1話 お買い物
1層2区のエリアボスである新緑大狼、兎鬼鉄皮との死闘を制した鈴鹿は、1日休息日を設けることにした。
休息日と言っても昼過ぎまで眠りこける訳ではない。今日は今日でやることがあるのだ。
普段よりも遅めに起きた鈴鹿は、さっさと出かける支度を済ませた。いつもは学校指定のジャージでダンジョンに行くのだが、今日は私服だ。なんてことないユニク〇の服だが、ダンジョンの影響で容姿が整った今の鈴鹿が着ると様になって見えるから不思議だ。
玄関に置いてある鏡に映る自分を見て、改めて自分がカッコよくなったとひとしきり眺めてみる。イケメンというよりも美形という感じだ。顔が整いすぎていて、自分で見てても黙っていると怖い印象を受ける。
かすかに元の自分の雰囲気もあるため鏡に映る自分が自分であると納得はできるのだが、違和感はある。まるでゲームのアバターになった気分であった。
「姫ねぇ」
ヤスがふざけてそう呼んでいたが、この前シメた探索者高校の奴らもなんだかそんなことを言っていた。姫というにはいささか愛らしさが無いとは思うが、自分でも女で通りそうな顔をしていると思う。中性的な顔のため、今の恰好もボーイッシュな女子と言われればそう見えてくる。
「まぁ、カッコいいからいっか」
容姿が良くなったことには変わりないため、深く気にせず鈴鹿は家を出た。
◇
まず初めに口座を作った。日に日に増えていくダンジョンアイテムの買取金額を預けるための口座だ。
探索者協会で口座を紐づければ現金手渡しではなく口座振り込みにもできるため、明日ダンジョンに行ったときにでも手続きしておこう。
その後は昼食にラーメンを食べた。久しぶりに八王子ラーメンでも食べようかと思ったのだが、迷った末に壱発ラー〇ンにした。
ここのメカトロラーメンという、メカブとトロロが入っているラーメンが鈴鹿は昔から好きだった。卓上のお酢をしこたまかけて食べるのが鈴鹿のお気に入りだ。
「さて、今日一番の目的地がここだな」
昼食を済ませた鈴鹿は、八王子ダンジョン近くにある大きな商業施設へとやってきていた。ここはダンジョン関係のアイテムや道具を取り扱うお店で、名前はシーカーズショップ。
ぱっと見はスポーツショップやキャンプ道具を取り扱うお店にみえる。実際にダンジョン内で使用できるキャンプ道具も扱っているため、間違っては無い。
「いい防具はあるかなぁ~」
期待を胸に、自動扉を潜った。
今日買わなければいけないのはダンジョン探索用の服だ。新緑大狼のせいで貴重な学校指定のジャージが1着ずたずたにされてしまったから、早急に新しい服が必要になってしまった。
ダンジョン探索用の防具となる服は高いため、予算が厳しければ普通のジャージを見繕うつもりでいた。
「昨日調べた感じだとジャージもあったから、お手軽そうなの無いかなぁ」
ここにはダンジョン探索用の道具が揃ってはいるが、武器や防具は三級探索者クラスの物しか取り扱っていない。
というのも、ここに置いてあるほとんどの物は企業が開発したものだからだ。二級以上になると適正レベルで得られるダンジョン産の武器や防具の方が性能が高くなり、企業が製造できるレベルの武器や防具が必要なくなる。
企業もダンジョン産のアイテムを駆使して日夜研究開発をしているため、物が悪いということはない。むしろ下手なダンジョン産のアイテムより性能が良い物を作り続けている。つまり、今の鈴鹿では十分すぎるほどの性能ということだ。
キャンプ道具などもあり、思わず目的地に着くまでにフラフラと物色してしまう。キャンプ道具やサバイバル道具は不思議な魅力があり、今必要ないとわかっていても思わず見てしまうものだ。
「このファイヤーデスクがあればダンジョンでも肉焼けるよな。でもそうなるとそれを収納に入れられる専用の袋が必要になるし、それがバカ高いんだよな。背負うと邪魔だし。う~~ん」
1層ならまだ必要ないが、このまま順当にダンジョンを探索していけばいずれ必要になる。とはいえ、普通のパーティは携帯食料などのかさばらないものを食べるのがほとんどだ。大きなものを収納に入れるための袋は高額なため、二級探索者のギルドでも保有していないことは多い。
だが、やはりキャンプ道具は惹かれるものがある。ダンジョンに持っていくかどうかは置いておいて、一式買いたいというのは男の性なのだろうか。
「受験終わったらヤス誘って山梨にでもキャンプに行こうかな」
前の世界でもヤスとは年に一度くらいの頻度でキャンプに行っていた。その時もキャンプ道具に惹かれていたものの、手間とコストを鑑みて道具は買わずにすべてレンタルで済ませてしまっていた。
キャンプ道具はカッコいいものになると値段も高く必要な道具も多いため、買うのを躊躇してしまうのだ。だが、今はダンジョンで稼げているので、一式揃えるのもありだよな。
だが、お金は2区で稼いだ40万ちょっとあるとはいえ、まだ防具がいくらするかもわかっていないのだ。なんとか後ろ髪を引かれる思いでキャンプ道具を諦め、先へと進む。
続いてダンジョン用ドローンのコーナーだ。
「そう言えば前にヤスがドローンは必須とか言ってたな。忘れてたよ」
2区で活動してた探索者高校の生徒たちもみんなドローンを飛ばしていた。それだけ探索者にとってドローンから得られる記録映像は重要なのだろう。
「って高!」
ちゃちそうな最も安価なものでも50万円越え。それも画素数が荒いからあまり使い物にならなそうなレベルでだ。スタンダードそうなものは100万円クラスだった。
「そりゃそうか。ドローンなんて先駆けたアイテムだもんな」
ダンジョン用の需要があるため元の世界の2009年よりは圧倒的に開発が進んでいるのだろうが、それでも高いものは高い。元の世界でも空撮用ドローンは何十万としていたはずだ。高いのは当たり前だろう。
「へぇ、電気じゃなくて魔石を動力にしてるから、ダンジョン内でエネルギー切れ起こしてもすぐ補充できるのか」
魔石はモンスターを倒せばドロップするアイテムだ。替えのバッテリーを用意する必要もなく、すぐにエネルギーを補充できるのは魅力的だな。
「けど高すぎ。まだまだ先だな」
1層3区までは探索者高校の生徒が探索を行っているエリアで、安全なエリアと言われている。少なくともすぐに購入する必要はなさそうだ。
今後のために性能や相場をさらっと見た後は、武器が置いてあるフロアに着いた。
今使っている魔鉄パイプも気に入ってるため買う予定はないが、見る分にはタダだ。
数多くの種類があるが、大剣や巨大な戦斧などは迫力が凄い。某モンスターをハントするゲームに出てきそうな武器が、コスプレ用ではなくちゃんとした武器として飾られているのだ。感動せずにはいられない。
「俺は片手剣派なんだよなぁ。ゆくゆくは片手剣に変えていきたいよな。剣術のスキルもあるし」
今は魔鉄製のパイプだが、敵のレベルに合わせて武器のレベルも更新する必要がある。ずっと魔鉄パイプを使い続けるつもりは無いため、将来どういった武器を選択するか考えておいて損はないだろう。
「戦斧もいいんだよなぁ。形が好きだし一撃の火力が高いのも魅力だよな」
戦斧と片手剣のショーウィンドウを行ったり来たりする鈴鹿。どれもキラキラと輝いて見え、鈴鹿のテンションは爆上がりだ。
「武器はダンジョン産の物が優秀って言うよな。今使っている『舎弟狐の誇り』も等級は希少だから、そのうち希少以上の等級で片手剣か戦斧出た方使おうかな」
どっちの武器にも魅力があるため、鈴鹿はドロップという天運に任せることにした。
今後の方針を決めたら、次はようやく防具だ。思ったよりも他のアイテムに目移りして時間がかかってしまったが、時間に余裕はあるのでいいだろう。
今日は防具を買った後の予定は特にない。強いて言えばおいしいスイーツが食べられるカフェにでも寄りたいくらいだ。
防具コーナーにはフル装備の甲冑などもあるが、鈴鹿が求めるような動きやすさに特化した装備もある。アーチャーや魔法使い用の防具や斥候用の軽装備、剣士のような動きやすさと防御の塩梅をうまく調整している物、タンク職のための重装備などなど。
やはり目を引くのはプレートアーマーだ。西洋風の物もあれば将軍が着ていた様な甲冑もあるし、現代風にスタイリッシュな鎧もある。動きにくそうなので購入するつもりはないが、デザインがカッコいい。
重そうではあるがステータスも上がっているため、言うほど鈍重になることはないのだろう。プレートアーマーの選択肢は最初から外していたが、案外悪くないかもしれない。
当然プレートアーマーともなれば価格も相応に高く、今の鈴鹿では手を出せない。将来こういうのもありかもなぁと、参考程度に眺めていた。
「おや? もしかして、そこにいるのは鉄パイプの姫かな?」
鉄パイプの姫。どこかで聞いたな……ああ、そうだ。探索者高校の馬鹿が俺のことをそう呼んでいたな。
鈴鹿はそう思いだし、『鉄パイプの姫』に聞きなじみは無くとも、自分に向けて声をかけてきたのだろうことはわかったので振り向いた。
そこには派手でいかつめな女がいた。
真っ白な長い髪にはピンクのメッシュが鮮やかに入れられており、周囲の注目を浴びていた。その派手な髪色に負けることのない整った顔立ちは、つり目気味の瞳のせいか好戦的な印象を受ける。
耳にはピアスがこれでもかと付けられており、腕にもバングルなどアクセサリーが目立っていた。
容姿から年齢を推測するのは難しいのだが、鈴鹿とそう変わらないのではないだろうか。恐らく鉄パイプの姫という言葉からも、探索者高校の生徒だと思われる。
ダンジョンの影響で前の世界よりもカラフルな髪色が街中で見られるとはいえ、白地にピンクのメッシュの髪色は目立つな。それが彼女に対する鈴鹿の第一印象であった。




