閑話 山元志朗
八王子ダンジョン。
日本に20個あるダンジョンの内の一つであり、低層ダンジョンにカテゴライズされるダンジョンである。低層ダンジョンは日本に13個あり、階層が3層までしかないダンジョンが低層ダンジョンと呼ばれている。
低層という名前から初心者向けと誤解されることがあるが、1~3層の難易度が低いという訳ではない。単純に階層が3層までしかないというだけで、全てのダンジョンで各層の難易度は統一されている。
全国にダンジョンは点々と存在するのだが、やはり関東はダンジョンが密集していた。
法則に従わないダンジョンもあるのだが、ダンジョンは一般的に人口比率に応じてできると言われていた。関東では、東京に2つ、神奈川・埼玉・千葉・栃木に1つずつと合計6個もダンジョンがあるのだ。
そんな八王子ダンジョンは今日も盛況である。八王子ダンジョン探索者協会職員の山元志朗も、朝からあくせく働いていた。
志朗の仕事は、八王子ダンジョン1層で得られたアイテムの管理だ。買取アイテムの売買状況やアイテムの在庫管理、企業への分配比率の調整などが主な仕事である。
ダンジョンの1層目で活動する探索者は探索者高校の生徒か、育成所の教習生のどちらかだ。そのため職業探索者のような1日の売り上げノルマを掲げて狩りを行う人間が少なく、1層のアイテム管理はなかなか難しい。
そんな業務も一区切りついたので、お昼休憩に入るべく食堂へと足を運んだ。
定食やカレーなども並ぶが、最近の志朗のお気に入りはラーメンだ。ラーメンも種類があるのだが、ご当地ラーメンとして八王子ラーメンが置いてあるのでそればかり頼んでいる。
席を探せば同期が固まっている席があったので、そこに座ることにした。
「お疲れ」
「お、山元。お疲れ」
「「お疲れ~」」
同期の佐藤、田中、鈴木が声をかけてくる。部署は違うが、同期ということもあって入社から数年たった今でも繋がりがあった。
「今探高の話しててさ。山元は気になってるパーティある?」
探索者高校については、よく職員同士でも話題になる。特に八王子ダンジョンのような低層ダンジョンでは、一級ランクのギルドや特級ランクのギルドが拠点にしているわけでもないため、未来の一級になるのでは!?と思わせるような探索者高校のパーティが人気者だ。
「そんなのzoo一択だろ。今年の1年生で唯一ダンジョン探索してるどころか、今2区まで探索してるんだぞ?」
探索者高校の1年生の多くは、夏休みにダンジョンに入ることはない。ほとんどが基礎体力をつけるためのトレーニングや武道の稽古に時間を充てているからだ。
20~30年前であれば、とにかくダンジョンに入ってレベルをひたすら上げることが良しとされていた。だがそれでは死亡事故も多く、高校という教育機関としては教育の部分を疎かにしすぎていると世間から反発があった。
そのため近年の考え方としては、しっかりとした基礎体力や立ち回りを覚えたうえで、ダンジョンにアタックするのが主流となっていた。
もちろん、探索者高校の方針がそうなっているだけで、1年生の今の時期からダンジョンに入って探索することも当然可能であるし、そういったパーティも稀にだが存在する。
探索者高校ではクラスメイトとパーティを組むため、早期にダンジョンに入るのであればパーティメンバーも一緒に行く必要がある。
つまり、死ぬリスクが高い早期探索を仲間に強要することになるのだ。他のパーティが安全に探索するために基礎を固めている中、死ぬリスクが高い状態で探索するのは勇気がいる。
そして、探索者高校の間ではその行為を勇気ではなく蛮勇だと嘲笑の対象になっているのも、早期探索をするうえでの足枷となっていた。
集団特有の足並みを揃えろというやつだ。出る杭は打たれるし、打つのが正義だと周囲は思っているのだ。
実際、今の一級探索者以上のパーティは早期探索をしている者たちばかりなのだが、それに憧れて真似して死ぬ生徒も多いため、蛮勇というのもあながち間違ってはないのだが。
「やっぱzooだよな。しかも今のペースなら二年には四級も見えてくるしほんとスゲーよな!」
「姉の禍火累々も凄かったけど、妹はその上を行く逸材って感じだよな」
禍火累々はzooのパーティリーダーである陸前希凛の姉である陸前歌凛のパーティ名である。
希凛は八王子探索者高校1年生で、姉の歌凛は去年八王子探索者高校を卒業している。どちらも探索者高校では稀である早期探索を行ったパーティであり、早期探索を生き残った稀有な例でもあった。
禍火累々は早期探索から始まりその後も順調に探索を続けたことで、卒業時の評価はSランク。その功績の結果、卒業後には一級ギルドに加入することが決まったのも大きな話題となった。
そのため、大躍進を遂げた禍火累々はもちろん、その妹であり姉を超える勢いのzooも八王子探索者協会ではアイドル的存在だった。特に順当にステータスを伸ばしているため、2つのパーティメンバー全員が見目麗しいのも人気の理由でもある。
「まさに天才だよ。親分狐倒してるんだろ? それも4人で。」
「すごいよな。しかも2区では一角兎まで狩ってるらしいし、化け物だよ」
「2区のエリアボスも倒すかもしれないよな」
「なんか狙ってるみたいなことは聞いたぞ。そうなれば、いよいよ将来の特級も可能性あるよな」
佐藤、田中、鈴木がzooについて語っている。いや、耳をすませば、他の席でも似たような会話が聞こえてきていた。
八王子探索者高校から特級ランクパーティが誕生するかもしれないのだ。話題にするのは当然だし、誇らしいことである。
志朗は他の職員と同じくらいzooについて気になっているし、1層のアイテム管理という仕事柄他の者よりもzooの探索状況について詳しくもあった。だが、志朗はラーメンをすすりながら別のパーティ、いや別の探索者のことを考えていた。
初めて会ったのは1~2ヶ月前のこと。酩酊羊のマトン肉の依頼が重なったため、買取所にマトン肉の買取について調整しようと1階へ降りた時だった。
明らかに子供、それも中学生くらいの少年がダンジョンに続くセキュリティゲートへ向かって進んでいたのだ。恐らくダンジョンの祝福を受けに来たのだろうが、近くに大人の姿がなかったため思わず声をかけてしまった。
探索者協会の人間として、ダンジョン探索を阻害するような行為はご法度である。だが、探索に関するアドバイスなどは当然許されているため、ダンジョンの祝福ならばセキュリティゲートを通る際も保護者と一緒に通るべきだと告げることはセーフである。探索者協会も探索者がダンジョンに挑み死ぬことを良しとしているわけではないからだ。
だが、話を聞いてみればどうやらその少年はダンジョンを探索しに来たと言うではないか。さらに話を聞いてみれば、まだ15歳になったばかりの中学三年生だと言うし、武器は野球で使う金属バットだと言うし、あまつさえ一人でダンジョン探索を行うと言う。
そんなのただの自殺だ。さすがに止めるべきかと職務の域を超えた行為も頭をよぎったが、不思議と実行するに至らなかった。
彼の眼が野心に燃えているわけでも悲観に染まっていたわけでもなかったからだろうか。頭では確実に死ぬか大けがすると思いながらも、なぜか心では彼を止めるべきではないと思っていた。なんの根拠もなかったが、彼なら問題なく探索できるだろうと確信めいた何かがあったのだ。
その確信は正しかったのだと、後に知ることになった。探索者高校の生徒でもない子供がソロで探索をしているのだ。その日無事に帰ってこられたかは、買取所の職員に聞けばすぐにわかった。
その後志朗が1層の担当ということもあって、彼の動向は追っていた。一緒に探索する仲間が見つかったようだが、それでも一人が二人になっただけ。
二人での探索はかなり危険が伴うのだが、彼らは着実にレベルを上げ、探索者高校のパーティよりも多くのアイテムを持って帰ってきた。
探索が良好なのは彼らの容姿を見ればすぐにわかる。それこそzooのメンバーと同じくらい容姿が美しくなっていた。それこそ特級探索者の様に。
夏休みに入ったからかここ最近は毎日ダンジョンに潜っているようだが、探索しているのは最初にあった彼だけでもう一人の少年はいなかった。
探索者がパーティを解散することはよくあることだが、うまくいっているように見えただけに意外であった。もう一人の少年は見かけないことからも、ダンジョン探索を辞めてしまったのかもしれない。
一方、探索を続けている彼はひとりとは思えない成果を上げていた。ソロで活動しているというのに、探索者高校のパーティよりも多くのアイテムを持って帰ってくるのだ。それも探索者高校では避けるべきと言われている一角兎も狩っている。
今では疾風兎のアイテムすら持ってきているのだ。疾風兎の周囲には必ず一角兎が3匹以上いる。つまり、彼は疾風兎の魔法で加速している一角兎3匹を捌きながら、疾風兎も倒しているということになる。
ありえない。だが現実に起こっている。ダンジョンとはありえないという言葉がありえないとも言われる場所。志朗はその言葉の意味を初めて実感していた。
だからこそ、志朗は探索者高校の中ではzooが気になっているが、新人探索者の中では圧倒的に彼が気になっていた。このまま進めば確実に特級に名を連ねることが確信できる、そんな傑物を。
「そういえば、みんなは鉄パイプの姫って知ってるか?」
田中がそう切り出した。鉄パイプの姫。それは志朗が最も注目している彼のことである。
「ああ、もちろん。舎弟狐のドロップアイテムを武器にしてるっていう子だろ?」
「zooに引けをとらない容姿の子だよね」
「そうそう。だけど謎が多いんだよ」
田中が腕を組みながら唸る。
「どうやら探索者高校の生徒ではないみたいなんだよな」
「聞いた聞いた。まだ見たことないんだけど子供っていうし、探高以外の高校通ってるのかも。しかもソロなんだって」
「訳が分からないよな。今1層2区で活動してるっぽいんだけど、格好も普通のジャージなんだよ。探高のじゃなくてだよ?」
探索者高校の生徒に支給されているジャージは、防刃加工も施された耐久性も防御力もある物だ。お金のない駆け出し探索者である探索者高校の生徒たちは、卒業するまで支給されているジャージで活動している者も少なくない。装備が高いということもあるが、それだけ探索者高校のジャージが優秀であるということでもある。
遠くから銃を撃つだけの育成所の教習生でさえ、何かあった時様にプロテクターなどの防具を身に着けてダンジョンへ入るものだ。
それなのに、何の変哲もなさそうな学校指定だろうジャージで探索している。それもソロで。それも銃器などの遠距離で殺傷能力が高い武器ではなく、極近距離武器である魔鉄製のパイプを武器にして。
もはやホラーを話しているかのようなテンションで3人は会話していた。志朗も3人の気持ちがわかるのか、うんうんと頷きながら八王子ラーメン特有の玉ねぎを掬って堪能していた。
「ソロってことは小鬼と戦っても常に囲まれるリスクあるだろ? どうやって戦ってるんだろうな。武道の達人かなにかか?」
田中の疑問ももっともだが、志朗が初めて会った時の彼を思い出しても、とても武道の達人とは思えなかった。
「一角兎とも戦ってるって噂だぜ」
「それはさすがに嘘だろ。……いや、一角兎なら数も少ないし囲まれるリスクもないからいいのか?」
「いやいや、ソロだぞ? 一角兎の攻撃が少しでも掠れば致命傷だろ。あいつら執拗に足狙ってくるって言うし、機動力奪われたら終わりじゃないか」
「だよなぁ。フォローしてくれる仲間もいないし、そんなリスク取るか普通? まぁ、小鬼にしたって普通ならソロでは戦わないんだけど」
彼らの言い分はもっともだ。仲間がいれば何かあってもお互いがフォローし合えるし、取れる対策の幅も広がる。
タンクがいれば後衛は安心できるし、アタッカーがいれば戦闘も短く済む。魔法職がいれば集団戦でも有利に動けるし、回復役がいれば多少の怪我も心配することがない。
探索とはパーティで行うものだというのが常識だ。
「山元は何か知ってる?」
「多少は。けど、詳しくは話せないぞ」
尋ねてきた鈴木に、志朗が釘を刺す。職員として得られた情報は、例え他の職員であっても教えることはできない。
zooの話も含め、彼らが話している内容は八王子ダンジョンに関わっている者ならば誰でも知ることができるような内容だ。志朗の様にアイテム売買の履歴を確認して詳細を見れるような立場の人間は、この手の話で話せる内容は少ない。
「彼が今後も活動するのであれば遅かれ早かれ情報も出てくるだろうから、重要なことを一つだけ教えるよ」
そう言うと志朗はスープまでしっかりと飲み干して彼らへと告げた。
「鉄パイプの姫。彼は男の子だよ」
その志朗の発言に、目の前の同期だけでなく周囲で聞き耳を立てていた者たちからも驚愕の声が上がるのだった。
これにて2章は終わりとなります!!
皆様のおかげで日間ランキングでローファンタジー3位にランクインいたしました!!嬉しい!!ありがとうございます!!滅茶苦茶嬉しいです!!圧倒的感謝!!感想やブクマ、評価などしていただきありがとうございます!!
明日からは3章です!ぜひ3章もお読みいただけますと幸甚です!!




