を聞いてみたいだけさ」
勘違いが訂正されることは無かった。
しかし、話をしたいというのは本心に感じられる。鈴鹿もダンジョンや自分の立ち位置について聞いてみたいこともあるので、話すことはやぶさかではない。
いや、むしろチャンスなのでは。探索者高校の生徒と話す機会なんてこの先あるかわからないし、探索者高校のことや探索者について情報を得られるかもしれない。
数秒考えた後、魔力を解いて魔鉄パイプを収納にしまった。
「今防具を見繕ってるんだ。その後でいいならいいぞ」
「僥倖。よければ一緒に見させてもらっても?」
「いいよ」
こうして、派手な女と防具を見ることが決まった。
「あ、そういえば名前がまだだったな。俺は定禅寺鈴鹿だ」
「これは失礼。私は陸前希凛。希凛と呼んでくれ」
そう言って、希凛は心底愉しそうに笑った。




